Chapter 9 「発電所の調査」
たった今、晴らしたばかりの空だが、早くも空に雲が集まってきている。
今すぐに降りだす雰囲気ではないが、本当にしつこい奴だ。
もしこの降雨の原理を解明できたら砂漠の緑化にも利用出来そうな気もするが、その解明までにかかるリスクが大きすぎる。
歩きながら発電所の施設内へ鳥の使い魔を飛ばして、まずは事前偵察する。
「手前が管理棟ですかね? 出口は正門前と勝手口の2つ。窓もドアも閉まっているので内部の調査は出来ません」
全員に伝わるように状況を口で説明する。
「奥のレンガ造りの建物は……かなり大きいですね。小学校の遠足で行った水力発電所と同じ構造に見えます」
「私が小学校の頃はまだ震災前だったので原発の見学に行ったな」
「オレは火力。やっぱりみんな小学校の頃に一度は行くんだな」
他の10代メンバーは無言だ。
住んでいる場所の差か、それとも年代の差か。
「俺達の世代はコロナで色々あったので小学生の遠足イベントが全部飛んじゃってるんですよ」
「ああ……そういやその世代か」
俺とモリ君とは5歳差だが、その間に授業がリモートになったり、教育用タブレットやらが配布されたりと環境やら何やらで教育形態が大幅に変わっている。
ハセベさんは俺より5歳年上だが、同じ平成世代なのでほとんど変わりがない。
逆にコロナ禍を挟んだ令和世代のモリ君との5歳差は途轍もない隔たりを感じる。
高校時代には東大模試で合格判定を出して大学で教育課程を受けていた俺の友人ですら「今の中学の教科書の内容マジ分からん。知らん話が出て来る」というくらい大幅に教育要綱が違っているらしいので、話が微妙に通じないのも仕方ないのか。
「俺の近所にはたまたま市民の森があったんだけど、またそこかって。結局高校もその近くだし」
「うちも学校のすぐ近くに山とか森に行ってたよ。そこは同じなんだ」
「私は近くの公園だけでした。都内だから集団で行けるところがほとんどなくて」
ガーネットちゃんは2つ下のはずだが、基本的にはモリ君達と話が合うようだ。
ところでエリちゃんが言う学校の近くの山や森ってなんだ?
君、確か神戸在住だよね。
「同年代の子供と遊んでいたはずなんだけど、みんなマスクしてたから顔も名前も覚えてなくて」
「アイちゃんかな? バレンタインのチョコを貰ってただろ。ちゃんとお返しはした?」
「名前はアイちゃんじゃなくてアヤちゃんですよ。でもなんで知ってるんですか?」
「アイちゃんってのは単なるカマかけだが、マヌケは見つかったようだな」
俺の誘導に見事引っかかったモリ君がエリちゃんに「アヤちゃんって誰よ」と問い詰められている。
そういうとこだぞ。
手前の管理施設は扉も窓も閉まっていたので、奥の発電施設の中へと鳥を侵入させた……が、一瞬にして連絡が途絶えた。
「ダメですね。発電施設の中には敵がいます。鳥の使い魔がいきなり食われました」
「食われた!?」
「狭い通路の中で口を開いて待ち構えていたところに、暗い上に音が伝わらないせいで無警戒に使い魔を突撃させちゃったせいですね」
「つまり内部には敵がいるってことか」
ウィリーさんが背中に背負ったままのライフル銃を両手で構え直した。
「狭い通路で身動きが取れないから気を付けて進みましょう」
「ああ。留意していこう」
◆ ◆ ◆
ハセベさんが勝手口らしき扉のノブを掴むと、あっさりと扉が開いた。
施錠はされていないようだ。
いつでも盾を展開できるように鳥を召喚して後に続く。
施設内の通路はそれほど広くなさそうなので俺の攻撃スキルは何の役にも立たないかもしれない。
戦闘はない見込みだが、今回は盾役に徹したい。
狭くて真っすぐな板張りの通路を淡々と歩いていくと、早速奴がいた。
巨大な人間の口のようなものが通路を完全に塞いでおり、こちらの姿を見ると、まっすぐに直進してきた。
舌や歯はない。
口の中は暗闇で奥を見通せない。
丸く巨大なボールに口だけが付いたような醜悪な姿。
その体表はまるでヒトデかイソギンチャクのような柔らかいぬめっとした肌で、血管の動きに合わせてか微妙に胎動している。
色はグレーに赤やら緑やら斑点が浮かんでいる。
見ているだけでも気持ち悪さがこみあげてくるが、一体こいつは何者なのか?
「ここはオレに任せろ。口の中にブチ込んでやる!」
ウィリーさんがライフル銃を発砲した。
だが、口の中へ吸い込まれた弾は何処かへと消えてしまって、まるでダメージを受けたようには見えない。
そう言えば例の報告書でも、食われた人間は「消える」とあったがこういうことか。
ただ物理的に食われるということではなく、あの口はどこか別の場所へ繋がる穴のようになっているのだろう。
穴の先がどうやっているのかは考えたくもない。
別の次元なのか、はたまた空の上か地面の下か、それとも……。
「口の中への攻撃はダメだ。おそらくこいつは人間を含めたあらゆるものを吸い込むようだ」
「その通りみたいだな。なんだこの悪趣味なパックマンは」
ウィリーさんは再度ライフル銃を構える。
今度は銃身に青白い光が灯っている。
「ならばその上部からはどうだ?」
ウィリーさんがまたも発砲。
ただ、今回の銃弾の軌跡は先程と異なっていた。
普通の銃は銃口からまっすぐ弾が飛ぶはずだが、スキルの能力で生み出された銃弾は放物線を描くように天井スレスレまで上昇した後に90度カクンと折れ曲がって巨大な口の脳天へと炸裂した。
銃弾が身体を貫通して床へと撃ち抜かれる音と微振動が響いてくると、奴の体はボロボロと剥がれるように崩れて消えてしまった。
「とりあえず一匹だがどうよ」
「今の調子で頼む。まだ通路の奥から3匹来ている」
ハセベさんが通路の先を刀で差した。
「ゲッ、これスキルで使う技だから一度使うと3分待ちなんだが」
「ならば俺が対処します」
手元で鳥を高速回転させるところから始める。
単にまっすぐ飛ばすよりもこうした方が火力が上がるのは確認済。
ただ、これだと細かいコントロールが利かず動きは単調になる。
それを補うために先程のウィリーさんと同じように3羽の鳥を天井スレスレへと飛行させて盾を形成。
その盾に向かって勢い良く回転させた鳥を一気に飛行させる。
「跳ね返せ!」
盾に跳ね返されて急角度で曲がった鳥達は2体のデカい口を真上から貫いて倒した。
「すみません、1匹残りました」
「ああ、任せろ」
ハセベさんが刀を抜いて突撃する。
「気を付けて。迂闊に口の中へ攻撃するのは武器を持っていかれる可能性があります」
「分かっている。だからこいつを斬るのはスキルだ」
ハセベさんが巨大な口の手前で刀を振りかざすと、刀は当たっていないというのに、その巨体がパックリと裂けた。
更に刀を振るう度に刀の軌跡の少し先がザクザクと切り刻まれていく。
最後に大きく横なぎに振るうと奴は真っ二つに分断され、他の個体と同じように溶けて消えていった。
「凄いですねハセベさん」
「これもスキルだから3分は使用できないぞ」
本当にスキルの待機時間が長いのは面倒だ。
だが、今のところ敵は片付けたので何とかなりそうではある。
「援軍が出て来る前に先へ進みましょう」
◆ ◆ ◆
通路の脇には読めない文字で何やら標語らしき張り紙が張られている。
どうせ「安全第一」だの「労働環境を守りましょう」だの書いてあると思って、流そうとしたが、どうも様子がおかしい。
「ハセベさん、この標語はなんかおかしくないですか?」
「何が書いてあるんだ?」
張り紙を見たハセベさんが顔をしかめた。
『我が神を讃えよ』
『終末は近い』
張り紙はこのような内容だ。
何故こんなものが発電所の通路に貼ってあるのか?
「許されるのは『ネコと和解せよ』とか『週末は近い』まででしょう。ここの従業員は怪しい思想にでもハマっていたんでしょうか」
「発電所にこの内容は明らかにおかしいな。しかも廊下に張り出してあるということは個人ではなく、組織全体がこの思想に影響されていたということだ」
ただ個人がカルトにハマっていただけならば良い。
まあ良くないが。
だがもしも、この発電所で邪教の信者による工作が行われていたと仮定するならば、単なる事故ではなくて町一つを巻き込んだ壮絶なテロ事件という可能性が出て来る。
それに例の赤い女が関わっているとしたら……。
いや、関わっていてもどうにもならないのか。
この事件は既に終わっている過去の出来事であって、俺達が今更動いたところで消えた町の人が戻ってきて町が復活するわけでもないので、謎を解いたところでだから何だという話だ。
俺達に出来ることは、単に町を安全地帯にするためだけに得体の知れないモンスターを駆除するだけだ。
ただ、何かの情報源であることには間違いない。
張り紙を物証としバリバリと剥がして折り畳み、鞄へ詰め込んだ。
長い通路を歩き切ると、突然に下る階段が出現した。
鉄板を溶接して作られた細くて狭い階段だ。
ここで敵が襲撃してきたらまともに身動きが取れない。
発電施設はどうやら施設の地下に広がっているようだ。
「地下があるのは予想外だったな。ここからはどうする?」
いつでも敵が出現して良いように鳥を5羽召喚した。
ウィリーさんは地下へ潜るということでランタンに火を灯している。
もう少し光源が欲しいところだが、現状はこれで行くしかないだろう。
「ランタンはモリ君が持って先頭に出て欲しい。いざという時はプロテクションで壁を」
「分かりました」
「その後ろはウィリーさんでお願いします。射線を通すには前に人が少ない方が良いかと」
2人目まではこれで良いだろう。
ハセベさんの意見を伺いたいところだ。
「3人目は小柄なラヴィ君とガーネット君が横並びで進んでくれ。この場所だと私とエリス君は戦力外だ」
ハセベさんが階段の踏み台を蹴りつけるとカンカンと高い音が鳴った。
「私達は足で駆け回ってヒットアンドアウェイで攻撃を仕掛けるタイプだ。この狭い場所だと有効活用できない」
「では、もし敵が近くに寄ってきた場合にはお願いします」
先頭のモリ君が掲げるランタンの灯を頼りに薄暗い階段を降りると、広大な空間に出た。
俺達が立っているのは地上から5mほどの場所にある通路だ。
壁に張り付くようにして張り巡らされた鉄骨の足場に1mほどの鉄板と転落防止の柵が付いているだけで、まともに身動きは取れない。
残念ながらハセベさんが自覚している通り、近接攻撃組は役に立たないだろう。
空間には巨大な鋼鉄製のパイプと横倒しにした円盤状の機械がいくつも取り付けられている。
おそらくそのパイプは水力発電で使用した水を通すためのものだろう。
円盤状の機械はその水の流れを電気に変えるためのタービン。
そう考えると、ここが水力発電の機関部だと判断しては間違いなさそうだ。
パイプやタービンからは何の音も聞こえないが、奥の方に人工らしき少し黄色い光が灯っており、そこから常時何かが震えるような振動音が響いてくる。
「発電所も町も無人。何の動力もないはずなのに動作している機械がある?」
「まずはあれが何なのかを確かめたいところだが……」
やはりというか、例の口の化け物はここにも現れていた。
数は4……5……いや、どんどん増えている。
空中には目の錯覚かと思えるような不自然な割れ目が浮き上がっていた。
その割れ目から、例の化け物がまるでシャボン玉のように次々と噴き出している。
割れ目の向こう側は黒くなっていてまるで見えない。
鳥の使い魔の目でも見通せない深淵が広がっている。
「エリちゃん、あの向こうに何か見える?」
「全然。真っ暗で何も見えない」
「一番視力が良いエリちゃんでも見えないなら誰が見てもダメですね」
「ならば、あの割れ目を閉じるのは無理か」
全員の所持スキルで何か使えそうなものはないかを考えるが全くなしだ。
たとえ俺が「魔女の呪い」を放っても、あの深淵の向こう側へと熱線が飛んでいくだけで割れ目を閉じるのには役にたたないだろう。
となると、話は早い。
「ウィリーさん、あの勝手に動いている機械を最強のスキルで撃ち抜いてください。ザコは俺とガーネットちゃんで仕留めます」
「調査はいいのか?」
「非常事態です。今はあいつの発生を止める方が重要です。どうもあの機械から湧き出してきているみたいなので。ハセベさんもそれで良いですね」
足元を見るが、通路はかなり狭くてまともに動けない。
近接戦闘組には分が悪いだろう。
ただ、俺の魔女の呪いだとこの施設ごと余裕で壊滅だ。
下手すると全員が生き埋めになる可能性すら在り得る。
流石に無駄に火力が高すぎるのも問題だ。
ならばこの作戦で行くしかない。
「ああ。何故この現象が発生したのかは気になるが、それよりも事態の収拾が重要だ」
ハセベさんからの許可も出た。これで行こう。
「ラヴィさん、どうやるんですか?」
「ガーネットちゃんは、なるべく多くの口だけお化けを竜巻で巻き込んでください。そこへ俺の攻撃をぶつけます」
「分かりました」
ガーネットちゃんがそう言った直後にスキルを発動させた。
宙に浮かんでいた口だけお化けどもが発生した竜巻に巻き込まれてグルグルと回転している。
追加で鳥を5羽召喚し、そのうち7羽をその場でドリルのように高速回転をさせた。
威力を高めるならばやはりこの方法だ。
「貫けっ!」
限界まで回転させた鳥をミサイルのように一斉発射させると、それぞれが口だけお化けの身体を貫いて破壊していった。
「ザコはこの要領で倒します。ウィリーさんはあの機械の破壊を」
「ウィリーさん、強化します」
「ああ、よろしく」
ウィリーさんが銃を掲げると、ガーネットちゃんがその銃口部分に青白い光を放つ渦巻きをまとわせた。
「あのカエルの化け物に攻撃が効かなくてショックだったからな。あれから2人で共同開発したスキルだ」
「2人の共同作業です」
アッハイ。お幸せに。
ウィリーさんが放った銃弾はまるでロケットランチャーでも撃ったのかと思うくらいの爆音を響かせながら、奥で唸りを上げる機械を貫いた。
銃口から機械までまっすぐ残像の光の線が走っており、まるでビームライフルでも射出したように見える。
機械はど真ん中に大穴を開けて、粉々に炸裂した。
もうボルトと溶接で固定されていた足場以外は原型を残していない。
「さて、どうなる?」
空中に浮かんでいた割れ目を見ると、白煙をあげながら、まるで瞼のようにゆっくりと閉じて……消えていった。
どうやらあの機械が元凶であり、破壊したことで空間のゆがみは消え去ったようだ。
「これは成功か?」
「いや、あっちの機械の残骸を視ろ!」
ハセベさんが指差す方向を見ると、機械があった場所に真っ黒な穴が出現していた。
「なんだあれ? ウィリーさんのスキルの影響ですか?」
「いや、試射であんなのが発生したことなんてないが?」
「となると一体何が? もしかしてあれが機械の本体?」
様子を見ていると、突然に周囲に強い風が吹き始めた。
まるでその穴へ向かって吸い込むような力が発生しているようだ。
風だけではない。
俺もその穴へと吸い寄せられていく強い圧力のようなものを感じた。
帽子が飛ばされないように手で押さえてしゃがみ込み、手すりに捕まって何とかこらえる。
施設内に置かれていたマニュアルのような紙などがその穴の方へ飛んでいくのが見えた。
俺達が捕まっている手すりも穴へ引き寄せられる力には耐えられそうになく、ミシミシと激しい音を立てて揺らいでいる。
今のところ頼れるのは手すりだけだ。
これがなくなれば一気に穴へ吸い寄せられるだろう。
「なんだあれは? ブラックホール的な何かか?」
「プロテクション!」
モリ君の叫びと共に俺達の前に光の壁が出現した。
「みんなこいつの後ろに」
「ああ、助かる」
「もう一つこいつもオマケだ」
ウィリーさんが腰にぶら下げていたロープを広げて近くの柱に巻き付けた後に俺達全員に持たせた。
「こいつで堪えるぞ」
流石にこのロープが切れたり柱ごと引き寄せられたらアウトだろうが、今のところは何とか持ちそうだ。
全員でひたすら圧力に耐える。
時間にして一分ほどだっただろうか?
圧力も風も止まり、周囲に静寂が訪れた。
「終わったのか?」
「おそらく」
階段を降りてみると、先程の穴は完全に消えてなくなっていた。
あの機械が破壊されると自動的に発動される罠だったのだろうか?」
「ウィリーさん、ありがとうございます」
「いやいや、仲間を助けるのは当然だろ」
本当に助かった。
やはり頼れる男とはこうありたいものだ。
「しかし、なんだったんだあれは」
肝心の新発電機は景気良く吹き飛んだのでもう調べることは出来ない。
他の情報源であろう新発電機のマニュアルも穴に吸い込まれていったのが見えた。
今から追跡調査をするのはほぼ無理だろう。
ただ、あの状況では流石に仕方なかったのは間違いない。
「まあこれで安全地帯は確保……出来たのか?」




