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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
番外編 2 横浜地下迷宮
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第九話 「コンビニのコーヒーは旨い」

 唯野誠二(ただのせいじ)は俺が通っていた高校から東大へ進学した同級生だ。

 東大でも優秀な成績を残し、卒業後は文科省に入省した新人の官僚だ。


 同期だと一番の出世頭かもしれない。


 もちろん俺と同じ年齢なのでいくら官僚とは言っても所詮は新人。

 アクセス出来る情報などたかがしれている。


 それでも今回の折戸教授の調査に横やりが入った件や、横浜の高校で行われている「学術調査」を調べる上ではこの上ない情報源になるとこちらの事情を全部話した上で協力してもらおうと、ここの古書店で待ち合わせしていたのだ。


「随分とやつれてるけどダイエット中ってわけじゃないんだろ。大丈夫か?」

「そういうお前は小さくなったな。女子中学生みたいに見えるけどロリコン趣味でも始めたのか?」

「24歳ですけど」

「知ってるよ。元同級生だからな」


 酷い返され方をした。


 改めて思うが、認識阻害魔法はかなり怖い。

 赤の他人はもちろん、それなりに面識のある人間の認知でさえこのように無茶苦茶に狂わせる効果がある。

 この魔法だか邪神の呪いだかの効果について疑問に思いつつも、旧友と旧交を温めた。


「こちらは赤土さん。現役の高校生です」

「どうも、赤土です。ラビ……上戸さんにはお世話になっています」

「赤土さんよろしく」


 エリちゃんに挨拶した後に俺の方へ向いて一言。


「高校生女子を連れ回すとか犯罪だぞ」


 同行しているエリちゃんの紹介をすると思っていた通りの反応が返ってきた。

 ただ、認識阻害魔法のバグが本格的に炸裂するのはこれからだ。


「……あれ? なんて俺は犯罪なんて思ったんだ? 女子が女子と一緒にいて何がおかしいんだ? むしろ未成年とこんな会話をしてる俺が犯罪なのか?」

「まあ教師の大親分みたいな組織所属の人間が女子学生とプライベートで会うと世間体がよろしくないのは分かる」

 

 この反応である。

 俺にやましいことなど一切ないのだが、それでも友人におかしな認知を押し付けて騙しているようで気が引ける。

 

「じゃあ俺は散歩の途中なので。近くのコンビニのイートインでコーヒーでも飲もうかな。散歩していたら喉が渇いたしな」


 唯野はそれだけ言うと立ち去っていこうとした。

 慌てて声をかける。


「通りすがりの人、コンビニならそこの角を曲がったところにありましたよ」

「それはどうも。じゃあせっかくだしそこのコンビニの道路から見えない席に座って飲むか」


 唯野はそのまま手を振りながら立ち去って行った。


「何、今のやり取り?」


 俺は小声でエリちゃんに耳打ちした。


「尾行を警戒してるみたいだ。誰か近くに隠れて俺達や唯野の様子を見守ってたりしないか?」


 俺がささやいたことでエリちゃんは瞬時に理解してくれたようだ。

 何者かが唯野を尾行や監視をしている可能性についてだ。


 ただの杞憂ならないい。

 これでもし追跡者がいるならば唯野への接触を含めて色々と考えないといけない。


 俺達ならば何が攻めてきても返り討ちに出来るが、一般人の唯野はそうはいかない。


 エリちゃんは目を閉じて息を凝らして神経を集中させた。


「……いないみたいだよ」


 エリちゃんの五感は圧倒的だ。

 わずかな物音や気配などから敵の察知が出来る。


 そのエリちゃんがいないというのだからいないのだろう。


 念のために本の陰で鳥の使い魔を喚び出し、街路樹に戻りこませて周囲の様子を確認するが、やはり怪しい人物はいない。

 杞憂かもしれないが、唯野が俺達との接触を見られたくないというのならば、それに準じたいと思う。


「軽い感じで唯野に情報提供を頼んだんだけど、これだけ警戒してるってことは、かなり厄介な相手が噛んでいるんだろうな」

「厄介な相手?」

「政府か他のややこしい組織か……まあ、まともに対応したくない相手だな」

「それでも来てくれたんだね」

「ああ。友情に感謝だ」

 

 そうやり取りしていると、店主が店の奥から折戸教授の著書2冊を持って戻ってきた。

 料理本を合わせて会計を済ませると、最近だと珍しい、わら半紙の紙袋に本を入れてくれた。


 最近はビニール袋か「エコ」のために包装なしで渡してくる本屋ばかりなので、こういう袋に入れてくれる体験込みで嬉しい物がある。


 電子書籍では体感できない、紙の本のずっしりとした重みを感じながら、古書店を後にした。

 

「じゃあ俺達もコンビニへ行こうか」

 

   ◆ ◆ ◆


「隣よろしいでしょうか?」

「開いているのでどうぞ」


 軽い茶番の後にコンビニのイートインでコーヒーを飲んでいた唯野の横へ腰かけた。


「敵」の正体は不明だが、あまり時間をかけると唯野に迷惑がかかるかもしれない。

 短時間で情報交換を終えよう。


「異世界とか眉唾だったんだが、お前の存在自体が証明なんだな。俺の知ってる上戸は冴えないモブ青年であって、白髪の女子中学生じゃなかった」

「目立つと仕事を押し付けられるのが嫌でね。お前はもっと俺を讃えろって感じだったけど。偽委員長さん」

「そういう反応が上戸本人であることの証明か。高校の時と全然変わってない。良い意味でも悪い意味でも成長なしだ」

「それだけ完成度が高いと褒めて欲しいな。では、異世界の証明ダメ押しとしてハロウィンのクッキーをどうぞ」


 唯野に虚空から取り出したクッキーを差し出すと、ティッシュを取り出してそれに包んでポケットに収納した。


「コンビニのイートインに食べ物を持ち込むなよ。マナー違反だぞ」

「リアクションが淡白だな」

「エンタメもパフォーマンスも足りないんだよ。それはネットの動画を見て覚えたにわか宴会芸の手品レベルだ」


 それもそうだ。

 派手さならば手品の方が上だし、クッキーが欲しいならここのコンビニでも買える。


「それで頼んでいた件は?」

「守秘義務があるから話せることは限られているぞ。出来ればこうやって会っているのも見られたくない」

「本当にすまない」

「いや、こっちも納得できないところがあったから憂さ晴らしってやつだ。異世界チートでなんとかしてくれよ」

「そう言われると応えなきゃ男じゃないな」

「その偽フリーレンみたいな見た目でまだ男のつもりだったのか」


 本当に最近はトナカイといい唯野といいやりにくい相手とばかり会話している気がする。


「これは愚痴なんだけどな。遺跡関連だと宮内庁やうちが規制に動くことが多いが、折戸教授関連はどちらでもなく総務省……というか警視庁だな」

「警視庁が古代の遺跡ね。ルパンでも出たってのかい」

「出たんだろうな。桜田門の連中め、本当に余計な仕事持ち込みやがって。書類の処理をする俺達の残業代はどこから出てると思ってんだと!」


 本当に愚痴だった。


 新人の下っ端官僚はこうやって無限に投げつけられる仕事の処理に追われる毎日なのだということが、今の語り口や目の下にあるクマ、やつれて不健康そうな身体からも分かる。


 それに「余計な仕事を持ち込んだ」というのは俺に対する当て付けも混じっている気がする。

 本当にすまない。


 ただ、今の話で唯野が警戒している理由が分かった。

 警察が動いているのならば、どこで監視などが行われているか分からないからだ。


 俺達はエリちゃんの五感と俺の使い魔によるダブルチェックで周囲に追跡者などいないと確認はしているが、流石に防犯カメラなどの機械で監視されるとチェック仕切れない。


 窓のないコンビニのイートインスペースに逃げ込んだのはそういうことだろう。

 喫茶店以上に人の出入りが激しいので、店の防犯カメラを国家権力を振りかざしてチェックしたとしても追跡が困難だ。


「政府の偉い人は異世界関連について把握していると?」

「おそらく。藪を突いて蛇を出す危険があるなら藪の周りに柵を作って何も出てこないようにしてしまえと言うことなんだろう。異世界は蛇な」

「囲碁じゃないんだから囲んだところで何も消えないだろ。ちゃんと白黒付けろって。パトカーが白黒だから警察的にはそれでOKのつもりか?」

「警察も上から言われてやってるだけだろ。所詮は悲しき国家の犬。お犬のお巡りさんよ」

「お前もな」

「俺もか。まあ、この過剰反応っぷりは過去に異世界絡みの力を利用しようとしたが大失敗。余程痛い目に遭ったんだろうな。そんな感じの動きだ」


 唯野の情報によると、俺の想像以上にややこしい事態になっているようだ。


 ただ、分からない話ではない。


 日本に異世界との境界があちこちにあるというならば、長い日本の歴史の中で、偶然に異世界の存在と接触したことは何度もあるだろう。


 ただ、それを公表するかしないかという問題だけだ。


 俺達の知っている歴史、知っている世界では異世界絡みの情報については一般大衆には隠し通すという選択をしたようだ。

 治安維持をしたい警視庁……総務省管轄の組織が率先して隠蔽に動いているということからして、なるべく世には出したくないのだろう。


 逆に言うならば、そうやって隠蔽されたであろう場所や歴史などを追っていくと、異世界に接触した記録などが見つかるかもしれない。


「ただ、異世界絡みの事件については割ける人数がかなり少ない印象を受ける。うちにもペラ紙が一枚飛んできただけで人の動きが一切ない。逆に言うとペラ紙一枚を動かす程度のことしか出来ない」

「フィクションみたいに警視庁なんとか課みたいな退魔師組織みたいなのは存在しないんだな」

「あるならとっくに動いてるだろうから、そんなものはないんだろう。本当にごくごく一部……数名の人間が対応してハンコを押した書類で通達を出すだけだ」

 

 一般人が知らない政府お抱えの謎の組織!

 というのはロマンがあるのだが、やはりそんな組織は実在しないのだろう。


 おそらく一年あたりに発生する件数があまりに少なすぎて、それだけのために組織を作る余力も予算もないのだ。


 もちろん、普通の警察が他の事件の合間、もしくは別件のついでで監視などを行っている可能性までは否定出来ないが。


「人の口に戸を立てられないんだから、情報に触れられる人間を絞りたいんだろうな。ついうっかり増やすと戦艦大和みたいな公然の秘密みたいになって隠蔽とはとなる」

「戦艦大和は呉に住んでる人間の8割くらい知ってたんだっけか。山の上からも建造中の船渠(ドッグ)が普通に見えるわ、作業員が家族に『ここだけの話』と伝えたのが口コミでガンガン広がるわで」

「最近はバイトテロみたいなのもあるしな。俺みたいな内通者もいる」

「俺は口外しないよ」

「もちろんだ。守秘義務違反で解雇されてハローワーク通いなんて勘弁だぞ」


 唯野が紙コップに入っていたコーヒーを飲みほし、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「その上でだが、神奈川の高校については完全に別件。国も県知事も不自然なくらい誰も動いていない。多分県議会辺りで影響力を持った県議会議員あたりが予算を付けて勝手に動いてる」

「独断で動いてると?」

「桜田門の方もおかしいと思っていそうだが、さっきも言った通り法的な根拠がなければペラ紙を動かすのが精一杯。地方自治にまで手を出せない」

「お巡りさんはそこまで無力なのか」

「異世界絡みとか法律が想定していないから現行法だと警察も自衛隊もまともに動けない」

 

 俺の脳内で巨人(イソグサ)やダゴンが東京湾から上陸するイメージがわき上がった。


 もし異世界の怪物が出現したとしても、現代の自衛隊の装備は向こうの世界とは比べ物にならない程強いので、再生が追い付かないくらいの火力を叩き込めば倒せなくはないだろう。


 ただ、自衛隊が出動……しかも都会の真ん中で火器使用となると絶対に法律の壁が立ちはだかる。


 敵の正体は何かという説明を行うには異世界の情報公開が必須になるだろうし、それを隠ぺいしていたことが明らかになると内閣は10回くらい吹き飛びそうだ。


 もちろん日本以外でも異世界絡みの何かを隠していそうなので、それらが公表されると世界中が大騒ぎになる。


 そうなれば今の世の中はおしまいである。

 誰1人として得するやつはいない。


「逆に言うと警視庁はペラ紙を動かすことは出来るはずだ。だから、神奈川で何かやっているやつを合法的に裁くための証拠が手に入れば、喜んで主犯を網走送りにするだろう」

「網走刑務所って現役だっけ?」

「監獄ごっこが出来て楽しいぞ。記念写真も撮った」


 唯野はそういうとスマホの写真を見せて来た。

 

 そこには唯野が見知らぬ女性と「網走監獄」のTシャツを着て楽しそうに記念撮影をしている写真が表示されていた。


「こちらの女性とはいつ頃結婚予定?」

「3年後を目標にしてる。出世したら給料が増えるからそれまでは我慢だ。お前と同じで同棲はしてるけど籍も式もまだ先」

 

 こいつ俺と同じようなことを言ってるな。

 似たもの同士ってことか。


 ただ、1つだけ訂正はしておきたい。


「うちは同棲じゃないぞ。あいつはうちで飯を食ったらそのまま家に帰るから。たまに泊まるけどその時の俺はソファー泊だ」

「なんで!?」


 なんでと言われても、ずっとそれでやって来ているので今更変えられない。

 同性になったら余計に生々しくなって余計に寝られなくなった。


 世の中そんなもんだ。


「お前の家は行き着けの食堂か? 給仕でもやってるのか?」

「1人分だと余りまくる料理も2人なら食材を効率良く使えるのでちょうどいいんだ」

「騙されてるぞそれ」


 騙されてなどいない。

 俺は全てを理解していて、好きで料理をやっているからだ。


 この趣味で身についた知識がどれだけ異世界の旅で役に立ったことか。

 

「色々と助かったよ。今日はありがとうな」

「次は会うのは3年後かな? その時は二次会で他の旧友と一緒に居酒屋にでも行って美味い酒でも飲もう。それまでには成人しとけよ」

「俺はお前の元同級生で同じ年齢だよ」

「見た目の話だよ」


 唯野はコーヒーが入っていた紙コップをゴミ箱に投げ込んでコンビニを出ていった。


「しばらく追跡しろ」


 外で待たせている鳥の使い魔に命令して唯野を追跡させる。


 今のところ監視の尾行などは付いていないようが念には念をだ。


 唯野が俺達のせいで酷い目に遭うというのも何か違う。

 恐らく何もないとは思うが、射程限界の2Kmまでは見送らせてもらおう。


「ラビちゃん楽しそうだったね」


 ずっと無言で俺達の会話を聞いていたエリちゃんが声をかけてきた。


「たまにしか会わない友人だからな。最小限の会話で打ち切るべきだったんだろうけど、つい盛り上がった」

「でも、そういう関係は良いなって思う。5年経っても10年経っても友達なんて」

「エリちゃんも学生の間に友人はたくさん作っていた方が良いよ。今回みたいに困った時にはお互い助け合えるし、人生の楽しみも友人の人数だけ増やせる」

「本当にそうみたいだね」

「今回の件が片付いたら、気兼ねなくゆっくり話したいところだよ」


 唯野のお陰で俺達のやるべきゴールが見えた。


「神父」が横浜の地下遺跡を使って何かやろうとしており、矢上君達に与えられた謎の能力はその一環。

 

 神奈川の議員はそれに一枚噛んでいる。


 なので「神父」を撃退して、それに議員が協力していた証拠を警視庁に送れば事件解決。


 後始末はお巡りさんがやってくれる。国家権力万歳だ。

 それで、この世界は何事もなかったかのように元の状態に戻る。


 これが俺達が今回の事件でやるべきことだ。


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