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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
番外編 2 横浜地下迷宮
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第17話 「神末」

「そろそろ小森くんの方も横浜の地下に潜る頃か」


 車に付けた時計を見ると22:00を示していた。

 小森くん達はこの時間から高校の旧校舎へ突入すると聞いている。


 小森くんは場慣れしているとは言え、流石に情報不足による不利は否めない。


 仲間は原理も由来も不明な謎の敵に能力を与えられて暴走経験もある能力者達だ。

 果たして無事に解決出来るだろうか?


 ……豪快にブーメランを投げた気がする。

 謎の存在に原理不明の能力を与えられて変なゲームをさせられたのは俺達も同じだった。


「佑はやっぱり小森君が心配か?」


 助手席に座る俺の友人、春日優紀(かすがゆき)が俺に尋ねてきた。


「本当はこっちを投げ出してでも、すぐにでも駆けつけたいんだろ。見ていれば分かる」

「そんなに態度に出てるか?」

「信号待ちの度に時計をチェックしてるだろ」

「よく見てるな」

「付き合い長いからな。佑の癖くらい分かる」


 本当にこいつ相手だと隠し事が出来ないから困る。

 おそらく俺の心の内も見抜かれているだろう。


「もしかして、女子として小森君が好きだったりするのか?」


 どうやらそこまで心の中を見抜かれているということはなかったようだ。

 とんでもない大暴投が飛んできた。


「確かに女子を半年以上やっていると精神が身体に引っ張られることもある。だけど、俺の仲間はみんな手のかかる子供みたいなものだから保護者にはなれても恋愛にまでは行かないんだよ。カーターも含めて」

「佑の周りにはダメ人間ばっかり寄ってくるんだな」

「なので小森くんを大学に入れてアホのカーターにちゃんと生活を管理をしてくれるしっかり者の奥さんを捜してやるまで俺の戦いは続く」

「戦いが終わったら結婚するとか死亡フラグ全開のセリフを言うなよ。死ぬぞ」

「お前はそんなに俺に死んで欲しいの?」


 そう告げると優紀は目をパチクリしていた。

 流石に唐突だし、今の場面で出すような話ではなかったかもしれない。


「……結婚って誰と?」


 少しの沈黙の後に優紀が言葉を絞り出すように言った。

 

「ちゃんと世話をして食わせないといつ死んでしまうか分からないか弱い生き物」

「色々と危険に手を突っ込む佑の方が死にそうなんだけどさ」

「大丈夫。向こうの世界で聞いたんだけど、人間はそんな簡単に死なないんだってさ」


 これは異世界で体験したことだ。

 知恵も力も尽くした上で、諦めずに最後まで足掻いていれば意外と何とかなったりする。


 少なくとも帰る場所があるのに諦めて自己犠牲をするつもりはない。


 流石にもう自爆型の生き方は卒業したいところだ。


「まあ、俺はこれからずっと女のままだから、子供や世間一般と同じような家庭が欲しいなら他に相手を探した方がいい。それでも構わないというならば、誕生石の指輪くらいは用意しておく」

「婚約指輪と洒落たプロポーズの言葉もちゃんと欲しいんだけど」

「流用なら簡単だけど俺はセンスないからな」

「拙くとも自分の言葉で欲しいよ」


 難しい宿題だ。


 まあこれは適当な言葉で誤魔化すわけにはいかない。

 じっくりと時間をかけて考えていくことにしよう。

 

 榛原(はいばら)の市街地を抜けて近鉄電車の高架をくぐると急速に民家や街灯がなくなり、一気に周囲の景色が寒々しい山間地帯のそれになった。


 遠くの山のあちこちに積もる白い雪は月明りを反射してぼぅっと鈍く光っていた。

 外気温は2度。

 氷点下ではないが、相当寒いことに間違いはない。


 温度が低いと露骨に性能に影響するキャブレター式空冷エンジンのパワーダウンを感じながらアクセルを踏み込んだ。

 ヘッドライトに照らされた「伊勢本街道(いせほんかいどう)」……かつでは伊勢へと抜ける用途で使われた街道の標識を目印に国道369号線を東へ進む。


 たまに国道より太い脇道が現れて、そちらに迷いそうになるのはご愛敬だ。

 この周辺は林業が今なお盛んで、山から切り倒した木を運ぶトレーラーが走る関係で脇道や林道がとにかく広いのだ。


「それで折戸教授の研究って結局何だったんだ? ムー大陸がどうのというのは聞いたけど」


 俺自身の復習の意味もあるのでここで一度振り返ってみよう。


 道路の案内標識は奈良県の宇陀市(うだし)を抜けて御杖村(みつえむら)に入ったことを示していた。


「宇陀の名前は知っているな」

「紅葉で有名な室生寺は知ってる。長谷寺は宇陀?」

「そっちは桜井市。場所は際どいけど。去年は異世界召喚でバタバタしていて秋はどこにも行けなかったけど、今年はちゃんと紅葉を見に行こう。歴史の勉強にもなる」

「明日香は見ておきたいな。本で名前は何度も見たのに行ったことはないんだ」

御手洗(みたらい)渓谷もセットで奈良中部を周る旅にするか。宿は吉野あたり取って」


 本当にやることだけは多い。

 スケジュールが多すぎてパンクしそうだ。


「じゃあ前提条件として、日本史の勉強の時間だ。準備はOK?」

「私の職業を言ってみろ」

「家事手伝い」

「教師だよ中学教師! 新人だけど」


 本当にこいつは教師をちゃんとやれているのか心配になってくる。

 新人なので副担任として担任のサポートの仕事が中心らしいが、それでも少し怪しくなってくる。


「紀元前600年あたり。最初の天皇と言われている神武天皇という人物がいた」

「橿原に都を作ったんだっけ? 奈良時代の前にいたらしい歴史上の実在性がちょっと怪しい人」

「だいたい合ってる。九州の筑紫地方で一大勢力を築いた後に東征で吉備を平定。難波にたどり着いてそこから和歌山の熊野に入った」

「難波から橿原に行くなら近鉄電車に乗れば良かったのに、なんでわざわざ熊野を経由したんだ? 大和川沿いを進めよ」

「実際には海路で移動だったので上陸できなかったんだろう。豊臣秀吉が開発するまでは難波は海の難所だった。波が強い難所だから文字通り難波と付いたんだ」


 こうやって見ていくと歴史は意外なところで繋がっていて面白い。


 まあここは前置きの話だからあまり深堀しても仕方ない。

 俺も明日香だか橿原方面に行くなら近鉄電車が良いと思う。


「神武天皇は八咫烏(やたがらす)に案内されて山ばかりの地帯を抜けて、ようやく平たい場所、菟田下県(うだのしもつあがた)に着いた。日本書紀だとこうある。『因りて其の至りまし処を号けて菟田の穿邑うかちのむら()う』」

穿った(うがった)……穴を開けたのか」

「そして饒速日命(にぎはやひ)……物部氏の先祖と言われている鍛冶の一族を部下にして土蜘蛛を討伐。畝傍橿原宮(うねびかしはらぐう)という都を作った。三輪山や超巨大遺跡である巻向遺跡なんかはもろにこれと言われている」

「そこから南に下って明日香に至ると」

「熊野からやって来た一族の天皇、金属加工のプロの物部氏、中国との外交が得意な蘇我氏のトップ3で奈良時代を盛り立て行くわけだ。そこから後は皆さんご存じの通り」

「それでなんで佑はその宇陀に来たんだ?」


 ようやく話が本題に戻った。


「日本書紀が正しいなら、神武天皇がたどり着いた宇陀にも巨大な拠点の址がないとおかしい。折戸教授の所属する大学研究チームはそう考えた」

「……なるほど、宇陀には巨大な遺跡が見つかってないのか。古事記にも日本書紀にも書いてあるのに」

「そこで熊野から宇陀まで。今の国道168号線から169号線沿いのルートを調査しまくった。そうやって調査を始めていくと」

「簡単には見つからなかったんだろう」

「逆だ。拍子抜けするくらい簡単に見つかった……見つかってしまったんだ。なんでそんな遺跡を誰も今まで無視していたんだろうというくらいに。資料はダッシュボードに入れている」


 優紀は早速車のダッシュボードを開いてクリアファイルに入った資料……折戸教授の著書からコピーしたものを読み始めて、すぐに顔をしかめた。


「これってどこの国の遺跡なんだ?」

「日本だけど」

「どう見てもエジプトか南米に見えるんだけど」

「そう思うだろ。突然地球の反対側の文明が急に生えてくるんだから、どこから湧いてきたんだと疑問に思うのは当然だ」

「確かにムー大陸と言い出すのも分かるよ」

 

 高度な石加工技術で作られた玄室や迷宮としか言いようがない巨大な空間。

 

 発掘される石像などはギリシャ美術を思わせる精緻な彫刻で当時の埴輪や土偶とは似ても似つかない。

 更には紀元前にはヒッタイトやメソポタミアなど一部でしか使われていなかった金属製の道具まで出てくる。


 宇宙人説が出なかっただけマシと思うしかない。


 そしてそれらの大半は文科省、宮内庁などの判断によって発掘を中断させられて埋め戻された。


 関係者の著書も回収されたが、それでも既に売れてしまった本については止めることが出来ず、今も古本屋の片隅でひっそり売られていたりする。


「そこで折戸教授は、実は神武天皇の動きは逆だったんじゃないかと考えた」

「逆って?」

「日本には現在の日本人とは全く別の……ムー大陸からやってきた土蜘蛛と呼ばれる旧い支配者……旧支配者が存在していたと考えたんだ。英雄である神武天皇は熊野からそいつらを撃退しながら奈良まで上がってきたと」

「近鉄電車に乗らなかった理由付けか」

「そして宇陀まで追い込んで勝った。そのまま監視のために近くの平地である橿原に都を作った。おしまい」


 資料の中から優紀が取り出したのは一枚の地図。

 国土地理院の地形図を印刷して、そこに著書から読み解いたヒントを元にいくつか線を引っ張って遺跡の場所を絞り込んだものだ。


 奈良の御杖村と三重の飯高町の県境には中央構造線……日本列島を南北に分断する大断層が通っている。


 地理的にも宗教的にも全ての意味でも境界線……巨大な磐境(いわさか)だ。


 修験者の修行場がすぐ近くにあるのも実にそれらしい。


「横浜の地下にあるのもほぼ間違いなく、この旧支配者の遺跡だ。だから、ここの遺跡を攻略して何か情報が得られれば、それは向こうの攻略にも役に立つ」

「危険はないのか?」

「危険は多分昔のえらい人が払ってくれたはずだ。今もなお残っているのは残骸だよ」


 それから1時間ほどかけて車は深夜の道の駅にたどり着いた。


 道の駅からは目的地までは直線距離では10kmほどだが、途中山道や道なき道を移動する必要がある。

 一般人はかなり険しいし、危険も多いだろう。


 だから、ここから先は俺1人で行く必要がある。


「優紀はここで待機な。朝になっても未帰還なら各所に連絡して欲しい」

「こんな地方の辺鄙な道の駅に置き去りとか困るし、適度に連絡をくれよ」

「地下に入ったら電波は届かないと思うが、まあそんなに時間はかけずに帰ってくる」


 道の駅のトイレでいつもの戦闘服……白い外套とスカートに着替え、バルザイの偃月刀を収納したケースをベルトに吊るす。

 完全にコスプレだが、防御力重視ならばこれだ。


 今回はそれに加えて追加の防具としてサバゲ用の膝と脛を覆う足用のプロテクターと手袋を買って装備してみた。


 硬くて頑丈なので、少しでも怪我を防ぐのに役立つだろう。


 更に流石に真冬のこんな山の中に誰かいるわけもないが、念のために車のトランクに詰め込んでいた迷彩色のフード付きコートを羽織った。

 プロテクターとコートはミリタリーショップで安売りしていたものだが、まさかこんな形で役立つとは思わなかった。


 ペンキで黒く塗装した箒に飛び乗るとそのまま夜の山へと飛び立った。

 

 人間の肉眼で闇夜に溶け込んだ俺を視認するのはほぼ不可能だろう。


 現在時間は23時。

 周辺に民家も街灯も……人工の灯りなど一切ない僻地の夜空は真冬のしんと冷えた空気と相まって満天の星空が広がっていた。


 吐いた息が真っ白な雲となって背後へ流れていく。


 眼下には険しい山道が連なっている。

 徒歩だと相当時間がかかるだろうが、流石に空を飛ぶと10kmなどほんの数分しかかからない。


 箒に括り付けたスマホの地図とGPSの位置情報を頼りに飛行を続けて目当てのポイント近くにたどり着いた。


 まずは近くの丈夫そうな樫の木の枝に着地。

 冬場のおかげで木には葉が付いていないので安全に降りることが出来た。


 温度差による結露で曇って見えなくなった風よけのゴーグルを拭きながら現在位置を再度確認する。


 地名表示は神末(こうづえ)となっていた。


「よりにもよって神が末ってどういうことだよ」


 名前が気になってスマホで検索すると神様が杖をここに忘れたので神杖が神末に訛ったらしい。


 インパクトがある地名だからか、すぐ隣に面した三重県の美杉村を舞台にした「神去なあなあ物語」という小説でも神去(かみさり)とアレンジされて村の名前として使われているようだ。


 林業の体験にやって来た社会からドロップアウトされた都会の若者が地元の人達と触れ合って社会への付き合い方を取り戻していくというお話だが、その話に地元で祀られる山の神の存在を感じて、助けてもらうというのがある。

 昔から神秘的な何かがこの辺りには「いる」と語り継がれてきたのだろう。


「まあこれだけ山の深い地域だと何がいてもおかしくはないよな」


 周囲数キロには民家などない山の中で青白く光る粒子で構成された10羽の鳥達を各所に放った。


 ほのかに光りながら高速で飛行する鳥達は誰かに目撃されたならば「鬼火」と勘違いされるかもしれない。

 そもそも宙に浮遊しながら周囲に鳥をばらまく俺の姿が邪悪な魔女そのものでなにかの妖怪の仲間の気がしないでもないが。


 流石に10羽の鳥を視界を共有しつつコントロールするのは、ランクアップと限界超越で強化されて、魔女(ユイ)と負荷分担できる現状でも辛い。

 目を閉じて木の枝に体重を預け、全感覚を遮断して調査に集中することにする。


 ヒントとしては「重機を使って遺跡を埋めた」だ。


 あまりに山が深く、車も入れない場所だと図体の大きな重機が遺跡まで入っていくことが出来ない。

 合同大学チームというそれなりに人数がいる人達もとても作業が出来なかっただろう。


 何より古代人が超技術を持っていたとしても、無駄に手間がかかりすぎて無理だろうとなる。


 異世界でパタムンカさんが言っていた「古代人もバカではない」という言葉を思い起こす。


 遺跡は自己満足な芸術作品でもない。

 使うために作る公共施設だ。

 長く使えるために作るので、変な場所に変な構造のものなど作らない。


 もちろん中央構造線そのものに作ったりはしない。

 断層はただでさえ崩れやすいのに、地震が起きるともろに影響を受けるからだ。

 

 遺跡はその位置でなければいけない理由が必ずあるはず。

 

 高千穂のトナカイがいた遺跡を参考にしてみよう。


 古代に何らかの理由で開いた異世界への境界を管理するため、次元境界から「よくないもの」が出て来た時に外へ出さないために石標や結界石などを配置したはずだ。

 当然、その痕跡は周囲に残っているはずだ……ほら見付けた。


 たまった穢れは水で流して浄化。つまり川や沢沿い。

 近くの川……神末川はすぐに見つかったので、そこの水源を辿っていく。


 周辺の結界石と川の位置から捜索範囲を絞り込んでいくと、林業用に作られた林道にコンクリートブロックが雑に置かれているのを見つけることが出来た。


 用途は明らかに作業用の重機が下へ降りていくためのスロープだ。


 スロープを降りきったところは少し平たい空間になっていた。

 何故かその空間だけは木も草も生えておらず、近くの木から飛んできた落ち葉が積もっているだけだ。


 鳥達を動き回らせて落ち葉を吹き飛ばせてみると、どうやらその地帯に雑にコンクリートを流し込んで表面を固めたようだった。

 別に何かを建てるわけでもないのに、そんなところにコンクリートを流し込んだ理由など1つしかない。


 この下に見つかった遺跡を隠したかっただけだ。


 今までの経験が俺にかつての遺跡の場所を教えてくれた。

 何事も経験しておくものである。


「3羽で増幅魔法陣を形跡。残り7羽で地面を掘りぬけ!」


 ドリルのように高速回転した鳥達が次々とコンクリ路面へと突き刺さり、そのまま掘りぬいていく。

 7羽の鳥達がくりぬいた穴は1つの大きな円に繋がり、そのまま地下にある空洞へと一気に流れ落ちた。


 隠蔽されていた古代遺跡の入口だ。


「さて、ここから古代遺跡探検の始まりだ。ソロは寂しいけど、何とか今日中に攻略するか」


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