Chapter 11 「エリア51」
「このまま前方へ直進!」
「良いんですか? 何も見えませんけど」
「いや、合ってる。事前調査の結果がこれだ」
馬車のワゴンの屋根に乗った俺が御者席にいるモリ君とガーネットちゃんへ指示を出す。
俺が砂漠地帯を箒で飛び回り、2日の夕方にようやく発見したのが、モハーベ砂漠を抜けたデスバレー近く……激しい砂嵐に護られた先の地帯にあるのがこのエリア51だ。
砂嵐の壁は無防備に近付けば高速で飛び回る砂粒によって剃刀のように切り裂かれる危険な場所だ。
馬と馬車を守りながら走ることが出来ているのは、モリ君が作り出すプロテクションの壁とガーネットちゃんが作り出す竜巻、そして俺が形成した盾のおかげだ。
砂嵐地帯を何とか突破した。
今まで乾いた砂と低木しかなかった砂漠が、突然真っ白に漂白されたような広大な空間へと変化していた。
風で飛んできた砂が一部積もってはいるものの、それも僅かだ。
見渡す限り遮蔽物は一切なく、地面全体を白いコンクリートが覆い尽くしていた。
あまりの白さに、まるで雪原にでも迷い込んだのかと錯覚する。
コンクリ舗装されているからか、馬車の振動が嘘のように落ち着いて静かな揺れへと変わる。
実在のエリア51は米軍空軍のテストエリアらしく、そのための滑走路などが有ったことからUFOの発着場と勘違いされたのだろう。
ただ、この世界のエリア51は別の目的が与えられているようだ。
それを象徴するような物が真正面に高くそびえていた。
まるでギリシャの古代神殿のような巨大な一本の柱が天に向かって立っていた。
その塔の頂上部からは何か赤紫に光る稲光のようなものが放出されている。
下部はというと、半円形の青白く光るドームのようなものに覆われておりはっきりと見通すことが出来ない。
こいつは柱ではない。塔なのだ。
「中に人が入るような構造じゃないな。電波塔みたいなものか」
「先から明らかに電波じゃない何かが出てますけど?」
「じゃあ電波じゃない塔」
「そんなことよりドロシーちゃんがまた調子悪いみたいなんだけど?」
エリちゃんがドロシーの不調を訴えてきたので、屋根からワゴンの中を覗き込むと、ドロシーが荒い息を吐いていた。
水を飲ませてもすぐにむせて吐き出すようで、見ただけでも体調の悪さが伝わってくる。
「ドロシーちゃん大丈夫か?」
「うちは大丈夫」
声をかけると、汗まみれ、虚ろな目で返事をしてきた。
全く大丈夫ではない。
「一度馬車を止めよう。揺らすのはダメそうだ」
何もない白いコンクリの大地の上で馬車を止めた。
否、ここは何もないわけではない。
空から俯瞰して視ることが出来る俺だけには理解できるが、この広大な白いコンクリートのエリアには、複雑な紋様の幾何学図形が描かれていた。
俺には魔術的な知識などないので効果については不明だが、状況から考えてこれは巨大な魔法陣なのだろう。
そして、見えている電波じゃない塔はこの魔法陣の中心にある。
魔法陣で集めた力を塔へ集めているのか、それとも塔から出された何かの力を魔法陣が増幅させているのか……どの道、ろくでもない効果なのは間違いない。
「こんな怪しい場所にいたら、そりゃドロシーもおかしくなるわけだ」
「ならどうする? 一度ここを離れる?」
「離れても根本的な解決にならないからな。まずは魔法陣を壊そう」
「壊せばいいの? それなら私がやるけど?」
「いや、単純に物理的に壊したところで解決するかどうかは分からないし、まずはこの魔法陣に落書きを上書きして台無しにしようと思う。なので、エリちゃんには頼みたいことがある」
「分かった、なんでもやるよ!」
◆ ◆ ◆
「というわけで完成したのがこの組体操」
俺がまず地面へ四つん這いになって短剣を当てる。
その体勢の俺の腰をエリちゃんが後ろから抱き抱えるように掴むことで、短剣を当てながらの移動が可能になる。
この状態で後ろへ高速ダッシュ。
巨大な魔法陣の上にバルザイの偃月刀で落書きを刻んで効果を無茶苦茶にしてやろうという、見た目は間抜けだが多分完璧な作戦である。
魔法陣の無効化ならば、これが一番早いと思います。
「ラビさん一人でも箒で飛んで、同じことは出来ないんですか?」
「さすがに無理かな。短剣を地面に当てた時点でバランスを崩して、自転車の前輪に傘を突っ込んだ人みたいになるのは間違いない」
想像しただけで分かる。
地面に短剣を当てた瞬間にバランスを崩して、そこを起点に慣性で箒から投げ出される。
小学生が頻繁にやらかしがちな事故だ。
これをやらかしてママチャリの前輪と買ったばかりの傘を破壊した上に3回転宙返りを決めて病院送りになり、親に怒られて泣いたのは俺だけではないはずだ。
「でも、なんで俺じゃなくてエリスなんですか? ラビさんは軽いから掴んで走るくらいならば俺だって出来ますよ」
「俺の腰を掴んで走り回る気か? 絵面をよく考えろ、このセクハラ魔人」
「変態」
「モーリスさん、流石にそれは酷いと思います」
女性陣から容赦ない罵声が浴びせられる。
モリ君はこういうところだけは全く成長してくれようとしない。
一体どうなっているのだろうか?
それとも全部分かっていて、あえてやろうとしている本物のセクハラ魔人なのだろうか?
「それで、どこまで走ればいいの?」
「線が交差している部分を台無しにしてやれば、それで魔法陣の効果は崩壊するはずなので、塔を中心にざっと300mほどお願い。ダメだったら延長で」
「分かった!」
俺はそうやってエリちゃんに引っ張られる。
短剣は軽く当てているだけなので本来は浅いひっかき傷が付くくらいのはずだが、魔法陣の上書きという特殊効果が働いているからか、コンクリの舗装の上へくっきりとした溝が穿たれる。
間違いなく効果がある。
俺の腕や腰にまで振動でダメージが入るくらいに効果がある。
「あばばばば」
「大丈夫?」
「だ、大丈夫だけどさすがに振動が。でも続けて。魔法陣が破壊されるまで」
「なら、スピードは落とした方が良いかな?」
「それはお願い。流石に今の速度を維持されると多分俺が死ぬ」
線を穿つ部分に関してはアイテムの効果が出ているのだろう。
だが、それはそれとして、短剣の先だけで体重を支えて身体を無理矢理後ろへ引っ張られている状態には変わりないので、握った短剣から激しく衝撃が伝わってくる。
流石に辛いが、魔法陣を破壊するまでは我慢するしかない。
5分ほど振動と衝撃に耐え続けて線を穿ち続けていると、突然、周囲にバチンと何かが弾けるような大きな音が鳴り響いた。
「もう放してもらっていいよ。終わったみたいだ」
一度膝を地面に付いてから、ゆっくりと立ち上がる。
もう引きずられていないというのに、まだ腕の先から振動が伝わってくるような感覚がある。
右手は痺れてしばらくまともに動かせそうにないので、左手で短剣を握りなおしてホルダーに入れた。
さすがに変な体勢を続けていたので肩も腰も痛い。
電波じゃない塔の方を見ると、塔の先端から放出されていた稲光のような光や、半円形の青白く光るドームが消えており、完全に沈黙していた。
「やっぱり、この魔法陣で何かの力を塔に送っていたのか」
そして、今までは青白く光るドームに隠れているために分からなかったが、鉄塔の下に小さなプレハブ小屋のようなものがあることに気付いた。
「流石にその小さい小屋みたいなのが運営の拠点ってことじゃないだろうけど……」
「モリ君、こっちに馬車回してきて!」
「はいはい」
モリ君が馬車を俺達の近くへ移動させてきたので、エリちゃんと共に乗り込んだ。
「ドロシー、体調は?」
「大丈夫」
額に手を当ててみるが、熱が出ているようだ。
先程よりはマシに見えるが、やはり全く大丈夫そうではない。
「そこの小屋に馬車を寄せて止めよう。中を調べてみたい」
もし中が安全なようならば、馬車とドロシーを小屋の中に入れて、そこからは俺達だけで捜査することも出来る。
そう考えてプレハブ小屋に付いた簡素なドアのノブに手をかけると、施錠はされておらず、あっさりと開いた。
ドアの先は小さい部屋になっていて、地下へ続く階段が部屋の中央にあった。
地下に続く階段は真っ暗なように見えて、うっすらと輪郭が見える。
どうやら、階段の先にある地下室から光が漏れているようだ。
「もしかして、この地下が運営の拠点か?」
「それらしい建物は電波じゃない塔以外にありませんでしたし、十分有り得る話ですね」
「じゃあどうするの?」
ハセベさん、ウィリーさん、ガーネットちゃんは運営との直接対決についてはやる気満々である。
もちろん俺達もこれは譲れない。
あいつらは一度ぶん殴らないことには気が済まない。
問題は馬車とドロシーの安全の確保だ。
小屋の入り口は狭く、馬車を入れることは出来ない。
「馬車とドロシーは小屋の入り口へ置いていこう」
「大丈夫かな?」
「連れていくのとここに置いていくことのどっちが安全かって話だな」
どの道、近くに安全地帯はなさそうだ。
ドロシーだけを入れたとしても、もし小屋の中で暴走して暴れられたら、出入口の階段を潰されたり、最悪は小屋を破壊した時に出た瓦礫で生き埋めになってしまうかもしれない。
そうなったら目も当てられない。
馬車はロープで固定などはしないでおく。
馬達は意外と頭が良い。
ピンチになれば勝手に逃げてくれるはずだ。
「ドロシー、1人で留守番できるか?」
「うん、留守番する」
「すぐに戻るからね」
ドロシーにはドライフルーツを袋ごと渡した。
水だけは定期的に飲むよう指示しておく。
あとはもう寝て待ってもらうしかない。
改めて全員で階段の前に立つ。
この6人全員で挑むのはあの遺跡以来かもしれない。
「前は転移で飛ばされちまったが、今度こそは6人全員で再チャレンジだ」
その通りだ。
あの遺跡でバラバラになって中断させられた俺達の冒険は今度こそ始まるのだ。
だからこそ行こう。全てを終わらせるために。
「俺が先頭に立ちます。いいですね」
「じゃあ私がツートップで」
先頭はモリ君とエリちゃんの2人。
「第2陣は私だ」
続いてハセベさん。
「今度は2人で行くが飛ばされねえぞ。後方支援はガンスリンガーのオレに任せろ」
「はい。」
ウィリーさんとガーネットちゃんが続く。
「そして最後は俺と」
「魔法使いは一番後ろで冷静に氷のように戦況を観てるんですよね」
「ああ、そういうことだ。運営の奴を殴りたいのは俺も同じだが、その役目はみんなに譲ろう。俺は戦いに勝つため一歩引く」
本当に最初に旅をしてから色々……いや、今は止めておこう。
こんなところで過去を振り返るのは死亡フラグにしかならない。
「この先が運営の拠点になっているならば、それなりの抵抗が予想される。決して気は抜かないように」
「もし運営とは無関係のただの廃墟だったら?」
「それはそれで」
まず、モリ君とエリちゃんの2人が階段を降りる。
2人のブーツに踏みしめられた金属製の階段板がタンタンと軽い音を立てる。
続いてハセベさんはわらじ。ほぼ無音で階段を降りていく。
「ではマドモワゼル、お手を」
「はい」
続いてウィリーさんがブーツの踵に付いた拍車をガリガリと引っ掛けて鳴らしながら階段を降りる。
ガーネットちゃんの木靴もまた甲高い音を鳴らす。
最後に俺がトコトコと軽い音を立てて階段を降りきった。
鉄の板の階段は思っていたよりも浅かった。
精々3mほどではないだろうか。
階段の踊り場の先には新たな金属製の扉が付いていた。
「では開けます」
モリ君が扉のノブに手をかけると、小屋の入り口と同じように、あっさりと開いた。
不用心なような気もするが、冷静に考えるとここは砂嵐のバリアで二重に護られていたので、わざわざ施錠などする必要はなかったのか。
扉を開けると、中からひんやりとした冷気が流れ込んできた。
最初は地下なので地上よりも温度が低いと思ったのだが、自然の風とは違うようだ。
この世界にやって来てから初めて味わうエアコンの冷気だ。
扉を開けた先は完全に別世界だった。
床は光沢のある樹脂系の床材が隙間なく張られている。
天井には壁に埋め込むタイプの照明。
電球や蛍光灯とは色が違う。LEDだろうか?
窓がないのは地下だからだろう。
部屋も廊下も密閉された空間になっている。
その代わりに、天井には一定の間隔で長方形の格子がついている。
空調設備の吹き出し口と換気口だろう。
そこから定期的に換気扇の唸る音が響いてくる。
ここで空気を循環させているようだ。
「病院の廊下みたい」
「映画に出て来る研究施設もこんな無機質な感じだよな」
「罠とかあるんでしょうかね?」
「流石に何もないとは思えないので、注意して進もう」
相変わらずこの世界は世界観が無茶苦茶だなと思いながら真っ直ぐな通路を進むと、また大きな扉が現れた。
「ここを開けて入ればいいのか?」
「ちょっと待ってください」
俺は念の為に扉の隙間に短剣を突き入れて軽く引っかき傷を入れておく。
「それは?」
「また転移とかさせられたらたまりませんからね。魔術的な何かが仕掛けられていたみたいですけど『破壊』しました」
「頼もしい。では、中へ入ろうか」
重い扉を押し開けると、まるでガレージのような油の臭いが顔に押し寄せてきた。
天井までの高さは優に10メートルはあるだろう。
円形の部屋の壁に沿って等間隔に何かが立ち並んでいる。
西洋の金属鎧のような装甲の隙間から、金属で作られた人骨のような内部フレームが覗く。
剣や槍を構えた無数の機械骨格が、まるで博物館の展示のように整然と並べられている。
しかし、これは博物館ではない。
「オイオイ、ここに来て低予算モンスター軍団かよ。予算がないのか?」
「いや、この数はむしろ予算潤沢みたいですけど?」
「在庫一掃セールかもしれねぇな」
モリ君、エリちゃん、ハセベさん、俺の4人でウィリーさんとガーネットちゃんを囲うように立った。
俺達はこいつらがただの飾りではないと知っている。
運営に与えられた命令を忠実に実行する機械人形。
そしてオリジナルのレルム君、ドロシー、タルタロスさんを殺害した忌むべき存在。
「単体では脅威ではない。だが、この数だ。スキルの再使用間隔を狙われると厳しい戦いになる」
「なるべく通常攻撃で相手ということですか?」
「あとはどれだけ他のメンバーの隙をフォローし合って戦えるか。スキルは温存しすぎてもいけないが、乱用すると手練がなくなる」
ハセベさんがまとめてくれた。
本当に助かる。
やはり運営だけあって、こちらの弱点がスキルを連発させればそれ以降は一定間隔は何も出来なくなると把握している。
それに……。
部屋の一番奥。
俺達が入ってきたのとは別の扉を守るようにして両手持ちの大剣を構えた機械人形がそこにいた。
他の低予算どもと違い、そいつは頭の先に飾りが付いた兜を被り、鎧のパーツもあちこちに装飾が施されている。
「あいつ……強いよ」
エリちゃんが呟いた後に額の汗を拭い、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
余程の強さだと感じ取っているのだろう。
「私以外だとまともに戦えないと思う」
「ああ……悔しいがその通りのようだ。私では速度が足りない」
ハセベさんが悔しそうにエリちゃんに役目を譲った。
「私が一番良いところを持っていっちゃうけど良いんですか?」
「ああ。その代わりに雑魚は私達が引き受けよう」
「エリスには近づけないさ」
モリ君とハセベさんの言葉を受けたエリちゃんが無言で頷いた。
かすかな機械音が静寂を破る。
最初は一つ、それから次々と、低予算共の眼窩に青白い光が灯り始めた。
その目が一斉に俺達の方へ向いた。
「よし、全員戦闘開始だ!」




