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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 7. Go Back To Japan
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Chapter 10 「ティンダロスの猟犬」

 船渠(ドック)内は不気味な静けさが広がっていた。


 定期的に打ち付ける波と、それに合わせてギシギシと唸るロープ以外には何も音を発するものがない。


 人の気配は一切なく、ただ鉄と油と海の臭いだけが残っている。


 事前に鳥で偵察した通り、船は残っておらず、ただ空っぽの空間だけが広がる。


「あの砂漠にあった船は元々ここにあったんでしょうか?」

「状況からすればそうだと思うんだけど、船渠内で整備中の船に乗組員が乗るかという話」

「なら、あの船は別の世界のフィラデルフィア産の可能性もあると。本当にややこしいですね」

「マルチバースって本当にクソだわ」


 船渠内にある珍しい機械はこんな機会でもなければ見られることはないので興味をそそられる。

 他の仲間も同じようで、異変の調査という目的はどこかに消えたようで、ただ珍しい光景を好奇心のまま眺めるだけになっていた。

 

「みんな、流石に何もないと思うけど、一応警戒を」


 パンパンと両手を叩いて音を出すと、ようやく仲間達の注意が戻ってきた。


「このドック内には何もないってことでいいですよね」

「有ってもこんなものくらいだしな」


 床に落ちていた小さいスパナを拾い上げた。


 何年か海沿いの船渠内に放置されていたためか、若干表面に錆は浮いているが、元々はよほど手入れされていたからなのか一部はまだギラギラとメッキが輝いている。


「工具は危険がないように使い終わったら工具入れに保管だろう」と適当に近くに在った棚の中に投げ込んだ。


「ここで何が起こったかを考えよう。船渠内がこれだけ綺麗に片付けられているということは、逆に言うと片付ける時間と精神的な余裕があったということだ」

「つまり、船が消えたタイミングと人が消えたタイミングは別だと」

「ついでに言うと砂漠に送り込まれた駆逐艦内の人は消えていなかった。最初に駆逐艦が突然消失するような事故が起こったとする……なら次のアクションはどうすると思う?」

「まずは状況確認、報告、船の捜索ですかね」

「その結果、船は見つからなかった。ならば次はどうするかだ」


 船渠内を見回して思考を巡らせる。


「現場検証するために封鎖して現場保存?」

「いやいや、刑事ドラマの殺人事件現場じゃないんだから」


 モリ君がエリちゃんにツッコミを入れている。


「いや、インシデントに対するフォレンジックはこの手の事故ならやってもおかしくないと思う。多分エリちゃんが当たり」

「ラビさん、日本語でどうぞ」

「インシデントは事件、事故。捜査における分析や鑑識のための証拠保全がフォレンジック」

「ラビさんって急に真面目になりますよね」


 モリ君が地味に酷いことを言ってきた。

 俺はいつも真面目なつもりなのだが、何故そんな評価になるのか。


「はいはい膨れない」


 カーターが急に頭に手を置いてきた。


「膨れるってなんだよ?」

「鏡って見たことある?」

「何をわけのわからないことを」


 本当に意味がわからない。

 何故俺がちびっこ扱いされているのか。


「なら、現場保存をしたが、この船渠は屋根が付いているくらいでふきっさらしだ。だけど、事件当時の現場保存はしたい。ならどこに保管する?」

「ちゃんと密閉されていて、鍵付きのシャッターやドアで第三者が触れないように出来る場所ならすぐそこにありますね」


 モリ君が指す先には倉庫らしき蒲鉾型の建物が見えた。


 大きな機械類を運ぶためであろうレールが船渠からその蒲鉾型の建物まで延びている。


 かなり広そうな倉庫なので、この船渠内で使われたであろう機器を運び込んで一時保管しておくことは可能だろう。


「船渠内に何もないとなれば、倉庫か装備品の開発や整備をしていそうな工廠のどちらかに運ばれたと考えるのが自然だと思う。機材のサイズと量が分からないけど、スペースに余裕があるのは倉庫かなと」


 分析をしてから改めて見ると、倉庫から変なオーラが漂っているように見える。


 実際にはそんなことはないというのに、人間の目というのはいい加減なものだ。


   ◆ ◆ ◆


「あれ、鍵がかかってる」

「ワシが壊そうか?」

「それは大丈夫」


 エリちゃんがドアノブをさも当然のようにねじ切って扉を開ける。


「ここからは慎重に」

「分かってるよ」


 装甲車のセンサーで生体反応がないのは確認済みなので、おそらく襲撃などはないだろうが、念の為注意して進みたい。


「エリス、交代だ。ここからは俺が先頭で進む」

「私は大丈夫だけど」

「盾役の俺が前の方が良いよ。ラビさんはしんがりを頼みます。何かあれば、後ろから盾だけ飛ばしてください」

「ああ、分かった」


 隊列を変えてモリ君を先頭で中へと進んでいく。


 倉庫の中には、木のコンテナに入った何かが積み上げられた棚の隙間に、多種多様な物が無理矢理押し込まれていた。


 雑に詰め込みすぎだと思うが、証拠保全のために船渠内から様々な機器を無理矢理運び入れたせいで、ごちゃごちゃになってしまったのだろう。


 じっと見ていると、鉄と油の臭いが強い機械と、逆に油の臭いはほぼしない電気系統の機器の二種類があることに気付いた。


 電気系統の機器が後から運び込まれたものだろう。


「怪しいのはこいつか」


 カーターが拳でコンコンと叩いたものは全く用途不明の装置だった。


 用途不明なのは他の機器も同じなのだが、それだけに何枚も付箋が張り付けられており、いかにもこの機器に何かがあって調査が行われたという雰囲気がある。

 

 装置に近寄って見ると付箋には「geometric pattern」「occultic?」「this machine?」と殴り書きがされている。


 付箋を辿っていくと、機械の側面に魔法陣のような図形が彫り込まれていることに気付いた。


 ケルベロスがいた洞窟や運営が仕掛けた祠に描かれていた魔法陣とはまた形状が異なる。


 もちろんただのコスプレ魔女である俺には何の用途で使用するものなのか分かるわけもない。


「この張り付けてある紙はなんですか?」

「何か幾何学模様が描いてあるがこれはオカルト的なものか? 事件に関係有るのか? そもそもこの機械って何? というメモ書きだな」


 モリ君の質問にとりあえず俺の見解を答える。


「多分、こいつについての調査記録がどこかにあると思う」

「あるとしたら事務所の方でしょうか?」

「もしくは偉い人のところだろうな。偉い人が読むならば、報告書という形にまとめられているはずだ。どちらにも何もなかったら流石にお手上げ。そもそも事件発生からかなりの月日が経っていそうなので調査しようがない」


 腰にぶら下げていた短剣を取り出し、念のために魔法陣を引っ掻いて再発動だけはしないようにしておく。


「何か起こる可能性は潰しておいたけど、この機械自体がが次元の壁に影響を与えている可能性もある。一応この機械も壊しておいた方が良さそうだ」

「壊し方はどうします?」

「まずは倉庫から一度機械を出そう。発電所のこの倉庫の中に置かれている箱が弾薬や薬剤だったら、何かの弾みで引火すると大惨事になる」

「なら、一度その装置だけ外に出しますか」


 モリ君が装置の下にある何かを足で蹴とばすと、それだけで装置が少し動いた。


「この装置って台車の上に乗ってるから、シャッターの開け方さえ分かれば多分動かせますよ」


   ◆ ◆ ◆


「ハイドロカノン!」


 ドロシーちゃんのスキルによって発生した超水圧の水流によって景気良く倉庫のシャッターが吹き飛んでいく。


 流石に海沿いの倉庫に水分を吸って発熱するような薬剤などは保存していないと思うが、万が一引火して大爆発などシャレにならない。

 施錠されたシャッターを吹き飛ばすには熱を一切発生させない超水圧の水流が最適解のはずだ。


「ドロシーちゃんありがとう。後は車に戻っても大丈夫だよ」

「はーい」


 後は装置が載ったままの台車をレールに戻して船渠へ戻す作業だ。


「ここはワシが何とかしよう」

「頼みます」


 本来は何かの車で牽引していたと思われるが、それは見つからなかったので、頑張ってタルタロスさんに倉庫から船渠までの200メートル程の距離を押して運んでもらうことにする。


「この機械をどう処分するかだが」

「あの町の発電所に有ったものと同じ場合には、壊すとブラックホールみたいなものが出来るんですよね」

「おそらくは。だから、至近距離で壊すとろくなことにならないのは確定。巻き込まれないように距離を取って、遠距離からスキルで破壊しよう」


 そうなると、機器の破壊に適したのはレルム君になるだろう。

 レルム君のスキルでも破壊仕切れなければ、俺が魔女の呪いで焼き払う。


 あとはブラックホール対策。

 モリ君のプロテクションで壁を作ってもらうのが最適かもしれない。


「そういうことなら、私達は離れた方がいいかな」


 エリちゃんが残念そうに言った。


「ただ機械を壊すだけだし、全戦力はいらないかな。俺とレルム君とモリ君の3人だけで大丈夫だと思う。むしろ人が多いと巻き込まれる可能性がある」

「ならオレたちは事務所の方を調べに行くか」


 カーターはそう言うと車に乗り込んだ。


「エリスとタルのおっさんとドロシー。4人で先に事務所の方を調べて来るわ」

「分かった。こちらも片付いたらすぐに合流する」


 そうして、俺とモリ君、レルム君の3人を残して装甲車は船渠から離れていった。


 あとは装置を物理的に破壊すれば任務は完了だ。

 俺達は急いで船渠から装置から200mほどの距離を取る。


「よしレルム君、エレクトロビーム!」

「はい、分かりました!」


 レルム君が無駄にカッコいい無駄だらけのポーズを取った後に杖の先から青白い火花が飛び散るビームを放った。


 高電圧の電気を帯びたビームは船渠内に置かれた装置に当たると、落雷のような轟音を立てた。


 機械の表面が黒く焼け焦がれていき、金属の焼ける異臭が辺りに立ち込める。


「前と同じなら、この後にブラックホールみたいな次元の穴が出て来るはず。早く逃げよう」

「そうですね。レルム君も早く逃げよう」

「はい」


 俺達が走り出したと同時に船渠からは早くも何やら機械が倒れたり風が吹き荒れる音が聞こえ始めた。


 前回の発電所の時よりも距離を開けているので巻き込まれることはないとは思うのだが、念のために警戒は怠らない。


 更に100mほど全力で駆け抜けてから振り返ると、船渠を中心に風が目に見えて渦巻いていた。


 かなりの距離を取っているので体が引っ張られるような圧力は感じないが、それでも強風が吹き付けてくるのを感じる。


 時間にして一分ほどだっただろうか?

 圧力や風が止まり、周囲に静寂が訪れた。


「終わったのか?」

「そうみたいですね。エリス達と早く合流しましょう」


 まあこれで、次元の歪み関係は1つ解決である。

 これで懸念事項は1つ削ることが出来た。


 安心して事務所の方へ向かおうとした時に、船渠の屋根の一部が内側から突き破られ、何かが勢い良く飛び出すのが見えた。


 そいつは着地して、こちらへとゆっくりとした速度で近寄ってきている。


「なんだ……あれ?」


 不思議な感覚だった。

 肉眼では視認できるのに、脳ではそいつの形状が何なのかを全く認識できない。


 形は骨格だけの蝙蝠に無数の角張った鉄パイプが生えたような構造をしていた。

 生物のようにも機械のようにも見える。


 全身のシルエットは全てが直線のみで構成されている異様な風体なのだが、何故か全体が曲がって見えるというギャップに不快感がある。


 相手は1体のはずだが、像がブレて3体にも5体にも見える。


 あれを直視してはいけない……。

 これは人間には認識出来ない別次元の存在だ……。


《気付かれる前に逃げて!》


 突然に魔女(ラヴィ)の声が聞こえた。


《あれはティンダロスの猟犬。時空の荒野を最も走るもの。あらゆる鋭角から出現出来る時空の番犬》

(時空の番犬?)

《危険だから早く!》


 もう少し詳しい説明を聞きたいところだが、ラヴィの焦りようからして、余程のことなのだろう。


「モリ君、レルム君、逃げるぞ!」


 警告のために振り返ったと同時に、モリ君の左肩から突然に血が吹き出した。


「ギリギリ避けたはずなのに……」


 モリ君が肩を押さえたままうずくまった。


「ラビさんもレルム君も早く逃げて……この速度相手に2人が戦うのは無理だ。俺がここで食い止める!」


 いつの間にか船渠の前にいたティンダロスは俺の真後ろにいた。


 モリ君の肩を抉るような攻撃を全く視認できなかった。


 それ程に奴の動きは速い……もしくは俺達の認識の外側にあるために動きを見ることが出来ないということだ。


 今の攻撃で理解出来た。

 こいつ相手に逃げだしたところで、背中から襲われてあっさり倒されるのがオチだ。


 ここで逃げることに意味は感じられない。

 むしろ逃げたところでモリ君がピンチになるだけだ。


「モリ君を置いて逃げられる訳ないだろ!」


 俺はレルム君を抱き寄せた後に、箒と短剣を両手に構えてモリ君を庇うように立った。

 今の負傷でまともに戦えるとは思わない。

 

 幸いなことに、俺の極光は光速、レルム君の電気系統のスキルは雷速。ティンダロスがいくら速くても捉えられないことはないはずだ。


 ただ、もしかしたら戦力的に不足かもしれない。


 鳥を召喚して1羽を事務所の方へと飛ばした。


 モリ君が負傷した今、前衛のエリちゃんとタルタロスさん。

 もしくは時間停止が使えるカーターが必要だ。


「全員でこいつから切り抜けるぞ」


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来たよ。 時間警察犬、すみっコわんわん。銀の鍵を持って時空・次元を渡り歩くカーターの天敵。
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