新しい生活 3
次にわたしが目を開いた時、ベッドのそばにリオナが座っていた。目を開けた瞬間に、目が合ってしまったので、思わずヒッと喉の奥から声を出してしまった。先ほど散々脅されたのを思い出す。
「そんなに怖がるなよ……」
「だ、だって……」
「さっきは悪かったよ。一応突然やってきたやつのことは警戒しなきゃならねえ決まりがあんだよ」
「『決まり』って、お屋敷のルールか何かあるんですか……?」
「屋敷のルールじゃねえよ、あたしのマイルールだよ」
「つまり、このお屋敷には危ないメイドがやってくる可能性があるから警戒してるってことですか……?」
「さあ、どうだろな。あたしも最近来たばっかりだから、どんなやつが来るかなんてわかんねーよ。まあ、あたしが危ない奴だから、危ないメイドもいるってのは間違いねえけどな」
あはは、と甲高い声で笑った。先ほどから少し物騒なことを可愛らしい声で言うから、脳が混乱してしまう。
「じゃあ、なんでそんなマイルール作ってるんですか? 用心深い性格ってことですか?」
「どうなんだろうな。置かれてきた立場的には用心深かったかもしれねえけどな。まあ、強いて言えば、今までの人生で体にこびりついちまった習慣ってやつか」
「そんな物騒な人生送ってきたんですね」
少し呆れながら言ったけど、リオナは「まあなぁ」としみじみと答えていた。
「話は変わるが、お前腹減ってんだろ?」
「あ、はい……」
「さっきあたしらはご飯食べてきたけど、お前は呑気に爆睡してたからその間に食事の時間は終わって今ったぞ」
「え……、そんな……」
呑気にというか、先ほどリオナに怖がらせられたのが倒れた原因なのだけれど、と思ってため息をついた。
「取り置きとかはないんですか?」
「食事の時間はきちんと決まっているから取り置きなんてできねえよ。屋敷に食べ物長時間置いて、虫でも出たら最悪だしな」
「いや、ここって貴族のお家なんですよね……? 食事がないとどうやって生活してるんですか?」
首を傾げるわたしのことを見て、リオナもきょとんとして、首を傾げた。
「ああ、そっか。来たばっかりだもんな。大丈夫だよ。お前が気にすることじゃねえよ」
気にするというか、シンプルに疑問だったのだけれど、わかりやすい答えは返してもらえなかった。
「とはいえ、倒れるほど腹が減ってたんだろ?」
「まあ……、そうですけど。わたし、ご飯食べ損ねてるんですよね?」
わたしの眠らされている部屋に窓もないし、時計もないから、今が朝なのか昼なのか夜なのかもわからない。だから、わたしが食べ損ねたのが、朝ごはんなのか、昼ごはんなのか、夜ご飯なのかもよくわからなかった。次のご飯まで時間が空いたら嫌だな、とは思った。
「ご飯は食べ損ねてるよ。でもベイリーがお粥を作ってくれたみたいだ。持ってきてやったから食えよ」
リオナがわたしの枕元のそばの机から、お粥を取り出して渡してくる。
「食料はないのに、お粥は作れるんですね?」
「ベイリーは古株だから上手いこと食料入手できる方法でも知ってるんじゃねえのか? それに、日持ちのするものばかり使っているから、もしかしたら少しの間だけキッチンに置いていたのかも知れねえしな。いずれにしても、あたしたちの気にすることじゃねえよ」
手渡してもらったお粥はすでに冷めているが、別に食べられればなんでもよかった。米と水と塩だけのシンプルなお粥。……のはずなのに、中を見て違和感があったから一瞬固まってしまった。
「お粥じゃ不満かも知れねえけど、お前のげっそりした感じ見ると、このところろくに飯食えてなかったんだろ? だったらまず胃を慣らしていくところから始めねえと」
「いえ、お粥食べたいですし、嬉しいです。ただ……」
「なんだよ、もう冷めちまってるから、それが不満か? 無理やり起こすのも気が引けたから、起きるまで待っておいてやったのに」
わたしは首を横に振った。冷めているお粥でもとっても美味しそうに見えるくらいわたしはお腹が減っていた。だから、気になるのはそんな話ではない。もっと根本的な、お粥そのものについてのことだ。
「ねえ、これってもしかしてお米じゃないの……?」
料理名がお粥だし、中に入っているものも白かったから、勝手にお米が入っているものと思っていたのに、よく見たら小さなお餅だった。……いや、大きなお米粒と言った方がいいのだろうか。少なくともわたしが知っているお米ではない。一粒一粒が飴玉みたいに大きな白い塊が入っていた。
「米じゃなかったら、何が入ってると思ってんだよ?」
首を傾げるリオナを気にせず、わたしは閃いた。
「あ、白玉か」と一人で納得した。見た目は白玉にしか見えないもの。とはいえ、お粥に白玉をいれるなんて聞いたことはないけれど。
「よくわからねえけど、納得したんならよかったよ」
リオナには呆れられてしまったけれど、わたしはとりあえず食事を急いだ。今度こそ、倒れる前に口に食べ物を入れる。
「美味しい……」
体の芯から声がでる。すでに温くなったお粥だし、なぜかお米ではなく、大量の白玉が入っているのに、味は悪くなかった。
「でも、味はお米なんですね。白玉じゃないんですか?」
「まあ、どっちでもいいだろ。食えたら」
「まあ、良いと言えば良いんですけど……」
味はお米なのに、見た目は白玉みたいに一粒一粒が大きい。得体のしれない場所で、得体の知れないものを口に運んでも良いのだろうかと心配になってくる。口元にスプーンを持って行ったまま、口に入れようか悩んでいると、突然勢いよく部屋の扉が開けられたから、わたしの視線は白玉米から扉の方へと向いた。