表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
収穫祭の魔女  作者: れいてんし
番外編 1 九州放浪記
173/268

第十話 「もしもの話」

「無理だよ」


 八千代さんは開口一番そう言ってのけた。


「いくら金を積まれてもそれは出来ない」

「何故ですか? 理由を教えてください」

「さっきも言っただろ。あんたがいると黒いのだけじゃなく白いのも怯えてどこかに隠れちまうんだよ。手品も種がなきゃ出来やしない」


 納得の理由ではある。

 八千代さんはこのエリアにいる「何か」から情報を得るのだから、そいつと交信出来なければ情報は得られない。


 そしてそいつらは俺がここにいると姿を現さない。


「ということなら、私達が帰った後に占っていただくことは可能でしょうか?」

「おそらく無理だね。あんた達絡みってことのが分かると、連中はみんな逃げていっちまうだろうからね」

「そこまで?」


 うちの神さんは何なの?

 恐怖の大王か何かなの?

 

 不在でも無理となると流石にどうしようもない。

 何か他の手を考えるしかないだろう。


「そういう理由でしたら仕方ありませんね。この度はありがとうございました」


 諦めて帰ろうと席を立ったところに八千代から声がかかった。


「待ちな。答えが出せないなんて言った覚えはないよ」

「どういう意味でしょうか?」

「孫が拾ったあのカードのことだろう」

 

 八千代さんが指を鳴らすと奥の部屋にいた青年……八千代さんの孫が2枚のカード、そして九州の道路地図を持って来た。


「このカードを拾った時、すぐに所有者を捜したんだよ。籠っている力からただの一般人の持ち物ではないと分かったからね」

「ということは所持者の所在は分かると言うことですか?」

「カードの本来の持ち主は少なくとも2年前には長崎にいた」


 長崎と言ってもかなり広いし人口もかなり多い。

 それに2年前の時点でいたというのは流石に手掛かりと言うのは弱い。


 そう思っていると、八千代さんの話に合わせて青年が地図帳を広げ始めた。


 地図は長崎の佐世保を開いている。

 しかもJRの駅がある市街地からは少し離れた場所だ。


「昨年にもカードを調べてみたら、同じ場所にいるとわかった。つまりまだこの近くに住んでる可能性は高い」


 確かに八千代さんのおっしゃる通りだ。

 ここまで絞り込まれたら実質答えが出たようなものだ。


「ありがとうございます。それで料金は?」

「これは依頼じゃなくてあたしが勝手にやったことだからタダだよ。山の状態も教えてもらえたしね」


 八千代さんがそう言った後に青年が2枚のカードを俺に渡してきた。


「そのカードも要らないよ。この世ならざる変な力が籠っているし、そんなのがうちに残っていたら商売にどんな影響が出るか分かりやしない。持って行っておくれ」

 

 要するにカードは持ち主へ忘れ物を届けろということだろう。

 カードを受け取ってスーツの胸ポケットに入れていた名刺入れに保管する。


「神域の手入れはあたしの体が動く間に地元の人間集めてなんとかしとくよ。ご先祖様が作った社も石碑も腐らせてましたじゃ申し訳がたたんからね」


 八千代さんが動くということならば、俺達が頑張って山狩りする必要はなさそうだ。

 ここは任せよう。


「力が必要なら呼んでください。なんとか時間を作って山狩りには参加するようにしますので」

「どうしようもなくなったらね。ただ、元々はあたしら地元の人間の仕事だ。こっちも白いのが減ったら商売に支障が出るんだから」

 

 一応はこれで解決だろう。

 ただ、何か起こった時のために連絡先だけは交換しておく。

 

「要件が済んだら早く帰っておくれ。次の予約……客が来るんだから」

「はい、ありがとうございました」


 改めて礼を述べた後に八千代の家を退出した。

 停めてあった車に乗ろうとすると、ちょうど黒塗りの高級車が狭い道を抜けて八千代さんの家に入ってこようとしているところだった。

 

 かなり大きな車体なので、あの狭い道を抜けるのは大変だっただろうと感心する。


「すみません、八千代様の関係者でしょうか?」


 黒塗りの車の運転手から声をかけられた。


「いえ、私達も客です。車は今すぐ出しますので少々お待ちください」


 車に乗り込んで八千代さんの敷地内でUターン。

 相手の車と入れ違いに運転手へ会釈をしつつ、八千代さんの自宅を後にした。


 このタイミングですれ違えて良かった。

 狭い山道で前から対抗車が来たら退避スペースがないので大変な事態になるところだった。


「八千代さんのところは意外と盛況なんだな。今の高級車に乗ってたのも結構な金持ちそうだった」

「後部座席に乗ってたのは社長だか議員だか、そんな雰囲気だった」


 優紀はしっかりと入れ違いに入ってきた人物が気になったようだ。


「あんな金持ちなら探偵でも何でも雇えるだろうに」

「興信所なんかはもう使ったけどダメだったから最後の望みをかけて神がかり的な力に頼りに来たんだろうな。大切な人に会いたいという気持ちに貴賤は関係ないってことだよ」

「大切な人に会えるといいね、さっきの人も」

「本当にそうだ」


 帰りの襲撃はなかった。

 そのまま国道まで出て、今度は長崎へ進路を取る。

 

「というわけでフェリーに乗って帰るのは難しくなった。でも夜までには長崎には着けるので、そこから新幹線に乗れば2人は今日中に帰ることは出来る」


 優紀とエリちゃんにこれからの予定について確認を取る。


 優紀はともかくエリちゃんは未成年だ。

 外泊が延びたら両親も心配するかもしれないので、なるべく早く自宅に帰してやりたい。


「ここまで来たら乗りかかった船。最後まで付き合うよ」

「そうそう、結局温泉にも行けていないし、旅行としても中途半端だし長崎まで行こう!」

「本当に大丈夫か? もう危険はないだろうけど、解決までどれくらいかかるか分からないぞ」

「大丈夫大丈夫。3人で知恵を出し合えばすぐに解決出来るって」


 本当に気楽に言ってくれるな。


「ならばエリちゃんは実家に連絡ね。両親に心配をかけないように」

「うちは親よりおばあちゃんとわんちゃんかな」

「じゃあおばあちゃんとわんちゃんにも連絡を。優紀はエリちゃんのサポートを任せた。同性の大人が付いていると分かれば、保護者の方も安心するだろう」

「任せておけって。私を誰だと思っている」

「一応は教師の卵だもんな。実態はともかく肩書は強い」


 では出発だ。

 目指すは長崎県佐世保市……のどこか!


「こうやって改めて地図で見ると佐世保市って意外と広いな。俺は自衛隊のイベントをやっていた港周辺しか知らないぞ」


   ◆ ◆ ◆


 高千穂から山道を折り返して熊本に逆戻り。

 熊本市街から高速道路に乗り、佐世保の町に到着したのは既に日が落ちた頃だった。


 冬場はやはり陽の落ちるのが早い。

 それに合わせて活動時間も狭められるのは本当に困りどころだ。

 

「まずはホテルを探してくれ。暗くなったら土地勘のない場所じゃ何も進められないし宿を確保しよう」


 ざっと地図を見たが佐世保の町はかなり広いし、人口もそれなりに多い。

 いくら帰還者の2人がこの町に居ると分かったとはいえ、適当に歩いて見つかるものではないだろう。


 優先順位としてはまず今晩の宿を確保しておきたい。

 流石に女子2人をマンガ喫茶に詰め込んで夜明かしさせるわけにはいかないだろう。


 それから10分ほど経ったところで優紀が声をかけてきた。

 どうやら良さげな宿が見つかったようだ。

 

「シティホテルのお友達宿泊プラン。3名1部屋素泊まりで2万4千円」

「1人8千円ならOKだ。でもお友達宿泊プランって何だ?」

「家族には狭いが単身には広すぎる、そんな中途半端な空き室を埋めたかったんじゃないのか? 情報更新が10分前だったし、夕方になっても埋まらない部屋を明けておくくらいならってことだろう」

「ホテル側の事情はなんでもいいや。そこの予約を。ついでにナビに住所を入れてくれるとありがたい」

「それは私が」


 エリちゃんがナビに住所を入力してくれた。

 場所はJRの佐世保中央駅周辺。

 市街地なので迷うこともないし、翌日もすぐに動けるだろう。


「じゃあ早めにチェックインして明日の対策を考えよう」


   ◆ ◆ ◆


 ホテルの駐車場に車を停めて部屋に荷物を運び込んでまずは一息。

 山の探索で冷え切ったのでシャワーで暖まりたいが、それより先に明日の行動についての相談だ。


「ここからはプロファイリングだ。帰還者の2人がどう動くか、今はどの辺りに住んで何をやっているかを推測しなくちゃいけない」

「でも全然知らない人なんだよね。どうやって予想するの?」

「たとえ知らない人でも状況は理解できるだろ」


 タブレットのお絵かきアプリを開いて、3人で見られるようにベッドの上に置いてタッチペンで簡単な図を描いていく。

 仕事でもやっているが、こうやって絵を描いて複数人でブレインストーミングをすると、思わぬ気付きや一人では思い浮かばない発想が出てきて議論がスムーズに進むのだ。


 検索アプリとも連動しているのでネット検索の手間も省ける。

 人手が足りない文は技術でカバー。これが現代での戦い方だ。


「伊原さんに会えず、サンディエゴに着いた時点で日本に帰還した俺達のIFだと想定してみよう」

「なるほど。伊原さんに会えなかったとなると一番大きいのは……」

「認識阻害魔法。異世界召喚された時に姿を変えられた俺達が今普通に前の通りの生活を出来ているのはそれのおかげだ。逆にこの魔法がなかったとすると?」

「家族にも気付いてもらえない?」

「そういうこと。俺に至っては性別すら違う。さてどうする?」

「何とか説得してみる?」

「最終的にはそれしかないとは思うけど、5ヶ月で帰ってきた俺達と違って、日本へ帰るまで数年かかったとすると説得の難易度が更に跳ね上がる。見た目どころか年齢すら合ってないんだから」

 

 小森くんとエリちゃんは元の姿とそこまでかけ離れていないらしいので、本人しか知りえないような情報を示せば家族を何とか説得できるかもしれない。


 ただ、俺の場合は絶望しかない。

 警察に駆け込んで記憶喪失ですと偽って施設に入り、適当に身分をゲットして学歴を取得して再就職……ハードルがあまりに高すぎる。


「今の仮説は俺達の先輩達にもそのまま当てはまるはずだ。自分達の身分を保証してくれる人間は誰もいない。頼れる仲間はみんな異世界。手元にあるのは日本だと使い道がないスキルや戦闘技術。金も身分も住むところも食べるものもない」

「田舎暮らしかなぁ」

「でも、異世界から帰った2人はこの佐世保の町にいるって話だ」

「身分証をとやかく言わない働き先を見つけて住み込みで働くことかな」


 優紀が俺からタッチペンを奪ってタブレットに記入した。

 

「家族のところに戻れなくても生活はしなくちゃならないとしたら、私ならそうする」


 流石、未婚男性の家に押しかけて当然のように夕食を食い、あまつさえ自宅まで車で送らせる奴が言うことは一味も二味も違う。

 他人に頼って生きる生活への理解が早い。


「カードのイラストだと10代半ばの高校生という感じだろ」

「それはあくまでも異世界召喚された直後の話だ。ここから日本へ帰るまで仮に5年かかったとする」

「20代前半か……高校卒で地方から出てきたという設定で話を通せなくはないか」


 優紀が出した例でぼんやりとだがストーリーラインが見えて来た。


「その状態の2人を他人が客観視すると、高校を卒業して結婚しようとしたものの家族に反対されて自宅から飛び出してきた若いカップルに見られると思う」

「田舎暮らしが嫌で勢い任せで飛び出した同棲中カップルでも通るんじゃない?」

「そこのディテールを掘り下げても仕方ない。若い2人が新しい生活を求めて町を訪れたように見えたとだけ分かればいい」


 推測を更に進める。


 ある程度大きな町ならば身分証などチェックせず住み込みで働かせて貰える場所が見つかるかもしれない。


 戸籍上で成人を迎えたら、自分の戸籍をこの佐世保に転居させてしまえばいい。

 戸籍に写真など付いていないのだから、マイナンバーカードを作ればそれがそのまんま身分証になる。


 一度戸籍情報と今の自分達の外見との紐づけさえ出来ればもう後はなんでもありだ。


 健康保険にも年金にも加入出来る。

 学歴を問わないところであれば就職も自由だろうし、自動車免許だって取得可能だ。

 家族や友人に会えない以外は概ね元通りの生活と言えなくもない。


「長期的にはそのプランでいいとしても、数年は食い繋ぐ必要がある」

「なら飲食かな? 手っ取り早く衣食住のうち食住を賄える」


 優紀の説はなかなか信ぴょう性が高そうだ。


「チェーン店だと本部がうるさそうだし、個人経営の食堂か旅館、居酒屋の類か」

「土木は?」

「それだと福岡に出てると思う。仕事と公共サポートなら街は大きいほうがいい」

 

 3人で相談しながらだとやはり話が早い。

 

 これで相当候補は絞り込めた。

 後はこの推論を元に調査を行うだけだ。

 

「じゃあ、明日はこれで聞き込みをするんだな」

「聞き込みなんてそんな地道なことはしない。この推論を全部カーターにメールで送り付ける」


 タブレットで今の状況と推論を文章にまとめて「該当人物を佐世保周辺で捜してくれ」とカーターにまとめて送信する。


「返信はすぐ来ないだろうし夕食にでも行くか。このホテルは素泊まりだから夕食はないんだろう」

「その件だけどフロントで鍵と一緒にホテル据え付けのレストラン食事券500円付きを貰ったんだが」


 優紀がそう言いながらホテルのフロントで受け取ったという封筒を開封すると、食事券が2枚入っていた。


 宿泊客には4000円で提供しているホテル付属レストランのフレンチを500円引きで食べられるらしい。

 こちらは3人いるというのにチケットは2枚というところが微妙にセコいが気にしたら負けだ。


「メニューは?」

「有明海で獲れたばかりの新鮮な海の幸をふんだんに使用したディナーと書いてある」


 チケットには料理の写真がサンプルとして印刷されている。

 

 海に近い場所だというのにあえて刺身などの生ではなく火を入れた料理で固めており、メインに持って来ているのは絵的には地味な白身魚だ。

 冬にフレンチで白身魚だと舌平目……ムニエルやポワレか?


 九州黒毛和牛でもエビでもなく、目立つところに地味な白身魚を持って来ているあたり、余程味付けに自信があると見た。

 

「有りだな」

「私も有りだと思う。あとはうどんに拘りのある恵理ちゃん次第だけど」

「私も有りで」


 優紀とエリちゃんがここでハイタッチ。

 特に異論はないようだった。


 では決定だ。

 今晩はホテルのディナーメニューとしゃれこむことにしよう。


   ◆ ◆ ◆


 夕食のメニューは大根を中心とした根菜類の温野菜(ラタトゥイユ)

 魚介だしの効いたジャガイモの冷製スープ。

 メインディッシュは予告通り舌平目のポワレ。

 デザートは九州熊本で獲れたばかりの柑橘類を使用したゼリー。


 大変満足なメニューだった。


 特にジャガイモで作ったヴィシソワーズ。

 

 イモ料理への警戒はずっと続いていたが、ここに来てようやくその呪縛から解放された気分だ。

 そうそう、イモ料理とは本来こういうものだ。


 町のレストランならばこれだけ凝ったフレンチのコースならば1人最低6000円はするだろう。

 それが4000円は安い。


 温野菜の味付けもソースで食べる根菜は和風だしと醤油と炊く和食とはまた違って興味深かった。

 夕食のレパートリーを増やせそうだ。


 食事に満足して部屋に戻ったところでスマホを確認すると、カーターから不在電話の着信が入っていることに気付いた。

 返事は翌朝になると想定していたが、予想以上に早かった。


 早速電話をかけて確認することにする。


「上戸と申します。夜分失礼いたします。片倉様の携帯電話でよろしいでしょうか?」


 なるべく綺麗な声で電話をかけると、横で優紀が豪快に噴き出した。

 失礼な。俺を何だと思っているのか?


『止めてくれ。なんか気持ち悪い』


 カーター、お前もか。

 俺のことを何だと思っているのか?

 

『全く、なんでタダ働きでこんなことをさせられなきゃならないんだよ』

「悪い。埋め合わせはそのうちする」

『それなら一度友人さんを連れて遊びに来い。こっちも暇してるんだ。いっそ、ほうとうパーティーをやろうぜ!』


 やはり年末の公務員は暇だったのか。

 まあそうだろう。

 俺の勤めている会社と同じで発注先の業者が年末休みに入ると仕事を進めようにも出来ないのだろうから。


 そう言えばカーターとは日本に帰ってからは電話ばかりで一度も会っていない。

 遊びに行くことも考えても良いだろう。


「分かったよ。友人達を連れていくよ」

『待て、友人「達」ってなんなんだよ』

「なんだも何も俺の友人と言えば優紀、小森くん、エリちゃんの3人に決まっているだろう。それとも学生時代の友人も連れて行けということか?」

『初見の知らんやつを連れてこられても困るぞ。それで人捜しの件なんだが、見つかったぞ』

「この短期間でか? すごいなお前」


 これには感嘆するしかない。

 本当にまさか推論から答えを導き出せるとは思わなかった。


『ネタバラシするとSNS時代万歳のおかげだ。地元タウン誌が運営しているブログに観光客向けの飯屋の取材記事があって、それが若い住み込み従業員の話だったんだ』

「それが帰還者だという根拠は?」

『記事を読めばすぐに分かるが、取材に応じた2人の名前はナタリオさん(仮名)とレイチェルさん(仮名)。そのままなんだよ』


 確かに使い慣れた名前だろうし偽名として使うには合理的といえば合理的である。

 しかも一般人にはその名前から正体にたどり着くことは出来ない。


 カーターの情報を聞きながらこちらもタブレットを操作して検索でそのタウン誌のブログを表示させてみた。

 ブログ内の記事を検索すると、そこには確かに屈託のない笑顔で働く2人の若い男女の姿があった。


 本当に楽しそうだ。


 決して恵まれた環境とは言えないだろうが、それでも心の底から笑っているのが記事の写真から分かる。


 これが俺達のIFだとすると、もしかしたらこの記事には立ち食いうどん屋で働くモーリスさん(仮名)とエリスさん(仮名)の2人だったのかもしれない。

 俺は多分途中で死んでいるのでいない。

 

『なあ、本当にこの店へ本当に行くのか?』

「お前の言いたいことも分かるよ。せっかく楽しそうにやっているところに俺達が異世界問題をぶりかえしても仕方ないってことだろう」


 俺達の場合は度会(わたらい)知事や伊原さん、うちの神さん、その他の方のサポートもあったので半年もかからず帰還することが出来たが、この2人にはそれはなかった。

 異世界では俺達以上に苦労の日々があったに違いない。


 それでも何とか乗り越えて日本へ帰って来て、こうやって笑顔を……日常を取り戻そうとしている。

 取り戻しかけている。


 そこに、色々と問題を抱え込んでいる俺がフラリと訪れて、「あなた達の後も日本人の召喚は続いています。私達の代は50人中43人が未帰還です」と不安を与えに行くだけの行為が本当に正しいのかという話だろう。


「でも本人の忘れ物については届けておきたい。売って金に換えるのか、それとも思い出として持っておくのかはともかくとして」


 宝石やら金の指輪やら……どうやって売るのかはともかくとして、一生食べていくにはほど遠いが、それなりの値段がつくはずだ。

 それは、家族や学歴などを吹き飛ばされた2人にとって、これから生きていく上で強い支えになるはずだ。


『既に結論を出しているならオレが何を言っても聞くわけないか』

「いや、お前の意見は参考になるよ。いつも一歩引いたところから言ってくれるおかげで、俺も冷静に考えることが出来た。本当に感謝している」

『ならこの忠告だけは聞いてくれ……帰還者2人は所詮他人だ』

「どういう意味だ?」

『お前は帰還者2人がもし困っていたら、自分のことは後回しにしても助けにようとするだろう。そういう自爆はもうやめとけ』

「やめとけって……」


 反論しようとしたが、確かに思い当たる節はある。

 実際、明日に帰還者2人と会えば「なんでも言ってください。助けになります」と色々と安請け合いしてしまいそうである。


 カーターは俺がそうやって背負いすぎることを心配してくれているのだろう。

 

 伊達に何度も色々な人から「自爆型の人間だ」と言われ続けていない。


 そのくらい自覚はしていいる。

 人は成長するのだ。


『小森と赤土。それに子供達は家族みたいなものだから仕方ないとして、人間1人が背負える荷物の量なんて大したことないんだ。だから』

「ああ、わかってる。先輩達は立派に生きているんだから俺から過干渉はしないよ。落とし物を届けて連絡先を交換したらそれで終わりだ」

『それなら良いんだ』

「心配してくれてありがとうな。終わったらまた連絡するから」

 

 それでカーターとの電話を切った。

 本当に酒が入らなければ良いやつなのだが。


 これで明日の予定はほぼ確定した。

 午前中に帰還者の先輩2人に会って落とし物を渡す。


 その後は自宅へ帰る。

 年末は年末で自宅に戻ってやることがたくさんあるのだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ