Chapter 14 「キー・ラーゴ島」
フロリダ半島を半周周り、ようやく大西洋の海が見えていた。
予定まであと4日。
クロウさん達との合流に1日使ったところで、あとカナベラルまではあと100kmほど。
それを1日半使って行けば良いので、かなり楽勝のペースではある。
「クロウさん達がいるのはマイアミで良いんですよね」
「ああ。この世界でも町があると聞いている」
運転する俺の横に立って前面モニターを見ているハセベさんが答えた。
他のメンツはというと、右モニターに映し出されている大西洋の海を見て、やいやいと騒いでいる。
「おいおい、これからアーカムまでずっと大西洋を見ることになるんだぞ」
「でも凄く綺麗ですよ。いかにも南の海って感じで」
「メキシコ湾と変わらんと思うけど」
「あれってサンゴ礁だよね。椰子の木も生えているし、いかにもリゾート地って感じで」
気温を見ると1月だというのに26度。
さすがアメリカのリゾート地として有名なだけのことはある。
東の海の先にうっすらと見える島がバハマ諸島だろうか?
大西洋が見えてから30分ほどでマイアミの町が見える場所までやってきた。
途中までデコボコしていた路面はある程度踏み固められた走りやすい道になっており、ところどころには轍が残っている。
進行方向の先には木製の建物が立ち並ぶ小さな町が姿を現した。
「この時代でもマイアミには町があるのか」
「だが、様子がおかしい……」
ハセベさんがモニターを指差すので、システムメニューを開いて、一部を望遠表示させると、その理由が分かった。
いくつもの建物が壊されたり燃やされて炭になっており、一部はまだ煙が上がっているものもある。
距離が有るので望遠表示で見てもそれ以上のことは分からないが、何者かの襲撃を受けた後だということは分かる。
「何が起こっているんだ?」
「さすがにこの混乱している状況に装甲車を突っ込ませたら、混乱を助長しそうなので、手前で停めてから歩いていきましょう」
「ああ。もしかしたら戦闘が発生するかもしれない。各位準備を行ってくれ」
ハセベさんの号令を聞いて、全員がモニターから離れて装備品を身に付けていく。
「モーリス君とドロシー君の2人は回復スキルでの治療担当だ。町の住人に怪我人がいたら回復を」
「分かりました。元よりそのつもりです」
「ドロシーはちゃんと出来るよね」
「もちろん!」
普段はモリ君一人に頼りきりだが、ここはドロシーちゃんの活躍にも期待したいところだ。
「ところで、センサーで住民を除いた敵だけという検知は出来るのかね?」
「流石に無理ですね。動いているかいないか、生物かどうかという曖昧な区切りしか出来ないので。多分、使い魔を飛ばして空から直接見た方がはるかに早いです」
「ああ、そういうことならば一度車を停めてからで良いか」
町の手間の適当に開けたスペースに車を停めて、後部ハッチを開いて全員をそこから降ろす。
ハッチを解放すると、木が燃えた焦げ臭い臭いが風に乗って流れてきた。
町まではまだそれなりの距離があるのに、臭いが伝わってくるということは、余程派手に燃えたのだろう。
鳥を五羽召喚して、そのうち一羽を使い魔として町の方へと向かわせる。
残り四羽は装甲車の屋根の上に乗せた状態で待機だ。
「それで状況は?」
左目つむり、使い魔からの映像を左目で見るイメージで確認していく。
「現在進行形での戦闘はないようですね。町の中央はテントみたいなのを張っているので……簡易病院か、炊き出しか……そういうのをやっているようです」
「事情を聴くならばそこか」
「まずは全員でそこを目指しましょう」
「わかった」
◆ ◆ ◆
町の被害状態は予想以上だった。
あちこちの民家が破壊されたり、燃えたりして破損している。
さすがに町のあちこちにゴロゴロ死体が転がったり、怪我人がうずくまっているような悲惨な光景こそないものの、平穏という言葉とは程遠いことは間違いない。
「まずは情報収集だな」
「町の中央にあるテントの場所に行けば何か話が分かるかもしれません」
おそらく襲撃はないとは思うが、念のために警戒しながら町の通りを歩くと、幌布をロープで近くの建物に結わえただけの簡易テントが見えて来た。
その下には木の器を持った老人や子供が座り込んでいる。
どうやら炊きだしが行われているようだ。
老人たちは俺達の姿を見ても、何の反応も示さずに塞ぎこんでいる。
「一体この町で何があったんだ?」
疑問に思っていると、大きな鍋からスープのようなものをよそっていた女性が俺達に声をかけてきた。
「ハセベさんじゃないですか?」
「君はマリアさんか?」
頭に三角巾を付けて、水着ではなくて普通の町娘のような地味な服を身に纏っていたので分からなかったが、確かにそこにいたのは以前に遺跡で出会ったクロウ達の仲間のマリアだった。
「どうしてここに? 日本へ帰るための情報を聞きに西海岸に向かったはずじゃ? いくらなんでも早すぎますけど、途中で諦めて戻って来たんですか?」
「それが、別の用事が出来たので戻ってきたのだが……いや、その話は後でゆっくりとしよう。それよりもこの町の状況は? それにクロウさん達は?」
「今は炊き出しがあるので、もう少しだけ待ってください。これが一段落したら話しましょう」
「それなら俺も手伝います」
「私も」
モリ君、エリちゃん、ウィリーさん、ガーネットちゃんの4人が持っていたタオルを頭に巻いて、急遽参加することになった。
「お前は参加しないのか? 料理とか得意だろう」
「まあ俺はこれだしなぁ」
カーターに聞かれたので、ローブの袖をまくって紋様を見せる。
虹色と黒が入り交じった光がかなり強く光っている。
このようなゲーミング人間……しかも、魔女の服装の人間が「イーヒッヒ、こうやって混ぜると……うん美味い! テーッテッテレー」とやっている炊き出しは怪しすぎてあまり近寄りたくない。
何かうさんくさい薬品が入っていそうで、俺でも勘弁したい。
そんなどうでも良いことを考えていると、炊き出しが終わったようで、マリアさんがこちらに近付いてきた。
「とりあえず終わりましたので、少し話しましょうか。今の状況を」
俺達はテントから少し離れた場所に移動する。
「襲撃があったのは3日前のことです。今まで見たことがないような数の大量の魚人達が町へ攻撃を仕掛けてきて」
「また魚人か」
「ええ、それでクロウさん達が頑張ってだいたいは倒したんですけど、あまりに数が多かったせいで、どうしても町に被害が出るのを食い止められなくて……」
だが、魚人達が多いこと、民家が燃えていることの関連性が分からない。
魚人は火を使ったりはしないだろう。
何があったというのだろう?
同じことをハセベさんも考えていたようだ。
「それで民家が燃えているのはどういうことだ? 魚人達は槍などを持っていることはあるが、水の中から上がってくるので、火をつかうことはないはずだが」
「それが……魚人達の中に、人間の魔法使いのような人が混じっていて……」
「人間が?」
「はい。まるで魚人達に指示を出しているように見えました」
魚人達に指示を出していたというのは気になる。
普通に考えるとゲーム運営側の人間、もしくは眼鏡マンのように運営側に寝返った人間なのだろうが、運営はゲームをもう放棄したのではなかったのではないだろうか?
「それでクロウさん達はどうなったんだ?」
「その魔術師が魚人達を操っているに違いないと町の人から牛車を借りて南の方へ二人で旅立っていきました。私はその間に怪我した町の人達を治したり、炊き出しをしていました」
「町の南か……」
どうやらこちらが考えているよりもややこしい事態が発生しているようだ。
魔術師のこと、クロウさん達のこと。大量発生したという魚人達のこと。
何はともあれ、まずはビーコン信号を発信している拠点を探して破壊することを実行しよう。
そこが敵の拠点で間違いないのだから、そこに魔術師もいるだろうし、クロウさん達もその場か、近くにいるので合流できる可能性は高い。
「とりあえず炊き出しのメンバーはこのまま町の防衛に残ってもらって良いですか? 特にモリ君は治療も出来るし、いざという時にプロテクションで町の人達を守ることが出来るので」
「俺は異論ないですけど。炊き出しの人数は多いほど良いでしょうし。ただ」
モリ君は心配そうな顔をしながらこちらを見てきた。
「ラビさんがまた無茶をしそうで心配なんですけど」
「そうそう、ラビちゃんは油断するとすぐに無茶をするから」
「しないしない。クロウさん達と合流して、敵の拠点を潰すだけだからそんなにややこしいこともないし」
なるべく明るく振る舞って答えるが、モリ君とエリちゃんの2人にはどうも信用されていなさそうだ。
本当に心配させてすまない。
「私もついていくから安心して欲しい。ラヴィ君1人に負荷をかけるようなことはもうさせないので。それに、途中でクロウさんとも合流するつもりだ。それだけの人数が集まれば、当然一人あたりの負荷も減らせる」
「まあ、ハセベさんが言うなら……」
渋々ながら2人は納得してくれた。
ハセベさんが付いてくれているという理由も大きいだろう。
俺もハセベさんが付いていてくれると思うと頼もしい。
「ならオレ達も炊き出し要員だな」
「はい、あたし達も頑張りますね」
ウィリーさんとガーネットちゃんも炊き出しに残るようだ。
料理が出来るウィリーさんが残ってくれるのはありがたい。
ガーネットちゃんも協力してもらえるなら町の方は十分だろう。
「こちらはなるべく早めに終わらせて戻ってきます」
「それでは早速現場に向かおう。クロウさん達が向かったのは本当に南で良いのだな」
「はい。魔術師が逃げた方向も、敵がやってきた方向も、どちらも南だったので、しらみつぶしに探すと言っていました」
ならば、詳しいことは装甲車のレーダーでビーコン信号を追えば早いだろう。
行く先が同じならば、魔術師やクロウさんも同じ場所にいる可能性は高い。
「では、後はこちらに任せてください。出来るだけ早く拠点を潰してすぐに戻ります」
「こちらの町の防衛は任せてください。俺達が居るんだから、そう簡単にはやられませんよ」
「ああ、助かる」
こちらのメンバーは俺とハセベさん、タルタロスさんと子供達。それにカーター。
遠近のバランスを考えるとそれほど悪くはない。
「作戦は前回のニューオーリンズの拠点と同じで行きます。遠距離攻撃で削りながら、タルタロスさんがロープで祠を引き上げる方法で」
「僕は電気攻撃なので後で良いんでしたっけ?」
「ああ、レルム君とドロシーちゃんは命令あるまで待機。号令あれば攻撃を開始して欲しい」
「分かりました」
作戦も既に決まっているので、後は話は早い。
速やかに拠点を潰しに行くだけだ。
討伐チーム6人で装甲車に戻り、そのまま南へ向かって出発する。
方向は半島の南東部。
おそらくそこに信号を辿っていけば何とかなるはずだ。
「ここに来て無駄な時間は使っていられないからさっさと片付けよう」
◆ ◆ ◆
信号を頼りにフロリダ半島の南へ向かうと、海の向こうに妙に細長い洲のような島が見えて来た。
島には椰子の木などが生えており、エメラルドグリーンの珊瑚礁の海が広がっている。
「まるで人工島だが、あの細長い島は珊瑚礁が広がって出来た島なのだろうか?」
「そうみたいですね。珊瑚礁で遠浅になっていたところに川から流れ込んだ砂が溜まって、やがて島になったというパターンかもしれません。名前を見るとキー・ラーゴ島となっていますね」
ビーコン信号を見るが、まだ南東という大まかな方向と言うことしかわからず、特定は出来ていない。
もちろんクロウさん達の姿も、魔術師も魚人達の姿もない。
「ただ、信号もその島の海岸から出ているようです。まだ位置の特定までは出来てはいませんが」
「目的地は島だ。装甲車では移動できないのではないか?」
「そこは大丈夫みたいです。地図で見ると陸続きなので」
「それならば良いが」
地図を見ながら車をキー・ラーゴ島に進める。
左右のモニターどちらにも海が表示されており、島の幅はかなり狭い。
「ワニだ!」
左側のモニターを見ていたレルム君が叫んだ。
「師匠、ワニがいますよ」
「ワニって海にいるのか? あれって川に住む生き物なので海にはいないのでは?」
そう言われてモニターを見ると、砂浜の上に口が細長いワニが何匹も寝そべっていた。
生えている草も海辺のものというより、河川などの生える葦のような草だ。
「アメリカだし、クロコダイルってやつか? となると、やっぱりここは川から流れ込んだ砂が溜まって出来た島説は割と合ってるのかも」
「ラヴィ君、信号はどうなっている?」
「島の北側からですね。もう少し先に進めば何かあるかもしれません」
車を進めると、進行方向状に四角く角ばった飾り気のない立方体の建物が数軒立っているのが見えた。
屋根部分だけは青く塗装されており、それ以外は白いコンクリートがむき出しの建物だ。
どう見ても現代の建造物であり、中世アメリカの建造物には見えない。
「この世界の現地民が作った建物ではないな。異世界からやってきたものなのか、それとも運営の拠点の一つなのか?」
「信号が出ていることからして、運営が作った建物の可能性は高いですね。なら、なんでその建物の中に召喚するための装置を置かなかったの? と言う話は別問題として」
建物が近付くにつれて、今までガタガタという悪路だったのか急に走りやすい道に変わった。
路面状態を確認すると、どうやら建物の周辺はアスファルトで舗装がされているようだ。
更に道の脇には案内標識のようなものも立っている。
至れり尽くせりでありがたい。
「ご丁寧にもパーキングの案内標識がありますけどどうします? 車はそちらに停めろと」
「一応そこに停めさせてもらうとするか」
「駐車料金を払うつもりはないんですけど」
「そこは踏み倒しても良いだろう」
俺は装甲車を案内標識に従って移動させて、停車した。
なお、料金所はなかったので、料金は払わなくて済むようだ。
もちろん、料金所が有ったとしても払う気などないが。
「ここからは何らかの罠が仕掛けられている可能性は高いだろう。慎重に行きたい」
果たして、この建物には何が待っているのだろうか?




