現実 2
「ねえ、リオナ。わたしたちずっとこのままなの?」
「さあ、知らねえよ。でも、突然また元の大きさに戻るってのも考えづらいし、かといって原因もわかんねえから対処の仕様もねえよな」
わたしとは違って、まったく今の小さな体に危機感がないようなリオナのことを不思議に思った。
「リオナはこのままでいいの? 戻りたくないの?」
わたしは当然リオナがすぐに否定すると思った。この質問への答えは「戻りたいに決まっている」という一択だと思っていた。なのに、リオナは少し考え込んでから、「わかんねえや」と投げやりに答えた。
「わかんねえって……、今のわたしたち、アリシアお嬢様やエミリアさんから見たら、こんなに小さいのよ?」
わたしは親指と人差し指でCの形を作った。指で作ったCの字の隙間にすっぽりはまってしまうような大きさで良いわけがない。
「確かに、今のあたしじゃキャンディとメロディのこともまともに守ってやれねえし、それは不便だな。エミリアがあの2人に嫌がらせをしたときにも、まともに対処できねえし」
リオナがため息をついた。
「ほら、やっぱり嫌なんじゃないのよ」
「それでも、昔の生活よりもは今の方がずっと良いな。小さいこと以外は困ったことはねえし、そもそもこのメイド屋敷の中ではあたしたちは元のサイズと変わらねえしな」
今度は躊躇いなく言い切った。
「ねえ、リオナの昔の生活って、一体何をしてたの?」
初めて会った時に、初対面の人間のことは警戒するというリオナの中での自分ルールを教えてもらった。言葉遣いは怖いけれど、とても優しいリオナ。
だけど、そんなリオナは警戒心が強すぎて、初対面のわたしのことを多少の暴力を使ってでも動けないようにした。もし彼女の生きてきた環境がそうさせたのだとしたら、きっとそれなりに物騒な環境で生きてきたに違いない。
「そんなこと聞いてどうすんだよ?」
「どうするっていうか……、純粋に気になるっていうか……。今の方がマシなくらいの生活してたってことは、よっぽど酷い生活をしてたんじゃないのかなって思って……」
わたしが尋ねると、リオナは首を傾げた。
「そもそも、あたしたちの今の生活そんなに悪いか?」
「そんなに悪いかって……、だって、大きさが……」
「でも、小さい以外はそれなりに快適な生活じゃねえかよ」
「それは……」
否定はできなかった。一日三食美味しものが出てくるし、一緒に生活しているのも優しいメイド仲間ばかりだった。少なくとも、ここには無理やりわたしの将来を決めようとする人なんていない。好きでもない人と結婚をする必要もない……。正直そこまで悪く無い気もしてきて、リオナに論破されてしまいそうだったから、わたしはなんとか反論材料を思い浮かべる。
「だ、だって、ケーキもドーナツも、クッキーも一個食べきれないもん!」
お菓子は一人で丸々一個食べたい。きっと、小さく切り分けて食べることはできるのだろうけど、ケーキは生クリームとスポンジ部分は一緒に口に入れたいのに、今の体じゃ難しそう。一番美味しい食べ方ができないではないか。
真剣な悩みを伝えたけど、リオナは不思議そうな顔でわたしを見てから、口を開く。
「なあ、お前さ、もしかして元々結構良いところのお嬢さんだったりするのか?」
「え?」とわたしは驚いた顔でリオナを見つめた。
「だって、まず真っ先にお菓子の心配は出てこねえだろ。そんな甘いもの、あたしはここにくるまで何年も口に含めなかったし」
「えっと……」とわたしがどう答えようか困っていると、リオナが続ける。
「それに、前々からちょっと令嬢じゃねえかって疑ってたんだよ」
今度は本当に不思議だった。リオナと会ってからのわたしに、そんなものを匂わせるものは何もなかったと思うけれど。
「お前の服、洗濯場でキャンディとメロディが洗ってんの見たんだよ」
そういえば、本当は今日は屋敷の掃除の後に、わたしも一緒に洗濯をすることになっていたのに、ソフィアと一緒にアリシアお嬢様の部屋を歩いていて、それどころではなかった。キャンディとメロディには酷い態度を取っちゃったし、後で謝ってからお礼を言っておかないといけない。そんなことを考えながら、リオナの言葉の続きを聞いていた。
「かなりボロくなってたけど、元は高そうな衣服だった。ドレスじゃねえからパッと見じゃ分かりづれえけど、あれは間違いなく良い素材の服だったな」
「よくわかるんだね……」
「昔の仕事柄、金目の物は嫌でもたくさん目にしてきたからな……」
リオナが小さくため息をついた。
「で、なんでそんな良いとこのお嬢様が空腹で路傍に倒れて、気づいたらあたしたちと同じ手乗りサイズのメイドになってたんだよ?」
リオナにかなり推測されてしまったし、ちょうど誰かに話したい気分でもあった。どうせ元の大きさに戻れるまでは一緒に暮らす仲なのだし、言ってしまってもいいのかもしれない。