Chapter 2 「カニクリームコロッケ」
「限界超越?」
「そう。目を瞑って『限界超越』と唱えると、一瞬、脳内に何かコマンド受け付けみたいな待機時間の後にパワーアップ後の姿が脳内にイメージとして浮かんでくる」
移動中は少し暇だったので、以前に見つけた「限界超越」のシステムをみんなに試してもらうことにした。
「じゃあ試しに『限界超越』と……本当だ、何か映像が出てきますね……なんか鎧もマントもなくなって最初のポンチョが戻ってきたんですけど」
モリ君が試しにやってみると、あっさり映像が出るところまでは行けたようだ。
ただ、やはり突然に姿が変わったりしないので、何か他の条件は必要なのだろう。
「また『ザ・モブ』に戻るのか」
「いえ、割と洗練されているのでそんな感じはしないんですけど、なんで軽装になるのかなって」
「なんかバックグラウンドのストーリーがあるんだろうな。村の若者が町で出世して騎士になったけど、そこで色々あって自分探しの旅に出るというやつ」
「ありそうですね、それ」
まあテンプレート通りではある。
旅に出たキャラが故郷を旅しているうちに真の仲間に出会って本当に護るべきものを見付けてパワーアップというイベントだ。
「私はなんかインナーが体に張り付いた感じでラインが出て恥ずかしいんだけど」
こちらはエリちゃん。
俺には絵が見えないのでどういう状態なのか分かりかねるが、ソシャゲの女性キャラはレアリティが上がる度に恥ずかしい服装になっていくのは宿命なので諦めて欲しい。
最悪、あまりに変な服装ならば着替えてしまえば良いのだから。
「あと後ろに知らない人が大勢いたんだけど、あれって誰かな?」
「多分元のゲームのイラストでそうなっているんじゃないかな……」
「元のゲーム」という単語で、エリちゃんが学校の制服を着てバレンタインチョコを渡そうとしているイラストを思い出して豪快に吹き出しかけたが、なんとか堪えた。
おそらく俺の予想以上に実状は酷いことになっていそうだ。
その問題があるからこそ、日本に帰ってからも攻略wikiやら画像投稿サイトやら同人誌通販ページやらを視るべきか否かは未だ悩んでいる。
もちろんこの被害者問題については俺も含まれる。
「僕は何も起きないですね」
「うちも」
「ワシも起きんのう」
タルタロスさんと子供達は何も起きないようだった。
確認のためにカーターの顔を見る。
「いやオレも知らんよ。そもそも限界超越って何なんだ?」
「ソシャゲでレベル上限に達したキャラを更に成長するためにレベル上限を上げるためのシステム。ゲームによって呼び方はバラバラだけど、どうやら俺達には限界超越の名前で通るみたいだ」
「それなら、ランクアップした上でレベル上限に達していることが条件なんだろう。そっちの3人はランクアップをしていないんだから、出ないってのはわかる。もちろんオレも」
そもそもレベルってなんだ? という問題は残るのだが、確かにレベル上限に達していないならば上限解放も行えないという理屈はわかる。
残念ながら3人は仲間に加入したのが割と最近であるために戦闘経験も足りておらず、ランクアップもしていない。
「師匠、僕はランクアップ出来ないんですか?」
「一応メダルはRキャラ1回分はあるからランクアップは出来るけど、逆に言うと1回分しかないんだ。3人のうち1人にしか使えない」
「ならじゃんけんとか?」
「いや、これは誰かが重症を負った時の回復用に残しておきたい。ランクアップ時にはどんな傷でも一度は全回復出来るんだ。なので、モリ君のヒールでも治せないような傷や状態異常を負った時に使いたい」
「そういうことなら……」
そう説明すると、レルム君はしぶしぶながら納得してくれたようだ。
「それで限界超越ってのは何をやればいいの? メダル?」
「多分、これは人よって違うんだと思う。限界超越と唱えると一瞬何かの動作待ちのような間が挟まるから、その間に何かの手続きを行えば良いんだろうと思う」
「ソシャゲだとどんな感じなの?」
「だいたい設定上は世界に1つしかない貴重アイテムを使う感じだな。たまにストーリーを読むだけのやつもあるけど。精神的な成長で上限が解放されるというやつ」
「精神的な成長」
俺の話を聞いたモリ君が「精神的な成長」と何度か呟き始めた。
何か思うことが有るのだろうか?
「過去を捨てるとかですかね?」
「分からない。でも復讐だけに生きてきたキャラが辛い過去を乗り越えて新しい人生の生き方を見つけて覚醒とか定番だな」
「なるほど」
「思い出の品を壊して俺はもう過去にはこだわらない! と。モリ君の元キャラの過去設定なんて何も知らないんだけど」
「思い出の……品……」
「まあ、みんな精神的な成長なんて、みんなとっくに乗り越えていそうだし。パワーアップするならアイテムだろうな」
「世界に1つとか、そんな貴重なアイテムなんて、まず手に入らないよね」
「ソシャゲだと正月とか、ダウンロード数ン万人突破とか、凧揚げ大会とかトンチキなイベントの参加商品で貰えたりするし、下手するとなんか分からん不具合の修正の保証ですと何の説明もなく置かれたりしていて、むしろ余るんだけどな」
「なんで!?」
それは俺も知らない。
原作の世界観が割と崩壊するところまで徹底的にやるのがソシャゲなので、まあそんなものなのだろう。
チラリとカーターに意味有りげな視線を送る。
もしかしたら何か情報を持っているかと期待してのことだ。
「まあそんなアイテムの存在はオレも知らない。実装は考えたけど結局採用されなかった死にシステムなんだろう」
「なーんだ」
カーターからは肩透かしな回答が返ってきた。
まあ世の中そんなうまいことなんてあるわけない。
「ラビちゃんはどうなの?」
「俺は例によって2人分出るんだよ。祭壇の前に立つ巫女っぽいのと刀を構えた侍と学校の屋……」
「学校?」
「いや、別になんでもない」
俺の条件はだいたい分かっている。
俺は魔女、オウカちゃんという3人分の魂が同居している。この壁を取っ払い、動作を最適化することだ。
その方法についても理解している。
やろうと思えば、今すぐこの場で発動が可能だろう。
ただ、その結果として俺の人格がどうなるのかが分からない。
特に魔女は自殺者の魂とやらを元に作られているという。
そんな魂を取り込んで1人の人間に精神を統合したとしても良い結果になるとは思えない。
流石にそんな危険なチャレンジは行えない。
「そもそも、ここから先にそんな過酷な戦闘はなさそうだし、パワーアップなんて必要ないだろ。今の戦力で乗り切れるさ」
「ラビちゃん、それフラグ」
「確かにフラグっぽかったか」
まあ、俺達3人がパワーアップして当たらないといけない敵なんてまず出てこないだろう。
最悪は俺が「魔女の呪い」で全部焼き払えばなんとかなるのだし。
そんな中、モリ君だけが一人深刻な顔をして、目を瞑ったまま宙を掴むような動きを繰り返していた。
「精神的な成長……そういうことか……結依……」
◆ ◆ ◆
「そろそろオーガスタの町が見えて……来ないな」
白地図を確認するが、位置は間違いなくオーガスタだが、やはり何もない平地が広がっている。
町どころか集落らしきものも見当たらない。
「海からかなり離れているから移民もこの辺りまでは来ないんだろうな」
「オーガスタってゴルフで有名なオーガスタか?」
カーターがモニターを見ながら聞いてきた。
ゴルフに興味があるのだろうか?
「うん、そのオーガスタ。まあ俺はゴルフをやらないし、それ以上の情報は俺もよく知らないんだけど」
「いや、オレも名前以外知らんし」
「知らないで聞いたのかよ!」
「名前は聞いたことがあるのでこんなところだったんだなって」
「現代のオーガスタはこんな荒野じゃないとは思う。ジョージア州の端っこで、サバンナ川を超えたらサウスカロライナ州に入るってことは同じだろうけど」
町がないということならば、立ち止まる意味もないので、進むしかないだろう。
「問題はどうやって川を超えるかだけど、みんな何か良い案はないか?」
俺はモニターに映る川を指差す。
意外と川幅があり、深いところもありそうなので、無理に車で超えていくのは無理そうだ。
「下流に下って浅いところを探す……ですね」
「橋をかけるのはさすがに無理かな?」
「この装甲車はかなり重いから、普通の木を切って橋を作っても重さに耐えられないんじゃないかな」
都合良く大きめの岩や自然石の柱でもあればスキルで破壊して橋にすることは出来るだろうが、そこらの木を切り倒して丸太橋を作っても車の重量に耐えきれないだろう。
「もうちょっと地図の上の方を見せてもらっていいですか?」
レルム君の要望通り白地図を北方向に移動させる。
「少し上流のところが中洲みたいになっているので、ここから渡れないですか?」
地図を見ると、レルム君の言うとおり、川の中に大きめの中洲があり、そこを経由すれば比較的移動しやすい場所が見つかった。
拡大していみると、意外に川幅も狭まっている。
そもそも川の流れが緩やかなので砂が溜まって中洲が出来たと考えると、そこから渡れる可能性はそれなりに高そうだ。
「なるほど。ここなら浅瀬を探して渡っていけそうな雰囲気はあるな。一応様子を見に行って、ダメなら下流を探してみるか」
レルム君を見ると、何やら期待した目でこちらに近寄ってきている。
こういうところも実に犬っぽい。
「ありがとう、レルム君のおかげで良いルートが見つかったよ」
褒めながら頭を撫でると、犬ならば尻尾を振っているんだなという雰囲気で全力で嬉しさを表現していた。
いつものパターンだとここでドロシーちゃんがローキックを仕掛けてくるはずだと気付いて身構えると、ドロシーちゃんは何故か俺ではなくレルム君の足に蹴りを入れ始めた。
「痛いな、何するんだよ!」
「デレデレしない! ラビちゃん先生も甘やかさない!」
それだけ言うと小走りで車の隅の方へと走っていく。
これは成長したのか、単にターゲットが替わっただけなのか。
◆ ◆ ◆
「ここが浅いよ。こっちに来て」
外部マイクからエリちゃんの声が聞こえてくるので、その通りに車を進める。
上流の中洲ルートは正解だった。
川の一部に浅い箇所があるので、慎重に車を進めれば渡河は出来そうだ。
川の中洲に乗り上げると、驚いた水鳥が何羽も飛び立っていった。
「ラビさん、車は一度ストップ。進路上に卵がある鳥の巣があるみたいです。迂回を」
「この卵は食べないのか?」
「食べませんよ」
「野生の鳥の卵は菌を持っている場合があるから食べない方が良いぞ」……と呼びかけても、車には外部スピーカーは非搭載なのでこちらの声は聞こえない。
この装甲車は機能が多数で出来ることは多いのだが、何故か中から外へ声を届ける機能だけは付いていない。
本当にそれだけが惜しい。
モリ君の指示通りに車を進めると、今度はタルタロスさんが川上から巨大な岩石を担いで歩いてきているのが見えた。
「一部深いところがあるから、この岩を足場に渡ってくれ」
なかなか難しいことを要求してくれる。
だが、渡河しないことには先へ進めないのだから、頑張って渡るしかないだろう。
うまくバランスを取りながら車を進めて、川の対岸へ渡ることに成功した。
後部ハッチを展開して全員に呼びかける。
中から声を届けるには最初からこれで良かったのではないだろうかと今更気付いたが、気にしたら負けだ。
「ここの土手を上がったところで、今日はキャンプにしよう。みんな車に乗って」
「せっかく川に入ったんだし、ついでにカニを取りたいかな」
「カニ? いいですね。またモクズガニみたいなのが穫れますかね?」
「これだけ綺麗な川なんだからいるでしょ」
どうやらエリちゃん達はここで蟹を獲るつもりのようだ。
ならば、こちらは焚き火を用意して待つのが正解だろう。
適当なところに車を停めて、キャンプの準備を始めることにする。
「極光!」
河原に生えていた雑草と低い木をなぎ払い、焚き火が出来るスペースを確保した。
極光でバラバラになった木屑と折れた枝を組んで枯れ葉を集めてライターで火を点ける。
「カニならやっぱり鍋か?」
「それもいいけど、今回は前から作ろうと思っていたカニクリームコロッケを作ろうと思う」
「コロッケ? またそれも久々のメニューだな」
「レルム君の要望でもあるからな」
まずは小麦粉に塩を入れて水で溶いて練って生地を作り、無発酵のままフライパンで焼き上げて細かく刻み、パン粉っぽい何かを作成。
続いて小麦粉と脱脂粉乳でホワイトソースを作る。
ただ、これだと乳脂肪分不足でコクがなさすぎるので、残っていたヨーグルトを追加投入する。
下ごしらえをしていると、エリちゃん達が拳ほどの大きさの蟹を何匹か捕まえて持ってきた。
それなりの大きさなのだが、体表に細かい苔や藻などが付いたままで、流石に衛生的にはかなりよろしくない。
「この蟹は食べられるかな?」
「なんか苔みたいなのが身体にくっついてるからそれだけは取った方が良いかな。あと川の水でもう一回水洗いを」
「なるほど」
エリちゃんにブラシを渡すと、それで蟹の体を擦り始めた。
綺麗になったところで川の水を張った鍋に入れて少々の塩で丸茹でにすると、ドブのような臭いが漂ってきた。
「これ、大丈夫なやつ?」
「泥を食ってるみたいだから、ある程度は想定済み。一度この水は捨てて、ドロシーちゃんに出してもらった綺麗な水に入れ替えてもう一度茹で直して」
「なるほど」
二度炊きするとドブの臭いはかなり緩和された。
「多分鍋の底の方にゴミや砂が溜まってるから、それを全部捨ててもう一度茹で直し」
「出汁も全部捨てちゃうことにならない?」
「カニ味噌があるから大丈夫……とは流石に言い切れないけど、ドブ臭いのと比べれば良いんじゃないかな。ただ、やっぱり臭いは強めなので、そこら辺の草を大量投入しよう」
近くの川辺に自生していたパクチーを鍋に投げ込むと、臭みもすっかり収まった。
蟹を引き上げて足をもぎ、中の身をホワイトソースに混ぜ合わせていく。
胴体は真っ二つに割った後に鍋へ戻す。
「これを俵型に固めて衣を付けて油で揚げればカニクリームコロッケの完成」
「鍋の方の味付けはどうするの? 醤油とか味噌で食べたいところだけど」
「どちらもないからな……鰹節っぽい味の鯖出汁で炊いてみよう。あとは塩で微調整すれば、溶け出したカニ味噌で丁度良い味になるはず」
味見すると若干薄味ではあるが、良い感じに仕上がってきたので、盛り付ければ今晩の食事が完成だ。
「カニ汁とカニクリームコロッケか。また統一感がないな」
「今回はカニ汁はオマケだよ。主賓はクリームコロッケ」
まずはコロッケから食べてみる。
クリーミーさはなかなか。
ただ臭いを消すために茹で過ぎたせいなのと、元々淡白な種類の蟹だったのが合わさり、蟹の身が入っているはずなのに、蟹の風味が全く無い。
「美味しいですけどラビさんにしてはちょっと期待はずれって感じですね。今後に期待で70点というところでしょうか」
モリ君から厳しい意見が飛んできた。
だが、おっしゃる通り。
若干失敗した自覚はあるので再チャレンジはしたい。
「レルム君はどうだい?」
「はい、美味しいです。昔に食べた懐かしい味という感じで。やっぱり師匠はすごい」
「それは良かった。次はもっとうまく作るので楽しみにしていてほしい」
「次はクリームじゃない普通のビーフコロッケが良いですね」
「ビーフかぁ……」
これはクリームコロッケとは別の意味で難易度が高い。
どうやって牛肉を調達するかに全てがかかっている。
「でもやっぱり揚げ物は美味いぞ。ビールによく合う」
「確かにビールと揚げ物の組み合わせは最高だな」
カーターとタルタロスさんはビールを片手にコロッケをつまんでいる。
完全にビールがメインという感じだ。
「カニ汁の方は、日本酒と合わせたくなる味だな」
「でもビールでも美味いぞ」
「それはある。ビールが美味い」
こちらは完全にダメな大人2人になってしまっている。
ここは飲み屋か何かと思っているのか?
子供達の教育によろしくないので自重してほしい。
「2人とも飲みすぎないでくださいよ」
「わかってるさ。残り本数も少ないし、1日1本ずつ大事に飲むから」
カーターはそう言いながら2本目の缶ビールを開けたあたり、ダメかもしれない。
「ママ、枝豆ちょうだい」
「枝豆なんてない。そら豆の塩茹で我慢しろ」
「そら豆!? いやそれはそれでありだ。早く出してくれ」
「そら豆も美味いよな」
完全にダメな大人だった。
仕方なく乾燥そら豆を水で戻して茹で始める。
「まあ、これはこれで楽しい旅なのか」
次の目的地はサウスカロライナ州を抜けてすぐの場所にある海沿いの町、リッチモンド。
いや、リッチモンドに町があるかどうかはまた別の話である。
「次くらい町があって欲しいんだけどな」




