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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
番外編 1 九州放浪記
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第二話 「奉納」

 フェリーは予定通り志布志港に到着した。

 そこから指宿市までは車で移動だ。


「それでこれからどうするんだ?」

「既に鹿島さんの両親にはメールで連絡済みだよ。娘が行方不明になったとSNSに調査依頼を乗せていたので実家の場所はすぐに見つかった」


 俺はSNSとメール文面を印刷した紙を挟んだクリアファイルを取り出した。


「軽くはメールで事情を説明してはいるが、現地で櫻子ちゃんの両親に直接会ってより詳しく話す必要がある。その上で遺品……とも言うべき刀を渡す。長丁場になりそうなので、旅行気分なら現地に着いた時点で別行動してもらう」


 そう言うと2人の友人に両側からほっぺたをつままれた。


「ふぇい」

「佑、そういうとこだぞ。なんでも1人で抱え込もうとするのがお前のダメなところだ」

「そうそうラビちゃん。私も当事者なんだから、1人で責任を感じなくていいんだよ」

「ふぁい」

「分からない」

「ふぁいふぁかりました。ふぁたしがふぁるぅごじゃいました」

「何言ってんだか分からない」


 本当にこの2人の友人相手だとやりにくい。


 特に優紀の方とは数年来の付き合いだ。


 俺の性格も行動パターンも全て読まれており、先回りして対応してくるのが辛い。


「恵理ちゃんもこいつの奇行には困らされただろう。遅いだろうけど私から謝っておくよ」

「いえいえ、ラビちゃんには色々助けられたので」


 俺の知らないところで友人同士2人が友情を育んでいた。


 流石の俺でもこの2人のユウジョウパワーには勝てそうにない。


「分かりました。自分1人で無理な時は仲間に頼ることにします」

「ヨシ! 男に二言はないな」

「女ですけど」

「10月まで男だったやつが何を言ってるんだ。都合良く男と女を使い分けるな」


 本当にやりにくい。

 俺の得意パターンである勢いで相手を煙に巻く戦法が完全に読まれており一切通用しない。


 いや、誤魔化すことがもうダメなのか。


「両親さんはきっと娘さんが無事に帰ってくるはずだと希望を持ち続けてる。そんな状況で、知らない人間が突然訃報を告げに来ても信用などするはずがない」

「それは分かっている。それでも伝える必要がある」

「なら、私も付き合おう。1人だけならイタズラだと思われるかもしれないが、何人かいれば状況は少しは変わるはずだ」

 

 優紀がまた俺のほっぺたを引っ張りながら言った。


「ラビちゃんだけに背負わせない。私もオウカさんの最期に立ち会えたんだから、最後まで一緒に」


 エリちゃんも真摯に協力を申し出てくれた。


「分かった。2人に協力してもらいたい。本当に...ありがとう」


 俺が謝辞を告げると、2人は力強く頷いた。


   ◆ ◆ ◆


「嘘をつくな!」


 鹿島櫻子(かしまさくらこ)さんの父親の低い声が響いた。

 両手を強く握りしめ、全身を震わせている。


 この反応について予想はしていた。

 

 両親の前で青白く光る粒子で構成された鳥の使い魔を喚び出したり、箒で空を飛び回ったりしてみたり、エリちゃんが庭で10mジャンプをしたりと能力を披露したことで俺とエリちゃんが異世界帰りということについては認めてくれた。


 それでも櫻子さんの死については受け入れてくれない。


 突然やって来た得体の知れない連中が遺体もなしに娘さんが亡くなったなどと唐突に告げてくるのだ。


 信用しろと言うのは無理だし、バカにしていると思っても仕方がない。

 認められるわけなどない。


「よくもうちの娘が死んだなんて言えたな……失礼なことを!」


 怒声とともに、櫻子さんの父親が椅子を蹴るようにして立ち上がった。


「お前たちの話に、何の証拠がある!?」

「申し訳ありません。私にとっても、これは辛いことです。でも、これが事実なんです」

「事実だと……!?」


 父親の顔が怒りに歪み、次の瞬間、俺の胸ぐらを掴んで引き上げた。


「仮に、お前たちの話が全部本当だったとしよう。……それでもだ! 何故お前達だけが無事に戻ってこられた!?」


 目の前にあるのは、絶望と怒りに塗れた男の顔だった。


 今の俺なら、この腕を振りほどくのは簡単だ。

 皮肉なことに、それが出来るのは――櫻子さんから受け継いだ侍の能力のおかげだ。


 でも、それに何の意味がある?

 この人の痛みを、俺は少しでも和らげることができるのか?


「私たちが発見した時点で、彼女はすでに亡くなっていました。どうすることも……できなかったんです」


 言った瞬間、視界が揺れた。


 頬に鋭い衝撃。


 殴られたのだと気づいた時、エリちゃんが立ち上がったが、俺は右手を軽く上げ、制止する。


 ダメージ自体はない。


 ランクアップと限界超越。

 二度のパワーアップが地球人類には有り得ない耐久性を与えているからだろう。

 

 むしろ、拳を握りしめたまま震えるこの人の方が、肉体的にも……そして精神的にもずっと傷ついている。


 無抵抗で拳を受け続けているうちに、父親は手を止めて、膝から崩れ落ちるように座り込んだ。


「なんで……なんで櫻子だけが……」


 母親は父親の背中に手を置き、その泣き声だけが室内で音を立てていた。


 櫻子さんの両親もある程度察しはついていたのだろう。

 彼女が既に亡くなっていることに。


「櫻子さんだけではありません。日本全国で45人が未帰還です」

「45人だけではありません。この5年ほど毎年100名近くが異世界へ召喚されてそのまま未帰還になっております」


 優紀が俺の説明を補完してくれた。


「5年ほどなら既に500人がいなくなっているはずだが、そのうち帰還したのは?」

「8人」


 俺、小森くん、エリちゃん、カーター、レルム君、ドロシーちゃん、タルタロスさん。


 それに中村を加えた8人だけだ。


 ちょっとコンビニに行く感覚で往復する伊原さんを除けば日本へ帰ることが出来たのはそれだけしかいない。


 しかも俺とカーターは50人の召喚者とは別枠だし、レルム君達は現地で本人は命を落としており、日本に帰還したのはコピー。


 中村は向こうに戻って処刑された。


 純粋にこちらへ帰って来ることが出来たのは小森くんとエリちゃんの2人だけだ。


 自分の意思で現地に残った人も一応いるが、櫻子さんのように無念のまま命を落とした人も大勢いる。


 10分ほど無言の時が過ぎた。


 人間の怒りの感情は6秒がピークと言われている。

 その100倍の時間が経過したことで、部屋の空気が少しずつ変わっていくのを感じた。


「すみません...手を上げてしまって」


 父親が疲れ切った声で言った。


 これに対して流石に「気持ちが分かる」などとは口が裂けても言えない。


 俺には子供がいないし、仲間が命を落としたわけでもない。

 本当の親の気持ちなど分からないからだ。


 ただ、伝えるべき報告は済ませた。

 あとは遺品を渡せば俺のミッションとしては完了だ。

 

「これが日本へ持ち帰ることが出来た唯一の彼女の遺品です」


 俺は一振の日本刀を差し出した。


 限界超越時点で急に生えてきた日本刀なので厳密には遺品とは少し違うのだが、彼女の魂が具現化したものである。

 実質は彼女本人と言っても良いだろう。


「文字通りこれには彼女の魂が入っています。大切にしてあげてください」


 これ以上の言葉に意味はない。

 俺にはこの両親の悲しみを和らげることなど持っていない。


 父親は無表情のままその刀を受け取った。


 まだ櫻子さんの死には納得はしていないが、俺達の気持ちくらいは受け取ろうという雰囲気だった。


 その時、特に大きな動きをしていないというのに刀の鍔が1人でにキンと鳴った。


 それと同時に櫻子さんの両親は突然に顔をしわくちゃにして、大粒の涙をこぼし、声を出して号泣を始めた。


 傍から見ていると何が起こったのかは分からない。

 ただ、鍔鳴りがしたあたりで急に身体も軽くなった気がするので、感覚として理解できた。


 彼女の魂は俺から抜け出して、刀と一緒に父親のところに移動した……元の身体はなくなってしまったが、それでも魂だけは長い旅を終えてようやく自分の家へ帰ることが出来たのだと。


 そして、この両親も俺と同じように娘の「魂」が帰ってきたことを何らかの感覚で理解できたのだと。


 ようやく肩の荷が下りた。


 実際、今まで3人で1つの身体を動かしていたところ、1人が抜けて2人になった分だけ軽くなったのかもしれない。


 櫻子さん。今まで協力してくれてありがとう。

 通じるかは分からないが、心の中で呼び掛けた。


「ありがとう……本当にありがとう」


 最初に訪れた時の不愛想な態度とは打って変わって謝辞を伝えられた。


 やはり、そのうち結依の実家にも行くべきだろう。


 彼女の場合は実質転生みたいなもので、かつ俺と完全に一体化しているので分離させて実家へ帰すということは出来ないが、家族の顔や生まれ育った懐かしい景色を見るくらいは許されるだろう。


「いやいいよ」じゃなくて。


 この鹿島家でやるべきことは全て終えた。


「それではこれにて失礼いたします」


 俺に続いて優紀とエリちゃんが立ち上がると、父親から呼び止められた。


「あの、もしかして異世界が実在するということは、高千穂の先生の話は本当だったのでしょうか?」

「えっ?」


 俺は突然脈略のない話をされたので振り返った。

 

「すみません、その高千穂の先生とは何者ですか?」


 本当に誰の話なのかさっぱり分からないので父親に尋ねた。


「あなた達のような異能力を持った先生に娘の居場所について聞きにいったことがあります」

「異能力?」

 

 父親は神妙な顔をして「異能力」と言った。


 九州に知り合いはいないはずだ。


 それに、この両親が仲間の誰かのところへ相談に来たならば、俺達の中で既にその情報が共有されているはずだ。


 魔法もスキルもダンジョンも存在しない科学世界の日本で……異能力?

 

 似非霊能力者の騙りの可能性は高いだろうが、一応は半信半疑で話を聞くことにした。


「それで、その高千穂の先生は何だと?」

「それが、娘は……なんだったか、カタカナが並ぶ名前」

「待ってください、メモしてるので」


 母親がそう言うとスマホを取り出して何やら操作を始めた。

 どうやらアプリに保存したメモをチェックしているようだ。


「娘はタウンティン・スウユ王国という場所の地母神の遺跡にいると。何のことかは意味不明だったので帰ってきたのですが」

「タウンティン……」

「地母神の遺跡……」

 

 それを聞いて俺とエリちゃんは目を見開いた。


 似非霊能力者が何かの偶然で「異世界」というワードを言い当てたとしても、突然それに古代インカ帝国の正式名称を絡めようとは思わないだろう。


 それに加えて俺達が最初に投げ込まれた「地母神の遺跡」である。


 俺達くらいしか知らない名称をピタリと言い当てている。

 流石に偶然とは思えない。

 

「もしかして、先生とあなた達は、その異世界とやらで仲間だったのでしょうか? 8人の帰還者のうちの誰かとか?」

「念のために、その先生とやらの名前を聞かせていただけないでしょうか?」


 俺は父親に尋ねた。


「知り合いから紹介されたのですが、八千代……とだけしか分かりません」

「八千代……」

 

   ◆ ◆ ◆

 

 鹿島さんの家を出て車に戻った俺は鞄からタブレットと社給のスマホを取り出した。

 仕事以外には使うなとは言われているが普通の検索くらいならばOKだろう。


 社給スマホと個人用スマホを合わせた3台のモバイル端末を鳥に咥えさせて空中で保持。

 別の鳥にタッチさせることで、並行作業での高速情報収集を始めていた。


 もちろん調べるのは「八千代」を名乗る高千穂の霊能力者の件だ。


「悪いな優紀。指宿温泉はお預けだ」

「それはちょっと残念だけど、2人とも急にどうしたんだ? まさか異世界絡みか?」

「タウンティンの地母神の遺跡ってのは俺達が異世界に呼ばれて最初に投げ込まれた場所だ。実際にオウカちゃん……鹿島櫻子さんが亡くなった場所でもあるんだ」


 俺は優紀に簡単に状況を説明した。

 

 俺とエリちゃんにとっては人生のターニングポイントの場所だ。

 忘れられるはずもない。


 そして、その名称をピッタリと当てたその八千代先生とやらが何者なのかが気になる。


 インカの正式名称に加えて地母神の遺跡という組み合わせは偶然や勘だけではまず出てこない。


 明らかに何かを知っているとしか思えない。


「となると、佑達の仲間である可能性があるのか?」

「前の世代……伊原さん達の仲間は50人全て所在が分かっているので、あるとしたら1年以上前に喚ばれた召喚者か、俺達と別ルートで帰還した同期の仲間である可能性がある」

「本当に日本にいる能力者の可能性は?」

「それも含めて調査だ。もし俺達の同期か先輩ならば、一度会って話を聞いてみたり、困っていることがあれば、お互い助け合えたらと思う」

「それはまた今後でいいんじゃないか?」

「とは言え九州は遠いからな。こういう機会でないといつ来られるか分からないし」


 俺達と同じ異世界帰りかその関係者ならば一度話をしておいた方が良いと思う。

 同じ境遇の仲間ならば通じ合えるものがあるかもしれない。


 無関係の野生の能力者ならば、まあそれはそれ。

 それも縁のうちだ。

 会うことで回り回って何か良いことに繋がるかもしれない。


 八千代なる人物はネット上でもほぼ無名で情報はなかなか出てこなかったが、それでもしばらく検索して、ようやく尻尾を掴むことが出来た。

 やはりSNSによる口コミは偉大だ。

 

「宗教法人ではない。謎の霊能力者として完全に口コミで噂が広がっているためにネット上にはほぼ情報が上がっていない。最初に出てきたのは2年前。知名度が低いので心霊系Youtuberなんかも食いつきは悪い」


 それらの情報により、どこに行けば良いのか、どうやって連絡を取れば良いのかは分かった。

 宮崎県の山の中だ。


 高千穂からは少し離れた場所にあり、県道からずれて、かなり細い林道を登っていった先にその邸宅があるようだ。


 公式ホームページらしいものを発見したので、そこに記載されていたメールアドレスに対してメールを送信しておくことにする。


 果たして、これは鬼が出るか蛇が出るか。

 それは行ってみてのお楽しみだ。

 

「宮崎の山中というとマウンテンバイクの話を思い出すな」


 八千代の住んでいるという場所の地図を見ていると、何となく古いネット怪談を思い出した。


「何そのマウンテンバイクって?」

「昔にネット掲示板のオカルト板で話題になった話だよ。マウンテンバイクで山道を走っていたスレ主が宮崎県の山中で着物が散らばった集落を見つける。そこの集落の奥には世捨て人のような人達が住んでいて怖かったというだけの話。その話を秩父山中に移して色々盛って作られたのがSIREN(サイレン)というゲーム」


 単体だとオチも弱く、他のネット発の怪談……区らしきの蓋などに比べればインパクトもないが、妙なリアリティと味だけはある話だ。


「久々に聞いたなその名前……私もその話はあんまり詳しく知らないんだけど、結局どういうオチなんだ?」

「いや、本当にそれだけ。後で面白がって行ったスレ主の友人が住民にいたずらで来るなと怒られたという常識的な対応をされ、スレの住民達も確かにその通りだとクールダウンして終わり。心霊や怪奇現象が起こったわけでもないだけに、逆に作り話感がないという」

「でも、それの何か怖いの? 山の中に人が住んでいただけなんでしょ」


 エリちゃんもまた一発で台無しにした。


 気持ちは分かる。


 エリちゃんの自宅は岡山の山間部で親戚は四国在住。


 山間部に集落があるのはさも当然の環境で過ごしてきたので、山奥に集落があったからと言ってだからどうしたとしかいう感想しかないだろう。


 実際、俺も大学時代にはあちこちを旅行していたが、日本の山地部には意外と大きな集落があちこちにあり、それなりの人数が住んでいる。


 林業が盛んだった時代の名残なので何の不思議もない。


「まあ、そういう都市伝説があったというだけだよ」

「普通の能力者が住んでいるだけならば、流石に都市伝説は関係ないだろう」

「だから思い出しただけだよ。俺も関係ないことを祈る」


 何にせよ行ってみないことには始まらない。


 地図で経路情報を調べると、本日中にたどり着くのは無理そうだ。

 到着は明日の昼くらいになるだろう。


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