Chapter 3 「湖畔の町再訪」
一度装甲車に戻った後に全員で会議を始めることになった。
もちろん議題は「プロトコル333」なる謎のアナウンスについてだ。
「こっちの車の中でもなんか急に喋りだしたんだけど」
エリちゃんの言うところによると、俺達が監視ルームの中で音声を聞いたのと同時刻にこの装甲車内でも同じアナウンスが流れていたようだ。
「エンジンを切っても鳴り始めたと?」
「いえ、いつでも動かせるように車のエンジンは起動して無線もオンのまま出発したのでそれが功を奏したと」
おそらくは運営に関係する全ての施設と機器に対して同時刻に同じアナウンスが流れているのだろう。
本部との通信が途切れたというのは運営が撤退したことに関係しているのだとして、問題はその内容だ。
「カナベラルという言葉に聞き覚えは?」
ハセベさんが尋ねてきた。
「おそらく米軍の空軍基地や宇宙センターなどがあるフロリダのカナベラル基地のことだと思います」
俺は車のモニターに白地図を表示させる。
アメリカ東海岸のフロリダ半島には川から流れ出た砂が堆積して作られてであろう島がいくつもあり、そのうちの1つに米軍が作ったのがカナベラル基地だ。
アメリカの空軍基地の中のうち、最も重力が弱くなる赤道に一番近い場所であるということから、宇宙センターが作られて人工衛星の打ち上げなども行われている。
「何故そんなところに運営の拠点が?」
「おそらくエリア51と同じでしょう。俺達が運営に反旗を翻した時に迎え撃つための場所としてわざと分かりやすい場所に拠点を設けたと」
俺はハセベさんに答えた。
エリア51に関してはそうだったのだから、ここも同じだろう。
返り討ちにするつもりであっさりやられてしまった間抜けな例はごく最近に自分の目で見ることは出来たが、本来は襲撃者の方が運営側に倒されて、その無念そうな顔が中継されるのだろう。
悪趣味極まりない。
「これが何かの罠の可能性は?」
「罠の可能性はほぼないと思います。たまたま運営の施設に入ってたまたまその時間にアナウンスを聞くってのは偶然の要素が強すぎて罠を張ったと考えるのは流石に無理があるのではないかと」
後は俺達がどう動くべきなのかを判断するかだけだ。
無視するのか? カナベラルまで行って対処すべきなのか?
対応するとなると、いつ、どのように動くべきなのか?
「位置はフロリダの端なので距離にして約2300km。13日……いや、今日は行動するのが無理なので実質12日。1日200kmでギリギリか」
モニターにはアメリカ東海岸。
フロリダ半島の白地図を表示させている。
「ならば、今から出発ということで良いですね」
「えっ?」
「ああ。どうせこの町では食事も買い物も出来ないし、留まる理由はない」
モリ君とハセベさんが早速決断した。判断が早い!
「ここからは2300kmなんですよね」
「ああ。だから残り12日だと1日200kmでギリギリ」
「フロリダへ向かう途中にもう2箇所くらい信号が出ているところがあるんですよね? そこでも2日取られそうなので、今からでも出発した方が良いと思います。今日中に距離を稼げば明日以降は少し余裕が出来ます」
「フロリダにはクロウさん達が居る。何かあれば被害を受けるのは彼らだ。それだけは絶対に阻止しないといけない」
俺が答えを待っている間にモリ君とハセベさんとの間でどんどんと方針と今後のルートについての話が決まっていく。
正直頼もしいし、横で聞いていれば済む方が楽ではあるが、これはこれで置いてけぼりなので少し悲しい。
「ラヴィ君!」
「ひゃい!」
急に名前を呼ばれたので変な声が出た。
「今すぐに出発しよう。今日中にはどこまで行けそうかね?」
「サルナスまで行きましょう。こいつのヘッドライトはそれなりに明るいですが、日が暮れてから走るには障害物を避けて走る必要があるので流石に厳しいです。時間はかなり遅くなるので、食事は町の食堂で取りましょう」
プランは決まった。
早速車を出発させると、偽物の町はあっという間にバックモニターから消えていった。
◆ ◆ ◆
なんとか日没直後にサルナスの町に到着することが出来た。
徒歩はもちろん馬車と比べても速すぎるので旅としては味気ないが、その分楽なことは楽だ。
ただ、装甲車は馬車と比較しても2回りは大きいため、町の中を走行させることも、駐車させることも出来そうにない。
仕方なく適当な空き地を見繕って停車させる。
「今日はここで1泊。明日は朝一に出発したいところですが、食料品と日用品の調達も必要ですので、明日は朝から買い物をしたいと思います。なので出発は明日の昼過ぎです」
モリ君とハセベさんに分けて管理を任せている予算から、今回の町での滞在費を小遣いという形で各個人へ渡していく。
「この人数だと全員が同じ宿に泊まるってのは難しいと思うので、各々予算内で宿を探してください。食事も好みで好きなものを。もちろんお金は有るだけ使っても良いという意味ではないので、余った分は後で返金してください」
さすがに10人全員の行動を管理するのは大変なので、各個人の裁量で動いてもらうのが一番だろう。
渡した分だけ全部酒に変えそうな約1名を除いてはみんな良識があるので、そこまで無駄遣いはしないはずだ。
「前に屋根の上に避難させた人達がいたのを覚えているだろう。あの人達の店に行こうと思うんだが、さすがにこれはOKだよな。少しでも町の復旧のための還元をだな」
カーターが俺の表情を窺いながら確認を取りにきた。
酒場に行くのがそれほど後ろめたかったのか。
「各個人の裁量の中なら特に何も言うつもりはないぞ。それに、そういう理由があるならむしろ俺達も行った方が良さそうだな」
「でも、あの酒場は酒以外なかったみたいだからな。頼めば水と軽食くらいは出してくれるだろうが」
「それは流石にちょっと……子供達もいるし」
酒を飲めない小学生も含む未成年で大挙して訪れても他のお客さんもいるだろうし、迷惑だろう。ここは諦めよう。
「それならばワシも行こう」
「私も興味があるな。この世界に来てから酒とはすっかり縁も切れていたし、久々に酔いたい」
タルタロスさんとハセベさんもカーターの話を聞いて興味を持ったようだ。
「大人組は酒場と」
「オレは大人組だけどパスだ。ガーニーと2人で一緒に町をブラブラとしてくるわ。宿も適当に探す」
ウィリーさんとガーネットちゃんはそう言って装甲車から出て行こうとしたので、慌てて声をかける。
「ガーネットちゃんの中の人は中学生だということをお忘れずに」
「忘れてねえよ!」
2人とも年齢のことを完全に忘れてそうで怖いのだが。
もし、未成年に手を出してポリスメン沙汰になっても俺は全く責任を取るつもりはないので、ちゃんと節度は考えてほしい。
「残るはいつものメンツだけど、俺はレルム君、ドロシーちゃんの3人で何か食べに行ってくるよ。モリ君とエリちゃんは悪いけど2人だけで出かけてね」
「ラビさんも俺達と一緒に行きましょうよ」
「前は祭りが中途半端なことになっちゃただろう。だから、今度こそ2人で出かけてくるといいよ」
「でも……」
何か言いたそうなモリ君とエリちゃんの2人を半ば無理矢理送り出した。
人数も増えたし、子供達がいるとどうしても親としての行動を求められて、以前のように2人だけでゆっくりとも行かないのだから、今度こそ楽しんできて欲しい。
「じゃあ2人とも、前回の祭りの続きだ。どこかに何かを食べに行こう。ご希望は?」
「カレー」
「カレーはさすがにないかな……」
「僕はクリームコロッケが良いです。久々に食べたいので」
「そちらはギリギリありそうかな?」
俺は2人の手を繋いで歩こうとして、違和感に気付いた。
久々に食べたい?
2人のオリジナルは既に死んでおり、ここにいるのはオリジナルの情報から作られた人造人間だ。
最低限の知識は持っているようだが、記憶についてはその保証外だ。
料理の名前は知識として知っていても、食べたという記憶まで出て来るわけがないのだが。
「ドロシーちゃん、カレーってどこで知ったんだい? 誰かに聞いた?」
「前にうちでママが……あれ? ママ……」
ドロシーちゃんが頭を抱え始めた。
「レルム君もクリームコロッケをどこで?」
「僕も家で……あれ、家?」
今の何気ない会話ではカレーとクリームコロッケという、オリジナルが日本で食べたという記憶を、本人達は引き出した。
やはり、どういうわけか2人にはオリジナルの記憶が多少なりとも受け継がれている。
俺は不安そうな顔をしている2人に手を伸ばして抱き抱える。
「もしかしたら今日は希望のメニューはないかもしれないけど、代わりに何か美味しいものを食べよう。カレーとクリームコロッケは後で俺が作ってやるから」
「本当に?」
「師匠が作ってくれるんですか?」
「ああ。何か記憶の底に残っている食べ物を食べれば、忘れている何かを思い出せるかもしれない。だから、2人ともしばらく頑張ってみよう」
2人を日本へ帰すことに若干の不安があったが、オリジナルの記憶を呼び起こせるならば、少しは希望が見えて来た。
日本へ帰るまでは3か月しかないが、やれるだけのことはやってみよう。
◆ ◆ ◆
町の中はそれなりの賑わいを取り戻せていた。
前に町を出る前は閉まっていた店も今は無事に営業を再開している。
町を哨戒している兵士はまばらだ。
あれからイモリ人間も出没していないのか以前のような緊張感はないようだ。
果たしてイモリ人間達はあの南東にある湖に移転してくれたのだろうか?
攻めてこないのは単に戦力を消耗しすぎたからで、人間の言うことなど聞く必要などと今も刃を磨いているのだろうか?
明日にはこの町を発つ俺達にはその顛末を見届けることは出来ない。
ただ、なるべく穏やかな解決をして欲しいところだ。
一応開いている飲食店を見て回ったが、流石にカレーもコロッケもないようなので、適当なレストランに入った。
町のあちこちを流れている水路を眺めながら食事が出来る、いかにも観光客向けのオープンテラスだ。
「なかなか良い雰囲気じゃないか。肩肘張る感じじゃなく良い」
店の名物料理を注文すると出てきたのはクリームシチューのような料理とパン。
カレーとクリームコロッケには微妙にかすっているものの、やはり何か違うのだけが惜しい。
だが、今日はこれで妥協してもらおう。
「こういうレストランでは皿は持っちゃダメだぞ。スプーンで一口ずつ食べる分だけをすくうんだ。パンは口で直接噛み千切らずに手で一口分をちぎって食べる」
「シチューにパンを浸けるのは?」
「高級レストランだとマナー違反だけど、こんな感じの気取らない店でなら気にしなくていい。カリカリのパンは漬ける方が食べやすくなる上に美味いぞ」
せっかくなので、レストランに来た時の食事のマナーも教えておく。
またやることが増えてしまったが、これは仕方がない。
この子達が日本へ帰った後の生活で困らないように色々と教えておかないといけない。
「ラビちゃんってママみたい」
「先生と呼びなさい」
「ラビちゃん先生」
「よろしい。せっかくなのでデザートも注文しよう」
そう会話しているとモリ君とエリちゃんがやって来た。
オープンテラスなので目立つのだろうか?
「2人とも食事は?」
「済ませてきました。久々にしっかり肉を食べましたよ」
「やっぱり肉は美味しいよね」
2人が楽しそうに話すので少し気になった。
「どんな感じの料理?」
「塩で焼いただけのザ・肉って感じの肉料理です」
経過時間考えるに、2人は本当に肉を食べた以外は何もしていないのだろう。
特に関係が進展したとかそういうのはなさそうだが、2人はまだ高校生だ。
別に急いで関係を深める必要もないだろう。
「それで今晩の宿ですけど、もう決めました?」
「いやまだだよ。見ての通り食事中で今からデザートを注文するところ。メニューを見るに、南国のフルーツ盛り合わせがあるらしい」
「デザート? それは私も食べたい」
エリちゃんはそう言うと近くの席から椅子を持ってきてドロシーちゃんの隣に座った。
モリ君はそれを見てため息をついた後に、やはり椅子を1つ持ってきてエリちゃんの横に座る。
「なら、みんなで食べましょう」
モリ君が店員を呼んでデザートのフルーツ盛り合わせを5人分注文すると、オレンジやら南国のフルーツやら写真映えしそうな豪華なものがやってきた。
「これって貴族用のお高いやつでは?」
お値段もお高そうなので念のために店員について確認する。
「旅人さんは知らないだろうけど、この町は定期便で新鮮なフルーツが届くからこれが出来るんだ。余所ではこの値段で食べられないから、食べないと損だぞ」
「そういうことなら」
久々の甘味に舌づつみを打ち、満足のいく食事が出来た。
◆ ◆ ◆
翌日。
レルム君、ドロシーちゃん、タルタロスさんの3人には自分達の予備の着替えと野営セットの購入に向かってもらった。
旅の必需品などは持っておいても損はない。
続いて全員の衣服の洗濯だ。
これは時間がある時に済ませておきたい。
「ところでウィリーとガーネットの2人は結局どうなった?」
2日酔いでダウンしているカーターがダルそうに尋ねてきた。
「それぞれ別の部屋を取ったそうだ。さすが違法女子の扱いは心得ているみたいで良かった」
「違法って言い方酷いな……その理屈だとお前は合法になるが?」
「14歳ですけど。違法ですけど」
「都合良く年齢を使い分けるな!」
そもそも合法なら何だと言うのだという話だ。
合意のない異性交遊など絶対にダメだぞ。
「それよりも俺はお前が買い出しに参加しないで、こんなところでクダを巻いていることの方が気になるんだけど。ハセベさんとタルタロスさんも一緒に行ったはずなのに2人とも元気だぞ」
「オレだけ二次会に参加したからだよ。目が覚めると道端で寝ていて朝だったし」
「何度目なんだよ。そのうち死ぬぞ」
「なら嫁に来て生活を管理してくれ」
「アホだろお前」
洗濯機なしで10人分の服の洗濯となると意外と大変だ。
ひたすら洗濯板で擦って洗って干すという作業を繰り返さないといけない。
色々と配慮して女性陣の分は別に手洗いで綺麗に汚れを落とすので余計に手間がかかる。
「なんで主婦みたいになってんの? もう女子を通り越してオカンになんだが」
「何とでも言え。だって誰も洗わないし、若い子達に頼むのも何だし」
効率良く家事をやろうとするとオカンにならざるを得ないのだ。
これは性別は関係ないので別に俺の精神が女性に染まったわけではない。
「あと二日酔いなら水を多めに飲んで寝ろよ。ただ水だけだとミネラル不足で水分の吸収効率が悪いぞ。クッキーも食え。必要なら麦茶を沸かすぞ」
「優しいのか厳しいのかはっきりして」
幸いにもカラっとした天気と乾燥した空気のおかげで乾くのは早い。
乾いたものから取り込んで畳んでそれぞれの荷物袋の中に入れていく。
そうやって家事を済ませていると食料買い出し組が戻ってきた。
モリ君が俺の前に袋を投げおろした。
「頼まれていた小麦粉と大豆です。これで大丈夫ですか?」
「ありがとう。小麦粉と豆さえあれば、最悪あとは補給なしでもゴールまで食事は持つはずだ」
戦士職の筋力は常人より高いとはいえ、流石に数十kgの荷物を持って歩くのは辛かっただろう。
他の誰かが持てば解決なのだが、力自慢のタルタロスさんは自身の旅の荷物の買い出しが必要だっただけに、モリ君に負荷がかかってしまった。
すまないと思っている。
「はい、お疲れ様。ハロウィンですクッキーをどうぞ」
クッキーとカップに入れた水をモリ君に手渡すと、水を一息で飲み干した。
もう一杯注ぐと、今度はクッキーを食べながら水を飲み始めた。
「香辛料はどうだった?」
「やっぱりないですね。クミンでしたっけ?」
「そう。ヒマワリの種みたいなやつ。クミンはナツメグでも代用は出来るけど」
「どちらもありませんでした。買えたのは唐辛子とパクチーだけです」
「仕方ないか。まあ、何とか探してみるよ」
ドロシーちゃんのご希望のカレーを作ろうと香辛料を探してもらったが、どうやらこの町にもなかったようだ。
どちらもアジア圏の作物なので、南米で手に入れるのは絶望的。
異世界の町ならばもしやと思っていたのだが、やはりダメだったか。
「クミンってそんなに重要なんですか?」
「クミンはカレーの匂いの元だよ。前にアルバートさんのところで買ったターメリックは色の元。極論だけどこの2つが入っていれば、他は足りなくてもカレーっぽい風味になるし、ないと何か違う料理にしかならない。見た目が大事ってやつ」
この先のルートを考えるが、やはり手に入りそうな場所はない。
どうするべきだろうか。
「もう少し時間があれば兵舎に行って、イモリ人間がどうなったか聞きたかったけど」
「それなら途中なので聞いてきましたよ。やっぱりあれからイモリ人間は出ていないみたいです」
それならば良かった。
穏便に解決するならばそれに越したことはない。
「まあ、あれから1ヶ月も経っていないんだし、これからどうなるかは分かりませんけど」
「まあ、こちらとしてもやるべきことはやったし、後は地元の人とイモリ人間さん達に頑張ってもらうしかないか」
通りすがりの旅人が短期間で出せる成果としてはまあ最大だろう。
本当に平和裏に解決してくれると良いのだが。




