Chapter 7 「潮干狩り」
車を海岸ギリギリまで付けて、ボートをゆっくりと水面に浮かべた。
小さい漁船なので乗るのは3人が限界だろう。
「誰が乗るんだ?」
「レルム君とボートを漕ぐ役でタルタロスさん、お願いします」
「うちもボートに乗りたい!」
ここでドロシーちゃんがぐずり出した。
「ボートは敵を倒してからゆっくり乗ろう。今は調査が優先だから」
「分かった。約束だから」
とりあえずクッキーを取り出してなだめておく。
「じゃあカーターはドロシーちゃんを連れて車で待機していてくれ」
「お前はどうするんだ?」
「俺は空を飛べるから、2人に付いていくよ」
箒にまたがり、ボートの少し上に浮遊する。
「タルタロスさん、ご負担をおかけしますがお願いします」
「いやいや、ワシもたまには活躍せんといかんしな」
タルタロスさんが力強くオールを漕ぐとミシミシと木が悲鳴を上げながらボートが一気に進み始めた。
レルム君はバケツを水面に向けて電波の位置を特定しようとする。
ある程度までは一気に移動。
だいたいの当たりを付けてからは細かく移動だ。
しばらくそうやってボートを移動させていると、レルム君がバケツを上に持ち上げた。
「ここです。ここの真下です」
「よし、後は俺に任せろ。タルタロスさん、ボートを一時岸まで移動させてください」
「分かった。何か有ったら呼んでくれ」
タルタロスさんがボートを移動させて岸まで移動させたのを確認した後の鳥を喚び出し、真下の海中へ5羽を潜航。
そのうち1羽を使い魔モードに切り替える。
視点が複数あると混乱するため、視界は先頭の1羽のみにした状態で、4羽の鳥をエメラルドブルーの美しい遠浅の海中へと潜行させた。
テーブルサンゴが並ぶ海底を進むと、光り輝く鳥に怯えたのか小魚が物凄い勢いで逃げていく。
「ちょっとしたダイビングリゾートだな。ゆっくり観光で来たかったところだ」
海底まで30mほどだろうか。
流石に陽の光もあまり届かなくなり、海底を照らすのは頭上からわずかに差し込む陽光と、鳥自身が放つ青白い光だけになった。
わずかな光を頼りに目を凝らして移動を続けると、フジツボやイソギンチャク、海藻が表面に大量に付着していて分かりにくいが、明らかに人の手で加工された角ばった形状の石の祠が見えて来た。
祠自体は大きめのポリバケツくらいのサイズで、内部には何やら光っている何かが見える。
(こいつか?)
祠の周りを旋回させて構造を確認する。
祠は自然石をくり抜いて作ったもののようだ。
かなり頑丈に見えるので、鳥を数羽突撃させたところで破壊出来そうにない。
地上ならばともかく、水の抵抗で威力を減衰させられては、まともにダメージは入らないだろう。
(仕方ない。なんとか地上近くまで転がして移動させるか)
鳥三羽で盾を祠の下に形成させる。
そのまま盾ごと水面に浮上させようと命令を送るがビクともしない。
(……重いな)
重そうな自然石である上に内部に大量の水を含んでいるからだろう。
元々そこまでのパワーがない盾では動かすことが出来ない。
(ならこれでどうだ……弾き飛ばせ!)
盾に命令を飛ばして祠を斜め上方向へ弾き飛ばす。
この作戦はうまく行ったようで、石の祠がわずかに浮き上がった。
そのままバレーボールのトスの要領で連続して跳ね上げ続ける。
順調ではあるが、このまま水面まで弾き飛ばし続けるには盾が持ちそうにない。
現在構成されている盾が消滅する前に、追加の盾を準備する必要があるだろう。
鳥には作業を継続させつつ、自分は陸へと戻る。
「レルム君とドロシーちゃんは、もし敵が出現したら自分の判断で攻撃を。2人とも出来るよね?」
「はい師匠」
「うちに任せてや」
俺は祠の移動に徹する分だけ、攻撃はこの2人が主軸になる。
「ワシはどうする?」
「レルム君の電撃を水中に撃ち込むと感電する危険があります。タルタロスさんはボートを車に戻してください。これ、壊したら弁償なので」
「あい分かった」
指示通りタルタロスさんはボートを担いで車で運んでくれた。
「カーターは2人が撃ちもらした敵を銃で仕留めてくれ」
「子供のお守りで良いのか?」
「水中の敵が相手だと一番効率が良いのはレルム君の電撃だからな。ただスキルの隙を狙われると辛いのでそのサポートを任せたい」
「そういうことなら任せろ」
祠は順調に岸辺への移動に成功している。
だが、その時に祠の中から何かの光が発せられたことに気付いた。
光が止むと同時に、中から魚の頭を持った不気味なまで青白い肌の二足歩行するヒトのようなシルエットの何かが這い出して来た。
魚人だ。
こいつが、小さい祠の中に潜んでいたとは思えない。
先程の光が発生したタイミングでどこかから召喚されたのだろう。
出現した魚人は一体だけではない。
何匹も次々と祠の中から這い出て来ては、砂浜の方へと泳いでいる。
祠の破壊は後回しで、魚人の迎撃に回った方が良さそうだ。
盾と使い魔を解除して、海中に沈めていた鳥を全て解放した。
「魚人が発生した。数は最低でも5体。こちらに向かってくる!」
全員に簡潔に状況を伝える。
「どうする? 一時撤退するか?」
「いや、この数ならば追加召喚をされる前に迎撃できる。作戦は継続だ」
「分かった。ではラヴィさんとドロシー、レルムの三人はワシの後ろに」
タルタロスさんの指示通りに俺達は後ろに隠れるように並ぶ。
「レルム君、最初の敵が水面に顔を出したら、まずはエレクトロビームだ。海中へ叩きこめば、ある程度は感電で一網打尽に出来る」
「分かりました師匠」
「ドロシーちゃんは少し待ってから。次の敵が近付いてきたらハイドロカノン。レルム君がスキル再使用出来るまでの時間を稼ぐこと」
「ラビちゃん先生は何をするの?」
「俺は近付いてきた敵からみんなを盾で守る役目だ。攻撃に入るのは中ボスが出てからになる。いいね」
「なら、カッコいいとこ見せてよね」
「ああ。こんな敵なんてさっさと片付けて潮干狩りをして帰ろう」
4人で待機していると、最初の魚人が水中から顔を出した。
「行きます!」
「よし行け!」
レルム君が両手から青白く光るビームを放ち、魚人の頭を跡形もなく吹き飛ばした。
魚人を貫通したビームは一度空中で宙返りをした後に海中深くへと沈んでいく。
その後、海面全体が青白く輝いた。
バチバチと放電を繰り返すと、ややあって感電死したであろう、黒く焼け焦げた魚人達の死体が水面に浮き上がってくる。
ついでに俺が召喚していた鳥の使い魔も倒されてしまったが、これは仕方ない。
速やかに再召喚して、祠の移動を再開することにする。
やはり水中にいる相手に対しては電撃攻撃の効果は高い。
だが、さすがに一撃で全滅とまではいかなかったようだ。
水面に浮かんだ死体を除けるようにして、槍で武装した3体の魚人たちが、まるで曲芸をするイルカのように高くジャンプをして水上に躍り出ると、一気に距離を詰めてこちらへと走り寄ってくる。
「ドロシー!」
「ハイドロカノン!」
タルタロスさんの号令でドロシーちゃんが超高圧の水流を放ち、2体の魚人を薙ぎ払った。
あまりの勢いに魚人の身体は吹き飛ぶより先に水圧に潰されて動かなくなった。
だが、一体は跳躍するのが若干早かったのが功を奏したようで、ギリギリ、ドロシーちゃんの水流を回避すると、着地後にすかさずこちらへ槍を構えて駆けだしてくる。
「ここはワシが!」
2m近い巨漢のタルタロスさんの身体が羽根のように軽やかに宙に舞い上がった。
そのまま勢いを殺すことはなく、容赦なく魚人の顔面目掛けて飛び膝蹴りを入れて叩き潰す。
更に両手の指を組み、体重を込めて魚人の頭目掛けて振り下ろすと魚人の頭部は圧力に耐えきれずに粉々に弾けた。
更に倒れ込もうとした魚人の身体を掴んで肩から腕を引きちぎると、勢いよく海の方へと投げつけた。
恐ろしい加速で飛んだ魚人の腕は、海中から新たに出現しようとしていた魚人の頭に突き刺さり、絶命させた。
これで倒した魚人の数は合計10匹。
「ワシは今度こそ子供達を護ってみせるぞ」
タルタロスさんがそう言いながら両手を広げて空手の天地上下の構えのような姿勢を取った。
「タルタロスさん申し訳ありません。俺はあなたの実力を見誤っていました。大変失礼しました」
「いやそんなことはない。昔の……元のワシは結局子供達を護ることが出来なかった弱い男だ。だから、評価するのは子供達を無事に護り抜いて日本へ送り届けてからでいい」
「いえ、本当にあなたは頼れる人です。だから、子供達をお願いします」
俺はどうやらタルタロスさんの実力を見誤っていたらしい。
本当に失礼な話だ。
この人は俺が思っているよりもはるかに強い。
これならば俺達後衛3人を護り切ってくれそうだ。
俺がタルタロスさんと会話している間に、更に3体の魚人が姿を現していた。
一体何匹湧くのだろうか?
「キリがないな」
「俺が1体引き受けますので、タルタロスさんは2体をお願いします」
俺は短剣を抜いてタルタロスさんの横に立つ。
「レルム君の再チャージがもうすぐ完了するので、それまで時間稼ぎをします」
「その間にあの3体を仕留めるという意味で良いのだな」
「はい、もちろん」
返事を聞くや否やタルタロスが魚人へ向かって駆け出した。
俺も鳥を3羽、魚人の死角へと回り込ませた後に、タルタロスさんとは別の方向へ走る。
2体はタルタロスさんに任せたので、俺は一体を倒すことに集中すれば良い。
魚人が槍を突き出してきたが、予想通りの動きだったので身体を反らすだけのギリギリの動きで避ける。
槍が胸元を通り抜けていくが、服にかすりすらしていない。
胸があったら即死だった。
だから言っただろう。余計な脂肪など不要なのだ。
ふう胸が有ったら危なかった。
魚人との距離が詰まったところで短剣で斬りつけた。
これは表面を浅く斬るだけでほぼダメージなどほぼない。
だが、これはあくまで本命の攻撃を当てるためのフェイントにすぎないのでこれで良い。
魚人が反撃しようと隙を見せた瞬間に、3羽の鳥を死角から突撃させる。
こちらの攻撃手段は短剣のみと勘違いしたのか、無警戒でもろに首の付け根、わき腹、鳩尾にもろに食らってくれた。
直撃を食らった魚人はそのまま意識が飛んだのか、動きが停止した。
そこへ短剣で首筋を横一文字に切り裂いて終了だ。
短剣は儀式用なので、魔法陣を刻む以外にはまともに武器として使うには弱すぎるのだが、今回のように首筋を斬って致命傷を与えるくらいは出来る。
動かなくった魚人を足で蹴り飛ばすと、既に絶命していたからか、無抵抗で倒れ込んだ。
タルタロスさんの方を見ると、片腕で1匹、両手で2匹の魚人の頭を掴み、握力だけで握り潰していた。
「レルム君! 次弾は?」
「すぐに撃てます。タイミングの指示ください!」
「まずは俺達が感電を避けるために陸へ逃げる。その後にまた海中に向けて一発叩き込め!」
俺とタルタロスさんはレルム君の電撃に巻き込まれないようになるべく水面から距離を取る。
やや遅れて水面から何かが姿を現した直後に、ビームがそれらの頭部を薙ぎ払った。
そのままビームは先程と同じように一度宙返りをして再度水中へ潜っていき、またも水面に稲光が輝くと、魚人とは異なるシルエットの何かが浮き上がってきた。
「魚人じゃない?」
「本当だ。魚人よりも強いタイプか?」
レルム君のスキルで頭部を焼き払われて、かつ感電死した新たに出現した敵は魚人ではなかった。
全身を覆う鱗や青白い肌など、魚人と似たような特徴は持っているのだが、シルエットはより人に近く、特撮ものの怪人のようにも見える。
タラリオンの町で会った幽鬼を思い起こさせる造形だ。
「あれ、こいつらってもしかして中ボスか何か?」
「もう死んどるみたいだの」
やや遅れて、同タイプと思われる謎の怪人が追加で3体水面に浮かんできた。
やはりこちらもレルム君のスキルで感電死したようで、ピクリとも動かない。
短剣で突いてみると、その死体が何やら光り出した。
慌ててその場を後ろへ跳躍して距離を取るつもりが、見事に着地に失敗して尻餅をついた。
「いててて」
「大丈夫か?」
「はい……やっぱりカッコ良くはいかないですね」
その怪人の死体の上にそれぞれに銅色のメダルが載っていた。
メダルを拾い上げると「R」の文字が刻印されている。合計で五枚。
「メダル集めはもう終わったんだけどな」
一応メダルは拾っておく。
メダルが出現するということは、やはり運営の仕掛けた敵という解釈で間違いないようだ。
「これで終わりなら良いんだが」
「いえ、これから始まるみたいですよ」
海の方から地鳴りのような音と振動が伝わってきた。
打ち寄せる波の勢いが強くなり、今までは水に浸かることがなかった俺達の方へと流れてきている。
「これは……ボスの登場か」
「よし、では後は俺が決めるので、一度みんなは50mほど離れてくれ。祠の位置も分かったし、もういっそ祠ごと破壊します」
「ああ分かった。ドロシー、レルム、一緒に行くぞ」
「はいタロさん」
「ラビちゃん先生もまたカッコいいところ見せてね」
タルタロスさんはレルム君とドロシーちゃんを小脇に抱えて走り去っていく。
それを確認した後に俺は箒に跨った。
鳥を召喚して速やかに5羽を解放。
黒い球体が出現したところで、倒して回った魚人達の死体を霧化。
チャージが完了したところでなるべく高い位置まで浮上した。
目標は水中から出ようとしている何か。そして海中に沈んでいる祠だ。
「何が出てくる予定だったのか知らないけど、お前らみたいなのをいちいち相手にしていられないんだ。この後は潮干狩りをする予定だからさっさと消えてくれ」
眼下の水面が盛り上がり、巨大な何かが出現しようとしていたところに向かって放電の触手が伸びて、出現しようとしていた何かをバラバラに引き裂いて焼き焦がした。
「……おい、熱線の前座でボスが死んだんだけど」
以前までだと放電は動きを拘束するだけでここまでの破壊力はなかった。
気のせいだろうと思っていたが、どうも「魔女の呪い」は使う度に威力を増しているように感じる。
そのまま熱線を祠があった海底目掛けて熱線を発射。
照射範囲内の海水が一瞬で蒸発させて、海底に沈んでいた石の祠を融解、消滅させたのを確認した。
(やっぱり威力が上がっている……ここまでの威力は不必要なんだけどな。逆に使いづらくなるし)
熱線はそのまま岩盤をも融解、蒸発させながら海底を掘り抜いていこうとした。
だが、これ以上は不要と熱線の照射角度を変え、影響のない上空へ向けて発射して無駄に投げ捨てる。
気になることは多々あるが、任務完了だ。
◆ ◆ ◆
無事にボスも倒せたので、撃破の確認作業を兼ねてレルム君とドロシーちゃんを連れて潮干狩りを楽しんでいた。
「何か分からない貝が取れました」
「……なんだろうこの貝。まあアサリ系だから食えるか?」
「蟹!」
「なんか小さい蟹だな。こういうのは食べるところもないし、逃がしてやろう。その代わりに貝を探そう」
子供たち2人はなんだかんだで楽しめているようだ。
こういう年相応のところを見ると実に微笑ましい。
「なんかメダル見つけた!」
今度はドロシーちゃんが銀色のメダルを掴んで持ってきた。
手に取ってみると「SR」の刻印が刻まれている。
「もしかしてこれって、さっきのボスを倒して出て来たやつかな? もしそうなら、これで誰か一人ランクアップが出来るな」
これについては後でみんなと相談してみよう。
俺はドロシーから銀のメダルを受け取り、代わりに袋から銀貨を一枚渡す。
「これと交換ね。銀貨は一万円くらいの価値があるから色々なものが買えるよ」
「やった! もっと探す!」
「あっ、ドロシーちゃんばっかりズルい。僕も探す!」
「さすがにもうないと思うな」
2人の興味が貝からメダルに移ってしまった。
これでは、潮干狩りで貝を集めて夕食の献立を一品増やす計画の達成は無理そうだ。
まあ、海辺の楽しい想い出が残ったということで良しとしよう。




