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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
番外編 2 横浜地下迷宮
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第二話 「埴輪」

「はいはいダンジョンダンジョン」


 旧校舎内はとても建造物の中とは思えない異様な空間と化していた。


 板張りの床というのは確かに「旧校舎」という言葉の響きには合致しているが、この高校自体は高度成長期の人口増に合わせて作られた鉄筋コンクリートの比較的新しい建造物だ。

 壁や床が木製のエリアがあるのはおかしくはないだろうか?


 廊下には窓の類は一切見当たらず、昼間だと言うのに薄暗い。


 天井には明滅する黒ずんだ蛍光灯が設置されており、これが唯一の光源だ。


 こういう場所だと分かっていたならば突入前に近くのコンビニで懐中電灯を照明として購入して備えたのだが、残念なことに手ぶら集団にはスマホのライト機能しかない。

 それもバッテリー消費が激しいので、あまり長時間の使用は避けたいところだ。

 

 現実ベースではなく、全く違う空間……それこそ異世界の風景に俺達が閉じ込められている可能性が高いだろう。


 異空間であることの決定的な証明は、先程から定期的に襲いかかってくる謎のモンスターだ。


 外見は一言で説明するならば埴輪の武人である。


 小札甲(こざね)を模したと思われる赤みがかった素焼きレンガのような風合いの鎧をガランガランと鳴らしながら、これまた素焼きのような質感の剣をブンブンと振り回して襲いかかってくる。

 顔文字のようなシンプルな造形の顔と相まってコミカルさはあるが、その剣に切りつけられれば無傷というわけにはいかないだろう。


 最初は向こうの世界で会った低予算モンスターの親戚かと思ったのだが、鳥の目で視ると、中心に核のようなものがあり、それを中心に炎のようにゆらめく赤い力場が放たれている。

 どうやら親類縁者なのは九州にいたハワイのホテルマンのようだ。


 ……冷静に思えば九州のハワイって何だよ。

 鳥取県の羽合(はわい)で間に合ってるぞ。


 ともかく、九州で会った連中と同じならば対処方法も同じだ。


「圧縮極光!」


 3番目のスキルである極光を一瞬に収束させて爆発するように放つと、衝撃によって核が瞬時に吹き飛ばされた。

 本体を失った埴輪はその身体を維持出来なくなったのか、そのまま溶けるように消滅した。

 

 敵の正体は不明だが、特徴などを悠長に観察するつもりなどない。


「もしかして、あんまり強くない?」

「油断はしない方がいい。状態異常を与えて来るとか攻撃力は高いとか厄介な特技持ちかもしれないし、慢心はせずに先制攻撃で相手が何かする前に潰してしまおう」

「分かりました。ラビさんの先制攻撃で倒せなければ俺達で対処します」


 そうは言っても小森くんは完全に手ぶらで歩いている。

 素手でも何の問題もないエリちゃんと違い、手ぶらでは本領を発揮できない。


 今の俺達は傍目にはダンジョン攻略をしているようには全く見えない完全にテーマパークのお化け屋敷でキャハハウフフしているようにしか見えない手ぶら集団なのだから。

 武器も防具もなしというのは長期的に見れば不利になっていくだろう。


「今日は使い魔で調査をしないんですか?」

「それなんだが、この迷宮内になんか霧みたいなのが漂っているんだよ」


 肉眼だと何も見えないのだが、鳥の目で視ると、うっすらと霧のようなものが見える。

 近くならば良いが、5mも離れると霧が濃すぎてその先を見通すことが出来ない。


 ふと思い当たることがあり、スマホを取り出してカメラアプリを起動させると、カメラの前面が霧のようなものに覆われていた。

 使い魔の目で視た時以上に霧の濃度が濃い。


「人間の目だけには霧が見えない?」

 

 もしかすると見えないのは俺だけという可能性を考えて小森くんとエリちゃんの2人に確認を取ることにする。

 

「俺も見えません」

「私も。スマホのカメラには映るのにね」


 エリちゃんも同じようにスマホをかざすが、やはり霧のようなものが邪魔してまともに撮影出来ないようだった。

 やや遅れて小森くんもスマホを取り出してカメラ越しと肉眼で見える光景の違いを確認している。


 3人とも同じとなれば、俺だけに発生している問題ではないだろう。

 

「霧はラビさん対策だとしてもスマホまでダメってのは分からないですね」

「逆かもしれない。スマホみたいなカメラのついた録画やネット対策をしようとして、人間の視覚とは違う俺の使い魔まで巻き込まれた」

「カメラを規制したいって、これ古代の遺跡から出て来た結界の可能性があるんですよね」


 小森くんの疑問は尤もだ。

 そちらの方が正しい反応だろう。


「ラビさんの言いたいことはある程度分かりますよ。現代で魔術が使える誰かが関与している可能性がある。そういうことですよね。学校関係者まで動いているんですし」

「やっぱり私達と同じように異世界帰りの人が?」

「まだこれは単なる仮説だから現時点ではそこまで気にしなくていいよ。これから調べていけば分かることだ」


 何にせよ情報不足は否めない。

 まずはこの結界を解除させる。


 その後に何故こんなことが起こったのか、学校関係者はどこまで把握していたのかを調べていく。


 もちろん俺達は警察のような公的機関でも正義の味方でもないただの一般人だ。

 戦闘力だけは逸般人ではあるが、現代では怪しいやつを殴って解決というわけにはいかない。


「闇は俺達の想像より遥かに深いってことだ 完」とライアーゲームのように終わってしまう可能性もありうる。


「人生なんてどうにでもなれー」と鳥10羽で内閣総辞職ビームを放てば無理矢理解決出来なくもないが、それは流石に俺にはデメリットしかない。


「今は裏にある背景の調査は後回し。まずは人命と周囲への被害を抑えること優先だ。それでいいね」


 2人は首を縦に振った。

 遊びに来たスタイルの3人が現時点で出来ることなんてそれくらいだ。


 俺達は異世界帰りの能力者ではあるが、チートというほどの無敵の能力などないのだから。


 その分は頭で考えて補うのだ。

 

 3人揃えば文殊の知恵。

 3本揃った矢は折れない。

 3つの心が1つになれば100万パワー。


 ベアークローを両手に出していつもの2倍のジャンプで5倍の回転を加えれば2000万パワー。

 それに3人のスーパー友情パワーをプラスすれば神をも超える1億パワーを出せるのだ。


「人命優先はいいけど、学校の中に誰か人はいるの? 運動場には誰もいなかったみたいに見えたけど」


 エリちゃんが小森くんに尋ねた。

 今のところ情報源はこの学校の現役生である小森くんだけだ。

 一般生徒なので分かる情報に制限などはあるだろうが、頼るしかない。


「校門は空いていたから部活をしている生徒は皆無ってことはないだろうけど、少なくとも旧校舎に人がいなければいいんだ」

「小森くんに念のために確認。今日は旧校舎の中には誰もいない可能性が高いんだよね。もしもここに囚われた被害者がいるなら優先して助けないと」

「いないと思います。学校も旧校舎は入るなって言ってるし、休日にわざわざ登校してきて旧校舎で何かやるような暇人なんて……」


 小森くんがここで言葉を切った。

 何か思い当たるフシがあるのか額に手を当ててトントンと叩いている。


「うちの新聞部なんですが、最近、結依の幽霊が旧校舎に出るとかいう変な噂を信じて変な動きをしていて」

「新聞部ってあのホームページで見た」


 エリちゃんの言葉で思い出した。

 小森くんの友人の木島君にインタビューしていたあの少女か。


「一度は文句を言いに行ったんですよ。不謹慎だ。結依の死を冒涜するなって」

「でも聞かなかった。それどころか幽霊の調査のためにこの旧校舎へ入り込んでる可能性があると?」

「はい。柿原(かきはら)って女子生徒なんですけど、俺が何か悪いことでもしたのかって感じで突っかかって来て」


 小森くんが珍しくイラだっている。

 余程その柿原という女生徒と馬が合わないのだろう。


 いや、馬が合って付き合われてもそれはそれで困るのだが。


「そもそも結依さんの幽霊なんて出るわけないだろ。本人がここにいるのに。もしいたとしても、それは完全に別人の幽霊で……」

 

 自分の言葉で気付いた。


 俺達が先程遭遇したハニワ幻人が何も知らない生徒に目撃されれば、幽霊が出たと勘違いしてもおかしくはない。

 その上で、昨年秋に自殺した女子生徒という関連付けしやすそうな事件まで揃っている。


 状況が状況だけに、新聞部が悪いとは言い難い。

 そちらも被害者だ。


「新聞部連中がここに入り込んでいるとなると面倒だな」

「急ぎましょう!」

「ああ、さっさとこのダンジョンを消し去ろう」

 

   ◆ ◆ ◆


 僕、矢上恵太(やがみけいた)は幼馴染で腐れ縁の柿原綾乃(かきはらあやの)と一緒に共に全速力で暗い旧校舎の廊下を駆け抜けていた。


 その背後から淡い光を放つ埴輪の兵士としか形容しようのない「何か」が巨大な剣を片手に走って追いかけてきている。


 僕達を追いかけてくる理由が分からない。

 そもそも、何故埴輪が学校の旧校舎にいるのか、全てが理解出来ない。


 今更ながら、工事中の旧校舎に忍び込んだことを後悔し始めていた。


 僕達がわざわざ休日の日にこんなところにいる理由は1つ。


 新聞部の活動で、来年から部長になる綾乃が


「去年に自殺した生徒の霊が旧校舎に出るらしいから取材に行くわよ!」


 などと突然に言い出したからだ。

 

 僕達は歩くだけでミシミシと唸る傷んだ床材を強く蹴って、長い廊下を駆け抜け、見えてきた角を左へ曲がってなおも突き進む。


「この旧校舎ってこんなに広かった?」

「広すぎるよ! ここが狭いから今の校舎を建てたはずなのに」

「じゃあ今曲がった角は何? 廊下は短い直線が一本のはずだよ!」

「知らないよ!」


 冷静に考えると校舎の中に、こんな長い廊下や角なんて存在するはずがない。


 埴輪といい、迷路のように変化した旧校舎といい、何か悪い夢でも見ているのだろうか?


 ただ、もしも夢でなかった場合には埴輪に追いつかれてしまうとどうなるか……考えたくもない。

 

 兎に角、今は旧校舎を脱出することが再優先事項だった。

 外にさえ出られたのならばいくらでも逃げ道はある。


「さっきの角はどっちに曲がったっけ?」

「左だけど」

「じゃあここでもう一度左に曲がると元の場所に戻るわけでしょ。右よ!」


 綾乃の理屈は無茶苦茶だが、深く考えたところで正解など出るわけもない。


 2人で全力ダッシュをしていると、こんな緊迫した状況だというのに脳内では体育祭の定番曲「天国と地獄」が再生され始めた。

 

 まるでコメディみたいだと思いながらも僕達2人は通路を右に曲がり、なおも先の見えない道をひたすら駆ける。


 だが、BGMの後押しを得たとしても流石に全力疾走の状態で延々と走り続けることは出来なかった。

 息が荒くなり、段々と走る速度と脳内BGMの再生ピッチが落ちて、ついには足が止まった。


 全力で走ったので埴輪とはかなり距離を離すことが出来たが、奴が追跡を諦めていないのは、遠くから響いてくる足音で分かる。


 「も……もうダメ。少し休む」


 綾乃は体力の限界が来たのか、その場でヘタり込んだ。


 僕もシャツのボタンを外してネクタイを緩め、何度か大きめの深呼吸をしてなんとか息を整えた。

 気合を入れて綾乃に声をかける。


「綾乃? 自分で立てる?」

「ちょっと休憩させてもらえるとありがたい……かな?」


 いつも強気な綾乃が珍しく弱音を吐いていた。

 

 思えば中学までの綾乃は、いつもこんな感じで僕に妹のように甘えていた。

 それが、中学3年のあたりからいつの間にか逆に僕の方が引っ張られていた。

 身長まで抜かれてしまった。


 そんな綾乃がまるで昔に戻ったように、僕に頼ろうとしている。

 これは僕が考えている以上に精神的に弱っているに違いない。


「ダメだよ。もう少し走ろう」

「そんなこと言っても……膝が笑って動かない」

「だから、普段からもう少し運動をしようって言ったじゃないか。新聞部は足で稼ぐのが仕事だって」


 なんとか鼓舞してみるが、それでも綾乃は下を向いたまま微動だにしない。


「……恵太だけでも先に逃げて」

「そんなわけにいかないだろう!」


 僕は綾乃を無理矢理に背負った。


 僕の身長はもうすぐ高校3年だというのにあまり伸びなかったので、女子にしては高身長の綾乃とは頭1つ分違う。

 体格的に不利なのは分かっている。


 だけど、僕には綾乃を置いて自分だけ逃げるという選択肢はない。

 自分で言うのも何だけど、僕は頑固な方だ。


「逃げるなら一緒に決まってるだろ。バカなこと言うなよ」

「降ろして」

「嫌だ!」


 何とか気合を入れて体勢を立て直して、一歩一歩確実に歩みを進める。

 ここで足を止めるわけにはいかない。


 その時だった。

 埴輪が追ってきているのと反対側の通路から突然に強い光が差し込んで僕と綾乃の顔を照らした。


「君達は何者だね? 何故こんなところにいる?」


 声のする方を見ると、そこに立っていたのは長身の黒い神父服を身にまとった黒髪、褐色の肌の男性だった。

 アフリカ系だろうか?


 左手に聖書らしき本を持っているのは神父らしいのだが、首から吊るされているのは十字架ではなく多角形にカットされた赤い宝石のネックレス。

 よく見ると服装も神父服にしては装飾が多く何かおかしい。


 右手にはアウトドアショップなどで販売されているような真鍮製のオイルランタンが握られていた。

 ランタンの中で燃えるオレンジ色の炎が僕達の顔を照らす。


「あなたは?」

「見ての通り神父。神の教えを伝え、広めるものだ」


 神父はにこやかな笑みを浮かべて余裕の表情で立っている。

 

「君達こそ何故ここに? 学校から通達は出ているだろう。危険だから誰も入るなと」

「それについてはすみません」

 

 もしかすると「危険だから入るな」とは学校もこの埴輪について何か知っていたのだろうか?

 

 いや、今はそれをゆっくり考えている時間はない。


 背後から聞こえてくる足音が段々と大きくなってきた。

 あまり時間の猶予はなさそうだ。


 眼の前の神父が埴輪と戦って助けてくれる救世主だとありがたかったのだが、神父も武器らしきものは何も持っていない。

 もし素手で殴りかかったところであいつを倒せはしないだろう。


 そうなると選択肢は1つだ。

 この神父と一緒に逃げるしかない。


「あなたも逃げて! 後ろから剣を持った変な奴が追いかけてくるんです」

「なるほど、君は初対面の私に対しても配慮を欠かさないのか。なかなか面白い。気に入った」

 

 僕が強く訴えるも、神父は余裕の姿勢を崩さず、その場を動こうとしなかった。

 それどころか、胸にぶら下がっていた赤い宝石を掲げ、何やら不明な言葉で祈りを捧げ始めた。


「そんなことしないで早く逃げないと」

 

 何とか神父を説得しようとした時、神父が掲げた赤い宝石からまるでサーチライトのような強烈な光が放たれた。


 あまりの眩しさに目を開けていられない。思わず目を閉じる。


 光はなおも強くなり、目を閉じているというのに瞼の裏に赤い光が焼き付いて見えるようだ。

 それだけではない。

 まるで自分の身体が溶けているのではと思うほどの圧力を感じるほどになった。


「なんだこれ……何が起こってるんだ?」


 身体の奥底が熱い。

 まるで心臓のあたりで炎が燃えているような熱が伝わってくる。


「なにこれ……熱い……」


 背負っている綾乃も同じようなことを呟き始めた。


「これもまた縁というもの。私から君達へのプレゼントだ」

「どういうこと?」

「炎……それが敵に向けられるのか、それとも自らを焼くことになるのか。それは君達の素養次第だ。使い方は自然に理解出来る」


 言っていることがさっぱり分からない。


「だから、どういうことなんですか!」

「それは――」


 神父が突然に言葉を切った。


「――なんだこいつらは? 何故こんなやつがこの世界にいる?」

「この世界?」


 神父が何やら焦った口調で脈略のない話を始めた。


 もしかして、このおかしくなった旧校舎について何か知っているのだろうか?

 強い光に耐えるために目を閉じたまま神父に尋ねる。


「何が起こっているんですか? この光は? それに世界って」

「すまない。別の用事が出来た。君達の行末を見届けられないのは残念だが、近いうちにまた会えるだろう。それまで神のご加護があらんことを」


 神父からの回答の全く望んでいたものではない意味不明なものだった。


「どういうことなんですか! 説明してください!」


 怒鳴るように大きな声を出すも神父からの返答はない。

 ただ、神父が無言になったと同時に急速に光は弱まっていった。


 おそるおそる瞼を開くと、神父はまるで最初から存在しなかったように視界内から消えていた。

 床には神父が持っていたランタンだけが残っていたので、夢でないことだけは分かる。


「一体何だったんだ?」

「恵太! すぐに横に倒れて!」


 綾乃の叫びに反応してわけも分からず横に倒れ込むと、頭のすぐ上を鋭い風音を立てて高速で何かが通過していった。

 倒れた勢いで綾乃の身体が投げ出された。


 何が起きたのか確認しようと片膝を立てて身体を少しだけ起こした。

 首を動かして背後を振り返るとすと、いつの間にか埴輪が真後ろに迫ってきており、剣を横薙ぎにした姿勢で立っていた。


 神父とやり取りをしている間に奴に追い付かれてしまったのだ。


 綾乃が叫ばなければ、今の剣の一撃で僕らの首は飛ばされていただろう。


「よけて!」

「言われなくても!」


 僕は横へ転がり、またも間一髪で埴輪が振りかざした剣を避けることが出来た。

 狙いを外した剣は床に突き刺さり、床板の破片を飛び散らせる。


 攻撃は避けられたが、今のところ状況は何も好転していない。

 武器としてはあまりにも頼りないが、何もしないよりはマシだと僕は手元に有ったランタンを掴んで埴輪に向かって投げつけた。


 ランタンは衝撃でへしゃげて中のオイルが飛び散り、埴輪の表面を少しだけ濡らした。


 ポタポタと床に垂れたオイルが燃えて僅かな火を灯しているが、それで終わりだった。

 埴輪は微動だにせず、まるで何事もなかったかのように、ゆっくりと僕の方へと剣を振りかざしながら歩み寄ってくる。


「恵太!」


 ダメだ。今度ばかりは、もう避けられな――


「――間に合ったぁ!」


 埴輪が僕に剣を振りかぶった瞬間、僕の頭のすぐ横を、青い稲妻のように光る「何か」が勢いで風を切りながら駆け抜けていった。


 飛行中はあまりの速さに何も捉えることは出来なかったが「何か」が埴輪の右半身へ轟音と共に突き刺さったことで正体がようやく理解出来た。


 ――少女だった。

 ピンク色のダウンジャケットを着た高校生くらいの少女が飛び蹴りの体勢でそのカモシカのような脚を埴輪の胴体へめり込ませていた。

 蹴りが直撃した場所から埴輪の胴体にヒビが走り、見た目の通り陶器が割れるように砕けていく。


「もういっちょ!」


 更に少女は胴体に食い込ませた脚を軸に独楽(こま)のように回転させた。

 そうして勢いが乗った鋭い回り蹴りが埴輪の頭部へ食い込み……胴体と同じように粉微塵に粉砕された。


 瞬く間に倒された埴輪は全身が霧のようにふわりと溶けて、跡形もなく消えていった。


 少女は回り蹴りの勢いを殺すべく、空中でフィギュアスケーターのように回転しながら華麗に着地を決める。


 見た目は僕と同じ年代の高校生に見えるが、最初の飛び蹴りからの動きは常人のそれではない。


 何者かは不明だが、僕達を助けに来てくれたと考えてよいのだろうか?


「怪我は有りませんか?」


 続いて後方から僕達に呼びかけるような声が聞こえて来た。

 綾乃と一緒に振り返ると、通路の奥から高校生くらいの男子と中学生くらいの女子が僕達の方へと小走りで近寄ってきていた。


「今度は誰? 旧校舎になんでこんなに人がいるの?」

「綾乃、それはあんまり僕達も人のことを言えない」


 高校生の方は見覚えがある。

 

 記憶に間違いなければ、僕達3年2組の隣のクラスである1組の生徒だ。

 名前は知らないが、学校内で何度も顔を見た記憶がある。


「もしかして小森? なんであんたがこんなところに?」


 綾乃が少年……小森君に話しかけた。


「新聞部の柿原綾乃さんだっけ? あと、そちらは……」

「矢上恵太。隣のクラスの。体育の授業で会ったりしてるよね。でも小森君が何故ここに?」

「助けに来たんだよ。君達をこのよく分からない状況から」


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