入浴と秘密と 7
「はぁ? 何これ?」とムッとした声を出してから、わたしの体を掴んで、簡単に水中から出してしまった。あれほど出るのに苦労したバスタブの中から出られたのは良いのだけれど、得体の知れない少女が苛立った表情でわたしのことを見ていたから、また別の不安が押し寄せてくる。
「……誰よ、あんた? チビメイドたちの仲間?」
ギュッと力を加えられると、またお腹のあたりが苦しくなる。
チビメイドたちというのがあの屋敷のメイドのことを指しているのかがわからなかったから、「た、多分そうです……」と曖昧な返答をしたら、ふうん、と興味を失ったみたいな返事をされた。
怖くてしっかりと顔は見られなかったけれど、どんな人がわたしのことを掴んでいるのか確認はしておきたかった。エミリアみたいな怖い人だったら嫌だから。
恐る恐る見上げると、彼女はどことなくアリシアお嬢様にそっくりな風貌だった。綺麗なブロンズの髪は肩にギリギリ届かないくらいの長さで、アリシアお嬢様と同じようにふんわりとしていた。目鼻立ちはくっきりとしているところもそっくりだけど、アリシアお嬢様よりもほんのり目つきはキツかった。
「まあ、誰でもいいわ。とりあえず、今からお風呂入るのに、とっても邪魔」
そう言うと、少女は躊躇せずにポイッとバスタブの中にわたしを投げ入れてしまった。顔はアリシアお嬢様に似ているのに、性格は全然違うみたいだ。
「えっ、ちょっと!?」
せっかく出られたのに、また登り直しかと落胆しているところに、バスルームのドアが勢いよく開く音がした。
「も、申し訳ございません、レジーナお嬢様!」
慌てた様子でエミリアが入ってくる声が聞こえた。どうやら、この少女がレジーナお嬢様らしい。
「浴槽にネズミがいたのだけれど。わたしよりも先にお風呂に入るなんて腹立たしいから、きちんと処理しておいてもらえる?」
エミリアは「大変申し訳ございませんでした!」ともう一度謝ってから、メイド服の袖が水に濡れてしまうことも厭わずにバスタブの中に手を突っ込んで、わたしを回収していく。
「しっかりしなさいよね」と言ってため息をついたレジーナお嬢様に、もう一度エミリアは「申し訳ございませんでした」と俯いて謝りながら、バスルームを出たのだった。
「エミリアさん、わたしのメイド服取ってください!」
わたしは脱衣所の端っこに置いたままにしていたメイド服を取ってもらうように頼んだら、エミリアが小さく舌打ちをしてからしゃがみ込んで雑にメイド服を握った。
わたしを握っている方の手でメイド服を持ち替えたから、エミリアは片手でわたしとメイド服を掴んで、さっさと進んでいく。普段感情を表に出さないエミリアにしては珍しく、かなり苛立った様子だった。
「私としたことが……」
エミリアが悔しそうに呟く。アリシアお嬢様みたいに胸元で慎重にわたしを持たずに、普通に歩く時のまま、荷物でも持つみたいに運ばれているから、わたしはエミリアの腰の少し下の方で大きく揺れていた。ちょっとした絶叫マシンみたいになっていて怖かったけれど、あっという間にアリシアお嬢様の部屋、つまりわたしたちのメイド用のドールハウスのある部屋へと辿り着く。
部屋の中は真っ暗で、外から入ってくる月明かりだけが辺りを見回すためのライトの代わりになっていた。のぼせたからか、アリシアお嬢様は頭に氷嚢を乗せて、スヤスヤと眠ってしまっていた。
アリシアお嬢様のベッドの横をいつものように物音一つ立てずにエミリアがさっさと進んでいく。ポイッとメイド服ごと投げ捨てられたわたしは、ドールハウスの屋敷の前でポツンと寂しく置いていかれた。ただアリシアお嬢様の可愛らしい寝息が遠くに聞こえているだけの部屋はとても暗く感じられた。
エミリアは何も言わずに、寝ているアリシアお嬢様に一瞥した後、さっさと外に出て行った。食事とお風呂をアリシアお嬢様のペースで済ませただけのことなのに、ドッと疲れた。今の大きさがいかに不便であるかということを、改めて実感させられてしまった。
そのまま部屋に戻るためにメイド服を持ってわたしも足早にメイド屋敷の中に入る。わたしたちの使いやすいサイズに作られている屋敷はとても居心地が良い。
ホッとしているところに、ちょうどドールハウス内のシャワールームから出てきたベイリーと出会った。今日も朝ご飯と昼ごはんの時に会ったのに、とても久しぶりに会った気分で、なんだか嬉しかった。自分と同じくらいの大きさの人がそばにいるのはなんて有難いのだろうか。間違ってもベイリーは、わたしのことをうっかり踏んづけたり、押し潰したり、高所から投げ捨てたりすることはないのだ。
「ベイリーさん、帰りました!」
ベイリーに抱きつくと、「あらあら」と困ったような顔をしていながらも、抱きしめ返してソッと頭を撫でてくれた。
「随分と甘えん坊さんになったのね」
「いろいろ怖い思いもしたので、帰って来れてホッとしたというか……」
わたしは苦笑いをした。
「そうよね。服を着るのも忘れて、抱きつくくらいだから、きっと外で大変な思いをしたのね」
「え?」
わたしは視線を下げて、自分の格好を見つめた。メイド服は手に持っているということは……。
「大丈夫よ。今は仕事中じゃないから、カロリーナちゃんの好きな格好をしたらいいわよ。何も着ない方が安心できる人もいると聞くもの」
うふふ、とベイリーがのんびりと笑っていたけれど、わたしは別に裸の方が楽というわけではない。
「す、すいません! すぐに着替えてきますからぁ!」
わたしはメイド服を体に巻いて隠しながら、すぐに自室へと向かって、慌ててメイド服を着たのだった。




