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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
終章
159/252

第七話 「銀の鍵」

 目の前にはボロボロの無貌の神の巨体が倒れている。


 もはや戦闘能力は残されていない。

 あとは活かすも殺すも俺達次第という状況だ。


「終わったの?」

「いや、まだだ。これだけ食らわせてやったのにまだ生きているあたり、流石邪神の名前を名乗るだけのことはある。まあ、しばらくは戦闘不能で何も出来ないだろうけどな」


 無貌の神の腹に突き刺さったままだったバルザイの偃月刀を引き抜きながらエリちゃんに答えた。


「寄生虫のお前に用はない。中村を出せ」

『誰が出すものか。あの女はこのまま心を歪ませたまま朽ちていく』

「念のために確認するが、中村の両親を自殺に追いやったのはお前か?」

『私は唆すだけ。あの夫妻が疑心暗鬼になって、自ら死を選んだだけよ』


 つまりはこのナイアルラトホテップが裏で動いた結果、中村の両親は首を吊った。

 そのことにより中村自身も病んだということだろう。


「というわけだ中村。こいつに好きなように人生を弄ばれたままで良いのか? 違うなら復讐の機会を与えてやる」

『あの女にはもう何も出来ないわ。心を底に沈めて、もう見ることと聞くことしかできない』

「つまり、思考は出来ると」

『だが、身体は私が全て掌握している。あいつには指一本動かすことは出来ない』


 それだけ聞いて安心した。


 これならば予定通り中村を……いや、ナイアルラトホテップを処分出来る。

 全て予定通りだ。


 俺は無貌の神の頭部に銅のメダル5枚、銀のメダル1枚を置いた。


「中村、お前ならランクアップは知ってるよな。能力を強化させる意味もあるが、その副次効果は『あらゆる状態異常の回復』だ」

『貴様、何のつもりだ?』


 無貌の神は俺をやろうとしていることの意図を察したのだろう。

 明らかにうろたえ始めたが無視して続ける。


「病気や怪我はもちろん、たとえば身体に寄生虫みたいなのが付いていても全部修復される……急に湧いてきて身体を乗っ取った邪神の化身とか、なんだっけ? シャイニングフィンガーみたいな名前のやつも含めて」

『待て、やめろ!』

「この邪神の言うまま操られるままで人生を終わりたいなら何もしなくてもいい。だけど、自分の意志がまだ残っているならば」

『やめろ! やめろ!』


 赤い女が叫ぶが、その体は3人の連続攻撃でボロボロにしてある。

 気合だけではそう簡単に動けはしない。


「ランクアップだ。寄生虫なんて追い出してやれ」


 様子を見守っていると、中村の体が眩い光に包まれた。


 光が収まった時に、そこに倒れていたのはあの無貌の神の巨体でも深紅のドレスを着た赤い女ではなく、10代の魔法使いの少女だった。


 傷などは全快しているようだが、地面に倒れたままで起き上がってくる気配はない。


 地獄第九圏の氷の床は冷たいだろうに、もう起き上がる気力もないのだろうか?


「殺しなさい」


 中村がボソリと小声で俺達に言った。


「あの邪神は消えたわけではない。一時的になりを潜めているだけ。いずれ主導権を握って同じこと……いえ、もっと酷いことをやろうとする。それを私は止めることが出来ない」

「だが断る」


 中村は驚いたような顔で即答した俺を見た。


「俺達は今からうな丼を食べに行くんだから、飯がまずくなるだけの人殺しとかやる気ないの。現代日本で殺人を行うってどれだけハードルが高いか分かってるのか?」

「うな丼?」

「そう、うな丼。地元民ならどこかオススメの店を知らないか? 安くて美味い店」

「この状況で突然何の話なんだ?」

「だから、うなぎの話。お前を許すつもりは全く無いんだけど、私刑で殺人なんて俺達の手には余るので、責任は全部伊原さんに取ってもらおうと思ってるって話」

「それはどういう――」


 中村が何か言う前に、俺はカーターから託された銀の鍵を頭上に掲げた。


   ◆ ◆ ◆


 俺達と中村は数日振りに次元の狭間だという白い空間にやってきていた。


 目の前には六角形の巨大な台座の上に衣服を纏ったウムル・アト=タウィル……〈最古なるものオールドエンシェントワン〉の姿があった。


「また汝等か」

「何度も申し訳有りません。この中村夕子ってやつをあの世界に届けたいのですけど、ご尽力いただけないでしょうか?」


 不躾もなく「それ」に要件を伝える。


「銀の鍵の所有者ならば、我に拒否権はないが……」


「それ」は困ったように答えた。


 カーターから何気なく託された銀の鍵だが、まさかこれほどの効果があるとは思いもしなかった。


「『あの世界』だけでは曖昧過ぎて絞りきれない。もっと詳しい情報を」


 それもそうだ。


「あの世界」という曖昧な名称では伝わるものも伝わらないだろう。


「どのような情報が必要でしょうか?」

「その世界で作られた物などがあれば特定できる」


 俺は少し悩んだ後に、三角帽に巻き付けていたリボンを外して「それ」に対して差し出した。


 タウンティンからずっと旅してきた相棒のリボン。


 あの世界から日本へ持ち帰った荷物は少ないので、提供出来るものはこれくらいだ。


「このリボンが有った世界です。これで良いでしょうか?」


 ややあって「それ」からの返答があった。


「把握した。それであの世界のどの時間、どの場所に接続すれば良いのか?」

「アメリカのカリフォルニア州サンディエゴ。伊原周子(いはらしゅうこ)という人のところへ送っていただきたいです。時間は前回、私達が転移した後の現地時間の1ヶ月後で」

「待て、貴様等は私に何をするつもりだ?」


 中村が横から口を出してきた。


「何ってそりゃ、次元追放の刑だよ。俺達はお前なんかよりも、うなぎと出雲観光の方が重要なんだ」

「そんな理由で他人の人生を無茶苦茶にする気か?」


 強烈な「お前が言うな」がやってきた。


 こんな見事にブーメランで自分の頭を殴りつける自爆を目の前で見られるとは思わなかった。


「言っておくが、別に多くの世界を無茶苦茶にして、多くの人を殺めてきたお前を一切許したつもりはないぞ。ただ、現代日本では殺人のハードルはあまりに高いし、こんな凶悪犯を私刑で処分するのもおかしいから、極悪非道の残虐ファイターである邪神様のところに送って処分してもらうって話だ。分かる?」

「自分の手を汚したくないだけだろう。この偽善者め!」

「はいはい私は偽善者ですよ。じゃあ、これは土産ね。あの保養所の部屋に置いてあったお前の家族と友達の写真」


 保養所の2Fで回収した写真、そして銀の鍵を中村の胸ポケットにねじ込む。

 これで全ての任務は完了だ。


「ウムルさん、要件としては以上です」


 名前はウムルさんで良かったかどうかは分からないが、呼びかけると腕らしき部分を動かした。


「そうか、では元の場所に戻るが良い」

「はい、ありがとうございました」


   ◆ ◆ ◆


 これで全ての準備は整った。


 後は中村をあちらの世界に投げ込めば、俺達の長かった冒険も終わりになる。


「それじゃあ、中村を送り届けたら俺もすぐに追いつくから、車のところで待っていてくれ」


 異世界転移のために、うちの神さん……神様であるヨグ=ソトースを喚び出した際に、巻き込みなどが発生して、小森くんとエリちゃんを再度あの世界に送り込んでしまうと、また長い冒険が始まってしまう。


 なので、2人には先に地獄から脱出するように頼む。


「終わったらすぐに戻ってきてね」

「信じてますよ。10分くらいで戻ってくると」

「もちろんだ。ペンギンの散歩は14時からみたいだから、早めにうなぎを食べて移動しないと間に合わないからな」


 腕時計を見ると11時30分。

 これはかなりギリギリになるかもしれない。


「あと、地獄からの帰り道は決して振り返っちゃいけないとギリシャ神話でも古事記でも言われているからそのつもりで。ここは本物の地獄じゃなくて、中村が作り出した擬似的な地獄だから、その限りじゃないかもしれないけど」

「何があっても振り返っちゃいけない?」

「そう。絶対に何があっても後ろを振り返らない。前だけを向いて進め」


 俺は地上へ続く登り坂の上を指差し、もう一度念を込めて言う。


「後ろは振り返るな。前だけを見て進むんだ」

「分かりました。俺が恵理子をフォローします」


 小森くんはそう言うとエリちゃんの肩に手を回して抱き寄せた。

 エリちゃんもまんざらではなさそうだ。


 この光景を見られたので、俺にはもう心残りはない。


 もう俺のサポートはなくても2人は立派に生きていけるだろう。

 保護者としての俺の役目はこれで終わりだ。 


「ラビさん……絶対に帰って来てくださいね。これはお別れなんて絶対に嫌ですよ」

「何を縁起でもないことを。本当に要件だけ済ませたらすぐに戻るから」


 俺のアドバイス通りに2人はこちらを振り返ることなく出口へと向かっていった。


「お前も失恋したのか?」


 中村がよく分からないことを言ってきた。


「失恋って何だ?」

「お前もあの男に気が有ったのだろう。でも、男は別の女に取られた」

「全然違うな。俺は保護者で、あの2人は子供みたいなものだ。俺は後ろからその幸せを見守るのが役目」


 それを聞いた中村が何かを思い出すように目を瞑った。


「お前と伊原はよく似ている。言っていることまでそっくりだ。所詮は赤の他人に対して、そんな家族に向けるような視線を送れるんだ?」

「いやいや、冗談でも止めてくれよ。あんなおかしなのと俺を一緒にしないでくれ」


 伊原をあんなの扱いすると、何やら文句を言われそうだが、流石に違う次元にいるのだから、文句を言うためだけにこちらへ来ることはないだろう。


「いや同じだ。他人の幸せを望むくせに、自分は幸せにならなくてもいい、その資格がないと思っているんだ。自爆型の人間なんだよ、お前も伊原も」

「俺が自爆型? まあそうかもしれないな」


 思い当たる節はいくらでもある。


 他人のためなら命をかけて全力で動いてしまったり、本来ならやらなくてもいいことまで首を突っ込んでしまったりなど。


 さすがに自分の体が持たないので適当なところで妥協したいのだが、俺の根っこの部分、心の奥底で燻っている「何か」が許してはくれないらしい。


 正義の心ではないとは思う。


 もっとシンプルな……。


 みんなで幸せになりたい。悲しい顔は見たくないという、ただそれだけの心だ。


「本当に変なやつだな。誰か止めてくれる人間が近くにいないと近いうちに死ぬぞ。誰かストッパーになれる仲間や友人はいないのか?」


 また自分の頭をブーメランで殴るような発言だけを残して中村は口を噤んで、一切話さなくなった。


 前回と違うのは、そのブーメランが俺にも少し当たったということだ。


 一瞬友人の顔が頭をよぎったが、首を振ってそれを否定した。


 あいつにはそんな負担をかけられない。

 

 むしろ、俺に巻き込まれないように……俺のいないところで幸せになって欲しいと願っている。


「なら始めるぞ。お前をあの世界の伊原さんのところへ送りつける。その後どういう方法で処刑されるかどうかまでは知らん」


 バルザイの偃月刀で床に魔法陣を刻んでいく。


 前にやった経験もあったので、今度は10分程度で引くことが出来た。


「ポケットにねじ込んだ銀の鍵は迷惑料みたいなものだ。現地に着いたら伊原さんへ渡してくれ」


 中村は何も話さず首だけを縦に振った。


 まずは鳥を30羽溜めるところがスタートだ。

 

 15秒で5羽なので、わずか90秒で完了することになる。


 30羽の鳥が集まったところで、増幅魔法陣を形成。


 それを別の増幅魔法陣で強化。


 マトリョーシカのように次々と魔法陣を多重にすることで、術式の効果を何倍にも跳ね上げて、あの祭祀場と同じ状態を強引に作り出す。


 おそらくはこれで大丈夫なはず。


 何故なら旧暦10月、今の11月は神在月。


 普段はあちこちに居る神様達が、この出雲へ会議のために集まってくる時期だ。


 日本はどんな神でも祠を建てて線香を立てればそれで地元の鎮守の神様になってくれる懐の大きな国だ。


 うちの神様もその中の一柱として、出雲の神々のお祭りにやって来ていてもおかしくはない。


「後で線香を立てるので、よろしくお願いします。それでは、おいでくださいませ、我が神、ヨグーソトース!」


 中村が作り出した擬似的なこの地獄に、稲妻と暴風と共に極彩色の球体が姿を現した。


 獣の咆哮のような音が鳴り響く中、俺は跪き、両手を頭の上へ掲げてその球体へと呼びかけた。


「何度もすみません。この問題児を向こう側へ送りたいのですが、ご尽力をよろしくお願い致します」


 願いを受け入れていただけたのか、中村の身体がふわりと宙に浮き上がった。


 周囲がとても目を開けていられないような眩い光に包まれていく。


 吹き付ける風と落体は更に強くなり、中村と一緒に「あちら側」へと飛ばされてしまいそうになるが、必死で地面に伏せて堪える。


「俺は他の世界には行きません。この世界で……日本で生きていきます」


 どれだけの時間が経ったのだろうか?


 何時間もそうしていたような気もするし、一瞬だった気もする。


 気が付くと、中村が購入した元保養所の廊下の真ん中に倒れていた。


 スマホで時間を確認すると、あの儀式を始めてから3分も経っていない。


 地獄への階段があったはずの室内を覗くが、そこには何もないただの部屋が広がっていた。


「これで終わりか。最後は呆気ないものだな」


   ◆ ◆ ◆


「よっ、お待たせ」


 保養所を出て車を停めた駐車場に戻ってくると、2人はちょうど着替えを終えたところだった。


「ラビさん、お帰りなさい。早かったですね」

「どうだった?」

「中村は無事この世界から消えた。俺はこの世界に残ったままだから、ちゃんと着いたかどうかは確認出来ないんだけど」


 結果は神のみぞ知る状態だが、手続きは全て踏んだのだからおそらくは大丈夫だろう。


 時間はちょうど昼の11時40分。


 今からなら30分くらいで宍道湖沿岸には到着できそうなので、昼飯には丁度よい時間である。


 車を出すと霧はすっかり晴れて、青空が広がっていた。

 雨上がりの時と同じく、虹もかかっている。


 その時、スマホにショートメール着信の通知音が鳴った。


 誰からだと思って見ると発信者不明。


 普段ならばスパムとして無視だが、届いたタイミングだけに気になったのでそのショートメールを開いた。


『なぜ殺さなかった』


 文面だけ見ると100%スパムなのでこのまま削除したいところだが、状況から察するに、伊原からのお怒りのメールだ。


 異世界からどうやってショートメールを送っているのか?

 どこで俺の携帯番号を知ったのか?


 疑問なら山ほど有るが、伊原ならばそこらの問題を突破してもおかしくはない。


『変なの送ってくるな』

『ふざけるなこっちに来い』

『無理だわ私の方から行く。現在位置教えろ』


「誰からなんですか?」

「伊原さんだよ。中村は無事に向こうに届いたって」


 俺はおそらく伊原からのものであろうショートメールを見せた。


「これって、もしかして怒ってないですか?」

「何の承諾もなく無理矢理中村を送りつけたから怒っているだろうな。でも、向こうから来る手段なんてないんだから、大丈夫だろ」


「今から宍道湖にうなぎを食いに行く」と正直にメールを返すと、即座に返信があった。


『おごれ』

『ゴチになります』

『今から行く。うなぎ屋の前で待つ』

『しんじ湖温泉駅前に着いた。今はバスロータリー前』


 次々とメッセージが来るが、もう無視でよいだろう。

 向こうもふざけているとしか思えない。


「とりあえず、店に行く前にコスプレにしか見えない衣装は着替えるか」

「そうだね。ラビちゃんは何のアニメのコスプレしてるのって感じだし」

「日本刀を吊したままだと歩き回るのも無理だしな」


 羽織りとコートが混じったようなデザインの上着を脱いだところ、小森くんがもの凄い形相で俺の方に向かってきた。


 左手で俺の肩を強く掴みながら、右手で胸元にある勾玉のペンダントを掴んだ。


「きゃ」

「ラビさん、このペンダントをどこで?」

「いや……一度離してもらえるかな」


 小森くんに肩を強く掴まれたことが何故だか妙に恥ずかしくなってきた。


 今まではこんな事など一度もなかったというのに。

 やはり融合した魔女(ラヴィ)の影響なのだろうか?


 俺はペンダントを首から外して小森くんに差し出した。


「限界超越で衣装が変わったときにどこからか生えてきたんだけど」

「これ、ガラスだよね。何かのマジックアイテムなのかな?」


 エリちゃんがそのペンダントを見ながら言った。


「紐とか100均で売ってる安いやつみたいで、特にそんな効果があるとは思えないんだけど。いかにも素人が作りました。そこらのフリマで売ってますって感じで」


 今の服はラヴィ+オウカが合体したデザインは分かるが、このペンダントがどこから湧いてきたのかは不明のままだ。


 おそらく何かしら理由があるとは思うのだが。


「あるとしたら魔女関係かな?」

「何か有ったの?」

「いや、魔女が自分は自殺して壊れた誰かの魂の一部を取り込んで作られたって」


 エリちゃんとそんな話をしていると、小森くんがペンダントを持ったまま小刻みに震えていた。

 

「自殺した……魂……」


 その目には大粒の涙が浮かんでいる。


「どうした小森くん、何が有った?」

「いえ大丈夫です。ちょっと思い出したことが有ったので」


 小森くんは雑に服の袖で涙を拭こうとしたので、ハンカチを取り出そうとしたが、俺より先にエリちゃんがハンカチを小森くんに差し出した。


 それを見たとき、安心するような、悔しいような、そんな感情が胸の中にこみ上げてきた。


 小森くんはハンカチで涙を拭った後に、ペンダントを返してきたので受け取った。


「それは、自殺した人が大切にしていたものだと思います。だからラビさんもそれを大事にしてもらえると、きっと……その人も喜ぶと思います」

「ああ。そういうことなら、大事にするよ」


 ペンダントを受け取ってもう一度付けた。


「ゆ……ラビさん」


 小森くんが突然深く頭を下げた。


「今まで、こんな俺を見守ってきてくれて、助けてくれてありがとう……でも俺はもう大丈夫だ。だから、ゆっくり休んでくれ」


 言葉の内容から、この言葉は俺に対してではなくて「誰か」に対しての言葉ということは理解できた。


 そして、その自殺した人物とやらが誰だったのか。

 言葉は誰へ向けてのものなのかも。

 

「その自殺した人物からの伝言だ。カズくんをよろしくだって。あの娘は……結依さんは小森くんのことを恨んだりはしていないよ。むしろ、ずっと近くで見守ってくれていた。君が過去を忘れて幸せになれるよう願ってた」


 それを聞いた小森くんが泣き崩れた。


「ずっと謝りたかった……伝えたかった……でも、それはもう叶わないと思っていた……」


 俺はそんな小森くんをそっと抱き寄せる。


「伝わるよ。魔女……結依さんからの返事は俺にも聞こえないけど、小森くんの言葉は全部伝わったし、俺の中の結依さんからの感情も分かる。もう彼女は怒ってなんていない。ただ小森くんに笑って欲しいと思っている」

「ラビさん……」

「死人は喋れない、何も伝えられないと思っていたけど、考えを改めるよ……奇跡は起きたよ」


 人間の魂とやらがどういうものなのかは分からない。


 俺の中に融合した魔女……いや結依さんが今はどうなっているのかは分からないが、これだけは言える。

 

 小森くんの結依さんを捜す長い冒険はここで終わったのだと。


「さあ、涙を拭いて立ち上がって一緒に行こう……うなぎ屋へ」


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