入浴と秘密と 4
「なにを話しているのですか?」
「先ほどから何度も言ってますが、人の入浴中にバスルームに入ってくるのは変態さんがやることですの! 何回同じことを言わせるつもりですの?」
アリシアお嬢様はできるだけ冷静なやり取りを心がけようとはしてくれていたけれど、エミリアから詰問されて、明らかに普段よりも声が上擦っていて、わざとらしいものになってしまっている。
「何らかの大事なやり取りをしているように見受けられましたので。その手に持っている小さなメイドの何が可哀想なのか、おっしゃってもらえますか?」
「そ、それは……」
小さくされたというのは、きっと素性に関することだから、エミリアが禁止行為だと伝えたお互いのプライバシーに関することに該当するだろう。バレたらまたわたしはエミリアから酷い目に遭わされてしまうに違いない。わたしの体は無意識のうちに震えてしまっていた。
わたしの怯えは、きっと直接アリシアお嬢様にも伝わっているだろう。アリシアお嬢様はわたしが罰を受けないように慎重に答えを探していた。
「えっと、それは……」
「それは、何ですか? アリシアお嬢様?」
エミリアが一歩ずつわたしたちに近づいてくる。胸に押しつけられたままのわたしはエミリアの姿を確認することはできないけれど、それでも威圧的な雰囲気は背中越しに感じられる。
エミリアからしたら、まんまとアリシアお嬢様の口車に乗せられた結果、秘密のやり取りをされてしまい、レジーナお嬢様という、本来仕えるべきご主人の言いつけを守れなかったのだ。真面目そうなメイドだから、きっと何がなんでも失態の挽回をしようとしてくるに違いない。
わたしはきっと、気絶するまで浴槽に全身を浸けられるとか、石鹸に括られてバスルームの床を勢いよく滑らされるとか、そういった恐ろしい目に遭わされるのだろう。二度と不要なことを口走る気にもならなくなりそうな恐ろしい罰を受けるのだろう……。
先ほどまでの心地良い理由とは違い、恐怖で心臓がバクバクしてくる。それはアリシアお嬢様も同じみたいで、心なしか先ほどまでよりも鼓動の音は大きく感じられた。
「何が可哀想なのですか?」
わたしの境遇を聞いて、嘆いてくれたアリシアお嬢様の言葉はしっかりと拾われてしまっていたらしい。
どうするのだろうかと不安に思っていると、例によって、呼吸に混ぜてアリシアお嬢様が"ごめんですわ"と小さく呟いてから、息を吐き出した。そして、なぜかわたしのことをさっきまでよりももっと強く胸に押し付け出したのだ。むにゅっと凹むアリシアお嬢様の胸に押し付けられて、今度こそ内臓が飛び出すんじゃないかと思うくらい、苦しくなる。
「か、かわいそうですわね、カロリーナ! ほら、わたくしが意地悪するから、とっても苦しそうで、可哀想ですわ〜」
声には出せないけれど、わたしは苦しみながらもアリシアお嬢様の突然のご乱心に、大いに困惑していた。そして、それは普段冷静なメイドのエミリアも同じようだった。
「お、お嬢様、はしたないからおやめください!」
「さっきもこんな風に意地悪をしていたから、それが可哀想だと言いましたのよ。こんなところエミリアに見られたくはなかったのですが、そんな風に誤解を招くようなら、こうやって実演するしかありませんわ〜」
完全に自棄になっているアリシアお嬢様の様子を見て、エミリアは明らかに慌てふためいていた。
「わかりましたから! 納得したので、もうやめてください!」
「カロリーナは小さくて可愛らしいからつい揶揄ってしまいたくなりますのよ。さっきのニンジンを食べさせる時のことも見てたはずですわ」
「わかりましたから、もうこれ以上追求しないので、そんな柄にも無いことはおやめください!」
アリシアお嬢様がわたしに意地悪をしているという、事実とは違う言い訳になったけれど、エミリアは無理やり納得してくれたようだった。というか、納得せざるを得なくなったようだ。納得してくれたのだから、もうやめてくれても良いのに、アリシアお嬢様はまだ止める気配がない。
「あ、あの、アリシアお嬢様、わたしそろそろ本当に潰れてしまいます……」
なんとか無理やり顔を上に向けて、言葉を発した。だけど、振り絞った声は大きく揺れるバスタブ内の水の音にかき消されて、アリシアお嬢様には届いていなさそうだった。
「アリシアお嬢様、もうおやめください!」
慌ててエミリアがアリシアお嬢様の手を掴みにかかろうとしたときに、ようやくわたしの体は、アリシアお嬢様の胸元から離してもらえた。
「窒息するかと思ったよ……」
安堵のため息を吐いたのだが、アリシアお嬢様の様子は相変わらずおかしい。手を伸ばして、なぜかわたしのことを高く掲げている。