新しい生活 2
「さっき連れて来られた新しいやつってお前か?」
ズカズカと早足でわたしの前までやってきたリオナがメンチを切るみたいに睨みながら、わたしに顔を近づけてきた。威圧的な雰囲気が怖くて、「は、はい……」と弱々しく頷いた。
目の前の真っ赤な髪色のショートヘアの少女は全然優しい人じゃなかったし、どちらかといえば怖い人の部類に入りそうだった。普通にしていたら、少し気の強そうな少女くらいのレベルなのに、睨んでくるとそのまま殺されてしまうのではないかというくらいの殺気を放ってきて、とても怖い。ていうか、そもそもわたしは怒らせるようなことをしたわけではないのに、どうして怯えさせられているのだろうか。
「おい、お前はなんでここに来たんだよ?」
「何でって……。って!? 痛たたた……」
リオナは問いかけながら、いきなりわたしの手首にさっと触れた。その瞬間、突然痛みが襲ってきたから、思わず叫んでしまったのだ。
「痛いって! 何してるの!?」
リオナは一瞬のうちにわたしの両腕を背中側で固定しながら、足を使ってわたしの足も器用に固定して身動きを取れなくしてしまった。ただでさえ空腹でまともに動けないのに、痛みまで加えられて、まったく動けなくなってしまった。
そんなわたしのことなんて気にせずに、リオナはメロディとキャンディの方に話しかけていた。
「お前らな、まだこいつはどんな奴かわからねえんだから、気をつけろよな。危険なやつだったらどうするつもりだよ?」
「だいじょーぶだよ!」
「カロリーナちゃんは良い子だよ!」
「お前らの良い子の基準は信用できねえんだよ!!」
リオナが一喝しても、2人はまったく怯む気配はなかった。
「メロディの人を見る目は凄いからだいじょーぶだよ!」
「キャンディの人を見る目も正確だからだいじょーぶだよ!」
「なら、あたしは良い人か悪い人かどっちだよ?」
「「良い人!」」
2人で声を揃えて答えていたのを聞いて、リオナがため息をついた。
「ほらな、お前らの見る目は当てにならねえんだよ」
「わかった。じゃあ、もっとちゃんとした方法で判断するからちょっと待ってね!」
「キャン頼むね!」
キャンと呼ばれていた方、つまりキャンディの方ががわたしに近づいてくる。
「おい、だからキャンディ、マジで近づくなって。こいつ危ねえやつかもしれねえんだぞ! 迂闊に近づいて厄介な能力でも持ってるやつだったらどうすんだよ?」
リオナの問いかけには、メロディが答えた。
「大丈夫だよ、リオナちゃん。わたし、もうお手手繋いでるから! 何も考える余裕がないくらい、お腹空いてるみたい! だから、何考えてるかよくわからなかったから、悪い人じゃないよ」
「考えてることがわかんねえんだったら、良いやつかどうかわかんねえじゃねえかよ!」
リオナがメロディに気を取られていた隙に、キャンディがわたしの方にやってきて、勢いよく抱きついてきた。ギューっと声を出しながら、頬同士をくっつけて、しっかりと抱きしめてくる。リオナがわたしを固定している状態で抱きついてきたから、前後から抱きしめられている。
なぜだかわからないけど、キャンディに抱きしめられたら、とても安心する。フニフニとした柔らかい頬っぺたのせいだろうか。心地良い揺かごの中にいるみたいに、気持ちが和らいでくる。このところ人の温かみなんて全然感じなかったからだろうか、ほんのり疲れが緩和されて、気持ちが浄化されていくような気がした。
そんなわたしたちの様子を見て、リオナは心配そうにしていた。もちろん心配の対象はキャンディだけに対してだけど。
「おい……、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ。お風呂入ってないみたいだから、ちょっと臭いけど、概ね心地よかった」
「ならいいんだけどよ……」
臭いと言われたわたしのメンタルは少し傷ついたけど、たしかにもう最後に水浴びをしたのはいつだったかわからなかったし、臭くても仕方がないかと諦めた。
「おい、カロリーナとかいうやつはどうなんだよ? 痛かったか?」
「痛かった……?」
キャンディの抱きしめ方はとても優しくて、痛みを感じる理由がない。痛いどころか、とても安らいだ。
「普通に気持ちよかったですよ」
厳密には普通以上に心地の良い気分になっていたけれど。
「なら、大丈夫なのか」とリオナは一応納得してくれたみたいだった。根拠はまったくわからないけれど。
キャンディとメロディとのやり取りを通じて、少しだけ隙を見せるように穏やかな声になったのに、リオナは再びわたしの耳の近くに口元を近づけて、腹立たしそうな声を出す。
「で、どうなんだよ。お前はなんでここにいるんだよ?」
「なんでって……。わたしはお腹が空いて倒れていたところを見知らぬ女性に助けてもらったんです……。で、お腹を空かせたくないんだったらお嬢様のためにメイドになれって……、って、な、な、何してるんですか!?」
答えている最中に突然耳たぶに生ぬるい感覚がやってくる。リオナがわたしの耳たぶに歯を当てたようだ。
「一応聞くが嘘じゃないんだろうな? 嘘だったらこのまま噛みちぎるが」
わたしは震えた声で「う、嘘じゃないです……」と怯えながら答えた。どうしてこの人はこんなにも喧嘩腰なのだろうかと怖くなる。
「そうか」と言ってから、リオナはようやくわたしへの拘束を解いた。その瞬間、わたしの体はプレッシャーから解放されて油断したことで、力が抜けた。あっ、と思った時にはすでに座っていた状態から、上半身も倒れ込んで柔らかい絨毯の上へと乗ってしまった。
「あっ、リオナちゃん! カロリーナ倒れちゃったよ!」
「リオナちゃん! 助けてあげて!」
キャンディとメロディが急いでわたしの元へと駆け寄りながらリオナのことを頼っていた。
「わたしを極度のプレッシャーの元に置いて、疲弊させたのはそのリオナなのだけど……」
聞こえないくらい小さな声で呟いていたわたしは、ゆっくりと目を閉じていったのだった。