専属メイド 1
〜登場人物〜
カロリーナ……手のひらサイズにされてしまった元令嬢のメイド
アリシア……優しいお嬢様
エミリア……意地悪だけれど、優秀なメイド
「さ、乗って欲しいですの」
わたしの目の前に、アリシアお嬢様の大きな手がやってくる。エミリアとは違い、視線を机の上に立っているわたしに合わせてくれているから、大きな瞳に覗かれてしまい、少し緊張してしまう。
「乗っても良いんですか……?」
「当たり前ですの! わたくし結構力持ちだから、カロリーナのことも片手で持ち上げられますのよ! でも、わたくしのことを心配してくれるなんて、カロリーナはやっぱり優しいですの」
別にアリシアお嬢様がわたしを持ち上げられることなんて、わかっている。この間はソフィアと一緒に乗ったわけだし。それよりも、室内でアリシアお嬢様に運ばせるなんて、ソフィアに怒られてしまいそうだ。少なくとも、部屋の中からソフィアが見ることのできる場所なわけだし、後で怒られないか心配だった。
けれど、アリシアお嬢様はわたしの方に期待の眼差しを向けてくる。仕方がないから、わたしはソッとアリシアお嬢様の手のひらの上に足を乗せた。
「じゃあ、お願いします」
「任せなさい、ですわ!」
アリシアお嬢様が歩行時に起こす、ズンズンと体の底から響くような揺れは少し心地良かった。アリシアお嬢様の大きな体でなら、たった数歩で目的地に着いてしまった。
今度はアリシアお嬢様の机の上に乗せられる。アリシアお嬢様にとってはたった数歩の移動のはずなのに、机の上から先ほどまでいたメイド屋敷の方を見ると、遥か遠くに感じられた。崖の上に立っているお屋敷みたいに見えるけれど、所詮はアリシアお嬢様の胸元までの高さしかないのだ。
そんなことを考えていると、アリシアお嬢様がわたしのことを背中の後ろから軽く突いた。軽く、と言ってもアリシアお嬢様の力は強いので、前のめりになってしまう。
「大事なお話がありますの」
アリシアお嬢様は小さく息を吐いたから、わたしの髪の毛がそよそよと揺れた。
「大事な話……」
大事な話ならわたしにもあった。けれど、今はアリシアお嬢様の答えを待つ。
「ええ、大事なお話ですの。でも、わたくしその前に一つ確かめないといけないことがありましたの。初めてカロリーナを見た時、当時と大きさが違ったのと、それにあの日から10年近く経っていたのとで気付きませんでしたけど、わたくし多分カロリーナと会った事がありますの……」
アリシアお嬢様がジッとわたしのことを見下ろしている。綺麗な澄んだ瞳は、やっぱりレジーナお嬢様とそっくりだった。アリシアお嬢様も昔会っていた事実に気づいてくれたのだ。それならば、あの日の約束も覚えているのだろうか。
「あの日のこと……」と言おうとしたわたしの声は、同時に発されたアリシアお嬢様の声にかき消された。
「カロリーナは、わたくしのこと覚えてますの……?」
先にわたしが聞きたかったことをアリシアお嬢様が聞いてくれて、胸が昂る。ちゃんと覚えててくれていたようだ。
覚えてますよ! と、わたしが元気に言おうとしたのに、答えようとした瞬間、わたしの体はエミリアの巨大な手のひらに勢いよく押さえつけられた。わたしはグエ゛ッ゛、とムード台無しなダミ声を出してしまった。
「プライベートなことを喋るのは謹みなさい!」
大きな声がわたしとアリシアお嬢様の甘い空間を壊してしまった。まるで、優しく包まれた暖かなドームの天井に突然穴が空いて極寒の風が入ってきたみたいに感じられる。大事な話をしていたのに、それも無駄になったと思った。けれど、アリシアお嬢様は背筋を正したまま、力強く言う。
「やめなさい、エミリア」
いつものお嬢様口調ではない力強い話し方に、エミリアが一瞬ビクッと震えたことがわかった。カッコ良いアリシアお嬢様の声を聞いて、キュンとしてしまう。まあ、震えたせいでわたしはさらに強く机に押し付けられてしまったのだけれど。
一瞬驚いていたエミリアだけど、わたしを押さえつけていた手のひらをゆっくりわたしから離しながら、すぐにいつもの冷淡な調子に戻る。
「アリシアお嬢様の命令でもやめませんよ。これはレジーナお嬢様からの、プライベートなことは話さないようにという命令ですから。わたしはあくまでもレジーナお嬢様の専属メイドですので」
先日エミリアがレジーナお嬢様の専属メイドということは聞いた。アリシアお嬢様の身を守るために、運動神経の良いエミリアに見守らせていると。エミリアの言葉を聞いても、アリシアお嬢様は冷静だった。そう、とアリシアお嬢様が静かな口調で返してから、ゆっくりと息を吸った。
「でも、残念ですわね。エミリアには邪魔させませんわ」
え? とエミリアが困ったような声を出した。わたしもアリシアお嬢様が強気のわけは正直よくわからなかった。ただ、普段の幼い表情とは違って、凛々しい表情のアリシアお嬢様がカッコ良すぎて、わたしは見惚れてしまっていた。
「わたくしは、カロリーナのことを専属のメイドにしますの」
突然の出来事によって、へ? とわたしは変な声を出してしまった。




