Chapter 8 「洗濯」
魚人達を倒して町に戻ってきた頃には日は傾き夕方になりつつあった。
出来れば半日で全て片付けて今日中には町を出たかったが、色々と時間がかかったので仕方がない。
「討伐組の方も戻ってきていると思うし、そろそろ昨日のレストランで合流するか」
「そういうことならみんなで行ってきてくれ。宿も適当に取ってくれていい。俺はこの車内で車中泊してるから」
俺はモニターに白地図と電波の受信状態を表示させて睨む。
距離があるからか電波はかすかにしか受信できないが、北東の方角から確実に送信されている。
「また全身が光ってるのを気にしてるのか? 何度目だよ」
「俺は気にはしないけど、これだけ目立つとまた町の人間に変な目で見られるので、みんなに迷惑がかかるだろ」
ローブの袖をまくると虹色に光る紋様がはっきりと浮き出ている。
「魔女の呪い」を使用すると浮き出るものだが、以前より紋様から放たれる光の照度が増している気がする。
光の中にたまに黒い光としか形容出来ないものが混じっているのも気になる。
自分では確認出来ないが、おそらく顔にも同様の紋様が浮かび上がっているはずだ。
光の強さと色の変化は、熱線の火力が上がったことと何か関係しているのだろうか?
色々と考えていると、カーターに無理矢理帽子を被せられた。
「こんなデカい交易都市なら気にするやつはいねぇだろ。サルナスでもそうだっただろ」
「いや、まあ、そういう可能性もあるが」
「なら一緒に行くぞ。弟子のお子様達も待ってるぞ」
「ああ、分かったよ」
おれはカーターに無理矢理被せられた帽子を被りなおしてモニターの電源を切る。
「お前って本当に良い奴だな」
「褒めたって何も出ないぞ。あと、褒めるならもう少し胸が大きくなってから改めて」
「良い奴だけどバカなのが玉に瑕だよな」
◆ ◆ ◆
町に着いたが、モリ君達討伐チームはまだ戻って来てはいなかった。
仕方ないので買い物などをして時間を潰すことにする。
帽子とローブで隠してはいるものの、やはり全身がかなり強く光っているか、あちこちから奇異の目で見られている。
だが、細かいことを気にするのは止めた。
ここはあちこちから様々な人種や国の人間が集まる交易都市だ。
全身が光る人間くらい1人くらいいても……いや、いないよ。全身が虹色に発光しているゲーミング魔女なんて。
時間があるようなので、待ち時間の間に買い物を済ませておく。
「それで師匠、何を買ったんですか?」
「山羊のヨーグルト。これは牛乳の代わりになる。常温だとそんなに保存出来ないらしいんだけど、装甲車の中はエアコンが効いてるから日持ちするはずだ。あとはドライフルーツとカレーに使う香辛料」
「うちもドライフルーツ欲しい」
ドライフルーツという言葉にドロシーちゃんが反応した。
「さっき銀貨をあげただろう。あれで好きなものを買いなさい。無駄遣いしないようにちゃんと考えて買うんだよ。あと、1人じゃ迷子になるから、タルタロスさんに付き添ってもらいなさい」
「いいの?」
「いいよ。それはドロシーちゃんの分の小遣いだ」
ドロシーちゃんが目を輝かせてタルタロスさんと商店街へと駆け出して行った。
「レルム君も何か欲しいものは? 君にも小遣いを貰う権利はあるから」
「食べ物はいいんですが、僕は杖が欲しいです。師匠は箒から出してますけど、やっぱり素手で出すより杖から出す方がカッコ良いんじゃないかと」
「えっと……食べ物ならともかく、それは値段が張りそうだから、俺の裁量だけでは買えないな。一度みんなと合流してから相談してみよう」
俺達のスキルはある程度好きな場所から予備動作0で発生できる。
極端な話、ガーネットちゃんのように離れている敵の足元から予備動作0で突然に人間を数十メートル上空に吹き飛ばす竜巻……という格ゲーキャラのような無茶苦茶な使い方も出来るので、杖を持つ意味は全くないが、見た目のカッコ良さは大事だ。
「杖がなければ何も出来まい」という場面でハッタリにも使える。
ただ、レルム君だけに買うと、ドロシーちゃんも絶対に自分も欲しいと言うだろうし、そもそも魔法使いの杖なんてどこで買えるのかが分からない。
あとでスーリアにでも聞いてみるとしよう。
◆ ◆ ◆
「ただいま」
「お疲れ様。そちらは大丈夫だった? 怪我はない?」
モリ君達が戻ってきたのは完全に陽が沈んでからだった。
怪我などはないようなのだが、全員の服や鎧が泥だらけな上に魚人のものと思われる汚い返り血があちこちに付着している。
髪も汗なのかじっとり濡れており、1日中戦っていたからか、顔にも疲労の色が見られる。
「怪我は大丈夫です。ハセベさんが魚人やアメーバとの戦闘方法について詳しかったので。ただ、とにかく広範囲に大量に出たので、朝から日が暮れるまでずっと走りづめで、もうクタクタで」
モリ君の声に全く元気がない。
これは相当お疲れのようだ。
「多分あれは、自分達の拠点を潰されて帰るところがなくなったので破れかぶれで全戦力を投入して来たんだな」
やはり疲れ切った声のフォルテが大量発生した原因の予想を語った。
おそらくそれは当たりかもしれない。
「とにかく本当にお疲れさまだ。ドロシーちゃん、全員に冷たい水を出してあげて」
「わかった」
桶の中にスキルで出したての新しい水を入れてもらい、それをコップに汲んで全員に配っていく。
余程疲れていたのか全員が一瞬で飲み干した。
「汗でドロドロみたいだし先に風呂にする? それとも食事?」
「それともわ・た・し?」
カーターが余計な茶々を入れて来たのでデコピンを入れるとわざとらしくのたうち回り始めた。
面白いのでこのまま放置していよう。
「まずは食べてから風呂に行ってそのまま寝ます。先に風呂へ行っちゃうとそのまま寝そうなので」
「そうそう。でも食事はサッと軽いので済ませたいかな」
「なら先に食べておいて。風呂に行くなら一度車へ戻って着替えを取って来るよ。汚れた服や鎧は俺が洗濯しておく」
「ラビちゃんにばっかり悪いよ……と言いたいところだけど、今日は流石にお願い。疲れた」
いつも元気なエリちゃんが弱音を吐くくらいなので、朝からの耐久レースは余程辛かったのだろう。
「ついでと言っては何ですが、フォルテさん達も汚れた服を夜の間に洗濯させていただきますよ。元々大所帯だから洗うなら4人分増えても同じなので」
「流石に悪いよ……と言いたいところだが、ご厚意に甘えさせていただこうかな。みんなもそれでいいな」
「あの、ラヴィさん……私の分は?」
「スーリアさんの分は他の女性陣の洗い物と一緒にするから大丈夫ですよ」
俺が説明するとスーリアは顔を輝かせた後に俺の耳元に顔を近づけて来た。
「あの……ちょっと男連中には見せられなくて、洗う機会を逃して貯めてる分があるんですけど、それも洗ってもらえると助かります」
「気持ちは分かるので、それも綺麗にしておきますよ」
「ありがとう。本当に助かる」
スーリアが俺の手を取って飛び上がって喜んでくれた。
それは良いのだかが、少し離れた位置からフォルテさんとカーターが何やら真剣な顔をしながらこちらを見ているのが気になる。
「良いな。実に良い。白黒反転なのもバランスが取れていて実に良い」
「確かに良い。この良さが分かる人に会えるとは僕も嬉しいです。単体だと物足りないものが2つ揃って補われる美しさ……僕はこの光景を忘れません」
「ああ。オレ達は同志だ!」
何やら意味不明なことを語った後に2人は抱き合ってお互いの背中を叩き合った。
何の儀式なのか意味が分からないが、ろくでもないことを考えているのは分かる。
ともかく、俺以外の全員が食事へ向かうことになった。
その間に俺は一度装甲車へ引き返して、全員分の着替えを持って風呂屋に向かう。
着いた頃には食事を終えた討伐チームがゾンビのように風呂屋へ歩いてきた。
「このまま寝ちゃ駄目かな?」
「それはない。ちゃんと風呂に入ってよね」
フラフラと足元がおぼつかないモリ君をエリちゃんが強引に男風呂へ押し込んだ。
その後にハセベさん、ウィリーさん、フォルテ、マルス、レフティが続く。
「ワシらはどうするかの」
「良い機会だから入ってきてください。全員分の着替えは持ってきているので。レルム君をお願いしますね」
「ああ、任せろ」
最後にタルタロスさんがレルム君を連れて男風呂へと入っていった。
「それでなんでお前は風呂に行かないの?」
腕組みをしたまま入り口で立って動こうとしないカーターに呼び掛けた。
「いや、お前がどっちの風呂に行くつもりなのかなって気になって?」
「女風呂だけど何か?」
「オッサンなのに?」
「3か月間、14歳の少女やってますけど何か? あとお前より5歳は年下なんだけど」
それを聞くとカーターは「後で詳細な報告書を頼む」と言い残して男風呂へと向かっていった。
何の報告書だよ。
「じゃあ私も寝るから」
「あたしも」
「私も寝ます」
「みんなまだ寝るな。風呂に入るまで我慢するんだ」
仕方なく俺とドロシーちゃんでエリちゃん、ガーネットちゃん、スーリアの3人を女風呂へと運ぶ。
全員の服を脱がせて、身体を一通り洗わせ、湯船に浸けたところでようやくまともな会話が成立するまで回復してくれた。
「ラビちゃんはこの後はどうするの?」
「ドロシーちゃんを連れて一度車に戻るよ。そこで水を出してもらったら、後は洗濯。明日には乾くと思う」
「迷惑をかけるけどよろしくね。ところでガーネットちゃんがそこで浮かんでるんだけど」
見るとガーネットちゃんとスーリアの2人が浴槽にうつ伏せになって浮いていた。
「つづく」の文字を入れたくなる。
「まだ寝るな。ここで寝たら死ぬぞ!」
「はい、まだ寝ません」
「寝てませんよ。少し浮いていただけです」
「2人とも寝てたよ! 普通は風呂で浮いたりしないんだよ!」
風呂から上がってドロシーちゃんを拭いて髪をブラシで溶かしていると、3人から声がかかった。
「それじゃあ今晩はこれで寝るので、あとはよろしく」
「ラヴィさんも無理しないでくださいね」
「ああ、こちらはうまくやるよ」
洗濯籠に積み上げられた洗濯物の山を掴んで袋に入れて女風呂を出ると、山のような荷物を持ったタルタロスさん、そしてカーターが風呂屋の前に立っていた。
「男性陣は?」
「もう風呂から出て宿に向かったよ。残っているのはワシとカーターの2人だけじゃ」
「では、タルタロスさん、もうひと働きお願いします」
俺とタルタロスさんは山のような洗濯物を抱えて、洗濯のために町の外へと歩いていこうとして、付いてこようとしないカーターに声を掛ける。
「ところでカーターはなんで残ってるの?」
「女子同士が風呂場で何をしていたのか、そこが知りたかったんだが。キャハハウフフとかあった?」
カーターがアホなことを大真面目な表情で言ってきた。
「浮かんでた」
「何が?」
「あと、俺だからセーフだけど、他の女子に言ったらセクハラで一発アウトだから」
「だからこそお前に聞いたんだが」
「今の発言は聞かなかったことにするので、お前も早く宿に行って寝ろよ」
◆ ◆ ◆
「ドロシーちゃんは寝る前にこの樽の中に水を満タン入れてね。それだけやったら後は寝ていていいから」
「わかった。もう寝る」
ドロシーちゃんが樽一杯に水を満たすと、そのまま眠ってしまった。
昼間頑張ってくれたし、疲れも溜まっていたのだろう。
「では、ドロシーちゃんを宿までお願いします」
「ああ分かった。ラヴィさんも無理はせずに」
タルタロスさんにドロシーを託した後は、ひたすら洗濯だ。
タライの中に男性陣の洗濯物と石鹸と水を入れて、召喚した鳥を一度水洗いして臭いを落とした後に、その後にタライの中でひたすら回転してもらう。
ほぼオートの洗濯機の完成だ。
その間に女性陣の洗濯物を手洗いで洗っていく。
差別ではない。女性陣の服の方が生地が弱いので手洗いしないとボロボロになる。これはただの区別。区別なのだ。
溜め込んでいたというスーリアの下着や肌着も別洗いでしっかりと汚れを落としておく。
洗濯とすすぎが済んだら、エアコンを全開で効かせた装甲車の中に持ち込んで水分を飛ばして乾燥させれば完了。
最後は残った水で鎧をブラシで適当に磨いた後に水気を拭い、やはり装甲車の中に入れておく。
やはり洗濯をすると気持ちが良い。気分が晴れる。
装甲車内部のモニターで時計を確認すると時間は既に22時になっていた。
この時間から宿に戻るのも迷惑そうなので、装甲車の中で車中泊でもするか……と思ったところで、それが出来ないことに気付いた。
「車内は洗濯物で埋め尽くされてるから俺が寝るスペースがない……」
車内は洗濯物を乾燥させるためにエアコンを効かせすぎて寒い。身体が芯まで冷えきったのか辛い。
だが、外に出て一人でテントを張ってキャンプするのも不用心にも程がある。
仕方ないので運転席で毛布にくるまってビーコン信号の分析を再開する。
「信号の受信タイミングがズレることから考えてあと2カ所。北東とほぼ東。北東はニューオーリンズ周辺だとするともう一カ所はフロリダ半島のどこかか」
試しにニューオーリンズの地図を表示させると、湿地帯なのか海岸線がうねり回っていた。
この中から小さい祠1つを探すことを考えると既に頭が痛い。
ここと同じように2日を取られると流石に残り日数が厳しい。
最悪は何人かをニューオーリンズに置いて残りのメンバーで出発、後で回収コースになるだろう。
そうなるとすると、誰を残すべきなのか……。




