Chapter 17 「ピックアップガチャ」
予想より早くウィンキーの町に到着した。
町の近くに装甲車を止めて歩いていく。
まずは俺が一人で伊原に報告。
他のみんなはレルム君、タルタロスさん、カーターに見舞いがてら会いに行くこととなった。
「私も付いていった方が良いか?」
ハセベさんが俺の顔を見ながら言った。
やはり運営の拠点を潰した時に少し精神状態がおかしかったことを心配していただいているのだろうか?
「伊原さんから依頼を受けたのは俺達3人ですので、これは俺が報告しないとダメだと思います」
「そういうことなら仕方ないか。結果は後で聞かせてくれ」
「もちろんです」
次は町に残っていた3人への土産だ。
「じゃあ、これがカーターとタルタロスさんへの土産のウイスキーとワイン。こっちはレルム君へのオレンジジュース。先に渡しておいてくれ」
「それうちの」
3本の瓶をモリ君に渡すとドロシーちゃんがぐずり始めた。
「ドロシーにあげたのはもう飲んじゃったでしょ」
「じゃあ2人で一緒に飲む」
子供同士仲が良いこと自体は悪くないが、レルム君の分を全部取るんじゃないぞ。
「レルム君とタルタロスさんには、あとで重要な話があるとだけは伝えておいてください」
「それって……あのことですよね」
「あのことだよ」
あのこととは、ドロシーちゃんを含めた3人が既に遺跡で亡くなっており、現在の彼らはただオリジナルから複製された人造人間ということだ。
この事実は隠していても仕方がない。
いつかは伝えないといけないならば早い方が良いだろう。
「ラビさん、そのことですが俺から話しましょうか?」
「いや、まずは伊原さんからの話も聞いて、まとめて話した方が良いだろう」
モリ君達を見送って、俺は書類を持って尖塔の下にある伊原の事務所へ向かうことにした。
◆ ◆ ◆
ドロシーに半壊させられた伊原の事務所は、早くも木の板が張りなおされて半ば修復が完了しているようだった。
破壊された古い壁材などは端の方へ雑に積み上げられている。
伊原の能力だとそれらの瓦礫くらい雑に消せそうではあるが、そういうことには能力を使わない拘りが何かあるのだろう。
おそらく事務所の前で自らゴミを箒で掃いているのも同じ理由だ。
「ただいま戻りましたけど、手伝いましょうか?」
「いやいい。落ち葉を集めているだけだからすぐに終わる。今の時期はどこからかいくらでも飛んでくるんだ」
伊原は言葉通りちりとりで集めたゴミを取ってゴミ箱へと投げ込んだ。
「随分早かったな。まあ入れ」
「では失礼いたします」
「そういうのは要らないって言っただろ」
そうは言っても親しき仲にもなんとやらだ。
帽子を脱いで頭を下げてから事務所の中へ入る。
事務所の中は相変わらず雑然としていた。
建物は修理されても中はゴチャゴチャしたままのあたり、この配置にこだわりが有るのだろう。
最初に来た時と同じように伊原が粗末な木の椅子を出してきたのでそこに座る。
「依頼通りに運営の拠点を壊滅させてきました」
「そのようだな。こちらでもずっと出ていた変な通信波が消えたのを確認した。凄まじい熱線が空に飛んだのもな」
「ここから見えたんですか?」
「見てるんだよ。もちろんどうやって見ていたかは企業秘密だ」
そう説明されるとどうやったのかを聞きたいという気持ちが湧いてくる。
まあ、聞いたところで何も理解出来ない可能性もあるが。
ともかく、これで一応は任務完了だ。
ドロシーのやらかしについては一応許されたという形になる。
「ところでだ。あのラスベガスの位置に在った不思議な町を見てどう感じた?」
想定外の質問がやってきた。
何故この状況でその話題を出したのだろうか?
「どうとは?」
「変な怪物が出ただろう。あと町の外に軍艦もあった」
やはり伊原もあの町の異変を全て知っていたようだ。
「君達にわざわざエリア51に行くように言ったのは、運営の件もあるが、町と魔物を見せたかったという理由もある。まさか調査と解決までしてくれるとは思わなかったが」
「出過ぎた行為でしたでしょうか?」
「いや助かる。どの道、異世界からやってきた冒険者チームでも雇って調査団を出して解決させる予定だったが、その手間が省けた」
町の状況報告についてはどう切り出そうかと思っていたが、そういうことならば説明が省ける。
俺は町の役場と発電所で集めてきた資料の数々を今がチャンスとばかりに伊原に提出する。
「あの町で一体何が有ったんでしょう」
「まずは君達の推論を聞きたい」
「最低4つの世界が衝突して次元の壁が壊れた……ですか?」
「4つ以上あると認識できているのか? まあ正解だ」
「まあ正解ということは、やはりそれ以上の数があると」
伊原が事務所の黒板にチョークを使ってローマ数字でIからIXまでを書き始めた。
「おそらくあの場所で激突した世界は9つ」
「そんなに……」
「私が認識していない分も含めるとまだあるかもしれないが、まあ9つだ。複数の世界からいくつもの欠片が次々と飛ばされてきてあの上でぶつかり合った。なるべくエネルギーを相殺させて被害が出ないようにはしたが、それでもこの世界にかなりの被害は出た」
伊原はさも当然のように言った。
エネルギーを相殺?
「ラスベガスの位置にあった町はまだ原型を留めていただけマシな部類だ。存在自体が全てエネルギーに変換されて消滅した町もある」
更に酷い話が出てきた。
よくもまあそれでこの世界は無事に残ったものだ。
「爆発って大丈夫だったんですか?」
「急遽壁を作って対応したからこの町や近くの集落なんかは護り切った。幸い今の時代のアメリカ大陸は人も野生動物もほぼ住んでいない砂漠だらけだからな」
「あのトランプの壁はそういうことですか?」
謎の壁が爆発を防ぐためというのは前に聞いていたが、その爆発の原因はそういうことなのか。
異世界から飛んできた欠片。
それによる次元の壁の崩壊。
伊原がいなければもっと被害が広がっていた可能性もあるのだろう。
「そこで赤い女……レイナ=ロハという人物がかかわっていることが分かったのですが」
「それも知ってる」
伊原はそう言うと事務所に置いてあった写真立てを掴んで裏返して俺に写真を見せた。
そこには3人の少女が写っている。
1人はシルバーブロンドのリプリィさんに似た魔法使い風の少女……おそらく度会知事の若かりし頃。
1人は黒髪の魔女……目の前にいる伊原。今より少し若いか。
そして最後の1人……アッシュブロンドのやはり魔法使いの少女。
「中村夕子。私達と同じ時期にこの世界へ召喚されて、今からこの世界で30年前に日本へ帰還を果たした日本人……お前らが赤い女という奴の正体だ」
「中村……」
俺は伊原さんが見せた写真と例の集合写真の赤い女を見比べる。
確かに少女が歳を重ねればそうなるだろうということは分かる。
髪の色など共通点も多々有る。
「私はこいつのために日本へ帰るための研究を始めた。このサンディエゴにやって来たのも、300年前にこの世界から神の力を借りて日本へ帰った奴がいるという伝承を見付けたことだ」
「ここから帰った人が他にいたんですか?」
「どうもそうらしい。年月が経ちすぎて、まともな形は残っちゃいなかったが。それでも残された術式を20年かけて解読して、何とか次元の扉を開く方法を確立した」
伊原がそう言って手をかざすと、その前の空間がカーテンのように揺らぎ始めた。
そのゆらぎはやがて黒く、暗く変わっていき、ついにはまるで洞窟の入口のような深淵へと繋がる穴と化した。
「これが次元の扉。これを超えると別の次元に行くことが出来る」
「別の次元……ということは日本へも」
俺は思わず立ち上がり、フラフラとその黒い壁のようなものへ歩いていく……途中でそれは消滅した。
「ただし、これで帰ることが出来たのは3年前までの話だ」
「3年前?」
「座れ。そこにつっ立たれていると話しづらい」
そう言われて自分が立ち上がっていることに気付いた。慌てて椅子に座り直す。
「先程も説明した通り、この世界はいくつもの世界が激突した不安定な状態になっている。そんな中で扉を開けても行き先を特定出来ない」
「というと?」
「昔はこの世界と日本が一対一で繋がっていた。次元の扉を開けた先は絶対に日本。悩むことなど無かった。ただ現在はどこの世界に繋がるか分からん。9分の1以下の確率で日本に繋がるかもしれないという博打を打つつもりなら送ってもやらんことはないが」
それは流石に無理だ。
あまりに運要素が強すぎる。
1/9を引き当てる自信などない。
「因みにこれが日本へ往復出来た証拠だ」
伊原はそう言うと、書類棚から紙のファイルを取り出した。
俺の会社でも使っている有名な事務機器メーカーのものだ。
これが出された時点で日本への転移の証拠である気がするが、一応内容を確認するために受け取る。
それはwebページが印刷されたもののように見えた。
とりあえずファイルの1枚目に目を通した時に、こらえきれずに「ブフォ!」と盛大に噴き出した。
「エリス(バレンタイン) ピックアップ 期間限定でガチャの確率が2倍」
印刷されていたのはソシャゲの攻略ページのようだったが、その内容が問題だ。
そこには学校の制服を着たエリちゃんが恥ずかしそうな顔をして巨大なチョコを持っているイラストが表示されていた。
これが全く知らないキャラだったならば耐えられたかもしれない。
だが、友人の知らない顔を見せられてしまったせいで、好奇心やら、羞恥心やら、何やら入り交じった感情が込み上げてきて、耐え切れない。
イラストのすぐ下に書かれているキャラクターのセリフ欄はもう笑いが止まらない。
「別にあんたのために用意したものじゃないんだけど、捨てるよりはマシだし貰ってくれるかな?」
いつの間にか寝取られていたモリ君の気持ちを思うともう腹筋が限界だ。
辛い。あまりに辛い。
何故この世界はこれほど残酷なのか。
「これってもしかして?」
「おそらく私達のモデルであろうソシャゲの攻略ページを印刷したものだ。何かの参考になるかと入手したが、あまりに面白いのでたまに見返している。ソフィアの項目とか爆笑するぞ」
伊原はそう言うと机の奥から別にファイルを出そうとしてきたが、チラリと見えたのがリプリィさんに似た少女が杖を片手にカッコいいポーズをとっているものだったので断った。
腹黒婆さんの若い頃がそれだと分かってしまったらとても耐えられない。死んでしまう。
確かにこれは日本に行かないと手に入らないものだ。
2枚目以降はもう確実に寿命を縮めることが確定なので読むのは止めておいた。
「良かったな、仲間が人気キャラみたいで」
「辛いんですけどこれ」
これはあくまで元ネタであって、俺達とは一切関係ないはずだ。
だが、見ているだけでどうしても笑いを止められない。辛い。
「そのリストを見ていて気付いたんだが」
「なんでしょうか?」
「君は何なんだ?」
「何って……」
そう言われて気付いた。
俺の名前がどこにも記載されていない。
俺がラヴィ(ハロウィン) であるからには、ラヴィ(通常)もいるはずなのだが、どちらもキャラ一覧の中に記述がない。
「付箋が張ってあるところからキャラ紹介は終わって過去のイベント情報になっている。キリがないので全部印刷はしていないが、その期間限定イベント第2回のところを見ろ」
伊原に促されてコピー用紙をめくると、過去のイベント情報の内容が記載されていた。
「第2回が邪神達のハロウィン……イベント参加報酬。ラヴィ(ハロウィン) SR……これ?」
印刷は途中からレイアウトが崩れて別のページが表示されているためのイベントの詳細は不明だが、確かにそこには俺が写った画面がキャプチャされている。
「君の胸元に付いている『1回ガチャ』『10回ガチャ』のボタンは何だ?」
「多分、イベントでアイテムが手に入るミニゲームみたいなのがあって、そのアイテムを集めると引けるイベント限定ガチャだと思います」
そこまでソシャゲに詳しいわけではないが、そういうシステムは見た記憶がある。
イベントでアイテムを一定数集めると限定ガチャを引くことが出来て、そこでキャラ強化用の素材などが手に入る。
ガチャを引くためのアイテムは大量に手に入るのに、ガチャは10回単位でしか引けないので、ひたすらタッチ連打することになるのだ。
たまに狙いが反れて、ボタンの後ろに居るキャラの顔や胸をタッチしてしまうのだが、故意に誤タッチした時の別のメッセージも用意されている仕組みもあったりする。
プレイヤーの感想らしきコメントも一部印刷されていたが
「このゲームで一番胸タッチされた娘」
「どこどこハロハロどこどこどこどこもうやめて」
「このゲームもハロウィンはトンチキ」
「クッキーをどうぞと言いながらサンマを渡してくるポンコツ」
「タッチしても揺れない」
など、散々俺が弄ばれた結果が表示されている。
俺に何をしてくれてんだ。許せない。
既存のソシャゲでその手のキャラが受けた扱いを考えると、おそらく画像投稿サイトや夏と冬に行われる|名状しがたき欲望渦巻く祭典で領布されるウス=異本でも酷いことになっているに違いない。
何とかしたい。
「なんでそのまま報酬を渡さないんだ? 1度ガチャを経由させるような二度手間をプレイヤーに強要する?」
「ソシャゲの売り方やシステムの話を聞かれても、その……」
何なのだろう、ソシャゲにありがちな、あの面倒なイベントは。
射幸心を煽って有料ガチャに繋げたいとかそういう狙いなのだろうか?
「私も一度胸を押してみていいか? ボタンが見えないだけで何かアイテムが出てくるかもしれない」
「出るわけないでしょう」
……日本に帰ったらゲームの運営会社へ襲撃をかけるか。
「これで日本へ戻れるという話が嘘ではないと分かっただろう」
「はい。これは間違いなく日本に行かないと入手出来ない情報のようですので」
ソシャゲの元ネタは酷かったが、日本へ戻るための希望は出て来た。
「なので、まずは次元の壁を修復する。これは君達を日本へ帰すこと以上にこの世界を護るという理由が大きい。これは分かるな」
「はい」
「それでやるべきことは2つ。この世界に打ち込まれた次元の歪みの原因になっているものを破壊する」
「次元の歪みの原因というのは」
「元の世界からこの世界に欠片を飛ばす時に魔術的な儀式が行われたはずだ。その儀式に使われた装置なり媒体を破壊する」
俺は発電所に置かれていた新型発電機と思われる装置のことを思い出していた。
機械を破壊した途端にブラックホールのような空間の穴が現れて消えた。
あれと同じようなものが他にあるのだろう。
「続いて次元の壁の修復のために、その次元の儀式の情報をなるべく多く入手する。君達が持って返ってきたファイルなどがそれだ。理由は分かるな」
「世界ごとに色のようなものが付いているので、どの色がどの世界か分かれば閉じやすい……とかですかね?」
「色の喩えは分かりやすいな。今回は赤を閉じよう、赤とオレンジは似ているけど違うと特徴が分かれば作業を進めやすい。極彩色に光って全世界へ繋がっていますアピールとか要らないんだ」
理屈は通っている。
まずは次元の修復してこの世界の崩壊を止める。
その後に日本へ繋がる穴を開けて完了。
次元の壁の修復を優先させるから帰せないということはランディが言っていた内容と同じだが、伊原の話だと合理的で納得できる理由では有る。
悪意も感じないし、話の筋も通っている。
だが、それでも日本への帰還を諦めろという言葉についてはオリジナルカーターの予想通りだ。
「次元の扉を開く研究の実績から考えても、全工程が完了するのは30年ほどかかるだろう。私はもう半分人間を辞めているのでどうということはないが、君達は30年経てば……」
「50代……冒険も無理でしょうね」
30年も日本に戻ることが出来ないとなれば、みんな諦めて永住を考えるだろう。
度会知事と同じだ。
この世界で仕事を見付け、結婚し、家庭が出来て……この世界の一員となる。
その頃にはもう故郷は日本ではなくこの世界だと思うようになるだろう。
そんな時に帰還手段が提示されても意味ない。
30年後に年老いた姿で戻ったところで意味がない。
……ここで一つ気付いたことがある。
この世界で20年を過ごしたにも関わらず、日本への帰還に拘った中村夕子とはどういう心境だったのか?
仮に17歳で召喚されたとしても38歳。
結婚もしなかった?
この世界でそれなりに交友関係も広がっていたはずだが、全て切り捨てて帰った?
この世界での20年は日本では2ヶ月だというのに、逆浦島太郎状態で家族の元へ?
……もしかしてその心の隙を邪神に狙われたのか?
お前を孤独にした運営を、この世界を許すなと。
「残念だが、日本へ帰ることは諦めろ。住んでみればこの世界も悪くないぞ。もう何か仕掛けてくる運営もいないし」
「少し……考えさせてください」
「ああ。次元の壁が崩壊したと言っても今日明日に壊れるってわけじゃない。だから10年くらいこの町で悩んでもいいぞ。出来れば、その間に他次元の資料回収を手伝ってもらえると少しは期間も短縮できるかもしれない。報酬は十分用意しよう」
俺は伊原に礼を言って事務所を後にした。




