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収穫祭の魔女  作者: れいてんし
Episode 6. What a Wonderful World
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Chapter 4 「化石」

「ラヴィ君、次の目的地は?」

「東の方に石材加工をやっているテロスという町があります。以前にも立ち寄り、お世話になった方々もいるので、今晩はそこに泊まろうと思います」


 モニターに地図を表示させて説明する。


「その翌日はチワワ砂漠をまっすぐ突っ切って一気にメキシコ湾……フラニスまで出ます。砂漠の真ん中でキャンプなんてしたくないので、走行距離はちょっと長めで辛いかもしれませんが、そこはご勘弁を」


 俺はハセベさんにおおよそのルートの説明をする。


「途中にあった廃墟の村も、もちろん寄る予定はなしです。レルム君はどう? 寄りたい?」

「あの動く家の有った場所ですよね。別に何もないし、寄らなくていいですよ」

「ならば話は早い。全員シートに着いたらテロスの町に向けて出発するよ」


 装甲車をターンさせてサルナスを後にする。


 大理石で出来た美しい城壁を持つ湖畔の町は、瞬く間にバックスクリーンから消えて見えなくなった。


「うん……速すぎて全然旅の情緒ってのがないな」

「まあその分だけ楽を出来るんですが」

「せめて旅感を出すために何かBGMでも流すか」


 システムメニューを表示させて、カーステレオを起動させる。


 何の曲が内蔵されているのか不明だったので適当に流すと、陽気なメキシコのラテンミュージックが流れ始めた。

 あまり聞かないジャンルなので歌手も曲も何も分からないが、雰囲気だけは出た。


「地元のカーラジオって感じがして良いな」

「映画みたいな雰囲気ですよね」


   ◆ ◆ ◆

 

 テロスの町には夕方に到着した。


 以前に徒歩で歩いていた時と比べると驚異的な速さだ。

 このペースならばフロリダには今週中に到着できるだろう。

 

 やはりテロスの町にも装甲車は入れそうにないので、適当な空き地に駐車させる。


「明日は朝から夜まで丸1日走り続けて砂漠を抜けます。だから今日は早めに泊まって身体を休めておいてください」


 全員でぞろぞろと城門の方へと歩いていくと、入り口には以前と同じ門番らしき青年が、やはり前回と同じようにぼーっと虚空を見つめて立っていた。


 以前は鎧も武器もなしで完全に手ぶらだったが、今回は一応鎧を付けて槍を持っており、見た目だけは立派になっている。

 だが、中身は同じようだ。


「すみません、この町に入りたいのですか?」


 モリ君が以前と同じように声をかけると、ワンテンポ遅れてから返事があった。


「あっはい……あれ? もしかして以前にもこの町に来られた?」

「……なんと名乗りましたっけ?」

「何でも屋」


 カーターの方が以前に名乗った肩書を覚えていた。


「ご存じ、何でも屋です。たまたま近くに立ち寄ったので一晩泊めていただけないかと思ったのですが、町に入れていただいてもよろしいでしょうかね?」

「は、はいどうぞ! あなた方ならば歓迎です。どうぞどうぞ」


 門番の青年は相変わらず落ち着きがないが、それでも前回よりはマシになっている気がする。

 人はこうやって少しずつ成長していくのだろう。


 エリちゃんとガーネットちゃんが手を振るとあからさまに鼻の下を伸ばして手を振りかえしていた。


 そのくせ俺が手を振っても特に何の表情も浮かべなかった。

 納得できない。この差は何だと言うのだ。


 町の中には以前と同じようにリズミカルな石を叩く音が鳴り響いていた。


 もうすぐ日没だというのに活気があって良い感じだ。


 以前はケルベロスとヘルハウンド騒ぎでどことなく活気がなかったが、今日は通りを歩いている人の数も開いている商店の数も多い。

 これが本来の町の姿なのだろう。


「せっかくだしアルバートさんに軽く挨拶をしようと思うけどどうする? 出来れば、前に旅した面子全員で顔を見せた方が良さそうだけど」

「俺は異議なしです」

「私も」


 モリ君とエリちゃんからはすぐに答えが返ってきた。


「ラビ助は手土産のクッキーでも準備しておけ。手ぶらは流石に失礼だと思うが、そこまで深い関係でもないし、3人家族……12枚も有れば良いだろ」

「手土産のことまで気が回らなかった。助かる」


 カーターもたまには有能なので助かる。手土産のことまでは気付かなかったので、早速クッキーの量産態勢に入る。


 クッキーを量産するまでの30分ほど、復興しつつある町並みや石を削って石畳を作る加工場の見学などをしてから、アルバートさんが経営する雑貨店に向かった。


 店の前に行くと、ちょうど何かの木箱を店の中に運び込んでいる中年の男がいた。

 以前にタラリオンの町から救い出したアルバートさんだ。


「どうも、お久しぶりです」

「おおっ、これはこれはお久しぶりです。こんなところで立ち話も何ですし中へ」


 アルバートさんと一緒に店の中に入ると、中ではアルバートさんの息子のケビン君が留守番をしていた。


「あれ、レルム君とドロシーちゃん?」

「お久しぶり」


 ケビン君はカウンターから出てきて駆け寄ってきた。


「3人で遊びに行ってくる」

「もう暗いんだからあまり遠くに行くなよ」

「わかってる」


 心配するアルバートさんを尻目にケビン君はレルム君、ドロシーちゃんを連れて3人で飛び出していった。

 

「ところで、今回はどのようなご用件で?」

「旅の途中でこの町の近くを通りましたので、ついでに寄らせていただきました」

「そうでしたか。今回はどちらの方へ?」

「……東ですね。かなり遠くの」


 まあ嘘は言っていない。

 フロリダもアーカムもここから東だし、日本は西……というか、実際は地球を半周した極東にあるのだから。


「ところで商売の方は如何ですか?」

「まあそこそこというところですね。ケルベロス騒ぎも落ち着いて、石切も再開されて、ようやく町にも活気が戻りつつあります」


 俺は店内を見回す。


 仕入れも再開したのか以前に来たときにはスカスカだった商品棚も色々埋まっている。


 職人の町らしくタオルや手袋などの仕事で使うであろう物が中心だが、やはり食料も販売されている。


 以前はターメリックをここで入手できたので、もしやと思って尋ねてみることにした。


「以前にターメリック……ウコンをここで購入させていただいたのですが」

「その節はどうも」

「あれから他の香辛料を仕入れなどは?」

「最近手に入れたものですとこれですかね?」


 そう言って出してきたのは何かの粉末だった。

 ただ、瓶の蓋を開けてもいないのに既にカレーの匂いが漂ってきている。


「唐辛子なんですが、ちょっと変わった香りで」

「少し味見をさせていただいても?」


 許可をいただけたのでひと粒だけいただいて舐めてみると、ピリっとした辛味が突き抜けてきた。


 ただ、この味は覚えがある。

 地母神の遺跡を出てタウンティンの宿舎で出されたチャーハンらしき料理の味付けに使われていたものだ。


 あの時はカレー風味の謎の香辛料としか思わなかったが、ここで再会できるとは思わなかった。


「南の方にある国からの交易品らしいのですが」


 これも何かの縁なのか。

 カレーの材料を探していて、まさかスタート地点に戻ってくるとは。


 旅なんて青い鳥と同じで意外とそんなものなのかもしれない。

 色々あっても全ての答えは最初にあって、始めに戻ってくると。


「……私達もその南の国から来たんです」

「なるほど、故郷の味というわけですか」

「……確かにそれに近いかもしれませんね」

 

 カレーの味もそうだし、タウンティンはこの世界における故郷と言えなくもない。

 

 もちろんこれは買うつもりだ。


「では、これで私達はこれで。ありがとうございました」

「ありがとうございました」

「皆さんもお元気で。また近くに来られたら、また、お立ち寄りください」


 アルバートさん達に挨拶をして店を後にした。


 ケルベロスとヘルハウンドを倒した後にアルバートさんや町がどうなったかの確認も出来たし、カレーの材料まで手に入った。

 結果としては良かったとは思う。


「スタート地点に全てがあるか」


   ◆ ◆ ◆


「レルム君、ドロシーちゃん、こっちこっち」

「待ってよケビン君」


 このテロスの町に慣れたケビン君が通りを走っていく。

 それを僕とドロシーちゃんが付いていく。


 多分ケビン君と遊べるのはこれが最後の機会だから、精一杯楽しまないと。


 ケビン君は石材加工場や古い教会、町の広場など、町の見どころを次々と見せてくれた。


 そして最後に案内されたのは小さい石が山のようにつまれた場所だった。


「ここは一番のお気に入りなんだ」


 ケビン君がその中から一つの石を取り出した。

 その中には表面に渦を巻いた模様が浮かび上がっていた。


「貝みたいだろ。山の中の石にこんなのが入ってるなんて不思議だろ」

「アンモナイトの化石だ」


 僕は思わず呟いた。


「アン……なんだって?」

「アンモナイトだよ。何億年もの昔に生きていた貝の死骸がこんな風になるんだ」

「そ、そうなのか……じゃあこれは?」


 今度ケビン君が取り出しのは金属色に光るアンモナイトの化石だった。

 しかも形も普通の渦ではなくて複雑な巻き方をしている。


「すごい」

「すごい」


 これには僕もドロシーちゃんも驚きだ。

 僕の地元の博物館でもこんなのは見たことない。


 あれ、博物館ってなんだ?


 多分あれだ。

 師匠が暗くて狭い場所からタロさんやドロシーちゃんと一緒に連れてきてくれた僕じゃない僕。


 今はまだ1つになれないけど、そのうちきっと1人の人間に戻れるはず。


「この町の石切り場からときどき出てくるんだ。町の人達はみんな興味がないのか捨てちゃうけど」

「ケビン君はこれを家に持って帰らないの?」

「僕の部屋は狭いからもう置けないんだ。同じのを3つ家に置いてるし」

「じゃあ仕方ないか」


 道理でこの山の中から目当ての化石をすぐに見付けられたはずだ。

 頻繁にここに来て面白い化石がないかをチェックしているんだろう。

 

 なので、ちょっと珍しいくらいなのを持って帰っても仕方ないと。


「じゃあ、せっかくだから僕が今日の記念に貰ってもいいかな?」

「いいよ。別に誰も怒らないし、そもそも誰のものでもないし」

「ケビン君が見付けたんだからケビン君の物で良いんじゃない? それを僕が貰うんだ。友情の証で」


 それを聞いたケビン君が破顔した。


「いいね。友情の証」

「この化石を見たら君のことを思い出すようにするよ」


 良い思い出の品が手に入った。


 出来たら僕もなにかあげられると良かったんだけど、あいにくと何も持っていない。

 モーリスさんからおこづかいは貰っているけど、それで何か買って渡すのは違うと思う。


「せっかくだし3人で何か探して、それを思い出の品にしよう」

「うちもそれでええよ。3人で探そう」


 それから完全に日が暮れてエリスさんが迎えに来るまで3人で化石を探し続けた。


 結局時間がなくてそこそこの化石で妥協したけど、それも良い思い出になったと思う。


   ◆ ◆ ◆

 

 テロスの町で一泊。

 翌日は早朝から出発することにした。


「忘れないよ。この化石は大事にするよ」

「僕も化石を見たら思い出すよ」

 

 出発にはケビン君が見送りに来てくれていた。


 前回と違い、今度はドロシーちゃんも含めて3人で名残を惜しんでいる。


 せっかく仲良くなった友人と別れるのは辛く悲しいのは分かる。

 

 だが、流石にここにレルム君とドロシーちゃんを置いていくというわけにはいかない。


 それは当人も分かっているからこそだ。


 急ぎの旅ではあるが、ここは急かさない。

 本人達が踏ん切りのつくまでは待っていたいと思う。


 30分ほど待ったか。


 2人は手を振りながら車に乗り込んだ。


「じゃあ2人とも出発するぞ」

「はい、お願いします」

「もう出ていいよ」


 2人からOKが出たので車を発進させると、テロスの町や、門の前に立っていたケビン君の姿はあっという間にバックモニターから消えていった。


 車の速度が早すぎるのも少し考えものかもしれない。


「今日中にフラニスまで行きたいので少し飛ばします」


 アクセルを踏み込んで加速させる。

 ここはフラニスまで街道が伸びているので走りやすい。


 こういう場所では少しでも距離を稼いでおきたい。

 

「350kmなんて時速80kmで走れるならすぐじゃないのか?」


 ウィリーさんに尋ねられた。


「確かにずっとその速度を維持できるのならば確かに5時間です。ただ、トイレと食事休憩も必要ですし、何よりここはハイウェイじゃないんです。足場の悪い砂漠地帯をトップスピードで走り続けるのはほぼ不可能なので」


 俺の見立てだと走るだけで8時間の休憩が2時間。

 メキシコ湾に出るのは18時くらいになるはずだ。


「というわけで、俺は今日は運転しっぱなしになるので、食事当番を誰か代わりの方に任せたいのですが」

「なら、今日は私が食事当番ね」


 食事当番の話をすると、エリちゃんが待ってましたとばかりに、自信満々に小麦粉が入った袋を荷物の収納スペースから持ってきた。


「何を作るんだい?」

「小麦粉が手に入ったからにはあれしかないでしょう。うどん!」

「うどん?」


 思えば旅を始めてすぐの頃に、どういうわけかエリちゃんは「うどん」にやたら執着していた。


 あの頃からずっと「うどん」を食べたいと思っており、機会を窺っていたのだろう。


「エリちゃんってうどんを打ったことがあるの?」

「動画では見たことあるから大丈夫だよ」

「えっ?」

「大丈夫」


 本人は自信があるようだが、今の話を聞く限りは不安要素しかない。


「安心してください。俺もうどん屋の待ち時間に店員がうどんを作っているところを見たことが有ります。エリスだけだと頼りないですが任せてください」


 ここでモリ君も、何一つ安心出来る要素がないセリフを言いながら参戦してきた。


 2人ともそのうろ覚えの知識で一体何を作るつもりなのか?

 小麦粉に適当に水と塩をぶちこんだら、うどんになると思っていそうで怖い。


「それではワシも協力させてもらおう」


 その時、今まで無言だったタルタロスさんが自信ありげな雰囲気で前に出た。

 これは期待して良いのだろうか?


「2人が食事を作っている間、レルムとドロシー2人の面倒を見よう」

「それは助かります。子供達をお願いします」


 子供達は少し落ち込んでいるので、子供達と親しいタルタロスさんが面倒を見てくれるというのは本当に助かるのだが、現在持ち上がっているうどんの問題とは一切何の関係ない話だった。


 まずい。

 このままではうどんと称する謎の小麦粉料理を食することになってしまう。


 俺が不安な顔をしているのに気付いたのか、ウィリーさんが声をかけてきた。


「ここはオレが出張ったほうが良いか?」


 ウィリーさんの背後に後光が見えた気がした。


「もしかして麺を打ったりも?」

「バイト先では納品されてくる中華麺を茹でるだけで、製麺まではやってないが、知識としては知ってるし、やれば出来る自信はある。所詮はバイトだったし、プロ並みとは言えないが」

「助かります。2人のサポートをお願いできますか? 流石に動画だけとか、店先で見ただけという2人に任せるとどんな料理が出てくるか不安なので」

「ああ、任せてくれ」


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