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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 6. What a Wonderful World
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Chapter 11 「残る者」

 フラニスの町を出て2日。


 現代の地球ではニューオーリンズにあたる場所へ到着したのは日が沈む直前だった。


 フラニスからニューオーリンズまでは500kmほどだが、途中にあるミシシッピ川の迂回や湿地帯などで思ったよりも距離を稼げなくて、この時間になってしまった。


 運転は俺、モリ君、ハセベさんの3交代制にすることで、一日運転席に座りっぱなしから解放されたので、楽にはなっている。


 現在はハセベさんの運転だ。


 俺はというと箒を片手にいつでも飛び出せるよう待機中。


 ビーコンの発信源を見つけたら時間をかけないように「魔女の呪い」による熱線によって怪しい箇所全てを焼き払い、魚人もボスも出現させることなくスピード解決させる予定だ。


 何しろフロリダまでの移動には、さほどスケジュールの余裕があるわけではないので、速やかに片付けたいというのが心情ではある。


 どうせ無人の地域なので、周辺への被害は無視できるのが有り難い。


 そう考えていたのだが……


「ラヴィ君、まずいぞ」


 運転をしているハセベさんから不穏な発言が出た。


 何があったのかと運転席へ駆け寄ると全面モニターにその理由が映し出されていた。


 陽が暮れて暗闇に落ちようとしている沿岸部にぽつぽつと人口の火が灯り、木造家屋のシルエットを浮かび上がらせている。

 家の数はそれ程多くないので、漁村なのだろうか?


「集落? 現地民……ネイティブアメリカン達の集落なのか、それとも異世界から転移してきたのか……」

「キューバ辺りからの移住者ということも考えられる」

「でもまずいですね。あまり近くに民家があると、うかつに大規模攻撃は出来ないし、魚人が大量発生すると集落に流れ込む危険もある」

「出来れば今晩中に片付けたかったが、夜間人々が寝静まっている最中に魚人が現れても迷惑もかかる。時間の余裕はないが、ここは明日の朝まで待機するしかない」


 悔しいが、住民の人に迷惑をかけないようにとなると、それしかないだろう。


「どうする? この辺りに適当に車を停めて集落の様子を見に行った方が良いかね?」

「見るからに小さい集落なので商店や宿などはなさそうですが、住民の反応なども見ておいた方が良さそうですね。実際に魚人に困っている話がどれだけあるかの情報も欲しいところです」

「10人全員で大挙して押しかけるのも逆に警戒させそうだ。4人くらいでごく普通の旅人を装って行こう」

「では私とラヴィ君、それにモーリス君も来てもらおう」

「じゃあ最後のメンバーは私が。久々に最初の4人が勢ぞろいってことで」


 話を聞いていたエリちゃんが名乗りを上げた。


 最初、あの地母神の遺跡を旅した四人組の再結成ではある。


「なら今晩の食事当番はオレに任せてもらおう。ここにある食材は好きに使って良いんだな」


 ウィリーさんが挙手した。


 もちろん拒否する理由などない。

 中華料理食堂でバイトしていたという経験がどれほど生かされるのか楽しみではある。

 

「はい。フラニスの町で鶏肉も少し買っています。他にも葉物野菜など、あまり日持ちしない物から優先して使ってやってください」


 ウィリーさんに説明すると、早くも収納庫の中から食材類を選り始めた。

 なんとも頼もしい。


「酢はあるんだっけ?」

「穀物酢ではなくワインビネガーならば。ただ、使うとどうしても洋風の味付けにはなりますね」

「なるほど……まあうまくやってみるさ」


   ◆ ◆ ◆


 集落が出来たのは比較的最近のようだった。


 建物は近くの木を伐り出して作ったのだと思われるが、汚れや劣化なども少なくかなり綺麗な状態の家が大半だ。


 あまり訪問者などいないのか、珍しいものでも見るように窓越しにこちらの様子を窺っている住民も30代以下の若い世代ばかり。


 年寄りの姿はほぼ見られない。


 どうやら最近に若い世代が一念発起して、この土地へ入植して作られた集落なのだろう。


 そんな遠巻きにこちらの様子を見ていた住人の中から、若い夫婦らしき男女が2人こちらの方へ歩いてきた。


「もしかして……日本人か?」


 侍、騎士、繁華街にいそうな少女……それに箒を抱えた魔女。


 この訳の分からない集団を見て「日本人」というワードを出すということからして、もしかして俺達の仲間……元日本人なのだろうか?


 若い夫婦らしき男女の年齢はどちらも十代後半だろうか?


 服装はごく普通の現地民が着ている無地のシャツとロングパンツ。


 装備なども所持していないので、現地民にしか見えない。


 だが「日本人」というフレーズを使う時点で、何かしら日本から召喚された俺達のような人間と接点があるのは間違いないだろう。


「いや、何か見覚えがあるぞ……もしかして、あの最初の部屋で声をかけた……なんだっけ、信長みたいな感じの名前の人だ」


 男の方がハセベさんの方を見て言った。


「ああ、此方も覚えている。私はハセベだ。君は確かマサムネだったか? 前に見た時と姿が違うので気付かなかったが、無事だったか?」

「ええ、こちらは何とか。ハセベさんもお元気そうで」


 どうやらハセベさんの顔見知りのようだ。


 今の話から察するに、最初に50人が集められた時にハセベさんは、今の眼の前にいるマサムネと出会っていたようだ。


「ハセベさんは確か侍3人でチームを組まれていた記憶が……そちらの女の子がオウカさんでしたっけ? 服装は変わっているようですが、雰囲気は同じなので」


 マサムネは俺の方を向いてそう言った。


 確かに今の俺には少しオウカちゃんの因子が混じっているので、完全に間違いとは言えないところがややこしい。


「いや、彼女はラヴィ君という別人だ。こちらのモーリス君、エリス君達の3人で旅をしているところに、私が参加させてもらった形だ」

「ということはあの2人は……」

「残念だが……」

「まあ、こちらも似たようなものです。酷い話です」


 少し空気が重くなった。


 俺達は最初から3人のうち誰も欠けることなくここまで来ることが出来たが、ハセベさん達は仲間を失っているので、俺達には理解出来ない思いがあるのだろう。


「こんなところで立ち話もなんでしょうから、続きは家の中で話しませんか?」

「そうですね。ではご厚意に甘えて」


   ◆ ◆ ◆


 俺達はマサムネの自宅に案内された。


 集落の他の家と同じように、近くの木を伐り出して組んだような簡素な造りの家だが、中は意外に広かった。


 広々としたウッドテーブルの周りに置いてある丸太をそのまま流用した椅子に腰かけると、マサムネの奥さんらしき人が木のカップに何かを注いで出してくれた。


「お茶をどうぞ。大麦を煎って作った麦茶なので美味しいですよ。日本のものと同じ味がします」

「では遠慮なくいただきます」


 飲んでみると確かに麦茶だった。

 安心できる味だ。


 この女性も「日本のもの」と言ったことから、日本を知っている=元日本人と考えて良いだろう。


「ところでこの集落にどのような用件で?」

「単刀直入に言うと、この集落の近くにモンスターの発生装置のような物が仕掛けられている。それを破壊しに来た」


 ハセベさんが歯に衣着せず目的を告げた。


「この集落にも何かモンスターが出現しているはずだが」

「はい……この辺りはアメーバのような化け物が1日1回、少し強い半魚人が週に1度のペースで現れます。私達はこの集落に飛ばされてきてから3か月の間、そいつら相手に毎日戦い続けてきました……」


 マサムネはここで言葉を詰まらせた。


 毎日の戦いの中で何かあったのだろう。


「私達は明日の午前中に、そのモンスターを発生させている装置を破壊する予定です。ただ、その際に装置が最後のあがきなのか、大量にモンスターが発生させる可能性があります。すぐ南の町、フラニスでも装置を破壊する際にモンスターが大量発生する事象が発生しました」


 マサムネに明日の予定と、これから発生しうる事象についての説明をする。


「大量発生……この集落の近くの話ですよね」


 マサムネの奥さんらしき女性が「大量発生」の言葉を聞いて明らかに怯えている。


「はい。ただ、それを乗り越えれば、以降はモンスターが発生することはほぼなくなるはずです」

「でも、そんな大量発生を貴方達4人だけで何とか出来るんですか?」


 当然の話だ。


 自分達2人で手を焼いていた相手を4人で全滅など出きるのか疑問に思うのは当然の反応だ。


「実は集落の外に他に6人を待機させています。この10人総出で大量発生を食い止めるつもりです。ただ、万が一討ち漏らしが発生する可能性もあるので、その際には撃退と、ここの住民達への説明をお願いしたいのですが」


 フラニスでは「魔女の呪い」で速やかにボスを消滅させたが、今回は集落が近いので安全を考えると同じ手段は使えそうにない。


「うっかり誤射」や「うっかり海に長時間当ててしまって津波発生」を起こしてしまうと、酷い被害が発生することが確定するためだ。


 まあ大丈夫だと思うが、万が一ということもある。


 それなりの長期戦になるだろうし、それだけに討ち漏らしなどが発生する可能性も有り得る。


「分かりました。では、近所の方への説明は任せてください、町の防衛も普段やっていることなのでこなせると思います」

「ありがとうございます。助かります」


 合計で10人いるというのが説得力に繋がったようだ。


 話がスムーズに進んで助かった。

 後は明日に発生源を潰して任務完了だ。


「モンスターがどこから発生するのか、その発生源は以前から調べようと考えてはいましたが、集落の防衛を2人だけでこなすのは大変で、それ以外は何も出来ていなくて……」


「何も出来ない」と聞いてから、改めて室内を見ると、確かに意外の広い室内は雑然と物が積み上げられていて、住んで3ヶ月の割にはあまり綺麗と言えない。


 毎日発生する敵を倒して家に戻った後に家に帰って寝ると、それだけで精一杯で、家事にまで手が回らないのだろう。


 大学を卒業した直後の俺も似たような経験があったので分かるところはある。


 仕事に疲れて家に帰った後にはすぐに寝てしまい、家事にまで手が回らなかったからだ。


 一歩間違えば、俺達も同じように小さい集落に投げ込まれて、このように毎日敵と戦わされて擦り潰されていたかもしれないと考えるとゾっとする。


 ジワジワと体力と精神が削られた状態では中ボスどころかザコ敵を倒すのもギリギリ、もしくは負ける可能性もあるだろう。


 その場合、おそらく真っ先に死んでいたのは体力もなく近接攻撃も出来ない俺だったに違いない。


「それで気になっていたんですけど、お2人はどのような関係なんですか?」


 エリちゃんが、気になっていたが聞きにくいことを直球で投げ込んできた。


「実は……見てお分かりかと思いますが、昨日結婚しました。こちらは妻のミリアです」

「ミリアです。よろしく」


 予想通りというか、見たままというか、そういう答えが帰ってきた。

 エリちゃんがキャーと声を上げている。


 どちらも10代にしか見えない……が、それは見た目の年齢の話だ。


 中の人が成人しているなら別に良いだろう。


 中の人が成人していない場合でも……2人で助け合わないと生けていけない過酷さだったのならば仕方ないかもしれない。


「結婚されたということはここに定住予定ということでしょうか?」

「はい。慣れないことばかりで生活も大変ですが、近所の方も良い人ばかりなので、ここで二人で助け合って生きていこうと」


 俺はモリ君と顔を見合わせた。


「この町はもう助かりましたよね。やることはないですよね。だから同じ日本人なら一緒に日本へ帰ろう。行くぞ(ドン!)」


 くらいの軽い気持ちで、日本へ帰るための旅へ誘おうと思っていたが、流石に「結婚しました。ここに定住します」と言われては話しにくい。


 だが、一生の問題でもある。

 今の時点で話しておかないといけないだろう。


「ここに定住されるという重大な決意をされた後で申し上げにくいのですが……」

「なんでしょうか?」


 流石にワンテンポ開けたい。

 いきなり言うのは流石にハードルが高い。


 一度大きく深呼吸をした後に話を続けた。


「実は日本に帰る方法があります。私達はそのために旅をしています」


 一瞬、場が静まり返った。


 無理もない。


 マイホームをローンで建てた社員が「はい来月から転勤ね」と告げられたような、生活基盤の破壊報告なのだから。


「日本へ?」

「100%の確約ではないのですが、可能性はかなり高いです」


 またしばしの沈黙。空気が重い。


「……申し出は有り難いのですが、私達はここで生きていくと決めました。ですので、私達のことはお構いなく」


 まあ、これは仕方ない。


 ここで結婚や定住などを決めるのに相当な葛藤が有っただろう。


 それだけに、急に見知らぬ連中がやってきて「日本へ帰れますよ」と言ったところで説得力に欠ける。


 それに、分の悪い賭けをしているというのは事実だ。


 実際ハセベさん達は、もし空振りになっても、往復で3ヶ月ならまあ無駄に終わっても良いかくらいの考えで同行いただいている。

 

 なので、このマサムネ達に今の生活を捨ててまで無理について来てくれとはとても言えない。


「ただ、モンスターの発生源を叩くという作戦には協力させていただきます。これは私達の生活に関係していますので」

「ありがとうございます。では作戦ですが――」


 あくまでも発生源を潰すのと魚人や中ボスとの戦闘は俺達だけでこなし、マサムネ達は集落の住民達への説明と防衛だけに決まった。


 作戦決行は翌日午前中。

 昼までには片付けて、そこからフロリダへの旅を再開する予定だ。


   ◆ ◆ ◆


 車に戻るとウィリーさんが鶏の唐揚げを作っていた。

 揚げたての旨そうな匂いが流れてくる。

 

「醤油も酢もないから味付けは塩胡椒のみのシンプルなやつだ。その代わりにチャーハンを作ったぞ」

「チャーハン? 米もないのに?」


 盛り付けられた皿を見ると確かにチャーハンと鶏の唐揚げらしき料理が乗っている。


 食材もないというのに、どうやって作ったのかは気になるが、まずは食べてからだ。

 全員に料理を盛り付けた皿が行き渡ったところで食事を開始する。


「ではいただきます。まずはチャーハンから」


 まずは一口入れてみると、やはり米ではない。

 米ではないが限りなく米の雰囲気は出ている。


「これは刻んだパスタ? 米のサイズに細かくカットすることで、米っぽい見た目にした上でクスクスのような食感にしている。それに大麦を混ぜて炊くことでパスタのパサパサ感を大麦のもっちり感で打ち消すことで……やっぱり米じゃないけど、なんだこれ?」


 俺の説明を聞いてチャーハンを食べたみんな首を傾げ始める。


「確かに米じゃないけど何これ?」

「キヌアの方が米っぽいんだけど何これ?」

「むしろ麦だけの麦飯の方が米に近いけどなんだこれ?」


 確実に言えることは、決して米の味と食感ではない。


 味付けは良い。


 高級バターのような甘みのある適度な塩分とコクが米(?)をコーティングすることで蕩けるような甘みが下の上で広がる。


 旨味は鶏ガラスープか?


 具材に使用されているカリッカリの鶏皮の食感や、そこらへんの草の適度な苦味もアクセントに良い。


 ただ子供達には「そこらへんに生えてる草」の苦味は苦手なようで横に除けている。ここは改良点かもしれない。


「味付けはヨーグルトの底溜まりでリコッタチーズを作って、それに塩を足してバター風味にしている。あとは唐揚げを作る過程で出来た鶏皮と鶏ガラスープ出汁」

「唐揚げも美味しいし満足です」

「臭い消しくらいにしか使えないと思っていた、そこらへんに生えてる草も良い感じですね」

「ああ。あまり長持ちはしないだろうけど、用途は多そうなのでそこらへんに生えてる草は取れるうちに取っておこう」

 

 ありがとう、そこらへんに生えてる草。

 今後も使わせてもらうぞ、そこらへんに生えてる草。


 美味しい食事で明日の作戦もやる気が出てくるというものだ。


「ところで、そこらへんに生えてる草というのは食べてよいものなのか? 毒があると怖いのだが」


 ハセベさんが心配そうに聞いてきた。


 確かにサンディエゴを旅立ってからは、俺達はこのそこらへんの草を貴重な天然ハーブとして何度も利用している。


 それだけに素性が気になるという話も分かる。

 だが、安心して欲しい。


「大丈夫ですよ。そこらへんに生えてる草ってミントのことなので」

 

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ヨモギ、ミント、ドクダミ、ローズマリー、シロツメクサ、セージ……どれも薬草としても香草としても使える万能草花ですけれど、知らなければ雑草みたいなものですね。耐寒性、耐暑性、繁殖力とすべてそろった生命力…
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