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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
番外編 1 九州放浪記
166/252

第三話 「ホテルの怪異」

 車は一度熊本の沿岸へ出た後に海を左手に北へと北上していく。


 熊本市内から山間部へしばらく走ると高千穂に到着だが、出発した時刻が遅かったので、八千代なる人物の家にたどり着くのは夜遅くになる。


 流石にそれは迷惑だろうから、熊本市内で一泊して、翌日午前中に着くよう調整したい。


 予定ではこれほど車での長距離移動をするつもりがなかったのだから仕方がないが、流石にうちの小さい車だと山道を走り続けるには若干パワー不足だ。


 裏技は一応あるが、人の目のある場所で使えるものではない。

 速度が上がらないのは我慢して欲しい。

 

「今はどのあたり?」

「水俣だな。時間も丁度良いし、ここらで昼にしようか」


 俺が道路標識を見ながら答えるとエリちゃんが露骨に嫌そうな顔をした。


「水俣って公害で有名だった場所なんでしょ」

「それは昭和の話。今は反動で綺麗になってるんだよ。ただ、交通の不便さと北の天草や八代が有名でそっちで賄えるので、観光客はあまり南の方まで下ってこない」

「観光客が少なくても店はあるの?」

「それなりには。なので、天草や八代は若干キャパオーバーな時期でもこっちだとさほど並ばずに食べられるってことだよ」


 大学時代に九州旅行をした時にも立ち寄ったことがあり、海の色が綺麗だったことは覚えている。


 国道沿いに良さそうなレストランを見つけたので「よいしょよいしょ」と駐車場に車を停めた。


 昼食を食べながら今度のルートについて確認することにする。


「今日は熊本市内で一泊。早朝に高千穂へ向かって出発。夜に大分まで抜ければフェリーで神戸まで帰ることが出来るので、あとは高速を走ってエリちゃんを自宅まで送り届けて終了」

「四国には寄れる?」


 エリちゃんが尋ねてきたので手で罰を作ってノーを告げる。


「フェリーは神戸まで直行だから四国に寄るのは無理だ」

「ラビちゃんが箒でちょっと飛んでくれたら」

「アウトだよ! 瀬戸内はどこも人だらけで目立ちまくるよ! うどんはまた今度」

「ちぇ」


 流石に四国寄り道は大変なので勘弁して欲しい。


 今回の旅の目的は本当に魂を帰すだけで、他はついででしかなかったのだから。


「佑、せめて別府くらいは」

「フェリーの時間次第で足湯くらいなら寄れるかもしれない」

「八千代さんのところの時間次第か」


 そんな話をしていると、早速料理が運ばれてきた。


 すぐ近くの海で獲れたばかりという大きなエビを使った天丼とうどんのセットだ。


 海鮮が名物の店でうどんというのも俺達らしい。


 九州のうどんではあるが、博多うどんほど柔らすぎず、しっかりとコシがある。

 つゆは海鮮の出汁が利いていて旨味が詰まっており、九州の甘めの醤油と相まって美味い。


 もちろん大きなサイズのエビ天も美味い。


 天丼のタレのダシはおそらくうどんのつゆと共通で醤油の濃度だけが違うだけなので、そのまま天丼として食べても良し。


 エビ天だけうどんに移動させて天ぷらうどん+ごはんにスイッチという食べ方も楽しめるのだろう。


「なるほど、これが九州のうどんか」


 うどんについては一家言あるエリちゃんではあるが、このメニューには満足であるようだ。

 

「九州というか熊本南部のうどんだな。天草の長崎に近い方はまた違うし。まああっちはチャンポン天下だから」

「そこには、やっぱりかた焼うどんが?」

「だから、小森くんも言っていたけど、かた焼うどんって一体何なんだよ」


 本当にこれだけは分からない。


 出雲での中村との決戦の後に小森くんとエリちゃんが突然こだわり出した謎のキーワード「かた焼きうどん」の謎は未だに解けない。


「うどん肉団子」なる謎のメニューについても全く不明だ。


 小森くんの話によると、どうやら俺が熱く語ったということらしいのだが、全く身に覚えがない。


 魔女(ユイ)が俺の身体を乗っ取っている時に勝手に語ったという可能性も考えたのだが、どうも違うらしい。


 一体俺の知らないところで何が有ったというのだろうか?


   ◆ ◆ ◆


 熊本市内のホテルはどこも満員だったので、何とか電話をかけまわって郊外のビジネスホテルにようやくツインとシングルの二部屋を確保出来た。


 さすがに年末だけあって、飛び込みでホテルの予約を取るのはなかなか厳しい。


 これから年の瀬が近づくにつれて更に難しくなるだろう。

 このルートに来ることを想定しておらず、予約もせずに飛び込みでホテル探しをしているから当然だ。


 俺がシングル。

 優紀とエリちゃんがツインである。


 男女のゾーニングは大事である。

 

「うう、私の温泉が」

「またそのうち機会を見つけてくればいいだろ」

「教師はそんなに長期休みを取れないんだよ。学生が休みの間でもそれなりにやることはあるんだから」


 優紀が温泉に行けなかったことを嘆いている。


 今回の目的はあくまで鹿島さんの家へ魂と刀を届けることであって、旅行が目的ではないので仕方ないという点はあるが、可哀そうなことをしてしまった。


「仕方ない。神戸に着いたら、その足で有馬にでも行こう。ホテルは流石に予約を取れないだろうから日帰りになるけど」


 有馬ならば日帰り温泉もある。


 自宅へ帰る途中なのでちょっと寄ったところで特に帰宅時間が極端に遅くなることもない。


「嫌だ、有馬に行くなら城崎まで行って欲しい」


 無茶を言って愚図りだした。

 お前は子供か。

 

「もうやめて、城崎温泉なんて俺の財布はとっくに0よ」

「ボーナスが出たばかりだろ」

「そもそもこの時期に直前の予約は無理だと思うぞ。一応調べてみるけど」

 

 さすがに年末の城崎温泉とかいう日本でもトップクラスに高額な温泉地への宿泊はそもそも予約が取れないだろうし、空いている部屋は足元を見ているので値段がものすごいことになっている。


 ただでさえ高額なところに年末料金とカニが上乗せされると旅費が爆発して、俺の財布に致命傷が入るので勘弁して欲しい。


「期待はするなよ」


 スマホでホテル予約サイトをいくつか検索してみるが、流石に値段以前に空室がそもそもない。

 近隣ビジネスホテルもなし。


 残念なような、安心したような複雑な気分だ。


「ところで昼に送信したメールはどうなったかな」

「あっ、逃げたな」


 逃げたのではない。

 流石に空き室がないのは俺にはどうしようもない。


 いや本当に残念だ。


 志賀直哉ごっこしたかったな(棒)

 カニ食べたかったな(棒)

 城崎マリンワールドでアシカやアザラシのショーを観たかったな(棒)

 

 メールをチェックすると八千代から返信が来ていた。


 翌日11:00からならば時間があるということなので、現在は熊本のホテルにおり、その時間に行くことを返信する。


 現在位置も伝えた。

 会う約束もした。


 果たして相手はこれに対してどういう反応をするかだ。


「明日の予定は決まった。11時に八千代さんのところへ着くようにするから」

「城崎は無理でも、丹後の方に行けばカニ付きの宿がまだ空いてるけど」


 優紀がまだ城崎に執着してスマホで旅行サイトの検索を始めていた。

 もう諦めろ。


「ここなんて良さそうだろ。ニンゲン」

「人と初めて触れ合ったモンスターみたいな言い回しをするな。そこは蟹付きの宿で有名な間人(たいざ)だ。城崎よりも高い」

「間人って名前は聞いたこと有ったけど丹後だったのか。越前か東北の方だと思ってた。すごいなニンゲン」


 本当か?

 本当に知らずに言ってるのか?


 間人は旅行社の広告でも新聞のカニ水揚げニュースでも話題になるだろうに。


「カニが5万だと仮定すると宿は実質3万円だからまだ良心的だろ」

「カニだけで5万なんだけど」


 とんでもない宿の空きを見付けてきた。

 俺の財布を何だと思っているのか?


「私はいいから彼女さんと行ってあげて。それなら1人分安くなるから」

「カニが5万なんだけど」


 エリちゃんが辞退を申し出てくれたが、そういうことではない。

 カニが5万なのだ。


 みんな俺の財布に頼りきりで好き勝手言ってるから気付いていないかもしれないが5万円は大金だ。


 何故温泉に行こうという話の主題が蟹になってしまうのか?

 

「これがカニ化現象というやつか」

「何だよそれ」

「進化の過程でヤドカリ、クモ、エビ、(こえ)の形などが全て蟹の形になっていくというカニ化現象……カーニゼーションのことだよ。全てがカニに収束していく」

「カーシニゼーションじゃなかったっけ?」


 そう言われるとそんな単語だった気がしないでもない。

 

「それもまたカニに収束されている途中なんだろう」

「言葉まで変化させるとは怖いなカニ化って。蟹光線(カニビーム)を書いたドクトルG(ゲー)もびっくりだ」


 訳の分からない連想ゲームを止めろ。

 

「デストロン怪人はビームじゃなくレーザーだし蟹工船はプロレタリア文学の小林多喜二だ」

「井伏鱒二は関係ない?」

「井伏鱒二は山椒魚なので全く関係ない」


 変な悪乗りを止めろ。

 俺達は分かっていてボケているはずだが、本当に分かっていなさそうなエリちゃんが間違った知識を学習したらどうするつもりなんだ。


 そんなエリちゃんは早くも影響されたようでボソリと呟いた。

 

「井伏鱒二はサンショウウオ怪人と」

「エリちゃん、受験勉強は大丈夫そう?」

「来年は頑張りたい」

「なるほど。ちゃんと現役合格出来るように頑張ろう」


   ◆ ◆ ◆

 

 深夜のホテルで何者かの気配を感じて目を覚ました。


 日本に帰って来て2ヶ月経つが、こういう警戒心はまだ消えていない。

 

 まず室内をチェックする。


 狭いシングルルームのビジネスホテルだ。

 室内にもし誰かが入ってくればすぐに気付く。


 念のために鳥も喚び出して警戒してみるが、室内には何の気配も感じられない。


 窓の外か廊下か?


 カーテンを開けて窓の外を見るが誰もいない。

 ならば廊下か?


 そう思った直後にスマホへ着信があった。

 発信者はエリちゃん。


 やはりエリちゃんもその鋭い感覚で瞬時に気配を察したようだ。

 

『春日さんはまだ寝てるよ』


 不明な相手よりもまず優紀の状況報告をして貰えるのは助かる。

 これで目の前の問題に集中出来るというものだ。

 

「そいつは一般人だからそのまま寝かせておいてくれ。一体何が起こっている?」

『廊下の外を何かが歩いてるみたい。ただ、私の部屋の前じゃないと思う』

「なら、俺の部屋の前か」


 室内を見回すとシャワールームの天井に換気ダクトがあった。

 鳥を隙間から天井へと這わせて、換気口伝いに廊下へ移動させる。


 廊下の換気口からひょっこり鳥の頭を飛び出させて視ると、俺の部屋の前に蝋燭のような赤く淡い光り揺らめかせている半透明の人影が立っていた。


 幽霊とか妖怪とかそういうものの類なのか?

 それとも何者かの魔術的、スキル的な攻撃なのか判断に困る。


「謎の半透明の人影が廊下にいる。正体や敵対心があるのかは不明」

『私が迎撃しようか?』

「一応は俺が直接対面してみる」

『気を付けて。何かあったら電話で呼び出して』

「分かった。通話中のまま対応するから、何か異常に気付いたらすぐ動いて欲しい」


 通話は切らずに片手にスマホを持ったまま追加で鳥を召喚。

 肩の上へ1羽を乗せて使い魔モードに切り替えた上で盾を形成。


 出入り口へ近づいたちょうどそのタイミング激しくドアを外から叩かれた。


 ノックという言葉で表せるほどやわではない。


 まるでドアを破壊して強引に侵入しようとしているのかと思うばかりの激しい打撃音だ。


 丑三つ時にモーニングコールなど頼んでいないのだが、時差を考えるとハワイ在住のホテルマンか?

 

「夜中にうるさいぞ静かにしろ!」


 ドアの鍵を開いて扉を開けると、うっすらとした人影がそこに立っていた。

 人間の目には姿がはっきりとしない幽霊のようなもやとしか認識できない。


 だが使い魔の鳥の目はそれとは異なり、そいつの正体をはっきり捉えていた。

 

 宙に大の字の形状の黒い塊のようなものが浮かんでおり、それを中心に薄暗く光る力場のようなものが形成されている。


『ヤチヨノトコロヘイクノヤメロ』

「カタコト日本語をやめろ!」


 どうやら時差だけではなく言語もハワイアンだったようで何を言ってるのかよく聞き取れない。


 黒い塊は俺の方へ何やら聞き取りにくい声で呟きながら突然に後ずさりからの逃走を図ろうとした。


 ただ、何処かへおびき寄せるための罠の可能性も有るので冷静に対応する。


(シールド)! 跳ね返せ!」


 盾から発生させる斥力を利用して、そいつの体を廊下の反対側……窓側まで吹き飛ばして叩き付けた。


 そのまま盾を移動させて体を壁に押し付け身動きを封じる。

 機銃掃射すら防ぎきる盾を力づくで破壊するのはまず不可能だろう。


 逆に押さえ込むような力はたいしてないので手で押せば動くという事実に相手が気付く前に何とか勝負を決めてしまいたい。


「お前は何者だ?」

 

 盾に身を隠しながら近付くと、そいつは何故かうめき声をあげながら白い煙のようなものを立ち上らせ、蒸発でもするように跡形もなく消滅した。


「なんなんだこいつ? 何かのスキルか? でもこの現代日本に?」

 

 一応全て片付いたことを電話口に伝えると、エリちゃんが部屋の扉を開けて外へ出てきた。


「なんだったの、さっきのやつ?」

「分からない。ゴーストタイプの敵っぽかったけど」

「平和な日本にそんなのいるの?」

「それも分からない」


 正直に言って分からないことずくめだ。

 

 スキルの力が通じるならば火力では押し切れるだろうが、現代日本ではそれほど派手には動けない。


 そもそも、あの敵に攻撃されるとどのような傷や状態異常を受けるかも不明だ。


 物理ダメージが入るのか?

 それとも呪い的な何かなのか?


 大挙して攻めてくるとかなり面倒そうだ。


「幻覚じゃないよね。ここって現代日本だよね」

「幻覚ではなさそうだ。でも、跡形もなく消滅したから手がかりもなしだ」

「じゃあどうするの?」


 タイミングからすると八千代に出したメールが関係しているのだろう。


「八千代のところに行くのはやめろ」


 (くだん)のホテルマンの言葉だ。


 俺達と八千代が会うことでどのような不都合があるのだろうか?

 それがこの襲撃と敵の正体を暴く鍵の気がする。


「仕方ないし、こういう魔術的な話はカーターに頼ろう。魔術的なことを聞ける知り合いとなるとそこしかない」


 スマホの時計を見ると時間は午前3時。


 流石にこの時間に電話するのは迷惑にも程があるのでメールの送信だけにとどめておく。


「とりあえず朝7時になったら別途電話をしてみよう」

「また襲撃してくると思う?」

「分からない。本当に俺達が標的なのかも含めて何も分からない。ただ、明日も朝から1日移動なので眠れるうちには寝ておこう。何かあったら起きてすぐ対応ということで」

「明日は普通に出発する感じ?」

「正体が分からない以上はこの町で何も捜索しようがないからな」


 まあ、後は出たとこ勝負だ。

 どの道、先程の「何か」が八千代関係ならば、そのうちどこかで接触があるだろう。


「そういうことなら部屋に戻るね。何かあったら呼んでね」

「ああ、頼りにしてる」


 エリちゃんは部屋へ戻るべくドアノブに手をかけて……動きを止めた。


「部屋替わろうか? ラビちゃんも彼女さんと同じ部屋の方が良くない? せっかくの旅行なんだよ」


 エリちゃんが部屋へ入る前にそのように聞いてきたが、もちろん却下だ。

 

「こういうのはゾーニングが大切なんだよ。男はシングル、女子はツイン」

「男?」

「はいはいおやすみおやすみ」


 やや渋るエリちゃんを無理矢理部屋に押し込んだ。


 全く……こういうことはちゃんとしないとダメだぞ。


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