第八話 「袖振り合うも他生の縁」
俺達は祝勝会のために宍道湖周辺のうなぎ屋にやってきていた。
時間を確認すると12時30分。
昼時なだけあって店内は混んではいるが、待ち時間を含めても食事に1時間は掛からないはずなので、14時に始まるペンギンの散歩を見に行くには十分間に合う。
「よいしょ、よいしょ」
車を駐車場に停めたタイミングで降りようとした時、窓ガラスをコンコンと叩く者がいた。
「ゴチになりまーす!」
そこには女性向けのビジネススーツを纏った妙齢の女性。
あの世界のサンディエゴにいるはずの伊原が物凄く良い笑顔でそこに立っていた。
目の錯覚を疑い、慌てて車から飛び出して何度も目を擦って見るが、その人物は伊原で間違いなかった。
俺に続いて小森くんとエリちゃんも車から降りてくる。
「伊原が何故ここに? 逃げたのか? 自力であの世界から脱出を」
「君が銀の鍵を送ってきただろう。あれと私の力があれば移動し放題だ。まあ、次元の壁の修復は済んでいないから、移動出来るのは私だけだがな」
伊原はそう言いながらスーツの内ポケットから銀色の鍵を取り出した。
俺が中村に預けた鍵だ。
「ところで、君達のその服装は何なんだ? 修学旅行の自由時間に抜け出してきた学生なのか?」
今の俺達は、島根へ来た時と同じように学校の制服に着替えている。
確かに一見しただけだと修学旅行にしか見えないのも分かるが、だからと言って限界超越で変化したコスプレまがいの服装で町中を歩くのは罰ゲーム以外の何者でもないので勘弁してもらいたい。
「現代日本だとこの服装の方が逆に目立たないんですよ」
「いや、学校の制服で車を運転しているやつが言っても説得力が……」
「私は高校の卒業式からこのスタイルで車に乗っていましたが何か?」
「ああ言えばこういうやつだ」
それはお互い様だ。
実に面倒くさい。
「銀の鍵はしばらく……2、30年ほどは預かっておくぞ。次元間の移動と次元の壁修復の研究に役に立つ」
「差し上げますよ。中村の迷惑料として」
「それだよ、私がここに無理してやってきた理由は」
伊原は勢い良く近付いてきて、俺の制服のネクタイをグイと掴んで顔を手繰り寄せた。
「なんで中村を私のところに送ってきた? 殺せと言ったはずだが」
「日本国内では殺人のハードルが高い。それだけです」
「本当にそれだけか?」
「中村は決して許されないことをしました。それは俺達の私刑で解決する話ではないでしょう。伊原さんのようにある程度立場のある人に、然るべき処分を決めていただきたいです」
伊原を負けじと睨み返すと、伊原はネクタイを掴んでいた手を放して、大きくため息をついた。
「あいつがああなったのは私のミスでもあるから、今回だけは不問だ。ただし、また同じようなことをすれば、全身バラバラに引き裂くからな」
本気か冗談か分からない怖い話を始める。
本当に伊原ならばそれが可能だろうが、そもそも伊原の依頼を今後も受けるかどうかは不明だ。
そもそも「また」なんてないのだ。
あんな奴は何人もいない。
伊原もそれを分かって言っているのだろう。
「中村はどうなったんですか?」
「まだ保留だ。下手に殺せば中に居るナイアルラトホテップが解放される。だから、時間をかけて邪神を無力化してから、然るべき罰を受けてもらう」
流石に、その場でバラバラというわけではなさそうだが、きちんと処分は考えてくれているようだ。
中村がやったことは実際シャレになっていない。
ただ、あまりにもやらかしたことが大きすぎて、個人が私刑で処刑したとしても納得出来ない人は多いだろう。
だからこそ、伊原のようにある程度の能力と権力を持った人間(?)に処分を任せたい。
「銀の鍵は研究が済んだら返しに来る。あちらの世界に有ったら、何に使われるか分かったもんじゃない」
「こちらの世界に有って良いものでもなさそうですけど」
「こっちの世界は魔力持ちがいないからいいんだよ。もし、そこらの町中に転がしておいたとしても誰も気に留めない。だから、要らないと思ったら適当に太平洋のど真ん中にでも沈めておけ」
伊原はそれだけ言うと、俺と小森くんの頭に手を置いた。
「そうそう、2人の認識阻害魔法が切れていたので掛け直しておくぞ」
伊原が手を放して、パチンと指を弾くと、俺と小森くんの全身が一瞬だけ光に包まれた。
「もう魔法が解除されるようなことはするなよ」
「ありがとうございます」
認識阻害魔法が限界超越でキャンセルされるかもしれないということは気にはなっていたので、これは本当に助かった。
「じゃあ説教はこれで終わりだ。そんなことよりうなぎを食おうぜ、うなぎ! 他人の金で食ううなぎは最高だ!」
伊原はそう言うとうなぎ屋の店内に「4人ね」と言いながら入っていく。
「このまま車で逃げ出すってのはダメでしょうか?」
「まあ、一応は恩人だし、こっちも中村を強制的に送りつけて迷惑をかけたのもあるから、少しくらいは話を聞こう」
「早く帰ってくれたらいいのに」
俺達も渋々ながら店内に入った。
◆ ◆ ◆
「いやぁ、ニホンウナギは美味いねぇ。アメリカウナギは一度試したことがあったんだが大味で何か違ってさ。南米の漁師と契約してニホンウナギを探させて養殖でも始めるか?」
何故こうなってしまったのか?
俺達はただ伊原がニコニコしながらうな丼を食べているのを呆然と見ていた。
「いや、それでも醤油がない以上はこの甘辛くも旨味の詰まったタレを再現できないか。うーむ辛いな。醤油も作らせる? でも日本の麹もなければノウハウを持った職人もいないか……私1人じゃ全然手が足りないんだよな」
誰も何も聞いていないのに1人で盛り上がって1人で延々と話し続けている。
67歳にもかかわらずこの落ち着きのなさはなんだろう。
喪女をこじらせるとこうなってしまうのか?
少しは度会知事の落ち着きを見習って欲しい。
「冷えないうちに食べろよ」
「私の金で注文してるんですが、なんで伊原さんが仕切ってるですか?」
「硬いことを言うな。それよりも酒も頼んでいいかな? 日本に居た頃はまだ未成年だったからさ。日本酒の味を知らんのよ」
「少しだけですよ」
運転しない人間は気楽なものだ。
俺がOKを出した途端に伊原は店員に日本酒を注文した。
早速うなぎをアテに摘みながら店員が持ってきた日本酒を呑み始めた。
「向こうじゃずっと洋酒ばっかりだったが日本酒も有りだな。このうなぎの甘辛いタレには少し辛めの酒がよく合って良い」
俺達が呆然としている間にうな丼を食い尽くし、最後に瓶に残った日本酒をラッパ飲みでグイと一気に呑み干した。
「いやぁ、美味かった。次元の壁の修復が終わったら、たまには日本にも食いに来よう」
「ちょっと外食のノリで次元間を移動しないでください」
「硬いことを言うなよ。真面目ちゃんか」
伊原はそう言うと腕をすっと伸ばしてきた。
「手持ちの日本円がないからタクシー代貸してくれ。1万円でいい」
「タクシーで次元間移動するつもりですか?」
「近くの店までに決まってるだろ。ちょっと向こうでは手に入らないものを買い物をして帰るだけだ。だから1万くれ」
この一瞬で「貸してくれ」が「くれ」に変わった。
こちらが出し渋ると、要求はエスカレートしてどんどんと状況が悪化しそうだ。
素直に金を渡した方が被害は少なさそうではある。
見た目中学生に見た目会社員が金をせびるという最悪の絵面だが、伊原は気にはならないらしい。
俺が1万円札を財布から出すと伊原は奪うように取った。
「じゃあ私はこれで。せっかくの修学旅行も引率の先生がずっと付き添ってちゃ落ち着かんだろう。私は別の酒場で呑み直してくるよ」
「大丈夫ですか? 元の世界に戻るのに飲酒運転とか?」
「邪神が酒に酔うかよ!」
俺達と会ってからずっと酒に酔ったようなテンションを続けていた奴が何を言っても説得力皆無だなと思いつつも、一応、席から起立して伊原へ頭を下げて見送る。
「伊原さん、本当にありがとうございました」
「感謝してるなら、死んだらうちの世界へ異世界転生して来いよ。来世で寿命が尽きるまで扱き使ってやるから」
伊原は1万円札を頭の上でひらひらさせながら、相変わらず本気だか冗談だか分からない返事をした。
そして、レジのカウンターで店員と何やら話をした後に店の外に出ていった。
どうせ会計は俺達が払うからという話をしただけだろう。
「あの人、何しに来たの?」
「さあ……」
「中村関係でやっぱり色々な葛藤があるんだと思う。中村は決して許せない犯罪者ではあるけど、貴重な昔から何十年も付き合った友人でもあるんだから」
それでも伊原ならば最後は容赦ない鉄槌を下すだろう。
ただ、それがいつ、どのような方法で行われるのかは分からない。
そして俺達がそれを知ることもない。
知る必要もない。
俺達がもうあの世界に関わることはないのだから。
「まあ、伊原さんもいなくなったし、仕切り直すか」
伊原がいなくなったので、改めてうなぎを食する。
焼き方、タレについては完璧。
うなぎの身も脂がのっていて分厚くてスーパーの安売り養殖ものとは一味もふた味も違う。
さすが天然うなぎのことはある。
「養殖うなぎと全然違いますね。ふわっとしていて、脂もものすごくのっている。それでいてしつこくなくてさっぱりしている」
「天然うなぎの旬の時期は秋から冬なので、夏の土用の丑よりも旨いのは今なんだよ。それに当然だけど、串の打ち方、焼き方の技術はプロの技が生きてるし、タレもスーパーに100円で売ってるものとは全く違う」
「これも美味しいけど、四万十や浜松のうなぎと食べ比べもしてみたいかな」
「四万十……高知は流石に行くだけで大変だからな……静岡は来年の夏休みくらいにまたみんなで行こう」
ようやく冒険とは一切関係ない未来の話を何の気兼ねもすることなく話せるようになった。
これで良いのだ。
ようやく日常に帰れた気がする。
3人で楽しく味わいながらうな丼を美味しくいただいた。
後は跡は会計をして店を出るだけだ。
会計をしようとすると、何故か注文票がない。
仕方なくレジに行って注文票がなくなったという話をすると、
「先程お連れの方が会計を済まされましたので大丈夫ですよ」
と返された上にメモを渡された。
「伝言だそうです」
そのメモには
「全員足しても60歳に満たないガキどもが無理するな。ここは割り勘」
と書いてあった。
「全く……あの先輩、最後の最後でやってくれたよ。何が日本の金を持ってないだよ。伊原さんの払った金額の方が多いじゃないか」
本当に最後の最後でやってくれた。
これでは感謝するしかないではないか。
「やっぱりあの人、お礼を言いに来たのかな?」
「本当に喪女をこじらせた人は面倒くさいよ」
◆ ◆ ◆
「ペンギン可愛かったよな。ハシビロコウもフクロウもみんな可愛かった」
「良かったよね」
うなぎを食べた後は近くの花鳥園でペンギンの散歩を見たり、ハシビロコウとの記念撮影をしたりと、大満足だった。
「じゃあ出雲旅の締めは出雲大社観光で」
「その前に一カ所寄り道するぞ」
出雲大社の前を一度通過してから、海沿いに出て、島根半島西端へと車を向かわせる。
しばらく走ったところに広い駐車場があったので、そこへ車を停めた。
「ここは何があるの?」
「日御碕灯台という綺麗な灯台がある。もうすぐ日が暮れるから、ここから夕焼けを見ながら南に下っていく」
「なるほど、いいですねそれ」
駐車場から少し歩いて灯台に行くと、ちょうど日が沈み始めて、海が綺麗な夕焼けに染まるところだった。
その美しい光景を目に焼き付ける。
「綺麗……」
「スマホだとあんまり綺麗に写らないんだよな」
「この夕焼けを撮影するには一眼レフがないと難しいかな」
一応スマホで撮影してみたのだが、逆光のために白飛び、黒潰れしていまいち美しさが残らなかった。
「写真はいいよ、頭の中にこの光景は刻み込むから」
「それじゃあ、この綺麗な夕日を見ながら海沿いの道を下って、出雲大社を目指そう」
灯台の観光は5分で終わらせた。
あとはゆっくりと夕日を見ながらグネグネとした細くて狭い海沿いの道を走っていく。
そして、出雲大社に近付いたところでコインパーキングに車を停めた。
「完全に日が沈むまでは、この稲佐の浜で海を見ていこう。ここも古事記に出て来る有名な場所で日本の夕日100選に入っているらしい」
「また古事記に書いてあるんですか」
「本当に古事記に書いてるんだって!」
3人で夕日が沈んで真っ赤に染まった砂浜へ駆けていく。
冬の海はまた夏と違った趣があって良い。
「すごい、修学旅行みたい」
「恵理子は修学旅行はどこに?」
「私は沖縄だったけど……今回の方が楽しい!」
「俺は奈良京都だったけど、今回の旅行の方が修学旅行っぽいな。ラビさんはどこだったんですか?」
「夏の長野で2日掛けて40kmをひたすら歩くだけの歩行会だよ」
俺は遠い目をしながら言った。
「えっ?」
「夏の長野って何があるの?」
当然の反応が返ってきた。
これは大学でも会社でも出すだけでウケを取れる俺の鉄板ネタでもある。
「昔にやった長野オリンピックのジャンプ台跡とか、夏場は閉まってるスキー客向けロッジとか山とか山とか山が」
「それで? 山歩きの後に別の場所へ行ったりとか?」
「ただ2日間歩いただけ。あと夕食後はみんな疲れ切ってフラフラなのに受験対策の問題集を解かされたりした」
「ええ……」
あれはあれで楽しかったが、それ以上にただ疲れたという記憶しか残っていない。
何の因果で夏の長野を暑さに耐えながら歩くことになったのだろう。
進学校はたまに意味不明なことをするから困る。
ちなみに風の便りに聞いた噂だと俺達の後輩は北海道旅行だったらしい。意味が分からない。
完全に日が落ちるまで砂浜で遊んだ後は、出雲大社へ歩いていく。
「日中は人だらけでまともに見て回れないけど、この時間なら流石に空いてるだろ」
「出雲大社を見た後はどうするの? 明日とか?」
「そうだな……やっぱり香川まで行ってうどんを食って締めるか」
「うどん?」
「うどん! ありですね」
それを言った後に2人は何やら考え始めた。
「ラビちゃんが薦めてくれた出雲そばも有りだと思うんだけど。しじみ出汁で食べるやつ」
「いや、ここはかた焼きうどんだろう」
「かた焼きうどん? なにそれ? 何系の発想なの、それ?」
2人が何を言っているのか分からない。
いや、出雲そばは分かる。
参道にも何軒も店があるし、名物美味いものなしなどと言われたりもするが、せっかくなので今からでも食べておきたいという心情はわかる。
だが、かた焼きうどんというのがどこから出てきたのか分からない。
九州の皿うどんのことだろうか?
「でもラビちゃんが出雲そばは出雲の名物だって」
「うん、それは分かるけど、小森くんの言ってるかた焼きうどんって一体何なんだよ?」
「だってラビさんが言ってたでしょ。小さい店だけど、ものすごく美味しいって熱く語っていて。うどん肉団子も気になります」
色々と思い返してみるが、そんな話をした記憶は一切ない。
何かの間違いではないだろうか?
「教えてくださいよ。どこにあるんですか、その店」
「ラビちゃん、うどん肉団子って何? 私もそれは気になる」
一体君達は何の話をしているんだ。
俺が答えに困っていた時、何やらスマホの着信音が鳴り響いた。
俺とエリちゃんが反射的にスマホを見るが、着信はなし。
どうやら小森くんのスマホへの着信だったようだ。
なんで3人ともデフォルト着信音なんだよ。
「まずい、実家からだ……ちょっと電話しますね」
小森くんが小走りで少し離れたひとけのない場所へ走っていくと、頭をペコペコ下げながら通話先の相手へ何やら弁明をしている。
しばらく経って、小森くんは気まずい顔をしながら俺達のところに戻ってきた。
「すみません、親からでした。学校の用事って嘘がバレて今すぐに家へ帰ってこいってカンカンで」
それを聞いて俺は頭を抱える。
「弁明してもダメだった?」
「こっちの話は全然聞いてもらえなくて……今は誰と一緒なんだとしか聞かれなくて。とりあえず今は木島と一緒だと誤魔化しました」
「誰だよ木島って。でも、その状況だと俺が間に入っても火に油だな。確かにそれはまずい」
「私はもっとダメだよね」
「こういう時にカーターでもいれば、適当に誤魔化してくれるんだが」
この場にいない人間のことを言っても仕方がない。
ここは小森くんを素直に帰宅させるしかないだろう。
「でも、この時間から電車で横浜までの移動は無理だろう。電車も終電に間に合わないし、出雲か米子空港から羽田までの便があったとしても、今度は羽田から横浜までの足がない」
「はい。なので明日の朝一で帰れって……」
俺達は顔を見合わせた。
嘘をついて出てきた小森くんに問題があるので、この家出同然の修学旅行を継続というわけにはいかない。
「まあ、仕方ないかな。うどんは逃げないし、また今度で」
「また今度?」
小森くんが不思議そうな顔をしていた。
「そうだよまた今度。俺達は別の世界にいるわけじゃない。新幹線に乗ればせいぜい片道3時間で会える場所に住んでいるんだ。だから、休みの都合を合わせればいつでも会える」
俺達にはペルーからアメリカ、アメリカ西海岸から東海岸までの旅行経験がある。
交通網が整備された日本国内で500kmを移動するのが今更どうしたという感じだ。
「姫路から横浜まではわずか3時か……ん……えっ? 新横浜駅から小森くんの最寄り駅までってそんなに時間かかるの? 神戸市北区みたいなもの?」
「誰と話しているんですか?」
「俺の中の俺」
俺の中での横浜のイメージは観覧車と港とガンダムしかないのだが、どうやら小森くんはかなり辺鄙なところに住んでいるようだ。
えっ辺鄙じゃない?
それはどうもすまない。
「まあ、地の果てってわけじゃない。すぐに会えるさ」
「そういえば……そうですね」
「そうだよ。冬休みになったら、いくらでも会うチャンスはあるんだから」
そうだ、いくらでも会う機会はある。
今生の別れというわけではないのだ。
「なら、修学旅行の最後は出雲大社の参拝ってことでOK」
「OK!」
俺達は本日何度目かのハイタッチを交わした。
まずは大注連縄で有名な神楽殿から参拝する。
出雲大社で調べると、本殿より先にそこの写真が出てくる最も有名な場所だ。
「ここが本殿だと思ってました」
「同じ勘違いをして、ここだけを参拝して本殿を無視して帰る人が多いらしいぞ。なので後悔してから何年か経ってからまたやってくる」
「何その酷いリピーター」
だが、俺達はそこのところはぬかりはない。
神楽殿の横から狭い道を抜けて本殿の敷地内に入っていく。
そして本殿でお参り。
その後は、境内に向かう松林の中に何十羽と設置されているウサギのブロンズ像巡りしながら記念写真を撮っていく。
「この出雲大社は縁結びのご利益があるらしいぞ」
「縁結びねぇ」
「私達はもう縁は出来てるけど、その場合はどうなるの?」
「ちょっと待ってくれ」
スマホで地元の観光案内を検索して調べる。
「元から縁がある場合は縁を強くするらしい」
「それなら良いか」
縁切りにも良いと書いてある部分はあえて読み上げなかった。
俺達は縁を切る必要などないのだから当然だ。
「そういえば、ラビさんのところの神様もここには来てるんですかね」
「来てると良いな。なんと言っても神在月。あちこちの神様がここに集まってくる時期なんだから」
「あれじゃないの、ラビさんの神様って」
エリちゃんが指差す先には、何やら波のようなものの上に球体が乗っている造形を再現したブロンズ像が有った。
確かに見た目はよく似ているが、その球体の反対側にはひざまずく大国主神の姿がある。
スマホで先程開いた観光案内ページを読んでいくと、大国主神が幸魂、奇魂から力を与えられる姿とあった。
古事記の一節を再現したブロンズ像なのだろう。
「これも古事記に書いてあるやつだ」
「なら、そこで座っている人がミヤモト・マサシか」
エリちゃんがまた悪いインターネットで覚えた知識の披露を始めた。
やはりインターネットは悪い文明だ。
「それで幸魂と奇魂ってなんなんだ?」
スマホで観光案内を見ると、詳しい解説が有った。
幸魂は人を愛し育てる力。奇魂は観察力、分析力、理解力などから構成される知性。
他にも勇気の力である荒魂、親しみ交わる和魂というものがあるらしい。
それらの力が光り輝く玉の形で海の彼方から飛んできて、大国主神に力を与えたとある。
なるほどと流しかけたときに、ふと気付いた。
「これ、うちの神様が昔からここに来てたってことなんじゃ……」
海……次元の彼方から飛来した虹色の光り輝くうちの神様、ヨグ=ソトース。
これがもし、神話の時代に日本にやってきていて、このブロンズ像と同じ光景があったなら?
もしそれからずっと日本に住み続けたうちの神様が、次々と日本から拉致されていく日本人を忍びなく思い、助けるための力を貸していたとしたら?
ただの妄想である可能性は高い。
でも、その妄想が本当ならば、俺達がこの出雲へ。
しかもちょうど神様が集まる神在月にやってきたのも、何かの縁なのかもしれない。
俺は出雲大社の鳥居をくぐる前に、もう一度本殿に向かって深く頭を下げて礼をした。
「ラビちゃん、こっちにプリ機があるよ! 一緒に記念撮影していこう」
「はいはいわかったよ」
エリちゃんに呼ばれたので参道に有った土産物屋に入った。
「これから家に怒られに帰るんですけど、土産を持って帰ったら少しは緩和されるでしょうか?」
「分からん……プラスになるかマイナスになるかは分からないけど、少なくとも食べ物関係ならば捨てられるということもないだろう」
「お菓子?」
「こっちののどぐろの干物も買ってあげるから持って帰りなさい。カズくんの親は魚が好きだったから、こっちの方が喜ばれるかもしれない。3人家族だからこの5枚セットでいいだろう」
俺は近くの土産物屋に飛び込み、常温保存出来るのどぐろの干物を掴んで買い物かごに入れた。
「あの、ラビさんがなんでうちの家族構成を知っているんです?」
「うん? そういやそうだな……まあ、そういうものなんだろう」
何が俺の人格には影響を与えないだ。
無茶苦茶影響を受けてるわ!
それからエリちゃんのご希望どおりに夕食は出雲そばを食べ、グダグダに時間を使った後に出雲市を後にした。
◆ ◆ ◆
岡山駅の近くの漫画喫茶で夜を明かしたところ、始発の時間がやってきた。
まずはエリちゃんを自宅へ帰して、それから小森くんを姫路駅か新神戸駅まで送り届けるつもりだったが、別れるなら3人同じ場所が良いという小森くんとエリちゃんの意向を受けてのことだ。
駅前に桃太郎の像がある。
最後にそこで記念撮影をしていこう。
「じゃあ、俺は始発の新幹線で横浜へ帰ります」
「私は普通の電車で家まで」
「俺は車まで自宅まで」
3人で円陣を組んだ。
「住むところも年齢も違う俺達がこれほど繋がることが出来たのも縁なんだと思う。俺と小森くんとエリちゃん……そして亡くなってしまったけど、それでも繋がることが出来た結依さんやオウカちゃんとの縁。一緒に日本に戻ってきたカーター、レルム君、ドロシーちゃん、タルタロスさんとの縁。そして、異世界に残ったみんなとの縁」
「本当にこの旅は楽しかったです。あの世界の冒険は一生忘れません」
「忘れたくても忘れられないよ、あんな出来事。むしろ、普段の生活が物足りなくなるかも」
本当にこの半年間、色々なことがあった。
あの世界の冒険は決して楽しいことばかりではなかったけど、それも含めて思い出だ。
ずっと寝食を共にしたパーティーが解散するという悲しい気持ちもあるが、これは別の新しい道の門出でもある。
別れる時は最後まで笑顔だ。
「これは永遠の別れじゃない。どうせ年末にはまた会うだろうし、ネットのウェブ会議だとそれなりの頻度で顔を合わせることになると思う。特にエリちゃん。暇を見つけて勉強の時間を取っていくからそのつもりで」
「う、うん……勉強頑張るよ」
「小森くんが西日本に来るのか、それともエリちゃんが東日本へ行くのかは知らないけど、選択肢を広げるためにも最低限の学力は必要だ」
昔のことを思い出すのも良いが、今はこれからの話をしたい。
「自宅に近いという理由だけで大学を選んだ俺が言うのも何だけど、勉強は将来のためにやるものだ。だから、誰かに会いたいというのは理由の1つにするのは良いけど、目的にはしないで欲しい。あくまで自分の将来やりたいことと、その達成を大目的にするんだ」
「大目的、中目的、小目的ですね」
小森くんが最初の方に言ったことを覚えていてくれた。
「大目的は人生を楽しむこと。中目的は人生を楽しむためには何が必要なのかを自分で考えること。小目的は、とりあえず、それを考える時間的な余裕を持つためにも大学には行こうぜ! ってこと」
「はい、勉強頑張ります」
「小森くんも勉強はOK?」
「はい、俺も頑張りますよ。今の成績だと大学を選べるほどじゃないので」
「ならOKだ」
3人で等間隔に立つ。
「袖振り合うも他生の縁、躓く石も縁の端くれ。共に踊れば繋がる縁。この世は楽園。悩みなんぞ吹っ飛ばせ! ってそこの桃太郎が言ってた!」
「違う。それ絶対そこの桃太郎のセリフじゃない」
「でも、いい言葉ですよね。偶然に出会って仲間になった俺達にはぴったりだ」
「それも違うでしょ。私達は仲間じゃなくて友達」
エリちゃんが小森くんに訂正した。
「そうだな、俺達は友達だ。パーティーとしては解散するけど、友達関係は継続だ」
「そういうこと。冬休みが来たら、また会おう!」
小森くんは新幹線のホームへ。
エリちゃんは在来線のホームへ。
俺は駅の外の駐車場へ。
それぞれの方向へ歩みを進める。
さよならを言う必要も、振り返る必要もない。
だって、2人の友達にはいつでも会えるのだから。
こうして、俺の……俺達の長い冒険は終了した。
あと二回で終了です。
3人の冒険の旅は終わりましたが、戻った人、残った人
残ってしまった未練を晴らす話があるので、まだちょっとだけ続きます。




