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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
番外編 2 横浜地下迷宮
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第15話 「3人の能力者」

 僕達は一度旧校舎の地下を脱出して、倉庫内へ避難することにした。


 体力がかなり落ちているようだった綾乃は小森君に背負ってもらい、急いで階段を駆け上がった。


 地上へ出てすぐの場所にある階段下倉庫の鍵を綾乃が持っていたスペアキーで開錠。

 埃っぽい倉庫内に全員が入った後に身を隠した。


 すぐに内側から鍵をかけることも忘れない。


 中には所狭しと体育祭や文化祭の時に使う紙張りの張りぼてのゲートやテント。

 暗幕や脚立など。

 学校行事では必要だが、それ以外の時には邪魔にしかならないものが所狭しと詰め込まれていた。


 これならばもし倉庫の扉を急に開かれても身を隠すことは出来るだろう。


「ライトは全部消してくれ。倉庫の中に隠れてるのに外に光が漏れたらすぐに見つかって意味がない」


 小森君が全員に指示を飛ばした。

 その通りに全員がライトを消すと真っ暗闇になって何も見えなくなる。


「スマホの画面くらいはいいよね。流石にこれくらいなら漏れないと思う」

「大丈夫みたいですね。外からは見えません」


 友瀬さんがコンソールに倉庫を外から見た映像を映し出した。


 暗い旧校舎を照らしているのは非常出口を示すうっすらとした緑色の光のみだ。

 光は漏れておらず、これならば中に誰かいるとは思わないだろう。


 町の灯も立地の関係で校舎の中には一切届かず、他に光源がない旧校舎内は闇に溶け込んでいる。


「倉庫に踏み込まれたらどうする?」

「このゲートの陰に座り込んでライトを消していればパっと見では気付かれないと思う」


 綾乃がよわよわしい声で倉庫に積まれているハリボテを指差した。


「じゃあここに座らせるぞ」


 小森君が畳まれて棚に置かれていた暗幕を引っ張り出して冷え切ったコンクリートの床の上に敷き、その上に綾乃を座らせた。


「ありがとう。こういう細かい気遣いってやっぱり経験から?」

「経験だな。風が冷たいのより地面が冷え切ってることの方が堪えるんだ。そんな時は敷く布が1枚あるだけでも全然違う」

「……ああ、旅の経験ね」

「矢上君と友瀬さんもどうぞ。まだ何枚かあるし使わせてもらおう」


 小森君が暗幕を敷いてくれたので僕達もその上に座ることにする。


 ドアを開けてすぐの場所から見るとちょうどハリボテの裏側なので、相手が念のために覗き込む程度ならいくらでも誤魔化せそうだ。


「友瀬さん、地下3階にいた連中は?」

「地下1階をウロウロしてるみたいですね。映像までは出せませんけど」


 友瀬さんがレーダーにB1と表示されたレーダーサイトを表示させた。

 3つの光る点が動き回っているのが見える。


 そのうち1つの点が他の2つから離れて階段を上ってくるようだ。


「この階段ってどれくらいかかったっけ?」

「上りだと10分ってところ。ちょっと休憩は欲しいかな」

「じゃあ階段を半分越えたら私語禁止ね。なるべくやり過ごしたい」


 僕達は無言で頷く。

 まだ会話は可能だが、すぐ其処に謎の敵が近付いている状況で無駄話をするつもりはなかった。


 無言でレーダーの光が接近してくるのを見つめる。


 どうやら他の2つの点も動き出したようだ。

 3つの点が階段を上がってくる。


「ドアの前まで来たら映像も出せます」

「じゃあ映像で姿を確認出来たらアルゴスも消してもらえるかな。見つかる要素は出来るだけ少なくしたい」

「分かりました」


 友瀬さんがオイルライターを握ったまま待機する。


 それから10分ほど経っただろうか。

 階段の下から男が1人が上がってきた。


 フード付きのマントを着ているのとカメラ位置の関係だからか顔は見えないが、ドアのサイズと比較してかなりの高身長だということが分かる。

 180cm前後ではないだろうか。


 階段を上る足取りも相当軽かったので、足腰が丈夫だということも特徴だろう。

 身長のこともあるし、何かスポーツをやっている可能性は高そうだ。


『1階にも誰もいないぞ。とっくに逃げ出した後みたいだ』


 ドアのすぐ前からその男のものと思われる声が聞こえて来た。


『そこの扉の向こうは何なんだ?』


 階段の下から別の男性の声が聞こえた。

 新たに現れた方は声の雰囲気からして大人の男性だ。

 年齢までは分からないが、若くはない。中年男性だろうか?


『倉庫だ。文化祭で使ったハリボテの門とか看板とかそういうのを投げ込んである』

『一応は中をチェックしておけ。そんなところに隠れているのに見逃したと分かったら後で怒られるのは俺達だ』

『へいへい』


 若い男が投げやりに答えた後に倉庫の扉のノブが乱暴にガチャガチャと回された。

 だが、鍵は施錠している。

 それだけで簡単に開くことはない。


「アル君を消します」


 友瀬さんがスマホにメッセージを打ち込んでその画面を見せて来た。

 だが、綾乃はそのスマホを取り上げると「合図するギリギリまで待って」とメッセージを打ち込んだ。


『やっぱり鍵がかかってるし、この中にはいねぇだろ』

『中に逃げ込んで内側から鍵をかけた可能性は?』

『普段から閉まってるんだよ。文化祭の時もわざわざ職員室へ鍵を借りに行ったんだ』


 綾乃がドアの方を見たタイミングで若い男のぼやく声が聞こえてきた。


 普段から施錠されていることや、職員室で鍵を借りたという話からして、おそらく僕達と同じ学校の生徒だろう。

 その上で身長180cm前後。

 これならば、この男子高校生の正体の特定は容易だろう。


『貸してみろ。建付けが悪いだけかもしれないだろ』


 今度は中年の男がノブをガチャガチャと回し始めたようだが、それでも扉は開かない。

 そうやっているうちに階段下から3人目が姿を現した。


『そこの鍵はどこで管理されてるの?』


 女性の声だった。


 映像には制服を着た少女の姿が映し出されている。

 制服は近くにある別の高校のもので、僕達の学校のものではない。


 やはりフード付きのマントを着ているので顔は見えないが、そもそも学校が違うので見えたところで誰か分からないだろう。


 なんでもいいけど、こんなマントはどこに売っていて、どこで買ってくるんだろう?

 ドンキのパーティーグッズコーナーに売っていたりするのだろうか?


『職員室だ。帳簿で管理されているし、キーケースも教師が管理してる別の鍵がないと開けられないので生徒が開けるのは無理だぞ』

『ピッキングは?』

『そこまで手間を掛けてこんなところに隠れるより走って逃げた方が早いだろ』

『それもそうか。さっきの戦闘の跡を見る限りは相当な能力者だ。ここに隠れなくても俺達と交戦するか逃げるかする方が早いだろうしな』

『では鳥飼に言って誰が鍵を持ち出したかチェックさせておきましょう。誰も持ち出していないなら、とっくに逃げ出したということ』


 鳥飼!


 少女の口から思わぬ名前が登場して驚きを隠せなかった。

 やはり鳥飼先生は協力者で間違いないようだ。


『正面玄関の鍵は開けたままだから、そこから入ったか』

『それなら仕掛けたカメラに映像が残るはずだから後でチェックしましょう。ただ人感センサーが鳴った形跡もないから』

『別ルートで逃げたか……窓か非常口か……候補が多すぎて絞り切れないな』


 今の会話によると、どうやら正面入口周辺にカメラやらセンサーを仕掛けていたようだ。

 僕達は念のために3階非常口から校舎内へ侵入したが、どうやらそれが功を奏したようだ。

 僕達の姿が映っている可能性はほぼない。


『でも誰なんだ? こんなところに侵入してくるなんて』

『1つ心当たりがある。こういう超常現象専門の調査を請け負っている探偵がいるんだが』

『そんなフィクションみたいな奴がいるの?』

『俺達の能力もフィクションだろ。うちと何度かやりあってる。やっぱりガス騒ぎなんて情報かく乱には引っかからなかったか』


 中年男の声だった。

 どうも1階での戦闘を僕達以外の何者かによる仕業と勘違いしているようだ。


 その探偵には悪いが、今日の騒ぎは全部その人がやったことと勘違いしてもらえる方が助かるといえば助かる。

 

『それで今日はどうするんだ?』

『3人じゃ無理だわ。もう少し人を増やして再挑戦しましょう』

『そうだな。もっと火力の高い能力者が必要だ』

『俺達じゃダメだと?』

『お前の能力は全然通用しなかっただろ。それに侵入者のこともある……午前2時目途だな。人を集めて再チャレンジだ』

『2時!?』

『ヤツが動いているなら夜が明けたら本格的に調査を始めるぞ。その前に片を付ける必要がある』

 

 その後3人は何やら会話しながら扉の前から遠ざかり、正面入口から旧校舎の外へと出ていった。


「友瀬さん、追跡は?」

「やってます」


 影像は3人が学校の裏門を抜けて近くに停めてあったワゴン車に乗り込んで走り去るまでを映し続けた。


「私の能力だと距離はここまでが限界です」


 友瀬さんが大きく深呼吸をした後にコンソールを閉じながら言った。

 ワゴン車のナンバープレートなども分からなかったが、十分な成果はあった。

 先程の会話だけでも分かったことは多い。


「ありがとう。本当に助かったよ」

「い、いえ。私とアル君がみんなの助けになれたのなら」


 僕が感謝の意を告げると友瀬さんが顔を紅潮させて破顔した。


「それにしても、あんな漫画みたいに今の状況解説を詳しくしてくれる集団がいるなんて」

「それなんだが……」


 小森君は歯切れ悪そうに言葉を飲み込んだ。

 眉間にうっすらと皺が寄り、視線はわずかに逸れる。


「さっきの3人のうち2人は知っている奴かもしれない」

「小森の? まさか異世界帰りとか?」

「いや違う。異世界とは関係ないし、そいつに異世界のことなんて話したこともない。ただの……単に1年の頃からの腐れ縁ってだけだ。多分そのうちの1人は柿原や矢上君も会ったことがある」

「私が?」


 僕も会ったことがあると聞いて記憶を遡った。

 高身長で体格が良くて僕達と同じ高校生。


 新聞部で運動系の部活で好成績を収めた部員にインタビューをしたことがあったので、その中の誰かだ。


 その中で身長180cm近くとなるとほぼ確定した。


木島厚(きじまあつし)君。3年が引退して秋からバスケ部員のキャプテンになった」


 昨年に県大会ベスト8入りを果たして3年が引退した今年からは新キャプテンになったバスケ部希望の星とか言われていた生徒だ。

 公式ブログに載せるからと学校側から依頼を受けて取材記事を作ったのである程度のプロフィールなら覚えている。


 妙に綾乃に馴れ馴れしかったので嫌な感じだったのを覚えている。


「木島は1年の時から同じクラスなのでよく一緒に飯を食ったりしていた」

「過去形?」

「体育の授業の時にバスケで試合をやったんだけど、その時に……」

「異世界チートで勝っちゃったと」


 小森君は気まずそうに無言で頷いた。


「でもバスケ素人の小森と県大会でそこそこ勝てるキャプテンじゃ技量が……」

「それが、棒立ちに見えたんだ。最初は授業だから遊んでいるんだなと思って」

「ああ……」


 僕も綾乃もそれ以上何も言えなかった。


 友瀬さんが暴走させたアルゴスを倒す時に小森君が十数メートルジャンプや時速60kmほどでレーザーを避けながら走るのを見ている。

 あの驚異の運動能力があれば素人……いや、プロのバスケ選手でも止まって見えるだろう。


「女子高生の方も前に木島が連れていた彼女だと思うから、一度は会ってる。まあ木島のツレとしか認識してないし、ろくに会話をしてないけど」

「じゃあその木島君とやらに当たれば何か情報が手に入るかもってこと?」

「今言ったとおりだ。ちょっとこじれていて、そんなすんなり話してくれそうにはないんだ」


 小森君も顔見知りがこのような事件に関わっていたことに相当ショックを受けているようだ。

 複雑な気持ちを抱えているからなのか表情がスッキリしない。

 

「他に気付いたことは?」

「2人で大船に買い物へ行くって……いや、そっちはどうでもいいか。駅前イオンの近くの『事務所』に用事が有ったと」


 綾乃は端の方が少し焦げた鞄から手帳を取り出すと小森君の話を次々とメモしていく。


「駅前ってことはどこかの貸テナントかな? 事務所を持つことが出来るそれなりの大きい集団があるってことだよね」

「『神父』がいるんだから宗教団体かもしれない」

「恵太、それは良い気づき。会社じゃなくて宗教団体の事務所……教会なら色々な年齢の人間が出入りしていても怪しくはない」

「あいつが宗教団体か……ただのバスケバカには似合わなさすぎるだろう」


 小森君は乾いた笑みを見せた。

 表情は笑っているが、心の底では全く笑っていない。

 そんな顔だ。

 

「それはともかくとしてどうする? 2時になったらあいつらまた戻ってくるみたいだけど」


 現在時刻を確認すると11時30分。

 戻ってくるまで2時間近くはあるというこということは分かる。


「柿原はこのまま帰るだろ」

「冗談……私なら大丈夫」

「大丈夫って……」

「小森は私がまた使い魔を暴走させないかって不安?」


 綾乃はそう言うと友瀬さんからオイルライターを奪うように取りあげた。

 そしてライターを点火すると、サッカーボール大の炎の花弁……ヤマンソが姿を現した。


 思わず身構えるが、今のところは何をしてくる気配もない。


「いくらなんでも私を見くびりすぎ。こうやって戦える力を手に入れたんだから、ちゃんと制御して……みんなの役に立ってみせる」

「そうじゃない。傷は俺が治したけど、体力はそうじゃない。高熱の炎に囲まれて相当体力を消耗しているはずだ。今も立っているだけでも相当辛いくらいのはずだ」

「正直に言うとそうだよ。辛いよ。もう家に帰って寝たい。だけど、みんなに散々迷惑をかけて何も出来ずに帰りましたってわけにはいかないの。それに、ここで踏ん張らないと、私の家だって危ないんだから」

「矢上君からも何とか言ってくれ」

「綾乃はこうなったら誰にも止められないよ。絶対に途中で投げ出したりしない。何としてでもやってのける」


 僕が知っている綾乃は昔からそういう性格だ。


 普段は体力も根性もないのに、一度火が点いたら誰にも止められない。

 どこにしまい込んでいるのか、無限とも思えるバイタリティでが湧いてきて、なんでもやってのけてしまう。


 僕が綾乃の一番好きなところだし、一番心配なところでもある。

 誰かが付いてブレーキをかけてやらないと自分が倒れるまで突っ走ってしまうのだ。


「小森君、僕からもお願いするよ。綾乃がもし倒れても僕が運ぶし、使い魔が暴走したらまた何とかして見せるから」

「全く……とんでもない頑固者だな。そこまで言うなら一緒に行こう」


 小森君も分かってくれたようだ。

 綾乃に手を差し伸べた。


「その代わりに倒れたら背負ってでも最後まで連れて行くからな。片付けるまで付き合ってもらう」

「もちろん! 私も途中で倒れるつもりはないけどね」


 綾乃は小森君から貰ったスポーツドリンクを勢いよく飲み干した。


「じゃあこの4人で改めて行きましょう。地下5階へ!」


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