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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 6. What a Wonderful World
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Episode 6 Period

 ついにマイアミの町を発つ日がやってきた。


 必要な食料、日用品は車に積み込み済。


 ここから海沿いのルートだと約3000km。


 実際には車で通れず迂回も必須だと思われるので、1000kmくらいは多めに見積もっておきたい。


 それでも全行程の半分以上は過ぎたことになる。


 出来れば快晴の日に出発と行きたかったのだが、残念なことに朝から曇天でポツポツと雨が降っている。


 気分も湿っぽければ天候まで湿っぽい。

 

「色々名残惜しくもありますが、俺達は旅立ちます。本当にありがとうございました」

「今まで色々とお世話になりました」

「私はハセベさんのことを忘れません」


 俺、モリ君、エリちゃんの3人でハセベさんに頭を下げて礼をした後に握手をする。


「ああ、ラヴィ君達も元気で。君達が無事に日本へ戻れることを祈っている」


 これでハセベさんとはお別れだ。


 遺跡の後、一時分断されたが、また一緒に冒険を出来て良かった。


 本当に……良かった。


 再会してからの冒険の日々が走馬灯のように蘇ってくる。


「もし、巨人(イソグサ)や、それに準じる巨大すぎる敵が出た時は、タウンティンの軍隊に助けを求めてください。パナマまで行けば通信出来ると思います」

「ああ、60m級で異常な再生力を持っていて目からビームを出す敵だな」

「はい。あいつは人間だけで倒すのは難しいので、あちこちに協力を募ってください。あと、多分ですが伊原さんも頼めば助けてくれると思います」

「あの人はなぁ……」


 思わず苦笑する。


 確かに見返りに何を要求されるかわからないところはある。


 ただ、それでも必ず助けてくれるという確信はある。

 あの人は、おそらくそういう人だ。


 もしかしたらこの会話も謎の手段で聞いていて、あの狭い事務所で書類に囲まれながらブツクサ文句を呟いているかもしれない。


「クロウさん達もお元気で」

「ああ、オレ達も短い間だが楽しかった。また……いや、またはないのか」


 クロウさん達にも短い間だが世話になった。


 この世界は危険が多いだろうが、みんな頑張ってほしい。


「あんたもすぐにこっち側だからね」

「わかってますよオバサン」

「だからオバサンはやめなさい」


 エリちゃんとレオナさんは微妙に険悪な雰囲気だが、まあそれなりに仲良くはなれたようだ。


「ラヴィさんもお元気で」

「はい、マリアさんも」


 彼女は相変わらず水着にパーカーだ。

 フロリダではありかもしれないのだが、この服装で恥ずかしくないのだろうか?


 それは最後まで分からなかった。

 今でも分からない。


 そして改めて思う。

 俺は(ハロウィン)で良かったと。


「先生ありがとうございました」

「色々教えてくれてありがとうございました」


 子供達はこの1ヶ月間、元は小学校教師だったというクロウさんに勉強を含めて色々と教わっていたので、すっかり懐いてしまった。


 それまで教育担当だった俺としては嬉しいような寂しいような、そんな複雑な気持ちだ。


「教えたのはあくまで基礎だけだから、日本に帰ってもちゃんと勉強するんだぞ」

「はい」


 続いてウィリーさんとガーネットちゃんがハセベさんの近くに寄る。


 そのまま別れの挨拶をするのかと思ったら、2人がこちらの方を向いた。


「突然だがラヴィさん、オレ達もここに残ることになった」

「昨晩の間に話し合ったんです。ハセベさんが残るなら、あたし達も残るべきだって」

「えっ?」


 何がなんだか分からない。


 未成年でまだ中学生のガーネットちゃんを日本へ戻すためにウィリーさんも帰るという話ではなかったのか?


「え、どういうことなの?」

「俺も聞いていませんけど」


 モリ君とエリちゃんも初耳のようだ。


「オレも色々と悩んだ上での結論だ。日本への郷愁の思いはあるが、この世界で生きていたいという思いの方が勝った。それだけの話だ」

「あたしもずっと悩みました。でも、やっぱりここに残る方が良いって……お父さん、お母さんには悪いけど」


 俺にも寝耳に水だが、単なる思いつきでないのなら仕方ない。

 俺達に止める権利はない。


「本当に考えた上での結論がそれなんだね」

「はい……この一ヶ月ほどずっと考えた上で、そう決めました。マリアさんにも相談に乗っていただいて」


 マリアさんの方を見ると、両手のひらを合わせて「ごめんね」と小声で言ったので、相談を受けていたというのは間違いないようだ。


 1ヶ月というと、ダゴンを倒すための準備を始めてからの期間か。


 その間は作戦を立てたり罠を仕掛けたりと色々とバタバタしていたが、確かに、この世界に来てからは最も平和な時期ではあった。


 将来の進路についてゆっくりと考える時間が出来たということなのだろう。


「どうします、ラビさん?」

「どうもこうも……単なる思いつきで言ってるなら止めるつもりだけど、熟慮した上での結論なら俺に止める権利はない」


 勢いや他人に影響されただけというならば、流石にストップをかけるが、本人がよく考えた上での結論ならばそれを止めるつもりはない。


 日本にいても何となく流されて人生を生きている人間のことを考えると、自分でその後の人生を選択したのだから、むしろ尊重すべきだ。


「そういうことなら、モリ君、残っている資金を3人に分配を」

「ええ、わかりました。分配は?」

「80万くらい残っていたと思うので、そのうち60万を」


 モリ君が資金を保管していた袋から金貨を何枚か取り出した。


 買い物や一ヶ月のフロリダ滞在でそれなりに使ってしまって残りは乏しいが、それでも再分配は必要だろう。


「この世界で生きていくというなら金は必要だと思うので、少ないですが受け取ってください。ハセベさん、ウィリーさん、ガーネットちゃんの取り分です」

「そういうことなら私が預かろう。3人で公平になるように分配する」


 ハセベさんがモリ君から金貨を受け取った。


「でも、残り資金がそれで足りるのかね?」

「おそらく、この先に町はないと思うんです……」


 先のルートを考える。


 現代の地球だとこの先はワシントンDC、フィラデルフィア、ニューヨークと大都市が続いているアメリカ東海岸だが、この世界のアメリカ大陸にそれほど大規模な集落があるとは思えない。

 例外はニューヨークの位置にあるというセレファイスくらいか。


 なので、金を使いたくても使えない可能性の方が高い。


 それを考えればもう金は要らない可能性もある。


「後はメダルです。銅のメダル5枚と銀のメダル1枚は回復用に持っていこうと思いますが、銀のメダル2枚と金のメダル1枚は置いていきます。ランクアップか伊原さんに交渉する時に使ってください」

「ああ、役立たせてもらう」


 これで一通りか。

 

「ハセベさん達はその金額で大丈夫ですか?」

「心配ない。この町はまだまだ開拓中で仕事はいくらでもあるんだ。頑張ればいくらでも稼げる」


 クロウさんがハセベさんの肩に手を置きながら言った。


「ウィリーさんも頑張って稼がないとな」

「ああ。それなりの家を建てるくらいの甲斐性は見せないとな」

「甲斐性?」

「ああ、さすがに根無しってのはまずいだろう。家も用意する。安定して稼げる仕事も探す」


 まあ、いつまでも宿暮らしだと不便をするというのはわかる。


 ただ、思っているようなことなら、色々と問題なので忠告だけはしておこう。


「あの、ウィリーさん……相手は中学生ですよ」

「別に明日明後日の話じゃないからな。まあのんびり行くさ」


 なるほど。

 甲斐性だの定職を探すだの、これは完全にこの地で結婚して家庭を築く気だ。


 ガーネットちゃんの方も乗り気なので、ちゃんと5年後くらいまで理性が持つことを祈りたい。


 ……もしかしたら日本へ帰らない理由ってこのことも関係しないか?

 と、邪推するも、あまり考えないようにしよう。


「じゃあな。みんなも元気で」


 ウィリーさんの挨拶は軽かった。


 ただ、これでウィリーさんとガーネットちゃんの気持ちも理解できた。

 あとはみんなの幸せをただ祈ろう。


「それでは、今度こそお別れです。皆さんお元気で」


 名残惜しいが、いつまで経っても出発しないのも、それはそれで未練が残るだけだ。


 モリ君、エリちゃん、タルタロスさん、子供たち。

 これから俺と旅をするメンツが車へ乗り込んでいく。


「カーターさん」


 ハセベさんが車に乗ろうとしていたカーターに声をかけた。


「貴方のことは事情を聞いていても、信じられる人物だとは思えなかった」

「そりゃどうも」

「だけど……今はあえて信頼したいと思う。ラヴィ君たちのことをよろしく頼みます」

「……ああ。保護者ってのはまっぴらだが、おかしなことをやりそうなら叱ってやるくらいの役目なら任された」


 カーターは振り返ることなく車の中へ入っていく。


 最後に俺は振り返って頭を深く下げて礼をした後の車に乗り込む。


 今度こそ最後まで笑顔だ。


「よし、出発だ。早速だけど、カーター運転頼む」

「いいけどなんでだ?」

「最後にやり残しを処理するためだ。カナベラルまで頼む」

「……ああ、そういうことか」


 カーターの運転で装甲車が泥を巻き上げながら動き始める。


 雨はそれなりに強くなってきており、左右のモニターはほとんど視界が効かなくなってきた。


 後方モニターに映っていたハセベさん達やマイアミの町もほとんど何も見えないまま、小さくなり、消えていった。


 車内は無言のまま装甲車は走り続ける。


 しばらく走ると、車はケープ・カナベラルに到着した。


「ここから基地まではまだ20kmくらいあるけどどうする? もっと近寄るか?」

「いや、みんなを巻き込む可能性があるから、ここでいい」


 装甲車の後部ハッチが開いたのを確認して、帽子を深く被り、レインコート代わりのポンチョをローブの上から羽織って箒に乗って雨の中、装甲車から飛び発つ。


 少し雨で濡れるが、今の気分にはちょうど良い。


 帽子から顔に垂れてきた雨雫を拭う。


 本当に雨は鬱陶しい。

 目の辺りまで垂れてきて、顔がずぶ濡れだ。


「これが残っていたら、マイアミの町に残ったみんなも落ち着いて生活出来ないだろう。だから全部消さないと……鳥を八羽解放(リリース)


 俺は黒い霧を巻きあげ、箒の穂先から虹色の光を噴出しながら基地上空へ移動する。


 全身に浮かんだ紋様からは、かつてない程眩い虹色の光が放出されており、箒の先に浮かんだ虹色の球体は既に獣の雄叫びのような音を轟かせている。


 ただ飛んでいるだけだというのに空気に響き渡る不気味な音がただ不快だ。


「大丈夫なのかこの能力? 段々おかしなことになっているし、余程のことがなければ、あまり使わない方が良いかもしれない」


 熟練度でレベルアップするシステムなのか?

 それとも人間の遺体を分解すればするほど強くなるのか?


 それは分からないが、こんなものをあまり頼りにはしていられない。


「だけど今回ばかりはさすがに使わないと仕方がない……これが真のラストミッション!」


 箒の先端から放出された熱線は、射線上の全ての空気を吹き飛ばし、基地の表面を融解させ、内部にある様々な機器を焼き尽くしていく。


 なんだかよく分からない機器、部屋、謎の空洞はダゴンが封じられていたエリアか?


 なんにせよエリア51の基地よりははるかに狭い。

 一度の熱線放射だけで基地の全てを焼き払うことが出来た。


「これで運営が残した余計なものは全部消えたな」


 超高熱による熱線はすさまじい上昇気流を生み出し、舞い上げられた水蒸気は轟音と共に高いキノコ型の雲を作り出した。


 そして……雨が……やんだ。


   ◆ ◆ ◆


「ただいま」

「おかえり……ってまた、今日はいつもより多めに光ってるな」

「うん、まあ……これはすぐに消えるだろうし、気にするだけ無駄だ。それよりも濡れたままだと難だし着替えるから着替えを取ってほしい」

「仕方ないな、オレが取ってきてやる。パンツも交換だよな」


 カーターが俺の荷物が入った袋に手を伸ばそうとしたのでチョップを入れる。


「やめろよ、全身ずぶ濡れで触れたらオレまでボトボトになるだろ」

「なんで下着まで出そうとするんだ。俺は守備範囲外だと言っていただろ」

「そうは言っても女子のパンツには色々とロマンが詰まってるだろ!」


 カーターの脳天に再度カラテ・チョップを入れる。


「全く仕方がないですね。俺が代わりに着替えを出しますよ」


 俺の鞄を掴んでパンツを引き出そうとしたモリ君の脳天にエリちゃんの電光石火のチョップが炸裂した。


「ねえ、わざとやってる? わざとやってるの?」


 カーターはともかく、モリ君はわざとなのか何も考えていないだけなのか、もはや判断がつかない。


 一応、何も考えていないだけとは信じたい。


 結局エリちゃんに車内の一部にカーテン代わりに目隠しの布を張ってもらい、そこの中で自分で濡れた服を着替える。

 服を着替えたことで気分もスッキリした。


「さて、全部終わったし出発しようか」

「今日はどこまで?」

「フロリダ州を出てジョージア州に入るくらいまでかな。もう時間制限はないんだし、無理をせずのんびり行こう」


 ダゴンの件で一ヶ月滞在したので2月も終わり3月が近づいてきている。


 普通に行けば3月中か4月。桜の咲く時期には到着できるだろう。


 年中常夏のフロリダにいたので感覚がわからなかったが、冬の時期も終わり、そろそろ春が近づいてきている。


 あちこち緑の新芽も生えてきて、旅立ちには良い時期なのかもしれない。


 雨も上がり虹も出ている。


 マイアミを出た時は出発には縁起が悪いと思ったが、こういう景色が見られるならそれはそれで良い。


 俺自身の体が虹色に光っているのは見なかったことにする。


 雨が止んだからなのか、窓の外には細長い妙な生き物も飛んでいる。


「変わった虫だな」

「そうですね、なんでしょうこの細長い虫みたいなのって」

「どれどれ?」


 モニターを見ると、棒のように細長い体にいくつもの羽が生えた不思議な物体としか形容しようがない生物が飛び回っていた。


「スカイフィッシュ居るじゃねぇか! お前、もっと早く出てこいよ!」

「スカイフィッシュ?」

「こういう形の空想上の生き物で、世界各地で目撃例があってだな、このカナベラルを舞台にしたマンガでもこいつを操る敵がオレはアポロ11号だと言いながら――」

「はいはい。出発するぞ」


 車が走り出すと、スカイフィッシュはどこかに飛んでいったようですぐに見えなくなった。


「まあ、退屈しない世界ではあるな。嫌いじゃないよ、この世界も」


 目算ではあと2週間。

 それまでは精一杯、旅を楽しむことにしよう。


 カーオーディオを入れると、オールドアメリカを象徴するようなジャズが流れ始めた。


「サッチモだな。カナベラルを出発するにはちょうど良い曲だ。アニメ版はRoundAboutがかかったけど」

「知ってる曲なのか? なんてタイトル?」

「この素晴らしき世界」


 車は北東へと走り出す。


 目指すはニューヨーク。

 そしてその先にあるマサチューセッツ州、センティネル丘陵の祭壇へ。

 

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