Extra Eposode 1 Period
帰還者2人が働いているであろう店の前に到着した。
広い駐車場に俺の車だけが貸切状態で停車している。
時間は営業時間前。
店に住み込みで働いているというならば、営業時間前の訪問の方が仕事の邪魔にならず良いはずだ。
今は九州初日に鹿島さんの家を訪れた時と同じように洗濯したてのシャツにネクタイ、ビジネススーツとバッチリ決めている。
観光客向けの食堂に顔を出すにはいささか違和感がある服装かもしれないが、先輩に会う上で失礼があってはいけない。
「佑、それでどうやって話を切り出すんだ?」
「色々考えたけどこれが一番かな?」
青白く光る鳥達を喚びだして、それぞれ頭の上と両肩に止まらせる。
色々言葉を交わしたり何か物を見せるよりも手っ取り早く能力を見せた方が異世界帰りの能力者だと伝わるだろう。
「せっかくスーツで決めたのに鳥を乗せての大道芸人登場は台無しにならないか? ホームアローン2の鳩おばさんじゃあるまいし」
「そうは言っても相手にこちらの素性を伝えるにはこれが一番だと思わないか?」
「そうかな? そうかも」
言葉だけでは怪しまれるかもしれないのだから仕方ない。
頭と肩に鳥を乗せた明らかに怪しいスタイルで店の裏手にある従業員用の入り口にあったインターホンを鳴らすと、既に仕込み準備中だったのかエプロンを付けたブラウンブロンドの髪の20代くらいの好青年が応対に現れた。
青年……ナタリオさん(キャラクターネーム)で間違いないようだ。
「あの、どちら様ですか?」
頭と両肩に青白く光る鳥を乗せた明らかに怪しい少女がやってきたといいうのにこの淡白な反応。
こちらが全力でボケているのにツッコんでくれない微妙に滑っているお笑いのようになっている。
いや、これはナタリオさんがこちらのボケをスルーしているわけでなく、例の認識阻害魔法が効きまくっているせいだろう。
明らかに怪しい俺の姿が全く違和感なく当然の出来事として受け入れられているのだ。
「ほら、すごいだろ認識阻害魔法。完全に挙動がバグってる」
乾いた笑みを後ろにいる優紀とエリちゃんに向けた。
「凄いというかなんというか」
「ある意味すごい。シュールすぎてすごい」
呆れる優紀を尻目に再度ナタリオさんに再度声をかけた。
「あの、少しよろしいでしょうか? この鳥の使い魔をどう思います?」
「どうって……使い魔ですよね……あれ? ええええええええ」
こちらから指摘すると、ようやくここで現代日本に存在してはいけない異常な存在が俺の頭や肩の上に止まっていることに気付いてくれたようだ。
視認しているデータと全く違うにもかかわらず違和感を感じさせないという認識阻害魔法がこのようにたまにバグのような挙動を起こす。
反応が遅すぎるのとリアクションが派手過ぎことの合わせ技で何かのコントのように見えてくる。
本当に何なのこの魔法?
邪神の嫌がらせかよ。
……邪神の仕業だったわ。
笑顔で席から立ちあがってナタリオさんへ改めて挨拶を行う。
「初めまして。私は上戸佑と申します。あなたと同じで異世界からの帰還者です。今年の10月末に日本へ帰還しました」
「私は赤土恵理子です。初めまして」
続いてエリちゃんがカードをナタリオさんに見せた。
異世界帰りではない優紀にはややこしいので後ろでお辞儀だけして貰う。
「私達が異世界帰りということを信じていただけるでしょうか?」
「それだけの証拠を見せられると、信じざるを得ませんが……僕達は貴方達を初めて見るのですけど……最初の50人に含まれていました?」
「私達は今年召喚されて5ヶ月かけて帰還。貴方達からすると3年後の後輩にあたります」
「後輩……」
「はい」
そう答えるとナタリオさんが唸り声を上げた。
様々な感情が籠った悲痛さを感じる。
「まだあんな酷いことが続けられていたのか……」
そしてしばし沈黙。
予想の範疇ではあったが、流石にこの反応を見ると、こちらも辛い。
今の短い言葉で、向こうの世界でかなり酷い事態が発生したことは理解出来る。
俺達が出会った元日本人はほぼ善人であり、快く俺達のことを受け入れてくれた。
少なくとも現地の方々に対して与えられた力を悪用して暴力的な行為をするような人間は1人もいなかった。
……いや、何人かいたような気がする。
ともかく、みんな現地の人達の幸福のために身を粉にして戦っていた。
ただ、それはたまたま俺達の運が良かっただけなのかもしれない。
手にしたスキルで好き放題暴れたり、日本人同士で殺し合いを始めた連中が大勢いた世代があっても不思議ではない。
俺のようなプラス1名が現れることなく「余り2」のまま亡くなった方もいたかもしれない。
いきなり邪神の力を貰って壁をぶち破って50人全員を脱出させた先代や、プラス1が現れた俺達の代の方がおそらくレアケースなのだろう。
あまり気苦労とかけたくはなかったが流石にこれを説明しないことには話が先に進まないので仕方がない。
「ただ、それについては安心してください。あの酷いゲームは私達の世代で最後です。最後になりました」
「どういうことですか?」
「あの悪趣味なゲームを行っていた運営をあの世界から退去に成功させました。ゲームを仕切っていたゲームマスターも討伐済みです」
「えっ」
流石に今の話では分からないのは当然だ。
「詳しい話を聞いてみたいです。僕達が日本へ帰った後にあちらの世界で何が起こったのか、僕達の前で繰り広げられた、あの殺し合いは何だったのかを」
◆ ◆ ◆
それから、まだ準備中の店内に俺達3人は案内された。
ナタリオさん改め健吾さんとその奥さんの幸代さんへ簡単に俺達が知っていることを話すことにした。
日本人が定期的にあちらの世界に召喚されて、駒としてゲームに強制参加させられていたこと。
ゲームは半年に1回のペースで開催されていたが、俺達の先代である中村の工作と伊原による次元の壁修復により、運営はゲーム継続を諦めて撤退したこと。
俺達が奴らの拠点へ殴り込みをかけてゲームマスターを倒したこと。
そして、目の前にいる健吾さんと幸代さんとは別の方法……うちの神さんの神の力で7人が地球に帰還したことだ。
一通り説明した上で例の洞窟で回収した宝石や金の指輪などが入った巾着袋、そしてカードを渡した。
「こちらは高千穂の山中にある洞窟内で拾いました。おそらく貴方達の所持品だと思いますが念のため確認してください」
そう説明すると、2人は巾着袋をテーブルの上にぶちまけた。
その中には宝石や腕輪などの高額な品があるというのに、それらには目もくれず、地味なバッジと銅のメダルを取り出して涙を流し始めた。
2人にとってはそのバッヂが高額な品よりも重要な……何か思い出の品だったのだろう。
運営が俺達の代と同じ設定ならば、この人達も3人組でスタートしたはずだ。
だが、今は2人しかいない。
そして銅のメダル……あの世界に喚び出された「何か」の生命活動が終わった時に出現するそれを見てのこの反応。
トナカイの話を合わせて考えると……まあそういうことだ。
思えばこの九州旅行は俺達が本来の所有者に届かなかった忘れ物を届けるための旅だった。
オウカちゃんの刀で始まり、帰還者2人にバッヂとメダルを届けることで終わる。
九州行きのフェリーに乗った時にはこんな展開なんて予想もしていなかった。
特にここに来られた……異世界から帰ってきた先輩に会えたのは完全に縁の繋がりのおかげなのだから。
あちらの世界から持ち帰った宿題は色々とあったが、これで一段落だ。
「ありがとうございます。日本に戻すことが出来たのだからこれで良かったのだと諦めていました。これからはずっと大切にします」
「メダルだけではなく、こちらのお宝も受け取ってくださいね」
「そちらは差し上げますよ。迷惑料みたいなものです」
そう言われても困る。
流石に落とし主に対する謝礼はせいぜい1割だ。
「思い入れも特になく不要ということでしたら適当に売って生活費の足しにしてください。生活していく上で金銭も必要でしょう」
「そうは言っても、こんなのどこで売れば? 手元に残った品は店のオーナーにお礼として差し上げたのですが、やはり売るに売れなくて飾っているみたいで」
店のオーナーのひととなりは分からないが、売却ルートがないというよりも、この2人の繋がりである貴重な品なんて売れないということの気がしないでもない。
ただ、売却ルートについて俺に聞かれても困る。
少なくともジャンクコーナーのトレイに投げ込まれているイメージはないのでリサイクルショップに投げたら良いというものではないことくらいは分かる。
仕方ない。ここはやはり先輩に丸投げしよう。
「私達が帰った後、何日か経った後に伊原周子という女性がここに来ると思います。あらゆる言動が雑でダメな人間という感じですが、色々な力を持っています。その方に相談してみてください」
「その方も帰還者なのですか?」
「いえ、その人は向こうの世界に居ます。日本と自由に往復が出来るんですよ」
伊原さんについて簡単に説明すると信じられないという顔をされた。
「どういうことなんですか? 自由に往来出来るって」
「平たく言うと邪神の力を受けた……というか、人間を辞めてほぼ邪神なんです」
「邪神? 大丈夫なんですか、そんな人に頼って」
俺は助けを求めてエリちゃんの顔を見ると、無言で顔を横に振られた。
パワーソースが邪神の力なのと、本人のずぼらな性格のせいで色々と結果が雑すぎるので決して大丈夫ですと言えないのが困りどころだ。
実際、認識阻害魔法などはかなり便利なのだがここに来る時のやり取りで分かるように、たまに暴走してギャグのような事態を引き起こしている。
悪い人ではないと思うのだが……いや、身内に甘いというだけで悪い人ではないだろうか?
なんなのあの人……人じゃなくて邪神だったわ。
「ただ、伊原さんも自分の先輩がどういう人物なのか気にされていました。なので、一度会っていただけるとありがたいです」
「分かりました。一度会って話をしてみます。僕達の状況を理解してくださる方は多い方が心強いので」
それにしても帰還者の2人が善人そうで良かった。
これならばそのうち子供達に会わせても大丈夫だろう。
「でも、色々貰いっぱなしなのは申し訳ないです。せめて何かお礼を」
「それなら、この店の名物料理みたいなものを出していただけますか? もちろん正規の料金は払いますので。少し営業時間には早いと思いますが、それが報酬ということで」
そう言うと2人は「お前は何を言っているんだ?」という顔をした。
そんなもので良いのかと思っているのだろうか?
「元々、九州を訪れたのは私達の友人の忘れ物を自宅に届けるためであって、高千穂で落とし物を見付けたのはただの偶然なんです。だから気にしないでください」
「そうは言っても……」
「それに、私は旅行が好きなので、地元ならではの食べ物に興味があるんです。そういうのを食べられたら満足です。ここにもそういう料理があるんですよね」
「佑はそういうのが好きだよな」
「もちろんだ。旅行先に行ってまでどこでも食べられるものを食べても仕方ないだろ。寒風に吹かれながら食べるカップ麺はそれはそれで美味いけど」
「うどんもね!」
確かにエリちゃんの言う通りうどんは重要だ。
俺達の旅はうどんに始まりうどんに終わるものだ。
うどんは重要なファクターだ。
その話を聞いていた幸代さんが俺達に微笑みかけながらいった。
「うどん好きなら丁度良いかもしれません。この店の名物料理を出しましょう。ちょっと変わってるんですけど食べていってください」
少し変わっているメニューというのは気になる。
そういう地元ならではの謎料理を食べてこそ、旅行の醍醐味を味わえると言えるだろう。
「それでどんな料理なんですか?」
俺が問いかけると幸代さんがメニューを持って来て俺達の前に広げた。
「長崎名物に皿うどんってのがあるんですけど、それをアレンジしてるんですよ」
皿うどんとは揚げた中華麺にチャンポンと同じ具材を使ったとろみのある餡をかけた九州長崎の名物料理だ。
五島列島のものはその中でも更に麺が細く、口の中に突き刺さるほど鋭い。
その細さがとろみある餡と相まって美味いのだ。
長崎発のチェーン店リンガーハットでは長崎のオリジナルに限りなく近い味を日本全国でどこでも食べることが出来るが、やはりニッケパークタウンのフードコートで食べるのと長崎で食べるのはまた違う。
……脳内の魔女からニッケパークとは何か?と飛んできた。
君の実家近くのイオンみたいなものだよ。
イオンには行かない?
自宅からなら大船の方が近い?
いや、大船ってどこだよ。
「なるほど。あんかけそばとかその仲間ですよね」
「はい。他所は細麺で作るのですが、うちは太麺で作っているんです」
「皿うどんの太麺タイプともまた違うんですよね」
「ええ、中華麺ではなく日本のうどんを揚げて作っていますから」
「うどん!」
うどんジャンキーのエリちゃんが食いついた。
これはもしかして期待できるのか?
やはり俺達の旅はうどんに始まりうどんに終わるか?
グランドフィナーレには相応しい料理だ。
「それでメニューの名前は?」
「はい、それは――」
◆ ◆ ◆
自宅だとどうも勉強に集中仕切れないので、俺……小森裕和は駅近くの本屋で参考書を買い近くの公園にある東屋で読み始めた。
暖房が効いている室内よりも、適当に寒風の吹く外の方が勉強は捗る気がする。
近くのコンビニで買ったスナック菓子を開封し、紙パックのコーヒーを飲みながらラビさんから投げつけられた問題集を解いていく。
送られてきた試験問題の端に小さく「東大理三」の文字が書かれているのを見つけてしまった時は頭を抱えたが、何となく意図は分かる。
確実に医学部に合格したいのならば、これから受験までの一年間にそれくらいの問題を解けるようになっておけということだ。
決して嫌がらせではないと思う。多分。
ただ、頑張って勉強したおかげか、最近になってようやく壁を乗り越えられそうな感触が出てきた。
今は一番辛いところだと思う。
ただ、この困難を乗り越えると一気に限界を超えて成長出来そうな気がする。
「限界超越ってやつか」
「なんでこんなところで勉強なんてやってるんだ?」
突然に声をかけられた。
振り返ると同じクラスの木島が女連れで立っていた。
女子の方は学校内では見たことがない顔だ。
別の高校の生徒かもしれない。
「本屋に来たついでだよ。1人で勉強してると頭が煮詰まるから散歩がてら駅まで歩いてきたんだ。ついでにここで勉強していこうかと」
「寒くないか?」
「寒いおかげで頭が適度にクールダウン出来て良い」
「それならイオンのフードコートでいいだろ。マックのコーヒーで粘れ」
「はなまるうどんがあるからダメだ。うどんに心を持っていかれる」
「うどん?」
木島は首を傾げながら彼女さんと一緒に東屋の椅子に座って俺の広げたスナック菓子を勝手に食べ始めた。
うどんの魅力を分からないとは木島もまだまだだな。
「そういえば、年末年始に例の遠距離恋愛中の彼女は来るのか? 一度紹介してくれよ」
「年末はこっちには来ないってさ。なんか九州へ泊りがけの旅行に行ってるみたいで」
俺が律儀にそう答えると、木島はわざとらしく呆れたようなポーズを取った。
「せっかくの長期休みに会わないとか、それは絶対浮気されてるぞ」
「まさか」
「今の感じだと、多分何か嫌がらせみたいなメールを送ってきたりする。それが終わりの始まりだ」
そうだろうか?
恵理子もラビさんもそういうことをするタイプではない。
何か不満があればズバっと言葉に出してストレートに文句を言ってくるタイプだ。
「やっぱり遠距離恋愛なんて続かないって。近場で彼女を作った方がいいぞ」
「いや、あんまり興味ない」
「この前取材をしてきた新聞部の子なんて良いと思うぞ。弟みたいなのがいつもくっ付いてるけど、基本フリーみたいだし、お前のことを話したら興味を持ったみたいだった。まあ、超人としてのお前にだけど」
「超人とかやめてくれよ。まぐれだよ」
「……まぐれであんなこと出来るかよ」
木島が普通は聞き取れないような小声でボソリと呟いた。
普通の人間ならばあまりに小さい囁きなので聞き取れなかっただろう。
だけど、ランクアップと限界超越、二度のパワーアップが行われた俺はそれを聞き取れてしまった。
体育の授業でバスケをやった時にあっさりとボールを奪ってしまったこと……あの時は笑って流していたが、やはり気にしていたのか。
顔は全く笑っていなかった。
いつもの陽気さも愛想笑いもない……まるで俺の方を妬むような、恨むような顔だった。
本当に悪いことをしてしまった。
確かに今の俺は木島の言う通り超人のカテゴリなのかもしれない。
「そんなことより木島はなんでここに?」
無理矢理気味にだが話題を変えることにする。
流石にこの雰囲気が続くのは耐えられない。
「公園じゃなくて駅に用事だよ。ちょっと来年の方針に向けての集会があったんでね。でも、それも終わったので、これから大船の方へ買い物に行くつもりだよ」
「大船?」
大船は隣の鎌倉市だが、うちの近所よりは大きなショッピング施設があるし、何より近い。
人混みの関内……横浜の市街地に出ることを考えたらそちらで十分だろう。
「ちょっとしたウインドウショッピングだよ」
「バスケ部はもう年内終わりだっけ? 冬休み中に旧校舎の工事をやるから学校には来るなとは先生が言っていたけどその関係か?」
「もういいよバスケなんて」
そう言うと木島とその彼女は俺が買ったお菓子を食い尽くして「じゃあな」と包み紙だけを残してそのまま去っていった。
「本当に何なんだよ」
仕方なくゴミを片付けていると、そのタイミングでスマホからメール着信音が鳴った。
「なんだ、ラビさんからメール?」
恵理子とラビさん、それにラビさんの友人さん3人で九州へ旅行に行くと事前に連絡を受けていたがそのことだろうか?
ただ、予定は1泊2日と聞いていた。
もう旅行を終えて帰宅しているはずだが、何故今頃になってメールを送ってくるのだろう。
気になって開いてみると3人が自撮りしている写真が添付されていた。
どこか飲食店の店内のようだ。
3人とも楽しそうに何かの料理を食べている。
「一体何を食べているんだろう。餡掛けのやきそばみたいに見えるけど」
そう思っていると別のメールが届いた。
今度は恵理子からだ。
『かた焼きうどん食べてまーす』
「えっ? かた焼きうどん!?」
どういうことだ?
前から何度聞いてもどこで食べられるのか、店の場所を一切教えてくれなかったかた焼きうどんを、何故恵理子とラビさんが美味しそうに食べているのか?
もしかして知らなかった……店の場所を教えてもらえなかったのは俺だけなのか?
僅かに見えるかた焼きうどんの写真を見ていると、カリっとした小麦の麺だの、九州の醤油を使った甘めの餡だの柔らかい春キャベツなどという前に聞いたレビューが頭をよぎる。
『でも裕和にはあげません』
恵理子からのあまりに無情なメールが届く。
なんなんだよこいつは。
なんで俺はこんなやつと交際しているんだ?
2人から交互にメールが飛んでくる。
『うどんー』
『うどんー』
怪文書はそれで終わっていた。
木島が言った「嫌がらせみたいなメールが届く」という言葉が思い返される。
ただ、完全にいつもの2人のような気もする。
「くそっ! どうして俺はかた焼きうどんを食べられないんだ!」
九州から遠く離れた横浜で文句を言ったところで何も返事が返ってくることもない。
「いったい九州で何をやっているんだよ!」
せめてもの嫌味で「うどん肉団子はどうなった?」とメールを送信するとすぐに返信が届いた。
『正月明けにはそっちに行けそう。どこか案内して。ラビちゃんも一緒に行く』
なんだもう仕方ないな。
滅多に会えない俺の彼女なんだから、精一杯案内してあげないと。
『クリスマスに会えなかった分、一緒に遊ぼう』
恵理子とラビさんが遊ぼうと言うなら仕方ない。
せっかくだし、かた焼きうどんと九州旅行の感想をたっぷりと聞くことにしよう。
ラビさんにはお年玉をねだってみるのも良いかもしれない。
カーターさんは……まあ無理だろうな。
受験勉強や木島のおかしな態度で気が滅入っていたところだ。
気分の切り替えには丁度いい。
広げていた参考書やノートを鞄に入れ、新年早々の冒険に思いをはせながら帰路に付いた。




