Chapter 15 「霊廟」
みんなが出て行ってから30分ほど経過した。
「そろそろ全員離れた場所に移動しただろう」
念のために鳥を飛ばして施設内を確認するが人の気配はもうない。
入り口に横付けして停めていた馬車もいなくなっている。
指示通りにこの施設から離れてくれたようだ。
これで気兼ねなく安心して破壊出来る。
俺は転送室を後にして通路を先に進む。
眼鏡マンの話からして、ドロシー、レルム君、タルタロスさんの復活のシステムはろくでもないことは確定している。
俺はモリ君とエリちゃんの2人が元の生活に戻れることを望んでいる。
それは単に日本へ帰るということだけではない。
日本で平和な日常生活を送る上では見なくてもいい、知らなくてもいいことがあるはずだ。
2人には穏やかな日常へに戻るには邪魔になる物を見せたくはない。
出来れば俺も見たくはない。
そんなものはなかったと蓋をしてしまいたい。
だが、それだと救われない……こんな暗闇に取り残されてしまう魂がある。
こんな暗い砂漠の果てで晒し物にされ続けるのはみんなも嫌だろう。
通路を進み、ようやく目当ての場所にたどり着くことが出来た。
「Laboratory」……研究施設と書かれてあるので、ここがおそらく目的地だ。
出入り口は施錠されていたので、鳥を扉に叩きつけて破壊し、無理矢理中へと入る。
扉を破壊したと同時に警報が鳴り響いたが、もはやこの施設に駆け付ける者はいない。無視だ。
扉を開けた先はまた別の通路になっていた。
通路の両脇には一般企業のオフィスのような部屋が並んでいるが、そこに目的のものはない。ここも無視だ。
一番奥まで歩くと「Isolation」と書かれた扉で閉ざされた場所に辿り着いた。
ここも厳重にロックされていたので、入り口と同じように鳥を叩きつけて扉を破壊して中に入る。
室内は数え切れないほどたくさんの円柱型の透明なカプセルが並ぶ異様な光景が広がっていた。
カプセルの台座部分には青いライトが取り付けられており、内部に収められた「モノ」……謎の液体で満たされた中に浮かぶ様々な生物の遺骸を照らしていた。
ホンジュラスの遺跡でみた寄生体。
最初にタルタロスさん達が纏っていた直線で構成された鎧のようなものを付けた虫。
押し潰された赤ん坊のような生物。
悪夢の中でしか登場しないような歪な造形物が無秩序に展示された邪悪な美術館がそこに有った。
グロテスク趣味にも程がある。
「ここを管理してる奴はどんな特殊性癖なんだよ」
部屋を奥へ進むと、カプセル内部に浮かぶ「モノ」が人間の遺体になった。
既に白骨化しているもの。
無惨なバラバラ死体。
もはや原型を留めていないただの部品。
生きているのではと思えるような綺麗な遺体……
老若男女問わず。
数え切れないほど多くの人間が透明なカプセルの中でその生きた証を冒涜されていた。
「もはや霊廟だな」
気持ち悪さやら、恐怖やら、怒りやら……
感情の爆発により、吐き気が込み上げてくるが、それらは唾と一緒に無理矢理飲み込んで先へ進む。
まともな神経でこれは直視できないだろう。
まともな精神では耐えられないだろう。
こんなものを見るのは俺だけでいい。
そのうち、見たくもなかった、知った顔が登場した。
間違いなくこの中にいることは分かっていたが、ついに出会ってしまった。
「ドロシー……レルム君……タルタロスさん……」
3人だったものの頭部は虚ろな目をしていた。
一度首を切断されたようで、それを接合するためにか無理矢理粗めの糸で縫いつけられている。
腹にも致命傷を受けた痕があり、そこにも雑な縫い目があった。
あまりに雑すぎて、傷口から内臓が飛び出そうとしている。
皮膚の一部は腐敗しかけて爛れていた。
知った顔が急に現れたことと、普段の元気な顔がフラッシュバックしたせいで、激しい頭痛と怖気が襲ってくる。
覚悟はしていたものの、耐えきれずに目を覆いしゃがみ込んだ。
吐き気もぶり返してきたが、ここで倒れるわけにはいかない。
人知れず亡くなったオリジナルの最期の姿。
せめて俺だけでも見届けて、心に刻み込んでおかないといけない。
誰も知らないこんな薄汚い場所で晒し者にされているなど、成仏しようにも成仏しきれないだろう。
目を見開いて、もう一度オリジナルのレルム君達を見る。
その姿を脳裏に焼き付ける。
「そして、こちらはおそらくハセベさんの最初の仲間の戦士かな? そしてウィリーさん達の仲間……マークさんだったか?」
ウィンキーの町をドロシーと共に襲撃してきた連中も同じくカプセルの中に確認することが出来た。
それぞれが未練を残した表情のまま地獄の亡者のような扱いを受けている。
これは絶対に目を逸らしてはいけない。
「オウカちゃんはここに入れられなくて良かったのだろうか……いや、そんなことはないな。自分の悪行の正当化はいけない」
そして、これからは俺にしか出来ない仕事が待っている。
多くの遺体の顔を見ながら先へ進んで行く。
目を逸らすわけにはいかない。
忘れるわけにもいかない。
これだけ多くの人達の犠牲があったということは全部、俺が刻んでいく。
「そしてカーター……いや違うな。こいつがカーターのオリジナル。本物のゲームマスターか」
一番奥にあった一番大きなカプセルの中には、俺の知っているのと寸分違わないカーターがいた。
他の遺体と違い、カーター(仮)には一切傷が見られない。
カプセルの前に数個のボタンが有ったので「Talk」と書かれたボタンを押してみる。
「こんなところに入れられている理由が分からないが、お前が本物のゲームマスターだな」
反応はない。
もう一度ボタンを押して呼びかける。
「本物のゲームマスター。俺達をこの世界に召喚して、ゲームだかショーだかをさせていた運営者」
やはり何の反応もないので引き返そうとかと思った時に、ゴボゴボと排水溝へ水が流れるような音が鳴った。
『気付いていたのか』
カーター(仮)がその目だけを俺に向けていた。
「上にいた自称ゲームマスターは流石に三流すぎたからな。流石にもう少しまともな奴がいないと組織は回らんだろうとは思っていた。まさか知った顔がゲームマスターでかつカプセルの中とは予想外だが」
俺は鳥を5羽召喚する。
『どういう人物を想定していた?』
「白衣を来ていて椅子に座っていて『ようこそ。遅かったじゃないか』と言ってくるマッドサイエンティストタイプ」
『期待にそぐわなくてすまない。次はもっと悪の首領らしい姿をしておくとするよ』
相手があまりに普通に対応してくるので調子が狂う。
実にやりにくい。
「それでなんと呼べばよい? ゲームマスターでいいか? それともオリジナルカーター?」
『カーターを名乗る人物は君達の仲間として同行しているのだろう。ならば私はランドルフと呼べ』
「ランディね」
勝手に省略するとランディはクククと笑った。
「中継で映画的な演出を指示したのはお前か?」
『ああした方が映像として盛り上がるだろう。興行としては失敗でも観客を少しでも満足させるために最高の演出を施すことが我々の仕事だ』
「確かにあれは良かったぞ。こんな仕事なんてやらずに映画監督にでもなれば良かったのに」
『私も許されるならば創作の仕事をしたかったよ。たとえ低予算でも人の心に残るような作品を作りたかった』
見慣れた顔なので、つい気軽に話しかけてしまうが、あくまでもこいつは敵だ。
ここで引導を渡さなければならない。
「俺も映画は好きだから映画論ならいくらでも語りたいところだが、こちらも無限に時間があるわけじゃない」
『ああ、それは残念だ。私も異世界の映画には興味がある』
「映画の……人の心を描く創作がある世界の人間がよくもまあこんな酷いゲームを出来るな」
『それも人間の一面だ……人は加虐心を掻き立てられる過激で残酷な物語が好きなんだよ。まるで自分が強くなった気になれるから』
つまりこいつも犠牲者のようなものか。
雇い主に求められるまま、より顧客が求めるより過激な刺激を提供するための劇を……映画を作っていたプロデューサー。
「今からお前を滅ぼして、この基地を壊滅させるけど良いよな。理由は分かっていると思うが」
『理解している。私達は君にそれだけのことをした』
「君達に訂正しろ。そこのカプセルに入れられている犠牲者達や、ここまで来られなかった他の参加者にも心の中で謝罪しておけ」
『ああ』
やけに物分かりが良すぎて怖い。
本当に分かっているのだろうか?
『魔女イートラーに目を付けられた時点でどの道、今回のゲームは終了だった』
「イートラー?」
『私達が使用する召喚システムを作り上げた夢の魔女イートラー。時間と空間を操る地母神にして夢の魔女』
ランディはゴボゴボという音を鳴らしながら説明を続けた。
『彼女はおそらく君に依頼をしたはずだ。ここにゲームの運営者がいるから潰せと』
「確かにその依頼は受けたが、依頼を出したのはヨランダ、もしくは伊原という別の人間だ。まあそのイートラーから力を貰っているとは聞いたが」
ランディの話が本当ならば、真の黒幕は知事の50年前の知り合いで、西の魔女の伊原ということになる。
しかし、それでは伊原の行動に説明の付かない部分が出て来る。
『イートラーは自ら与えた力の始末を付けたかったのだろう。なので私達の敵対者に力を与えた』
「ちょっと待ってくれ。整理する」
少し考えを巡らせる。
おそらくこういうことだ。
「邪神が戯れでお前らに力を与えたら『これでデスゲームやろうぜ』と好き放題やり始めて『それは流石に引くわ』と敵対する伊原に力を与えて潰す方向に持ってきた」
『そういうことだ』
なるほど分かりやすい。
せっかく力を貰った相手を怒らせるまでやらかすとか、バカだろこいつら。
そんな奴らに願いと祈りが有ったからと力を与える神の方も大概だが、こいつらも割とどうしようもない。
『日本へ戻りたいのか?』
ランディが突然に話題を変えてきた。
「……えっ? まあそうだけど、急にどうした?」
別に隠している話でもないので正直に答える。
『夢の魔女はこう言うはずだ。崩壊しようとしている世界を救うために次元の壁を修復する。それで次元間の往来は出来なくなるので日本へ帰すことは出来ないと』
「でも、俺達は彼女に日本へ帰るための方法を聞くためにここまで旅をしてきて」
『魔女は日本へ帰る方法はないから諦めろと言ってくるだろう。だがその言葉に耳を貸すな。方法は別にある』
「あるのか? 日本に帰るための方法が?」
『時空の神だ』
「えっ?」
時空の神。それは前に知事から聞いた単語でもある。
『イートラーよりも強い力を持つ時空の神ならば、次元の壁を塞がれようが関係ない。日本を含めたあらゆる時空へ移動が出来る』
「でもどうやって時空の神とコンタクトを取れば?」
そもそも、サンディエゴに来た目的はそれだ。
時空の神と交信できれば日本に帰ることが出来る。
西の魔女はその方法について研究しているということだったはずだ。
『アメリカ東海岸、マサチューセッツ州のセンティネル丘陵の祭壇へ行け。そこならば時空の神を召喚出来る。そういう聖地だ』
「マサチューセッツ州? ここから6000kmくらいはあるぞ」
位置はニューヨークよりも更に北。ボストンがある場所だ。
アメリカ西海岸から東海岸に行けとか無茶を言ってくれる。
『ならば諦めるのか?』
何がなんだか分からない。
このランディという奴は何を言いたいのか?
「そこまで行くだけでもかなりの労力がかかる。流石にもっと詳しい情報がなければ動けない。そもそも時空の神って何なんだ? そして、もしセンティネル丘陵に行って何をしろと言うんだ?」
『時空の神は君が何度も喚んでいるだろう。そして今からも喚び出そうとしている』
「何度も喚んでいるって、そんなの喚んだ覚えなんてないぞ……」
考えられるのは2つ。
群鳥で召喚しているウィップアーウィルヨタカ。
どう考えても違う。あれはただの鳥だ。
そして5羽以上の魔女の呪いを使用した時に現れる虹色の球体……。
「あの虹色の球体が時空の神?」
『時空の神の巫女である君ならばコンタクトを取ることが出来るはずだ。パズルのピースは全て揃っている。それでも足りない情報があるならばマサチューセッツ州のアーカムへ向かえ。そこに全ての答えがある』
時空の神の巫女……あのアデレイドが持っていた手配書には俺が邪神の巫女と記されていたが、つまりはそういうことなのか。
『祭壇までの足がないのならば、この施設の地下に車を一台停めている。中古車で良ければ乗っていってくれ」
「車?」
『君に管理者権限を委譲しよう。乗っていくといい。快適だぞ』
何のことか分からない。
ゲームマスターといい何故こいつらは全部自分の都合だけで語ろうとするのか。
「でも、なんで俺にそこまで教えてくれるんだ?」
『夢の魔女の好きにさせたくはない……それだけだ』
「なんだそれ」
どこまで本当の話なのかは分からない。
伊原もランディの予想通りの発言をするとも思えない。
判断するのは実際に伊原の口から話を聞いてからだ。
鳥を追加で5羽召喚。
8羽を解放して、箒の先に巨大な黒い球体を生成させる。
「これが時空神ねぇ……」
なんでもいい。
今はここで実験台にさせられている犠牲者達を解放するだけだ。
「じゃあな、クソ運営。来世ではまともな映画監督になれることを祈っておくよ」
『ああ、こちらも最期に話せたのが面白い相手で良かったよ。もう一人のオレによろしく。私の代わりに人生を楽しんでくれと伝えてくれ』
それがランディ……真のゲームマスターの最期の言葉だった。
黒い球体による「収穫」の効果により、そいつの全身は黒い霧と化して跡形も残さず消滅した。
それと同時にカプセルに灯っていた淡い緑色の光が消えた。
別人だと頭では理解していても、知っている顔が霧に溶けて消えるのは複雑な気持ちだ。
俺は無言で黒い球体を箒の先に出したまま、通路を歩き始めた。
カプセルの中に安置されている遺体を黒い霧へと変えていく。
主を失い、空っぽとなったカプセルの台座は機能としてそう作られているのか次々と消灯していった。
それと共に明るかった部屋がどんどん暗くなっていく。
歩いた先からカプセルが消灯していくせいで、まるで俺が光を奪っているようだ。
暗い通路の中、俺の身体に浮かんだ紋様と黒い球体のヒビから漏れ出した虹色の光だけが余計に目立つ。
「オリジナルのドロシーちゃん、レルム君、タルタロスさん……せめて安らかに」
3人の遺体の前に立ち、黒い霧と化して消えるのを見届けた。
「みんなのコピーはこれからも生きていくことになると思う。ただ、彼らも生きている……生きていたいんだ。だから恨むことはしないで欲しい」
返事など当然ない。
死者は喋ったりしない。
全て幻聴だ。
だが、その幻聴には答えざるを得なかった。
「ああ……みんなで一緒に日本へ……家へ帰ろう」
他のカプセルに入れられていた人達も同様に消滅させて解放させていく。
……ここにあるのはもう魂のない遺体だ。
初対面の俺に感謝などするはずない。
何も聞こえない。
全部気のせいだ。
そう自分に言い聞かせながら暗い通路を歩きながら犠牲者を弔っていく。
入り口まで歩いて謎の怪生物も全て霧に変えた。
ここに残したままだと、誰かに悪用される危険がある。
全てのカプセルが消灯して真っ暗になった部屋を振り返って呼びかけた。
「みんなの無念は受け取った。この熱線で、運営によるこの狂ったゲームを終わりにする」
呼びかけても何も返ってくるはずなどない。
それなのに、部屋の奥からは感謝と歓喜の大歓声が聞こえた気がした。
「ありがとう」じゃないんだよ。
お前達は死んでるんだ。
別に俺は助けてなどいない。
ただ解放しただけだ。
どうやら色々ありすぎて、精神的に限界らしい。
部屋を出た後に俺は真上に向けて箒を向けた。
黒い球体は虹色に輝き、今にも破裂しそうになっている。
これを熱線に変えて、真上へ向かって撃てば、電波鉄塔の全てを破壊できるはずだ。
これでみんなの無念を……みんなの……
いや、もう限界だ!
「あああ! 全部一人に背負わせやがって! 俺は都合の良い便利屋じゃないぞ!」
何故俺一人でこんなに重いものを背負わなければならないのか?
俺が動くのは、あくまでも俺自身と家族同然のモリ君、エリちゃんのためだけだ。
それに死者は喋ったりはしない。
これは俺の脳がストレスで錯覚を起こして幻聴が聞こえているだけだ。
もうやらないからな、こんなことは!
真上に放った熱線は基地、岩盤、そして塔を融解させて空の彼方へと消えていった。




