Chapter 2 「プロトコル333」
レルム君の即席電波受信機を使って電波の発信源を探したところ、そこは分かりやすい城や神殿ではなく、民家が立ち並ぶ住宅地の一角に建てられた小さな倉庫だった。
外観からは特に他の建物と明らかに異なる個性があるわけでもない。
「これは電波探知がなければ絶対に分からなかっただろうな」
「そうですね。これはレルム君のおかげです」
俺は鳥を建物の内部へ潜入させながらレルム君を褒め称える。
「自分の能力をよくここまで応用させて成長させた。偉いぞ」
「ありがとうございます。師匠」
流石に頭を撫でるのも解禁だ。
これくらいほめても罰は当たらないだろう。
記憶がオリジナルと繋がりつつあるのも良いが、最初に会った時と比べて頼もしく成長したのは嬉しい要素だ。
ただ、頭を撫でられて嬉しそうにしている様子を見ると、どうしても「わんこ」というイメージが消えない。
「建物内の様子はどうですか?」
「エリア51とほぼ同じ構造だな。地上部自体はほぼ何もなくていきなり地下へ続く階段。階段を降りてすぐには金属製の扉。今はエアダクトからの侵入を試みている」
モリ君に尋ねられたので今の状況を伝える。
鳥を追加で投入。
まずはエアダクトを塞いでいた蓋を突撃で破壊。
ダクト内にあった換気扇も破壊。
施設内への侵入が成功したので、出口側のダクトの蓋を破って施設内の通路へ2羽をの鳥を内部へ送り込む。
今のところは順調だ。
「ラビさんの鳥は段々器用になっていますね」
「この鳥のスキルは攻撃用じゃなくて、本来こういう偵察やサポート用途なんじゃないかな。使い方が分からなかったから攻撃に無理に使って弱いなと思っただけで」
「俺のプロテクションも、もしかしたら間違った使い方なのかも」
「モリ君のプロテクションは何なんだろうな。もう何が正しい使い方なのかわからん」
防御壁が出るのは分かる。
その防御壁を槍の先に出したら壁の強度が維持されたままなので殴ると強かったというのもまあ分かる。
ある程度思い通りに形を変形出来るからと各種武器に変形させ始めた時点でおかしい。
今からでも伊原さんのところへ押しかけて件の攻略ページにあるキャラ紹介を見せてもらった方が良いかもしれない。
流石にもうエリス(バレンタイン) SSR以上の精神攻撃はないと信じたい。
ドアが閉まっていては入れないエリア以外の探索を終えたので使い魔を解放する。
「エリア51に比べたらかなり狭いですね。入ってすぐに左右の部屋。一番奥に1部屋の合計3部屋で終わりです。通路内に敵の姿はありませんでした」
まずはハセベさんに状況を報告だ。
「部屋の中はどうだね?」
「すみません、鳥はドアを開けられないので」
「流石にここからは自分達で調査が必要か」
敵がいないことは確認済みだが、一応モリ君を先頭に施設内へ入っていく。
階段を降りて施錠されていない扉を開くと、以前のエリア51と同じく光沢のある樹脂系の床材が隙間なく張られた廊下が現れた。
天井には埋め込みタイプの照明なのも全く同じ。
ただかなり狭い。
入ってすぐに左右に部屋があり、通路の一番奥に部屋があるだけだ。
これは事前調査と同じ。
「じゃあ手前の部屋から調べていこうぜ」
「おい、慎重に行こうって話だろ」
「大丈夫だって。撤退済みなんだろ」
そう言うとカーターが止める間もなく右の部屋の扉を開いた。
中は小さい机が1つだけ置かれており、その上に小さい石で作られた祠のようなものが鎮座していた。
「なんだこりゃ?」
「だから迂闊に開けるなって言っただろ」
小さい祠にレルム君がバケツを向けると、音が大きく再生された。
電波の発信源はその祠のようだ。
祠の内部を覗き込むと、小さい石像が納められており、手前には魔法陣が薄く光を放っていた。
魔法陣の形には見覚えがある。
ケルベロスの巣が有った洞窟内ににあったものと同じタイプの魔法陣だ。
「召喚系の何かだと思うが魔法の専門家としての意見を聞きたい」
「召喚系じゃねえの」
「こんな無人の町にモンスターを溢れさせて何をする気だ?」
「本来は何かプランが有ったんだろ。運営の連中が撤退して計画ごとポシャったから意味不明になってるだけで」
分かるような分からないような答えだ。
ただ、このまま放置しておいてもろくなことはないと思う。
「一応魔法陣は潰しておこう」
俺はバルザイの偃月刀を抜いて魔法陣をガリガリと引っ掻くと、たちまち放たれていた薄い光が消えた。
これで召喚機能はもう使えないだろう。
「師匠、電波はまだ発信されてるみたいですけど」
レルム君の構えたバケツからは確かにまだ音が鳴っている。
「つまり電波は魔法陣と別口か」
「こっちの石像じゃないんですか?」
モリ君が槍を祠の中に突き入れて、中に入っていた石像を掻き出した。
レルム君がその石像にバケツを向けると音が大きくなったので、石像の中に発信機が埋まっているようだ。
「斬るか?」
「お願いします。再利用出来ないように破壊しておくのが正解だと思います」
「承知」
俺が石像を机の上に立てるとハセベさんの刀が一閃。
人形は真っ二つに切断された。
レルム君が抱えたバケツからの音は停止しているので当初の目的としては完了である。
もちろん、この町の調査をせず帰るつもりもないが。
「じゃあ反対側も念のために見とくか」
そう言いながらカーターがまたも無警戒で左側の部屋の扉を開けた。
部屋の間取りや広さなどはほぼ同一だが、祠どころか何一つとして物が置かれていない。
「お前って本当に集団行動出来ないんだな」
「もう電波も止まっているんだから何もないのは確定してるだろ。全てに気を払っていちゃ肝心な時に集中力が持たないぞ」
「それでも警戒はしておくべきだろ」
「敵さんの立場で物事を考えるんだよ。ここは倉庫だ。頻繁に人や物が出し入れするから利便性を考えると鍵もセキュリティも付けたくない」
そう説明されると理屈は分かるし、効率優先なのは分かるが、行動前にまずは言って欲しいところだ。
理屈は通っているのだから一言あれば特に反論するつもりもないのだから。
「で、最後は奥の部屋だ。おそらく敵さんとしては、そこだけ守りぬけたらOKだと考えているんだと思う」
「というか、もうそこしか調べるところが残っていないからな」
流石に今度はカーターも慎重に歩みを進める。
いざ何かあった時にプロテクションで対処できるモリ君が前面に立ち、ハセベさんが横からドアを開こうとするが、その動きが止まった。
「どうかされましたか?」
「ドアノブがない。こいつは自動ドアだ」
「でもドアの前に立っても開かないということは……」
「ロックされているな」
重量検知の可能性も考えて飛び跳ねたり、センサー不良の可能性から手を振ってみるがやはりドアは開かない。
そんな俺の様子をカーターは真剣な表情で見ていた。
「何か気付いたことでもあるのか?」
「いや、本当に飛び跳ねても揺れないんだなと」
電光石火のカラテ・チョップを脳天に叩き込んだ後に改めてドアを見ると、扉の横の壁には黒く四角いモニタが2つ埋め込まれていた。
俺の目線の高さの位置に1つ。
胸の高さに1つ。
おそらく電子ロックだろう。
目線の高さにあるモニタを軽く手の甲で弾いてみると「retina authentication」の文字と十字のマークが浮かび上がってくる。
下部のモニタにはやはり手を置けとばかりの人間の手のひらの絵が表示されている。
「網膜認証と指紋認証ですね。パスワードとかカードキーとかそういうのを予想していましたが」
「それは、関係者がいないと入れないということか」
「関係者か……」
俺はカーターを手招きして、手の平を下のモニタに押し付けた。
「はい、ここを見て」
「いきなり何だよ?」
カーターに上のモニタを見るように促すと、それで網膜と指紋認証が完了したのか、小気味良い電子音と共に重厚な金属の扉がスライドして開いた。
「お前はシステム上ではゲームマスターってことになってるんだと思う」
「そんなガバガバで大丈夫なのか、ここのセキュリティ」
「色々と雑な運営だぞ。セキュリティも雑に決まってるだろ」
まあ今回はそれがありがたい。
自分の生活と関係ない場所ならば、雑なのが一番だ。
室内へと足を踏み入れると、まるで近未来のSF映画に迷い込んだかのような光景が広がっていた。
まず目を引くのは、部屋の中央に鎮座する大型モニタだ。
画面は9つのセクションに分割され、それぞれが町のあちこちに設置されているであろう防犯カメラからの映像を次々と映し出している。
サイドに設置された他のモニタには、複雑な数値やグラフが踊る監視制御システムの画面が表示されている。
インジケータの横には次々と規則正しくログの文字列がスクロールして流れていっている。
「監視ルームか。でもこんな無人の町の何を監視しているんだ?」
「運営がいた頃は何かをやっていたんだと思いますよ。誰もいない今は何のために動いているのかすら不明ですが」
ログの文字が読めれば何か分かるかもしれないが、表示されているのはエリア51の地下で見た観客どもがチャットに流していた謎文字だ。
点や棒が並んでいるだけの文字。
何かの象形文字だと予想は出来るが、こんな不思議な文字は見たことがない。
「ハセベさんはこの文字を読めますか?」
「いや、私にも分からない」
ハセベさんでもダメとなると頼りの綱はカーターだ。
「まあ一応読めることは読めるぞ。スラスラとはいかんが」
カーターは眉を顰めながらモニタを高速で流れるログを目で追い始めた。
「こいつは個体番号か? 何番かのアイテムでエラーが発生してるからリセットしろ。その繰り返し」
「これ何語なんだ?」
「ヘブライ文字」
カーターがさも当然のようにとんでもないことを言ってのけた。
「なんでそんなのが読めるんだよ」
「オレの親戚の本家筋って明治からの貿易商で結構名家だったんだけどさ」
「その話長くなるか?」
自分語りは長くなりそうなので一応念のために聞いておく。
カーターの過去が気にならないと言えば嘘だが、今、重要なのはここで何を行われているか、何が発生しているのかを確認することだ。
「大丈夫すぐ終わるから。本家の頭首がくたばって跡継ぎはなし。なので邸宅を解体するってので遺品の整理をしていたら、先祖が明治時代に海外から仕入れた本が蔵の奥から大量に出てきてだな」
「その本がヘブライ文字で書かれていたと?」
「本自体は英語だったんだが、その中に原書である粘土板の写しが大量に引用されていて、そこで使われていたのがヘブライ文字だ」
「それを読んだのか」
「ああ。最初はネットオークションで高く売れないかなと思って本の内容をチェックしてたんだが……ってその話は今度でいいか」
動機は酷かったが、だいたいの経緯は分かった。
「それで具体的にはここは何の施設か分かりそうか?」
「それは今から調べてみる」
カーターはそう言うと監視制御システムが表示されている前の椅子に腰かけた後に、何やら操作を始める。
基本的な操作はWindowsと同じように見えるが、文字を読めないので何をやっているのかが理解できない。
俺達全員が無言でカーターが操作をする画面を覗き込むという変な絵になった。
しばらく無言で操作を続けていると、突然に画面に表示されている文字が全て日本語に変わった。
「OSのランゲージ設定の候補に日本語があったので変更してみた。これで全員読みやすくなるはずだ」
「でかした! というか全言語対応してるのかよ」
「超科学万歳ってやつだな」
日本語変換されてからは早かった。
コンソールを操作してそれらしいドキュメント類を漁っていくだけの簡単な作業だ。
「ようやくわかったぞ。ここはテストプリントの町だ」
「テストプリント?」
意味が分からず問い返す。
「3Dプリンタみたいな感じだな。運営が町も人も完全人工製で自分達の思う通りに動く映画のセットみたいなものを作ろうとしていた」
「ここはそのプロトタイプだと」
「テストプリントはデュプリケートに7日……神気取りなのか、あいつらは」
「神が世界を作ったのは6日で残りは安息日なので7日はおかしいだろ。休み無しのブラック労働になるぞ」
「そういう抜けてるところがあいつららしい」
ただ、これでようやく運営の意図が理解出来た。
要するに「現地人と組んで文明発展なんてされるとゲームの進行に支障が発生するからたまらん。全部こちらで管理する」ということだろう。
召喚者が解放された後も関わるのは自分達の手がかかったNPCで管理している町から出ないでくれということか。
不要になったのならば、日本へ帰せと。
本当に何を考えているのやら。
「ゲームが終わって解き放たれた召喚者も、こんな町に留めておいて出来るだけ手元で監視したかったんだろう」
「じゃあこうやってエラーを吐いているのは?」
「本来住民はNPCとして作るはずが、壁なんかと同じオブジェクトとして作ってしまったのでただの人形になったからだな。こいつ動かないぞと」
「相変わらず雑な仕事だな」
「しかも作ったまま放棄だ」
本当に面倒なことをしてくれる。
確かにこの内容ならばこのまま放置していても特に害は出そうにないし、時間経過で朽ちていくだろう。
廃園になった遊園地のようなものなので、大きな影響はなさそうではあるが。
「ここから遠隔で破壊出来そうかね?」
ハセベさんがカーターに尋ねた。
「自壊機能はなさそうだな。まあ、メンテ機能は停止してるし、塩分を含んだ潮風が物をどんどん劣化させるから、数年で劣化して全部崩壊すると思うが」
「では、もう一つ確認して欲しい……この作られた人間に人格はあるのか?」
確かに俺も作られた人間?に意識があるのかどうかは気になる。
たとえ作られた人間だとしても、もしも人格があるとしたら流石に「壊れろ」とは言いにくい。
作られた人間がどうのと言い出すと、レルム君達も含まれるからだ。
「少なくともこの町にあるのはただの人形だからない。ただ、どこかに本番稼働した町が有るとすると、おそらくその人造人間達に人格は有るはずだ」
カーターは意味ありげにレルム君を見た。
「自分達の勝手な都合で作って後は知らんとかどうなんだ」
「幸か不幸か、すぐに滅びるってことはなさそうだから、後は自分達で生き方を探してくださいとしか言えんな」
カーターが表示させたドキュメントにはNPCのスペックシートが記載されていた。
身体の構造は基本的には人間。
ただし繁殖力はない。
エネルギーの供給が続く限りは無限に再生して老化はない。
老化しないし無限再生するのは、もはや人間ではないのだが大丈夫かそれは?
それは世界に解き放っても良い存在なのか?
そして最大の問題はここだ。
「エネルギー供給が途切れた際には飢餓感から暴走する可能性が高い。十分に注意すること」
「運営が撤退した今となってはエネルギーが永久に続くわけないんだけどどうするんだ、これ?」
「完全に放置されているこの町ですら、このシステムが動いているんだから今日明日に切れるって話ではないんだろうが」
まあ、その存在には会ってから考えよう。
必ずしも敵対するとは限らないのだから。
「この施設で分かることはもうないな」
「この町でやるべきこともな。やるべきことは果たしたんだし、旅を再開しよう」
もしも町ならば何か食事をと思ったのだが、流石にこの街で手に入るものなど何もないだろう。
引き上げようとした時に、突然にそれは起こった。
突然室内に大音量でサイレンのような大きな音が鳴り響いたのだ。
「何だ? 時間差で侵入者がいると気付かれたのか?」
「ラヴィ君は鳥で施設内と外に監視を頼む。モーリス君は私と一緒に出口の警戒を」
ハセベさんとモリ君の2人が出入り口の警戒にあたる。
俺はハセベさんの指示通りに鳥を召喚して通路、そして一度地上へと出して町の警戒に向かわせる。
全員で次のアクションに対して身構えると、今度はサイレンに続いて機械的なアナウンスの音声が読み上げられた。
『この警告は12時間ごとに定期再生されます』
「何の警告だ?」
『本部との通信が確認出来ないため自動的にプロトコル333が実行されます。キャンセルする場合はあと21日以内に本部の通信機器を回復するかカナベラル基地の装置を操作して直接リセットしてください。繰り返します――』
アナウンスが流れ終わったと同時にカーターが座っている椅子の前にあるモニターに再度13日と12時間を示すカウントダウンが表示されている。
アナウンスは3回読み上げられ、その後には静寂が戻ってきた。
「ラヴィ君、外の状況は?」
「それが、全く異常なしです。この警告は部屋だけに流れたようですね」
鳥による警戒は続けているが、町の中、および施設内には特に何も動くものは見当たらない。
カーターがコンソールを操作して何とかプロトコル333について調査を行うが、成果はないようだ。
「一体何が起こるって言うんだ?」




