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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 7. Go Back To Japan
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Chapter 13 「自由の女神」

 結局フィラデルフィアには一泊することにした。


 夜間に何か起こるという可能性は否定できないが、調査などで遅くなったので夜に出歩きたくない。

 それにティンダロスの猟犬にやられた傷をなるべく治癒してから出たいというのはある。


「料理担当が怪我をしてるから、今日はシンプルな料理で我慢してくれ」


 今日の調理担当は珍しくカーターだ。


 町で調達してきたというチキンの缶詰と豆の水煮缶の中身を小麦粉を練って作って焼いた生地に適当に包んでいくだけのシンプルな料理だ。


「なかなか美味そうだろこのタコス。5分で作れる」

「ブリトー」


 念のために訂正をしておく。


「トウモロコシ粉で作った生地トルティーヤに包んだのがトルティーヤとタコスで小麦粉の皮で包んだのはブリトー。これはチキンを挟んでいるからチキンブリトー」


 傷を負っていなくて元気ならばこれを掴んで「ブリトーだぞ!」と例の海軍の造船所に走っていきたいところだ。


「タコスとブリトーは味の違いだと思ってた」

「味の違いで見分けるってのも有りだと思う。結局現地で入手しやすい材料と調味料を使った料理なので」

「教えてくれた物知りさんにはお礼にパイン缶を開けてやろう」


 カーターはそう言うと俺の目の前の皿の上へ輪切りのパインを置いた。


「俺は別に……」

「いいから栄養取って早く怪我を治せ」

「あ、ありがとう」


 一応心配はしてくれているのだろう。礼は言っておく。

 

「4切れあるから、あとは怪我人のモーリスにも一枚。残りはちびっ子にやろう」


 モリ君と子供達の皿にもパインが置かれた。


「そして、残ったシロップはオレがもらう」

「汁だけを何に使うんだ?」

「取って置きのウイスキーをこのシロップで割るんだ。美味いぞ」

「ウイスキーって前に運営の拠点から持ってきたやつだろ。まだ残ってたのか」

「もう底溜まりしかないが、捨てるのも勿体ないので、瓶に水とシロップを流し込んだ後に水で割って最後まで美味しくいただく」

「本人が納得してるなら別にそれで良いんだが」


 缶詰のパインはいかにもアメリカンな激安シロップ漬けなので胃もたれしそうな味ではあったが、その分カロリーは高そうなので失った体力の回復にはちょうど良さそうだ。


 缶詰とはいえ、失った血を取り戻すのにタンパク質が豊富な鶏……チキンもありがたいし、片手で食べられるので怪我した手でも食べやすいブリトーを作ってもらえたのは助かる。


 細かい配慮に感謝したい。


「それで明日のルートはどうする?」

「一気にアーカム……ボストンまで行きたいところだけど、問題は途中にあるニューヨーク……じゃないセレファイスのことだ」

「アデレイド達が元々いた町でしたっけ?」

「フラニスから交易船が出ていると言っていたな。でも、それがどうかしたんだ?」


 そのモリ君とカーターが言った点は話が俺が懸念している点だ。


「ここからニューヨーク……セレファイスまでは50kmほど。車で走れば一時間の距離だ」

「何か問題でもあるのか?」

「交易船が定期便を組むくらい大きな町ならそれなりの人口がいるはずだと思うんだけど、なんでその町の住民はこんな近くにある廃墟に何の関心を示さなかったんだ?」


 俺が指摘すると2人は悩み始めた。


「遠く離れた町と交易をする連中なら、当然、この町も一度は見に来たと思うんだ。近くに大きな町があるからこっちとも商売しようって」

「でも、この町には人が居ないと」

「なら、次はこう考えるはずなんだ。この町は何があって滅んだんだろう? 原因を調査しないと、自分達のところにも脅威が来るかもしれないって」

「でも何もしていない」


 フィラデルフィアは完全に無人状態で放置されていた。

 もし誰か人が訪れていたら、建物の中から物が持ち出されるなどしているはずだ。


 それがノータッチだということは、長期間、この町を誰も訪れなかったということの証明でもある。


「ここで気になるのは、アデレイド達が最初に連れて行かれた町だってことだ」

「運営がいっちょ噛んでいるという可能性が高いのか」


 今回の問題はここだ。


 セレファイスの住民がフィラデルフィアに関心を持たない理由が運営から何か命令をされている、もしくは町から出られないように隔離されているという話ならば全て説明がつく。


 そして、運営が撤退した今はどうなっているのかが分からない。


 フラニスから交易船が定期運行しているならば、そこまでおかしなことにはなっていない可能性もあるが。


「車の移動速度を考えると、完全に素通りしてボストンまで行ってしまっても差し支えはないけど、どうする? セレファイスに寄るのか寄らないのか?」


 俺はモリ君へ視線を向けた。


 どちらも負傷しているので、あまり無理はしたくないというのが正直なところだ。


 だが、流石に運営が関係している可能性があるならば、寄って状況確認しておいた方が良い気がする。


 おそらくろくなことになっていないはずだ。


「2人とも心配しないで。その分私がなんとかするから」

「そうそう、たまにはワシらも頑張らせてくれ」


 エリちゃんとタルタロスさんから頼もしい声をいただいた。


「では、一応何もない可能性も考えた上で町を見に行こう」


   ◆ ◆ ◆


 フィラデルフィアを出て海沿いに街道を北上していく。


 最初のうちこそ何もなかったが、ニューヨークまであと5Kmという地点から突然に道が舗装されていた。


 綺麗な石……縞瑪瑙が滑り止めとして埋め込まれたセメント舗装された道路は耐久性に加えて見た目の美しさも伴っているようだ。


「見えてきたよ!」


 エリちゃんがモニターの一点を指差した。


 そこには俺の目にも台座に乗った巨大なブロンズ像が視認できた。

 

 松明を持った右手を頭上へ掲げて左手には銘板を持った巨大な女性の銅像……自由の女神だ。


 全員が思わず右モニターに表示された映像に釘付けになった。


 モニター越し、しかも異世界製とはいえ、まさか自由の女神の実物を拝めるとは思わなかった。


 自由の女神像の背後にはマンハッタン島、そしてロングアイランド島が広がっている。


 そして、本来ニューヨークの摩天楼があるはずの場所……マンハッタン島には真っ白い大理石の壁に覆われた町があった。


 壁の内側には石造り、白亜の建物が立ち並び、民家と思しき建物の合間には何百もの尖塔が連なるように立ち並んでいる。


 町の中心は小高い丘のようになっており、その上にはアラビアンナイトにでも登場しそうな中東の宮殿風の建物が建っていた。


 塔には水晶でも埋め込まれているのか、沈みかけた太陽の陽を反射しており、それがガラス張りの近代的な高層ビルを連想させた。


 形状こそ近代建築とは全く異なるものの「ニューヨークの摩天楼」という言葉が自然と脳裏に浮かんでくる。


 町の白い壁と建物はそうやって尖塔が受けた陽光を受けて、町全体がまるで燃えるように紅色に染め上げていた。

 

 以前から名前だけは聞いていた町、セレファイスだ。


「さて、ここからどうやって町に渡る?」


 ふと浮かんだ疑問をカーターにぶつけてみた。


「とりあえず車で行けるところまで突っ込むつもりだが」

「いや、それは分かるけどハドソン川はどうやって渡るんだ?」

「橋くらいあるだろう」

「いや、橋なんてどこにあるんだ?」


 俺は進行方向にある川を指差した。

 

 ハドソン川はかなり川幅が広い上に海が近いこのマンハッタン島周辺はそれなりに深さも有る。


 そのまま突っ込めば装甲車は川底に沈んだまま浮かび上がることは出来ないだろう。


 果たして一体どうやって渡るつもりなのか?


「えっ?」


 最悪の答えが返ってきた。


「いや無理だろ」

「えっ?」


 ダメだった。

 こいつ何も考えていなかった。


 ようやく事態の深刻さに気付いたのか、カーターは急ブレーキをかけた。


「うわっ」


 高性能サスペンション付きの装甲車と言えども、流石に時速60km以上で走行中に急ブレーキをかけられると慣性で中に乗っている人間が振り回されるのは避けられない。


 シートに座っているわけでもなく立って自由の女神が映し出されたモニターを見ていたから余計だ。


 子供2人はタルタロスさんが抱き抱えたので無事。


 俺も近くにいたエリちゃんに支えてもらったので何とか無傷だ。


 エリちゃんもタルタロスさんも体幹が強いからか、あれだけ振動が有ったというのにビクともしていない。


 モリ君も無事。


 一番ダメージを受けているのは運転席に座っているカーターかもしれない。

  

 車のブレーキ性能は高性能だったおかげで、なんとかハドソン川へ転落寸前で停止することが出来た。

 車重が縁にかかったことで、川岸の石と砂が少し崩れていく。

 

「ヤバい、死ぬところだった」

「気を付けろよな。下手すりゃハドソン川の藻屑になるところだったぞ」

「だから川ポチャの前に止まっただろ」

「急ブレーキに頼るなって話だよ」

 

 一応車は急停車して川へ落ちることは避けられたが、いつまでも地盤の弱そうな川岸には居られない。

 

 ドアを開けて外へ出た後に、適当な空地を見付けたので、そこへ誘導して駐車させた。


「車はここに停めて歩いて町に入ろう。流石にそこまでの距離はない」

「まあ仕方ないな。歩こう」


 全員が必要最低限の荷物を持って車を降りた。


 改めて自由の女神の方を見る。


 どういうわけなのか地球の自由の女神と全く同じデザインだ。

 異世界用のアレンジがされていると思ったが、それもない。


「おかしいな。町は全然ニューヨークじゃないのに自由の女神だけはそのままなんだ」


 そう思っていると、突然にカーターが荷物を投げ出して跪いて自由の女神を見上げ始めた。


「どうした、何が有った?」

「なんてことだ! ここは地球だったのか!」


 カーターは俺の問いかけを完全に無視して、自由の女神に向かって慟哭の叫び声を上げた。

 

 しまった、先を越されたか。

 俺も同じように膝をついて土下座のポーズを取る。


「なんてことだ! ここは地球だった。帰っていたんだ、故郷に!」

「残念、それはもうオレが言った。何か他にないのか?」

「なんだっけ、続きのセリフは『みんな星になってしまえー!』だったっけ?」

「ニュアンスはそんな感じだったと思うけど『人類やっちまったな。ゴーツーヘル!』みたいな感じだったぞ」

「もしかしてTV放映版とレンタル版DVDでセリフが違うのか?」

「2人とも何をやってるんですか?」


 猿の惑星ごっこをやっている俺達にモリ君が不思議そうな顔をして尋ねてきた。


 同じく横にいるエリちゃんも意味が分からないのかキョトンとしている。


 そうか、今のシーンを知らないのか。

 子供達は当然、記憶がないタルタロスも分からないのは仕方ないが、2人は知っていると思っていた。


「昔の名作映画で荒廃した世界に残された自由の女神を見て慟哭するシーンがあってさ。一度機会があればやってみたいと」

「そうそう。オレも自由の女神を観たら一度はこれをやらなけりゃと思っていた」

「なんだかんだでラビさんも楽しんでいますね」


 モリ君にあえて言われると流石に反対意見を出していたのが恥ずかしくなってくる。


「まあ、それはそれとしてだ。町に行くのは少し後になりそうだな」

「そう……みたいだね」


 エリちゃんが身構えながら言った。


 川の対岸の木の陰から奇妙な仮面を被ったレザーコートを身にまとった男が姿を現した。


 今のところは何をするでもなく、無言でこちらを……装甲車の方を見ている。


「モリ君はまだ傷が完治していないから子供達と一緒に下がって。代わりにタルタロスさん、前衛をお願いします」

「ああ、分かった」


 エリちゃんとタルタロスさんが前に出て、俺は少し後ろから(シールド)でみんなを護る役だ。


 流石の俺もまだ負傷箇所がズキズキと痛むので、可能な限り戦闘は避けたいところだが、それは相手の出方次第。

 どうなるかは分からない。


 男はこちらへと一歩歩み寄り、動きを止めた。


「何をするつもりなんだ?」

「待って、みんな静かにして。あの人が何か喋っているみたい」


 エリちゃんが構えを解いて手を耳に当てた。

 

 これは聴覚に優れたエリちゃんだから聞き取れたのだろう。


 俺には川から聞こえてくる水の流れる音にかき消されて何も聞き取れない。


「ごめん、聞こえない!」


 エリちゃんが対岸に居る男へ向かって大声で叫んだ。


 少しの間。


「やっぱり聞こえない! その仮面を被っているからかも。それを取って!」


 やはり大声でエリちゃんが返すが、やはり男の反応は何もない。


 いや、もしかすると仮面の下で何かボソボソと喋っているのかもしれないが、こちらにはまるで聞こえないので意味がない。


 そうしているうちに男は一度後方へと下がった。


 そして、勢いを付けてダッシュ。

 川岸ギリギリの場所から高く跳躍した。


 まさか、この20m以上ある川を飛び越えるつもりなのか?


 それが可能だとすると恐ろしい脚力の持ち主だということになる。


 男は川を一気に飛び越え――



 ――ることは出来ず、川の中腹部当たりに着水。


 もがきながら、意外と早い川に流されてどんどんと下流へ運ばれていく。


「何をやりたいんだよ、あいつは!」


 流石にそのまま溺れて流されていくのを黙って見ているわけにはいかない。


 慌てて箒にまたがった。


 俺の今の筋力では男を持ち上げることは出来ず、ましてや負傷しているとどうしようもないのだが、それでも見殺しという訳にはいかないだろう。


「ラヴィさん、これを!」


 その時、タルタロスさんがロープの端を俺に渡してきた。


「この端をあの男に持たせてきてくれ。ワシが引っ張り上げる」

「それなら助けられそうですね。助かります」


 ロープを掴んで溺れている男の手前に落とした。


「これを体に絡めるんだ」


 男がロープの端を手で掴んで体に巻き付け始めた。


 固定されたのが確認出来たので、反対側の端を持っているタルタロスさんに合図をすると、ロープが一気に岸へと引き寄せられた。


 男は必死にロープにしがみついて何とか陸へ上がることが出来た。


 ただ、必死に息をしようとしているようだが、仮面が邪魔でまともに呼吸を出来ていない。


 ぜいぜいという呼吸音の合間に、仮面の隙間から吐き出したであろう川の水が零れ落ちている。


「いいからその仮面を取れ。死ぬぞ」


 呼吸の邪魔になっている仮面を掴んでなんとか脱がそうとするが、両腕でガッシリと仮面を掴んで離そうとしない。

 なんてやつだ。

 

「タルタロスさん、お願いします」

「良いのかの?」

「だって、このままじゃ死んじゃいますよ」

「確かにその通りだ。おいあんた、脱がすぞ」


 タルタロスさんが男が被っていた仮面を取ると、顔の全面にぶつぶつと発疹が浮き出た痛々しい顔が現れた。

 慌てて男はタルタロスさんから仮面を奪い取って被り直した。


 これは何かの病気なのだろうか?


「このままだと町は全滅する。早く治してくれ!」


 男は怒気をはらんだ声で叫ぶように言った。


「すみません、状況が分かりません。まずは順序だって1から説明をお願いします」


 いきなり治してくれと言われても流石に意味が分からない。


 おそらく男の方にも何か事情はあるのだろうし、町で何かが起こっているのも間違いなさそうだが、これでは何も出来ない。

 

 まずは状況の確認が不可欠だ。


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