パトリシアⅠ 1
☆☆☆9年前のお話☆☆☆
「ねえ、ソフィア! 外にいきましょうよ!」
パトリシアお嬢様に元気に声をかけられる。
当時11歳だったソフィアはまだこの屋敷で働き出してから、1年弱くらいしか時間が経っていなかった。1つ年下のパトリシアお嬢様とは、メイドと使用人という関係だった。けれど、優しいパトリシアお嬢様は、ソフィアのことを本当の友達みたいに思ってくれていて、仲良くしてくれていた。そんな優しいパトリシアお嬢様のことが大好きだったけれど、少しお転婆なところが困り物だった。
「ダメですよ、パトリシアお嬢様。怒られてしまいますから!」
ソフィアが慌ててパトリシアお嬢様を止めたけれど、パトリシアお嬢様は止まる気なんてさらさらなかった。パトリシアお嬢様が無断で外に出ようとすることなんて日常茶飯事だ。おとなしい次女のレジーナお嬢様や、とてもお行儀と聞き分けの良い三女のアリシアお嬢様とは違い、パトリシアお嬢様は元気が有り余っている。
「じゃあ、私一人で行っちゃうから!」
元気いっぱいのパトリシアお嬢様のことを力づくで止めるのは難しい。
「もうっ、わかりましたよ! ついていきますから……」
もっとも、ソフィアもパトリシアお嬢様と一緒に出かけることはまんざらでも無かった。これはある種のデートなのだ。まだ子どもなのに、信じられないくらい気品に満ち溢れているパトリシアお嬢様とのデート。気持ちを静めて一緒に歩いているけれど、心の中では飛び跳ねてしまいたいくらい気持ちは昂っていた。
パッチリとした大きな目に、高い鼻、フワフワの髪の毛、スラリと長い手足、その全てが魅力的で、眼福である。メイドにも優しくて、困っている人を放っておけない極度のお人好し。少しおてんばだけど、それもまた魅力である。好きなところを上げていけばキリがない。ソフィアはパトリシアお嬢様の全てが好きだった。
メイドとして、抱いてはいけない恋心を持ってしまうくらい、大好きだった。そんな感情がバレてしまったら怒られるのは間違いない。下手をしたらお屋敷から追い出されてしまうかもしれない。それでも、パトリシアお嬢様のことが好きなのだから、仕方がない。
そして、おてんばなパトリシアお嬢様にほとんど無理やり連れ出される背徳的な冒険も大好きだった。子ども2人だけで出掛けるなんて、バレたら大変なことになってしまう。それでなくてもパトリシアお嬢様は名家の令嬢。途中で悪い人に目をつけられたら無事では帰れない。
(私はともかく、パトリシアお嬢様が連れ去られでもしたら大変なことになってしまいますね……)
ソフィアは常に周囲を警戒しながら歩いてはいた。
しばらく歩くと、屋敷の近くにある綺麗なお花畑にたどり着く。ソフィアはパトリシアお嬢様と一緒に一面に咲いている花を見る。青、ピンク、黄色、白、まるで楽園のような景色に溶け込むパトリシアお嬢様は、そのまま絵画にでもできてしまいそうなくらい美しかった。
「ねえ、ソフィア、いくつか摘んで帰りましょうよ!」
「ダメですよ。勝手に摘んだら」
「そうなの?」
首を傾げるパトリシアを見て、ソフィアが大きく頷いた。
「見て楽しむのですよ」
「でも、あの子」
パトリシアお嬢様が指差す先にいる真っ黒な髪の女の子が必死に花を摘んでいた。もちろん、ただ花を摘んでいるだけなら、さほど気にも留めない。ソフィアとパトリシアお嬢様、2人だけの楽園に邪魔が入ってしまったのは残念だ、くらいにしか思わなかったはず。だけど、少女の様子は明らかにおかしかったから、2人の視線は少女の方に向いてしまっていた。
「ねえ、ソフィア、私あの子のとこ行ってくるね」
当然そんな様子のおかしい少女のことを、パトリシアお嬢様が放っておくわけがない。彼女は泣きながら震える手で花を摘んでいるのだから。それも、着ている服を真っ赤な血で染めながら。