可愛い妹と過保護な姉 8
「そんな、わたしが専属メイドって……」
一番アリシアお嬢様の近くにいられるというのはもちろん嬉しいけれど、今の大きさでアリシアお嬢様の面倒が見られるのかわからなかった。
「まあ、もちろん決めるのはアリシアだから、わたしは強制はするつもりはないわ。でも、考えてみてもらっても良いかもしれないわね」
レジーナお嬢様は真面目な顔で言っていた。
「あの子にもそろそろ、ちゃんと頼れる子を作って欲しいから」
わたしも、アリシアお嬢様には頼ってほしかった。けれど、手のひらを上から乗っけられたり、ひっくり返したコップに入れられただけで身動きのとれなくなるわたしに、きちんとアリシアお嬢様のお世話ができるのだろうか。結局、アリシアお嬢様がわたしのことを面倒を見ることになりそう……。心配していると、レジーナお嬢様がわたしに微笑みかけてくる。
「そこまで心配しなくても大丈夫よ。もちろん、本格的なメイド業はエミリアにも手伝ってもらったら良いから」
「心配しかないんですけど……」
エミリアも一緒というのは、わたしにとっては不安要素でしかないのだけれど……。そんなわたしの気持ちは気にせずに、レジーナお嬢様が明るい表情をしていた。
「さて、わたしがあなたを連れてきた理由についてはこんな感じだけど、今からおやつだからあなたも一緒に食べない?」
レジーナお嬢様とおやつはなんだか緊張してしまうけれど、おやつは食べたかったから頷いた。
「ショートケーキ、チョコレートケーキ、チーズケーキ、あなたはどれが食べたいのよ?」
「チーズケーキ!」と元気に答えると、レジーナお嬢様がクスクスと上品に笑った。悪役令嬢みたいな高笑いはいつの間にかしなくなっていた。
「じゃあ、メイドにチーズケーキをもってきてもらうわ。わたしはショートケーキにするわね」
はーい、とにこやかに返事をした後に、気づく。
「あれ……、もしかして1人1個……?」
そんなことを考えている間にも、レジーナお嬢様がわたしのことをスカートに隠している間に、メイドが室内にケーキを運んできてくれたらしい。わたしの前にケーキが置かれる。
「でっか……」
まさかケーキに気圧される日がくるとは思わなかった。キングサイズのベッドみたいに大きな三角形の塊が目の前にはあった。そのさらに向こう側には、レジーナお嬢様のショートケーキがある。レジーナお嬢様にとっての一口サイズの苺は、わたしの体の半分くらいの大きさだった。
「さ、食べて良いわよ」
口をつける前に一人では食べられないと言うべきかもしれないけれど、わたしは自分の体よりも大きなチーズケーキを食べてみたかった。
「い、いただきます!」と少し自棄気味に大きな声を出してから、思いっきりかぶり付いた。わたしはキャンディやメロディみたいに、顔にたっぷりケーキをつけながら食べすすめていく。そんなわたしの様子をみて、上空から声がする。
「か、かわいいわね……」
つい出てしまったと言うような声に思わずドキッとしてしまった。そして、次の瞬間、ブカブカの子供服の首元を持たれて、クレーンゲームみたいに宙吊りにされて、レジーナお嬢様の顔の前に持っていかれる。目の前で、ペロリとレジーナお嬢様が血色の良い舌で自身の唇を舐めていた。
「わ、わたしは食べても美味しくないですよ!」
明らかに食べ物を前にしたときの舌の動きをされたから、慌てて抵抗しようとしたけえれど、レジーナお嬢様は不思議そうに首を傾げていた。
「顔にケーキがついてるわよ」
そう言いながら、わたしの顔をレジーナお嬢様の舌が軽く舐めた。生クリームの風味のする生温かい舌がわたしの顔を這っていった。
「ひゃあっ……。こ、これは、ど、ど、どういうつもりですか!!?
「あなたの顔のケーキと拭いてあげようと思って」
「ケーキを拭くんだったら、もっとやりようあるじゃないですか! 舐めるなんて恥ずかしいじゃないですか!」
わたしが声高に言うと、レジーナお嬢様が少しムッとしたような声を出した。
「時期当主のわたしがせっかく直々に顔を拭いてあげたのに、その言い方はないんじゃない?」
レジーナお嬢様はフンッと鼻を鳴らす。
「まったく、大声出してみっともない子だわ」
そのまま、ポイッとチーズケーキの前に投げ捨てられてしまう。
「余ったらお屋敷に持ち運んでもらうようにエミリアに言うから、後は勝手に食べなさい」
レジーナお嬢様に投げやりな声で言われてしまった。パンパンと手を2回叩いてから、「エミリア」と声を出した。すると、少し時間が経ってから、エミリアが急いでやってきた。
「この子持って帰って」
机の上のわたしを持って、あろうことか、そのままボールみたいにエミリアの方に投げたのだ。
「え? ちょ、ちょっと……!?」
わたしの体が宙に浮いた。そのまま空を飛んで、エミリアの手でキャッチされた。両手で丁寧に、なんて優しい掴み方ではなく、片手で鷲掴みにされる。本当にキャッチボールのボールにでもなった気分だった。
「あと、ケーキも持って帰ってあげて」
そう指示をしたレジーナお嬢様は、もうこちらに向いていないようだった。背中を向けたまま、こちらを見ることはなかった。エミリアが「かしこまりました」と丁寧に伝えてから、わたしは鷲掴みにされたまま、アリシアお嬢様の部屋の方まで運ばれたのだった。