パトリシアⅠ 3
屋敷に戻ったソフィアは、屋敷本体から少し離れたところにある小さな小屋のような作業用スペースへと急いで入った。薬草の調合なんてしているのが家の人や他のメイドにバレたらトラブルになりかねない。ましてや、屋敷の中に素性のわからない魔女を入れたなんてことになると、大事になってしまう。ソフィアはとにかく人目につかなそうで、屋敷の入り口に近い、外の様子を見守れる部屋を選んで準備を進めた。
薬草の使い方はある程度想像はつく。まあ、本物の魔法に触れたことなんてないから、今まで勉強してきた学術書の知識だけを使っての作業になるのだけれど。緊張した面持ちで準備を進めていると、窓の外にパトリシアお嬢様の肩に寄りかかりながら、息を切らせて苦しそうに歩く先ほどの少女の姿が目に入った。2人がやってきたら急いで作業を進められるように、すり鉢、すりこぎ棒、ビーカー等使えそうなものを揃えた。
「パトリシアお嬢様、こっちです」
小さな声で窓からソッと顔を出して、手招きをした。パトリシアお嬢様は安心したように微笑んでから、作業用スペースに入ってくる。
「お待たせ、ソフィア」
バスケットに花を入れて、パトリシアお嬢様と、肩で息をしている少女がやってきた。
「苦しいところすいませんが、指示をください。早く作ってしまわないと」
ソフィアの声を聞いて、少女が小さく頷いた。
「ごめんなさい、本当にありがとう……」
「お礼は良いですから、さっさと始めましょう」
彼女の体が持つのはあと何分ほどなのかわからない以上、さっさと作業は始めたい。
「いえ……、悪いけど、肩だけ貸してもらえるかしら?」
「大丈夫です。あなたは座っておいてください。わたしが指示通り動きますから」
ソフィアの声に、少女が首を横に振る。
「多分、わたしがやる方が早いから……」
弱っているのに、力強く訴えられかけたから、ソフィアは従うしかなかった。少女の横で肩を貸して、ただ彼女が動きやすいようにだけしていた。
パトリシアお嬢様には先に部屋に戻るようにしてもらっていたから、小屋の中にはソフィアと少女、2人きり。パトリシアお嬢様が行方不明になったと思われて、屋敷中で大捜索会でも開かれてしまって、この場所に人がやってきたら大変だから。
「あの、ほんとに大丈夫ですか……?」
恐る恐る尋ねたら、少女は冷静に答えた。
「ごめん、悪いけど今はちょっと黙ってて……」
ソフィアの耳元で、か弱い息を吐いてから、少女が信じられないくらい手際よく作業を進めた。弱りきっているはずなのに、かなりスムーズに。あっという間に摘んできた花が粉状になり、煮詰められて、薬が完成する。紫がかっていて少し毒々しい色味ではあるけれど、魔法薬としてはかなり効果を発揮しそうな雰囲気はあった。
ソフィアは少女の薬を作る手際の良さにすっかり感動してしまっていた。
「すごいですね! さあ、早く飲みましょう」
だけど、作り終えると少女が突然グッタリとしてしまう。
「飲ま……せて……」
先ほどの機敏な動きが嘘みたいに、ソフィアに体重をかけて立っているのもままならなくなっていた。そろそろ応急処置用の治癒魔法の制限時間である20分が近づいてきていたようだ。ソフィアは急いで少女を座らせて、ゆっくりと口元にビーカーを近づけた。
「口、開けてください」
小さく頷いた少女がほんの少しだけ口を開いた。彼女の顎を少し上に向けて、小さく開いた口の隙間にビーカーの中身の紫色の液体を流し込んだ。
小ぶりな鼻から小さく漏れている息は、今にも消えてしまいそうで、心配になる。だけど、焦ってはいけない。ゆっくりと、彼女の弱々しい喉の動きに合わせて、注いでいく。少しずつ減っていくビーカーの中身とともに、少しずつ弱くなっていく彼女の呼吸。ようやく全てを飲みきったのとほとんど同時に、彼女はぐったりとして、椅子の後ろの壁にもたれかかって動かなくなってしまった。
「大丈夫ですか!? しっかりしてください!」
慌てて揺すろうとしたけれど、その前に耳を少女の鼻の前に持っていき、手をそっと胸に添えてみた。
「よかった。ちゃんと呼吸も脈もあるみたいですね……」
スースーと、可愛らしい寝息を立てていた。疲労のせいで眠ってしまっただけのようだ。
とりあえず、薄いけれど、布をかけておいてあげた。床で横に寝かしてあげようとも思ったけれど、この小屋はあまり手入れがされていなくて埃だらけだから、逆に寝苦しいと思う。そのまま椅子で座らせたまま寝かしておいた。