第21話 「ポテト探偵」
朝の寂しいファミリーレストランの隅の席に女子3人でテーブルを囲んだ。
メニューを見るとモーニングセットというのがある。
早朝にファミレスへ来ることなどなかったので、日中のメニューとは違う、見慣れないモーニング用メニューが一風変わっていて面白い。
「寒いので暖まるものを頼みますね。豚汁定食で」
「じゃあ私はきのこ雑炊で」
モーニングメニューで豚汁に雑炊?
朝からガッツリとか、そういうのもあるのか。
ライダーの女性と優紀が女子らしからぬメニューを決めたので俺も早く決めなければいけない。
俺も男らしくガッツリ系で攻めたいところだ。
「パンケーキセットに単品でポテトフライ大盛りを」
「女子か?」
「女子ですが何か?」
ガッツリ系メニューも考えたが、よく考えると朝からそんなにたくさん食べるのは無理だった。
この後にお茶の里で抹茶デザートを食するので腹は開けておかないといけない。
「ポテトフライは少し分けて貰っても?」
「3人で食べられるように大盛りですよ」
「あなたが神か?」
お前は何なんだよ。
メニューが運ばれてきたところでようやく話が出来そうだ。
優紀がドリンクバーで3種混合の得体のしれない飲み物を錬成したり、肝心のライダーの女性がひたすら飯をガチ食い始めて、いきなり話の腰をガッツリ折られたが、それでもなんとか始めていきたい。
「失礼、少しメールの確認を」
「どうぞ」
彼女はスマホを取り出して何やら操作してポケットの中に戻した。
もちろんメールの確認だけが目的ではないだろう。
画面を俺に見えない角度で持っていたが、一瞬だけ片耳に付けているBluetoothイヤホンのランプが点灯した。
今の状況では流石に音楽を聴くことはないだろうから、どこかに通話している証だ。
おそらく相手はKTMのバイクを布教してくるというひどい「上司」だろう。
こちらからの会話を伝えると同時に指示も聞けるという寸法だ。
このあからさまな動きは「会話は全て録音していて、組織に伝わっているぞ」という脅しの意味もあるようだが、こちらとしては彼女が所属する組織へダイレクトにメッセージを伝えるチャンスでもある。
なので実質デメリットはなしだ。
話が早くて助かる。
「私は麻沼望美と申します。探偵です」
女性が差し出したシンプルな名刺には「探偵 麻沼望美」と書かれていた。
事務所のロゴらしき紋様が中央にエンボス加工されて入っている、それなりに金のかかった名刺だ。
隅には「警視庁公認団体」と記載されており、登録番号が併記してある。
これが騙りのダミー番号でないならば、こちらが思っているよりも大層な組織に所属しているようだ。
ただし、連絡先情報はなしなのが困る。
連絡先がないとこちらから連絡を取りたい時に困るのだが。
「私はとある仕事のため、この伊賀に来ました。その仕事中、たまたま見つけたあなた達が乗る車から異様な力が放出されていることに気付きました」
麻沼さんはそう言うと身を乗り出した。
俺を問い詰め始めるのかと思ったが、単にポテトフライを摘まみに来ただけだった。
麻沼さんは小皿を数枚取り、無駄に手慣れた動きでそこにケチャップ、ケチャップにタバスコを混ぜたもの、塩コショウ、ドレッシングの皿を用意した。
そして、それぞれの調味料にポテトを付けて味変しながら食べ始めた。
これは何だ?
俺の知らないところで流行っている食べ方なのか?
優紀の顔を見るが無言で顔を振られた。
どこの地方のどの世代で流行っている食べ方なんだ……
あまりにも異様な光景に俺も優紀もポテトに手が出ない。
「ですが、おかしなことが起こりました……シロップ貰っていいですか?」
「どうぞ」
俺が注文したパンケーキセットに付いてきたシロップが入った小瓶を麻沼さんへ渡すと、他の調味料と同じように小皿に注ぎ込み、ポテトに付けて食べ始めた。
この場で一番おかしいのはお前だよ。
「途中までは力を追跡出来ていたのに、この町のどこかで突然消えたんです。そこで何か話を聞けたらとコンビニで休憩中のあなた達を見つけたのです」
更にシロップが入った更に上にコーヒー用ミルクをかけて混ぜ合わせて生クリーム状のたれを作り上げた。
それにベタっとポテトをなすりつけて口の中へと投げ込む。
「あんまり美味しくないですね。試してみます?」
「遠慮しておきます」
美味しくないと判断したものを人に勧めるな。
どうやら俺達がホームセンターで鉛の板を買ってそれに赤い宝石を包んで発送したことには気付いていなさそうだ。
もちろん、詳しい説明をする必要はない。
さて、ここからは探偵さんに対しては申し訳ないが、犯人サイドである魔女からの推理の時間だ。
今までの会話内容から推察するに、麻沼さんは俺達が何かしらの能力者であり、裏で何かを違法的な行為を行っているのではないかと疑っているようである。
麻沼さんは魔術師的な「何か」であり、それは単なる個人の趣味ではなくて、能力を生かした職業、もしくは団体に所属していると考えられる。
200万円のバイクを「高性能だから」という曖昧な情報だけでポンと買えること。
バイクのナンバープレートから練馬……東京23区内に住んでいるということ。
そして、そこらの印刷サービスで安く作ることが出来ない金のかかった名刺。
おそらく探偵の事務所が家賃にしろ持ちビルにしろ東京の23区内とあると考えると、維持するだけでも年間で結構な金額が吹き飛ぶはずだ。
そんな団体の懐が貧しいわけない。
それなりの予算を動かせる集団だと考えていい。
そして潤沢な資金があるのに、東京からわざわざ彼女を1人で奈良の山奥に送り込むということは、人材については足りていないと考えて良いだろう。
麻沼さん自身は1人で事件解決のために送り込むくらいだから、単なる魔術勝負ではかなりの実力だと推測される。
実際、俺達が運んでいた輝くトラペゾヘドロンを見つけ出した能力は見事なものだ。
ただ、こう言った聞き込みには向いていなさそうだ。
職場には「上司」と呼ばれる推定年上男性がいるようだが、彼女と上司2人だけの事務所ならば、わざわざ上司とは言わず所長と呼ぶだろう。
つまり、その探偵事務所には所長、上司、麻沼さんの最低3名がいる。
現場の活動員が1名ということはないだろうから、構成員は4名か5名。ただしそれ以上の人数はいない。
管理職を除いたメンバーが4人以上いるならば、サポートを加えた2人、もしくは3人でチームを組んで動かさない理由がない。
以前に友人の唯野から入手した情報により、警視庁内には異世界絡み……というか魔術絡みのことについて動く部署はあるが予算も権限もないということは分かっている。
だが、NPO的な民間協力団体がいないとは言っていない。
様々な問題があって動けない警視庁に代わって、この探偵事務所が実働部隊として稼働していると考えて良さそうだ。
以上、分析終わり。
「不躾な質問ですが、こんな平日の深夜に奈良の山奥で何をされていたのですか?」
麻沼さんの素性について考察している時に突然に質問……否、尋問が始まった。
やはり俺達を完全に疑ってかかっているようだ。
正直、ポリスメン沙汰や、麻沼さん所属する組織に狙われ続ける人生は御免である。
ただ、麻沼さんが所属する団体が反社会的勢力ではなく、「神父」と敵対する関係ならば、事件の早期解決を考えるとなし崩しで巻き込んだ方が絶対にお得ではある。
俺達のような個人が必死にならなくても組織力で対抗してくれるのだから。
もちろん全面的な信頼は出来ない。
この「探偵」を名乗る集団の正体が分からないからだ。
では、まずは情報を引き出すために軽くフックから打っていくか。
ドリンクバーで取ってきたコーラにポテトを漬け込んで食べるという奇行を行っていた麻沼さんに返答する。
「腹の探り合いは止めましょう。麻沼さんは私と同業者ですよね」
それを聞いていた優紀が俺の顔を見た後に「やるんだな、ここで」とばかりに親指を立ててサムズアップを示してきた。
無論そのつもりではある。
「諸事情により色々と語れないのはお互い様だと思いますので、許可された範囲でのみで語り合いましょう。ちょっとした親睦会です」
「なるほど。食事の席での雑談くらいでしたら大丈夫ですね」
さあ、キツネとタヌキの化かし合いのスタートだ。
「今日は単なるドライブです。たまのオフでのんびり羽を伸ばすつもりでしたが、急な対応が必要になったという状況です。まあ対処済ですので安心してください」
「では、山道で急にライトを消したのは? 私が追跡していると分かっていて撒こうとしましたね」
「あなたの正体が不明でしたので私達の身の安全を考えてです。お互いに適切な距離を保った方が良いと考えています」
「では、ポテトおかわり注文しますね」
おい、なんでそこで話題がポテトに戻るんだ。
気が付くと俺が注文したポテト大盛りはいつの間にか空になっていた。
なんという食欲だろう。
そうやってお芋から摂取したカロリーは腹ではなく胸やら太腿やらに流れて溜まっているというのはテーブルの上に乗った彼女の胸を見れば一目で分かる。
ただ、それは無駄な脂肪でしかない。
世間の男どもはみんな豊かな胸が好きだと思っているのか?
「麻沼さんこそ伊賀の山中で何を? 冬にバイク移動は寒いしスリップするしで大変でしょう」
「車だと動きにくい狭い場所に入り込める乗り物が必要でしたので。詳細は言えませんけど、この何か月か急に山奥での仕事が増えましてね」
この何か月というと、やはり伊原さんが次元の壁を閉じた件か。
俺が考えていた以上にあちこちに影響が出ているようだ。
冷静に考えると高千穂の件もトナカイとかいう、その気になれば町くらい簡単に滅ぼせる邪神がこの世界に残って瘴気的なものを垂れ流しているという割ととんでもない事態だった。
トナカイをあのまま放置していたらどうなっていたのだろう。
今の会話から麻沼さんの組織が俺達の知らないところで色々と動いていて日本の平和のために尽力してくれていることは分かった。
ただ、それならばバイクは行動特化のモタードよりもオフロードバイクの方が良かったのではないだろうか。
一応は反社会的な団体ではないと確認が取れたところで、こちらも少しだけ情報を開放していくか。
「なるほど。大変ですよね、磐境の件」
「磐境」のワードを出すと麻沼さんの片眉がぴくんと大きく動いた。
ポケットに手を突っ込んで中に入っているスマホにトントンと振動を与え始める。
その動きを通して「上司」へ「重要な話が始まるぞ」と伝えようとしているようだ。
「もしかして年末に九州で何かされていましたか? 場所はえっと……」
突然に今までの話の流れと直接関係ない九州の話を出してきたのは「上司」に確認するよう言われたのだろうか?
「宮崎県の高千穂。川に変なのが流れてましたが、その件は私が解決しました」
俺が先んじて高千穂の名前を出すと麻沼さんの動きが更に激しくなった。
高千穂で白いのや黒いのが溢れる現象が起こっていて、それが解決されたと知っている人間は少ない。
その話を知っているということが、俺達の実績と情報の信ぴょう性。
そして、反社会的な人間ではなく、発生した魔術的な事象に対して解決へ導くために動く人物であるということは伝わっただろう。
「上司」さんはこれから俺が何者なのか、どの組織に所属しているのかの調査を始めるに違いない。
もちろん、俺をいくら調べたところで平凡なサラリーマンという経歴しか出てこないので、全て徒労に終わるだろう。ご苦労なことだ。
「町中で急に呪物の反応が消滅したのは、貴方が対処したということで良いんですね?」
「詳細は語れませんが、貴方が検知したであろうそれは、適切な処理を施しましたのでもう検知出来ないはずです」
麻沼さんは何やら考え込む姿勢を見せながら、おかわりで運ばれてきた大盛りポテトに手を伸ばし始めた。
服の裾で油を拭うな。ペーパータオルを使え。
「まだお仕事が残っていたりしますか?」
「せっかくのオフを仕事で潰されたので今日はもう帰って寝ますよ。週末に横浜で会えたらその時にはよろしくお願いします」
「横浜?」
はい釣れた!
「えっ? 聞いていないんですが? 学校で異臭騒ぎが発生して生徒教職員が早退というニュースがあったでしょ」
「余計なことを言うな!」
優紀が間髪入れずに俺の頭を平手で叩いた。
パチンと景気の良い音が早朝のファミリーレストランに鳴り響く。
こいつマジ殴りしやがった……いたい。
「すみません、こいつの話は忘れてください。その場の勢いで、あることないことを言う虚言癖があるんです」
「そうです。今の話は忘れてください」
「では、聞かなかったことにしておきます……なるほど、横浜……学校の異臭騒ぎですね」
麻沼さんは何度か「横浜」「学校の異臭騒ぎ」という言葉を繰り返した後に、イヤホンを付けている耳に手を当てて何やら頷き始めた。
「ニュースを見たので私も知っています。トイレで有毒ガスが発生とか怖いですね」
「工事中の旧校舎とは別の場所が発生源とか脈略なさすぎてびっくりしますよね」
またもイヤホンを付けている耳に手を当てる。
明らかにネットで何かを検索している「上司」と情報交換をしているようだ。
「遺跡発掘!?」
麻沼さんが突然に大声を上げた。
完全に大物の釣り上げに成功したようだ。
その後に「なんで見過ごされていたんです?」「議員?」と小声で囁いているが、距離が近いので全て丸聞こえだ。
「すみません、急に大声を出してしまって。一応連絡先を交換しておきます? 近いうちに現場で会うことになるかもしれません」
「会えるとよいですね。次はお友達も連れてきてください。多分私達だけだと人手が足りないかもしれませんので」
「協力出来そうな時はよろしくお願いしますよ。それであなたのお名前は?」
「山田奈緒子です。オフなので名刺などは持っていないのでご容赦ください。こちらは教師の上田」
「どんとこい超常現象の上田です」
優紀が俺の咄嗟のアドリブ無茶振りに答えてくれた。
流石にこういう息だけはピッタリだ。
「私はこれから上司への報告もありますので東京に帰ります。また会えたらよろしくお願いします」
「はい、また会いましょう」
彼女は手を振りながら退店していった。
「大物が釣れたな、山田」
「あとは協力してくれるか……まあ、足元をすくわれないよう有効活用させてもらうよ」
◆ ◆ ◆
「というわけですよ。私も一度東京へ戻ります」
麻沼が電話をかける先は東京の事務所にいる上司、八頭黎人だ。
『わかった。先に和泉君を横浜の調査へ向かわせる。君は週末に現地で合流して調査にあたってくれ。それまでは休んでいい』
電話の向こうから八頭がキーボードを軽やかに叩く音が聞こえてくる。
八頭は魔術師ではないが、こういった情報の調査や管理に長けている。
組織運営には欠かせない人物だ。
『それで、その山田という娘はどんなものだった』
「一言で説明するならば化け物ですよ」
『ほう』
八頭が関心を持ったのが声色から分かる。
麻沼はその八頭の態度に驚きを隠せなかった。
鉄面皮の八頭が感情を露わにするのは珍しいことだ。
「どう見ても魔力が0なんです。この意味はお分かりですか?」
『それは一般人ということではないのか?』
「違います。雑な分類だと一般人は魔力0とされますが、実際には3から5くらいの魔力は持ってるんですよ。それが完全に0でした」
『自然ではあり得ない。何か偽装のための手段を取っている……と?』
「車を浮かせて空中を移動させるのを視ました。そんなことが出来るのに魔力0はありえません。とんでもないタヌキですよ。どれくらいの力を隠しているのか全く読み取れませんでした」
八頭が短く唸った。
『例のカルト団体ではないのだな』
「違うみたいですね。奈良の山奥をウロウロしていたので、京都の連中かもしれません。あいつらのテリトリーですよね」
『わかった。こちらでも調べてみよう。あと次に会う時には本名を確認しておくこと』
「山田というのが本名では?」
麻沼が言うと八頭が電話の向こうで大きくため息をついた。
『そうか、年代的に知らないのか……山田奈緒子というのは仲間由紀恵が演じていたサスペンスドラマの主人公の名前だ。相棒の上田は阿部寛』
「えっ? でも自然に自己紹介されましたよ」
『それだけ嘘で他人を欺くのに長けているということだ。君の言う通り、とんでもないタヌキだよ、そいつは』
電話の向こう側で八頭が含み笑いをしながら激しくキーボードを打ち付ける音が聞こえてきた。
『白い髪に赤い目の中学生くらいの女性なんて、うちのデータベースでも見つからなかった。魔術師以前にそんな人間は日本にいないんだよ。見た目も偽装されていると思っていい』
「やはりタヌキか」
麻沼は思わず呟いた。
『正体を見極めるためにも、調査のためにも横浜へ向かってもらいたい。そのタヌキと面識があるのは君だけだ』
八頭との通話はそれで切れた。
麻沼は大きくため息をついてから東京への帰路についた。




