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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
終章
153/253

第一話 「島根県へ」

 姫路駅の新幹線出口で腕時計を見ながら待っているとまるで学校帰りのような様相のモリ君が改札を出て来た。


 濃紺色のブレザーにグレーのズボン。

 

 所持品は大きめのスポーツバッグと竹刀を入れるような縦に細長い布袋。


 布袋の中身は武器として使っていた槍だろう。

 

 よくそんな長物を持ったまま、駅員や鉄道警察に止められず新幹線に乗れたなと逆に感心する。


 もしかしたら、制服を着ていることでスポーツ大会か何かに出場する選手だと思われてスルーだったのかもしれない。


「おーい、こっちだ!」


 両手を振ると、モリ君が小走りで駆け寄ってきた。


「横浜から長時間お疲れ」

「ラビさん、どうしたんですか、その服装は?」

「うん、まあこれには色々と事情が有ってだな」


 俺はスカートの裾を持ち上げた。


 今の俺は女子用の紺色のブレザーとスカートという中学生のコスプレ状態だ。


 その上に黒いコートを羽織り、三角帽を被っている。


 正直、中学生のコスプレでここまで来るのはかなり恥ずかしかったのだが、事情が事情だけに仕方がない。


 一応箒で飛ぶことを考えてスカートの下にはスパッツを履いているのでパンチラはないのだが、やはり素足が出ているのは落ち着かない。


「いえ、似合っています。可愛いですよ」

「モリ君は素でそういうことを言うから困る」


 思わず頬をふくらませた。


 モリ君はこうやって素のままで接して女子を2人落としたのだから恐ろしい。


 俺も普通の女子だったならば陥落して、モリ君のハーレムパーティーが完成していたかもしれない。

 恐ろしい。

 

「でも、そんな制服をどこで買ったんですか? 趣味ですか?」

「趣味なわけ無いだろう。普段着られる服がないと言ったら友人が家から自分が昔着ていたという服を大量に持ってきてくれたんだよ。そのせいで昨日はファッションショー状態でもう疲れた」


 本当に辛かった。


 学校の制服やら水着やら様々な衣装を着せられ、変なポーズを取らされ、しかも撮影されるという羞恥プレイを強要された。


 友人の古着、しかも水着を着せられるとか何の罰ゲームなのか?


 23年の人生でかいた恥の総量を昨日たった1日で上回ったのは間違いない。

 

「でも、そんな服がたくさんあるのに、なんでその中から制服なんですか?」

「……こういう時は学校の制服が不審がられないからと言って着せられたんだよ。まあ、こんな中学生なんていないから逆に怪しいんだけど」


 ちなみにコートは「魔女だからこういうのは必要だろう」と言われて何故かデパートに連行され、新品をプレゼントされた。


 友人は普段から食費を回す金がないと連呼しているというのに、どこからこんな高そうな服を購入する金が湧いてくるのだろう。


 食費を切り詰めて出していると言うならば、またしばらくは俺が毎日の食事を用意して養わないといけない。


 何か騙されている気がする。


「いつもの服は持ってきてるよ。戦闘前には着替えるつもり」

「俺も装備品は一通り持ってきました。戦闘なしで交渉だけでどうにかしたいところですが」


 モリ君がスポーツバッグを持ち上げるとガチャガチャと金属音が鳴った。


 おそらくバッグの中には着替えなどの他に装備品である鎧や小手、マントなどが入っているのだろう。


 ……よくもまあそんなフル武装で新幹線に乗れたものである。

 例の認識阻害魔法のおかげなのだろうか?


「ところで、なんでモリ君まで制服? 服は何でも良かったのに」


 思い浮かんだ疑問を確認する。

 

「家族には学校の行事で泊まりの外出だと嘘を言って出てきたので。学校の友人もグルです」

「大丈夫なのか、それ?」

「まあ何とかなると思います」


 本当に大丈夫なのか不安になってくる。


 保護者として俺が両親に名乗り出て、何か適当なイベントに参加するためですとでっち上げたら……。


 ダメだ。見た目中学生女子が一緒に宿泊で旅行に行っていましたなど余計に状況をややこしくしかねない。


 バレたときの弁明はモリ君1人に頑張ってもらおう。


「ここから恵理子(えりこ)のところへは車で移動なんですよね」

「ああ、モリ君はもうあっちでの名前呼びを止めたんだな。それなら俺も小森くんと呼んだ方が良いか?」


 小森くんと呼んだ瞬間にモリ君の表情が固まった。


 ただの名字なのに何があると言うのだろう?


上戸(うえと)さんの声は結依(ゆい)に似てるんですよ。だから小森くんと呼ばれるとちょっと……」

「分かった。そういう理由があるなら止めよう」


 ユイ? のことは吹っ切れたとは思ったが、まだ心残りがあるのだろう。


 そういうことならば、呼び方を変えるつもりはない。

 俺もモリ君と呼び続けることにしよう。


「俺もラビさんのままでいいよ。もう慣れたし、他人から見たらただのニックネームにしか聞こえないだろうから」


 思えば最初は上戸さん、(たすく)さんと呼ばせようとしていたこともあった。


 だが、もう慣れてしまったのでラビさん、ラビちゃんで特に問題はない。

 むしろしっくり来る。


「着いてすぐの移動で悪いんだけど、そろそろ出ようか。トイレ休憩とか、車の中で飲む飲み物やお菓子なんかを買うなら今のうちに済ませておいて。俺は車を回してくる」

「そうですね。トイレは今の間に行っておきます。でも飲み物は必要ですか?」

「エリちゃんの住んでる岡山県の和気町って一言で説明すると田舎なんだ。車でも下道を走って行く必要があるせいで時間がかかるので、あまり寄り道はしたくないので、買い物や休憩は今のうちに済ませておきたい」


 エリちゃんのところへ寄らなければ姫路からすぐに高速道路に乗ってすぐに島根へ向かうことが出来るのだが、エリちゃんの自宅から高速道路の入り口は遠いので、どうしても時間がかかってしまう。

 

 そのため、なるべく休憩時間を削って時間を稼ぐしかない。


「なるほど。ラビさんの車ってどんなのなんですか?」

「ボロ車だよ。大学の時に旅行用で買ったやつなんだけど、愛着が湧いてきたから買い換えられなくて」

「その気持ちはわかります。ありますよね、子供の頃の愛着があるものを捨てられないって」

「みんなそうだろう。車を回してくるからその間に適当に買い物しといて」

「ラビさんは何を飲みますか?」


 少し思案していると、心の中から声が聞こえてきたので欲求通りに答えた。


「コーラ。ノンシュガーじゃないやつ」


   ◆ ◆ ◆

 

 モリ君を駅のバスロータリー前に待たせておいて、近隣の駐車場へ車を取りに行く。


 近隣駐車場に停めていたので、10分ほどで駅前ロータリーに戻ってくることが出来た。


 バタバタとうるさいエンジン音を鳴らしながら小さくて丸い車を一時停車させた。


 クラクションを鳴らして窓から手を振ると、モリ君が慌てて駆け寄ってきて、助手席に乗り込んだ。


「荷物は後部座席に投げ込んどいて。トランクは小さいから武器類は入らないと思うので。ドアの立て付けはちょっと悪いので、勢い良くバタンと締めてね。あとこの車のドアは手動ロックだから、シートベルトと合わせて忘れずに」


 車に乗る上での注意事項を簡潔に伝えていく。

 

「この車ってラビさんの持ち物なんですか?」


 モリ君がシートベルトを取り付けながら尋ねてきた。


「そうだよ。VWタイプI。通称ビートル。これは最終型のメキシコ製なので、ちゃんとエアコンもカーラジオも付いてる。まあエアコンは全然効かないんだけどさ」

「ラビさんは旅好きと聞いていたので、スポーツカーかSUVみたいな車に乗ってると思ってました」

「100%趣味の車だぞ。軽自動車より排気量が少なくて全然パワーがないから高速だとすぐに息切れするので、実は箒で飛んだ方が速いぞ」

「ええ……」


 ギアを変えてアクセルを踏み込むと、バタバタとうるさいエンジン音を鳴らしながら黄色い自動車は走り出した。

 駅のロータリーを出て国道に入る。


「よいしょ、よいしょ」

「なんでカーブの度に声を出すんですか?」

「今の車と違ってパワステが付いてないので、俺の腕力だとハンドルが重くて回すのが大変だから」

「ええ……」


 それを聞いたモリ君が何故かシートベルトを付け直した。


「すみません、ダゴンと戦ったときよりも今の方が恐怖を感じてます」

「大丈夫。すぐに慣れると思うから」

「前を見て運転してください!」

「ちゃんと見てるよ。それよりも、窓の外に見えるのが姫路城だ。ついでに観光していくかい?」

「ハンドルから片手を離さないで! ちゃんと両手で運転して!」


 モリ君が何故か過剰に怯えている。


 あのハイテクの塊だった装甲車に慣れすぎて、普通の乗用車だと物足りないのだろう。


 確かに、低排気量なことに加えて年代物エンジンに無理をさせているのと、サスペンションがヘタり気味なせいで段差などで多少ガタガタと震動は来るが、ちゃんと走るためのメンテはしているし車検にも通っている。


 そこまで怯えなくても良いのだが。


「モリ君はやっぱりお前の方が良いんだってさ」


 俺はエンジンキーにキーホルダーとして取り付けた金属製プレートを指で弾いた。


   ◆ ◆ ◆

 

裕和(ひろかず)! ラビちゃんも久しぶり!」

「久しぶりってほど開いていないだろ。まだ4日だ」

「そうだっけ?」

「まあ、向こうではずっと一緒にいたからな」


 エリちゃんも何故か学校の制服……小豆色のブレザーにチェックスカートを着ていた。


 なんだこの制服集団?


 世界中を制服を着て旅をすることにより世界制服でも目論んでいるのか?


 エリちゃんの荷物を受け取ってフロントのトランクへ収納する。

 

 荷物は小型のスーツケース1つ分。


 ビートルのトランクは小さいが、流石にそれくらいならばどうとでもなる。


「それにしても可愛い車だね」

「恵理子、そう言っていられるのは今のうちだけだ」

「なんで?」


 モリ君は何故か完全に死んだ目をしている。


 やはり大柄なモリ君にはビートルの助手席は狭かったのだろうか?


「まあ後部座席もかなり狭いんだけど、そっちに乗るかい?」

「そちらの方が運転は気にならないのでマシじゃないかなと」

「なら、私が助手席ね」


 エリちゃんがモリ君より先に車へ乗りそうになったので慌てて止めた。


「ダメダメ。この車はドアが1つしかないから、助手席へ先に乗っちゃうと後部座席に乗りにくいから」

「なんなんですかこの車!」

「いいだろう、趣味の車だぞ」

「さっき姫路の時にも聞きました!」


 モリ君は気が立っているのか、何故かカリカリしている。

 人間諦めが肝心だぞ。


「はいクッキー。お腹を減らすと精神的に落ち着きがなくなるからダメだぞ」

「そういう話はしてないんですけど」


 モリ君はクッキーを頬張りながら後部座席に乗り込んでいった。


 そして、後部座席に座った後に一言。


「後部座席はもっと狭いんですけど! あとなんか微妙に温かいのはなんで?」

「この車はエンジンが車体の後ろに付いてるから、その熱で後部座席は温かいんだ。そういう車だから諦めて」


 モリ君が後部座席から何やら不満の声を上げているが、我慢してもらうしかない。


 旅とはそういうものだ。


「それと、これはエリちゃんの家への挨拶代わりに」


 俺はデパートの紙袋に入った洋菓子をエリちゃんに手渡した。


「おうちの人で食べてもらってね」

「へぇ、中身は何なの?」

「エリちゃんの地元の神戸銘菓だよ。せっかくエリちゃんの家に行くのに手ぶらというのも何だし」

「神戸……銘菓……」

「そう、昨日エリちゃんの出身地の神戸三宮に行ったんだけど、その時に買ってきたよ」

「すみません、私が悪うございました」

「いやいや、これは本当に手土産のつもりで買ってきただけだから。俺も悪かった」


 コートを買うついでに、せっかくなので手土産を買うかくらいの軽い感じだったので、特段悪意が有ったわけではない。


 ただ、状況が偶然に刺さってしまっただけだ。


 さすがにやりすぎた感はあるが、中身は本当に美味しいので是非食べて欲しい。


「それじゃあお婆ちゃん、行ってきます」

「ああ、気をつけていきなさい」

「お嬢さんをお預かりします。明後日には送り届けますので」

「まあ、可愛いお嬢ちゃん。うちの恵理子をお願いしますね」


 見送りに玄関まで出てきたエリちゃんのお婆ちゃんと土佐犬のわんちゃんにお辞儀をして車へ乗り込む。


「伊原さんの認識阻害魔法ってどのレベルで効いてるんだ? 俺ってどこに行っても中学生女子扱いなんだけど」

「元の本人に見せるんじゃなくて、違和感をなくすための魔法なんじゃないかな、この3日間の体感だと。眼鏡外したのとか一切言われなかったし」

「俺もそんな認識ですね。鎧を付けたままでも家族がごく平然と接してくるのがなんか不気味で」


 モリ君とエリちゃんから不安を増すような返答が返ってきた。

 

「やっぱりおかしいよな、この魔法。全面信頼はおかないようにしよう。何かとんでもない落とし穴が待っていそうだ」


 生活していく上で、これからどんどんと問題が出てくるのだろうなと思いながら「よいしょ、よいしょ」とハンドルを回して車を出発させる。


「高速道路の最寄り入口は津山だし、せっかくだから、そこで昼ご飯にしようか?」

「でも、その津山って何かあるんですか?」

「津山と言えばホルモンうどんだろ」

「うどん!?」

「うどんだって!?」


 相変わらずうどんとなると食いつきが早い。

 何なのだろう、この子達のうどんに対する反応は。


「濃い目ソースの焼きうどんに焼いたホルモンが入っているんだ。美味いぞ」

「どの店が美味しいとかあるんですか?」

「ハズレはないはずだ。ソースの味が店によって若干甘かったり辛かったりと好みはあるだろうけど、だいたいどこも美味い」

「そういうことなら、すぐに行きましょう、津山まで」

「はいはい……まあ、ここから道はまっすぐだから迷いようはないけどね」


   ◆ ◆ ◆


 そんなわけで津山に到着した。


 適当な店に飛び込み、3人で名物のホルモンうどんを平らげて、今後の予定についての相談を始めた。


 初めて入った店だが、味は絶品だった。

 ご馳走様でした。


「ラビさん、今日はどこまで行く予定ですか?」

「蒜山で休憩した後に15時くらいには松江には到着予定。だけど、その時間から捜索は流石に厳しいので、どこか適当な場所で一泊して、翌日に出雲入りの予定」


 俺は印刷した各種資料をクリアファイルから取り出してテーブルに並べた。


「おそらく中村夕子……ナイアは実家周辺に戻っていると思う。もし不在だとしても行き先について何かしらの手がかりは残っているはずだ」

「彼女を……始末するんでしょうか」


 店内で誰に聞かれているかわからないのもあって、モリ君が殺害の部分に関してトーンを落とした。


「それについては一晩考えたんだけど、対策を思いついた。殺さなくても無力化出来る方法だ」

「そんなことが出来るんですか?」

「成功確率はそれなりに高いと思う。だけど、その方法が通じなければ……俺が決める」

「それはラビちゃんが……処分するってこと?」

「俺が遠距離から跡形も残さず消滅させる。現代日本で人を1人消すにはそれしか方法がない」


 3人で印刷した資料を見たまま沈黙する。


 誰かが貧乏くじを引かないといけないのならば、未成年の2人に任せるのではなく、俺が引くしかないだろう。


「でも、ラビさんの作戦が成功すればそうしなくて良いんですよね」

「だけど、その作戦のためには、まず相手を無力化させて動きを止めないといけない。なので、必ずどこかで戦闘は発生すると思う」

「そのための限界超越……」


 モリ君が制服のポケットの中に手を入れて何かを握った。

 おそらくそれがモリ君の限界超越のためのアイテムなのだろう。


「ただし、限界超越がランクアップと同じ性質ならば、伊原さんがかけた認識阻害魔法までキャンセルされる可能性はある。そうすると、俺達の生活に支障が発生する」

「つまり、なるべく使わないほうが良いと」

「ああ。出来るならば通常攻撃だけで倒したい」


 大まかな方針については決まった。

 あとは出雲へ向かうだけだ。


 旅を再開するために席を立った。


「話は変わるんですけど、この持ち帰り用ホルモンうどんセットっての買っても大丈夫ですか? 常温で一ヶ月持つらしいので土産に買って帰りたいんですけど。せめてソースだけでも」

「私もこのソースは欲しい」

「はいはい、そのくらいなら出すよ。1人分だけ買っても仕方ないし家族全員分ね」

「さすが大人、太っ腹!」


 モリ君とエリちゃんがレジの前に置かれていた土産用のホルモンうどんセットを掴んで放さなかったので、食事の会計を払うついでに買うことにした。


 傍から見ると高校生カップル2人が中学生女子にカツアゲしている図にしかならないのだが、これは気にしたら負けと思うことにした。


 金は持っているだけ、飾っていても嬉しいコレクションではない。


 こういう人生の岐路で行動制限をされないために貯めておいて、今回のように使うべき時はガンガン使うものだ。


「俺も大学生になったら車の免許を取ってまたここに来ます」

「それなら、すぐ山を越えたところにある佐用のホルモンうどんも美味しいぞ。そっちは味噌ベースの漬けダレで食べるんだけど、食べ比べはありだと思う」

「それも美味しそうですね。帰りに寄れないですか?」

「時間を見てからかな。エリちゃんの家とは完全に逆方向だし」


   ◆ ◆ ◆


 津山から高速道路に乗り蒜山高原のSAで一度目の休憩に入る。


 特に遅延やトラブルもないので15時には松江着の予定。

 今のところは順調な移動だ。


「ここのSAは牧場が近くにあるので、ソフトクリームが美味いぞ」

「頼んで良いんですか?」

「ああ、別にソフトクリームくらいならいくらでも。その代わりに頼まれてくれるかな」


 俺はスマホをモリ君に手渡した。


「松江か出雲近隣で今晩の宿を3人分予約しといて。駐車場があって安いところを。このアプリなら空室確認と予約、支払までが一括ワンタッチですぐに出来る」


 モリ君へ簡単にアプリの使い方を説明する。


 宿泊先周辺の地図を表示させて宿泊日と人数を入れると自動的に候補が一覧表示される。

 簡単なので、デジタル世代のモリ君なら悩むことはないだろう。

 

「和風洋風どちらが良いですか?」

「そこは任せる。あんまりとんでもない山の中とかにされると明日の移動が大変だし、1人10万の高級温泉宿とか取られると俺の財布が死ぬから、それを避けてくれるならば」

「そんな高い宿はボタン一つで予約されないでしょ」

「ボタンポチっで予約出来るし支払いされるから問題なんだよ。高い宿でもワンクリックだから」

 

 モリ君とエリちゃんがスマホを覗き込みながらあれやこれやと検索している。


「この玉造温泉ってのはどうかな?」

「待って、俺の財布をいきなり爆破しようとしないで」

「このフォーゲルパークって楽しそう」

「そうだねペンギン可愛いね。でも、今は宿を探してね」

「湖の周辺はウナギ屋が多いんですね。しかも、国産うなぎなのに横浜で食べるよりかなり安い」

「中村に勝ったら祝勝会を兼ねてうな丼でも良いよ」

「えっ、本当なんですか!?」


 2人の声がハモった。


 お前達、本当にそれで良いのか。

 うどんはどこに消えた?


「宿は松江市内のビジネスホテルなら空いていそうですね。そこを離れると鳥取の米子になるのでちょっと遠いかと」

「ビジホ? まあ無難なところだな。適当に3部屋予約を」

「3部屋で良いんですね」

「ああ、3部屋で」


 2人はそれを聞いて、何やら相談を始めた後に、しばらくアプリの操作をしていた。


 ややあって、予約が完了したのか、スマホを返してきた。


「松江の海沿いに良さそうな民宿があったのでビジホは止めてそっちに変更しました。料金は夕食付きで3人合計、24000円です」

「食事付きで1人8000円なら安いな、OKだ」


 3部屋でよくそんなところがあったなと思いながらも車に乗り込む。


「もう少しで松江だ。頑張ろう」


   ◆ ◆ ◆


 松江の民宿に到着して案内されたのは3人部屋の和室だった。


 家族プランらしく布団が3人分並べて敷かれている。


 予約を取ってしまったことは仕方がないが、この部屋を選んだ理由くらいは確認しておきたい。


「3人が別の部屋って言っただろ。ゾーニングは大事だぞ」

「まあ聞いてください。ラビさん。俺達3人で旅をするのは、これが最後なんです。たまに会うことはあるでしょうけど、こうやって旅をするのは最後なんです」

「だから、最後くらいは3人一緒の部屋に泊まろうと……」


 確かに俺達は住んでいる場所も環境も全てが違う。


 あの世界に残ったハセベさん達と違い、同じ世界に住んでいるのでたまに会うことはあるだろう。


 だが、この3人で一緒に旅行をして、同じ宿の同じ部屋に泊まるということはもうないだろう。


 特に異性であるモリ君と泊まることはもうこの機会を逃せば、ほぼないと言ってもいい。


 俺がモリ君とエリちゃん夫妻の間に割って入る不倫女みたいになってしまう。


 もう家族のような俺達ならば特に何も起こらないだろうし、もし万が一間違いが起こっても初めてを持って行く相手がモリ君ならまあ仕方がないかで諦めもつく。


 だが世間体にはよろしくない。


「そういうことなら、先に言ってくれたら良かったのに」

「でも、ラビさんは反対しそうだし」

「ちゃんとした理由があれば反対しないよ。俺もモリ君とエリちゃんのことは好きだし、話したいことだってたくさんある」

「なら、依頼の話はこの際全部忘れましょう。今までの旅の思い出とか」

「色々と言いたくて言えなかったこととか」


 2人の気持ちは分かる。

 だが、重要な問題が抜け落ちている。


「言いたいことと言えば一つ……今日は別に最終日じゃないから、明日の夜も泊まるぞ」

「えっ?」

「ええっ?」


 モリ君とエリちゃんが驚きの声を上げた。


「だって明日、中村を昼くらいに叩きのめしたとしても、その時間から帰宅するのは無理だろ。エリちゃんはギリギリセーフかもしれないけど、モリ君は新幹線の最寄り駅……岡山か姫路に着いた辺りで深夜になるぞ」

「それは確かに」

「だから報連相。報告連絡相談はしろって言っただろ。そういう話なら宿くらい探すのに」

「なら、明日は明日でまた泊まりましょう」

「どこに?」


 エリちゃんはしばらく何やら考え込んでいたが、やがて口を開いた。


「香川へうどん! みんなで食べるって約束でしょ」

「宍道湖のうな丼はいいのか? 名物のしじみ汁も美味いぞ」

「それも食べたい!」

「ここまで来たんだから出雲大社を見ないで帰るってのもないですよね」

「境港の鬼太郎の銅像も見たいかな。あと哭倉村(なぐらむら)も行ってみたい。あれも水木しげる記念館の近くにあるの?」

「境港にあんな因習村はないって。鳥取県民に怒られるぞ」


 話しているといくらでも話題が出てくる。


 あの世界での生活には慣れたつもりだったが、やはり日本に戻りたいという意識がどこかに残っていて、心の底から楽しむということが出来なかったのだろう。


 今はそこから解放されて、本気で楽しむことが出来る。


 5ヶ月間、旅をしてきたが、ここに来て初めてモリ君、エリちゃんと心の底から語り合えたと思う。


 本当に良い仲間……友人に出会えて良かった。


 明日はその異世界とのしがらみにケリを付ける最後の戦いが待っている。


 全部終わらせて、日常へ帰ろう。

 

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