新しい生活 1
「おはよー」
「おはよー」
「朝だよ!」
「朝だよ!」
「起きて!」
「起きて!」
そっくりだけど、別の声で交互に繰りかえされる同じ言葉を聞いて、わたしはゆっくりと目を開けた。
ついさっきまで横たわっていた冷たい地面とは違い、今のわたしはとても温かい場所にいた。どうやら、ふかふかのベッドで、きちんと掛け布団までかけて眠らせてもらっていたらしい。
わたしの顔を覗き込むのは2人。2人とも、とてもそっくりな顔をしている。海みたいに綺麗な青色の長い髪。好奇心旺盛そうな大きな瞳。無邪気に笑いかけてくる小さな子どもたちの年齢は、わたしよりも幼そうだった。
「ここどこ? まだ夢……?」
キョロキョロと辺りを見回すと、ベッドと机と椅子が置いてあるだけの殺風景な部屋で、どうにも現実味がなかった。広さは12畳ほどあり、それなりに広い部屋だったから、余計に殺風景さが目立っていた。そんなぼんやりとしているわたしに向かって、海色の髪の毛の2人が交互にこちらを見つめて主張する。
「夢じゃないよ!」
「現実だよ!」
「今日からよろしくね、新しい人!」
「よろしくね!」
とっても元気そうな2人に気圧されてしまい、なかなか起きようとも思えない。
「ここはあなたたちのお部屋? 勝手にベッド使っちゃってごめんね……」
謝ったけど、2人とも大きく首を振って否定した。
「違うよ!」
「そう、違うの!」
「あなたのお部屋!」
「あんたのベッド!」
2人に言われて、状況を思い出してくる。
「そっか、わたしメイドになるんだっけ……」
この2人も同僚というわけか。まだ汚れと破れでボロボロになっている衣服を着ているわたしとは違い、可愛らしいクラシカルの綺麗なメイド服を着ていた。2人とも体が小さいからか、ロングスカートが地面に引きずってしまいそうなくらい長くなっていた。
「ねえ、新しい人、お名前は?」
「お名前! お名前!」
2人でわたしの手を握って、引っ張り上げて起こす。
「えっと……、カロリーナ……」
「カロリーナ、よろしく!!」
「よろしくね、カロリーナ!!」
随分と楽しそうな青髪の同じ見た目の少女たちの高いテンションは、まだ空腹のわたしには辛かった。
「こっちはキャンディ!」
「こっちはメロディ!」
それぞれのことを指差して自己紹介をしてくれたけど、鏡に写したみたいにそっくりな二人は、どちらがどちらなのかはよくわからなかった。
まあ、覚える必要もないかと思った。わたしの仕事はただお嬢様と呼ばれる人の周りの世話をするだけ。そうすれば、食事の保証はしてもらえるらしいから。
「そう……」と一応返事はしたけれど、興味はなかった。そんなことよりも、水でいいから一刻も早く胃に物を落としたかった。
「カロリーナ、早く行こうよ!」
「行こう、行こう!」
「え、ちょっと……」無理やり握ったままの手を引っ張られて起こされてしまった。
「ねえ、どこに行くのよ?」
「カロリーナ、お腹空いてるんでしょ?」
「カロリーナお腹空いてるの? 食いしん坊さん?」
片方の青髪少女がわたしを空腹と決めつけて、もう片方が首を傾げていた。わたしはまだ空腹であることなんて一言も発していないから、片方の子にだけお腹の音が聞こえてしまったのかもしれない。
「リオナちゃんとこ行くの!」
「何かたべさせてもらお!」
よくわからないけれど、とりあえずそのリオナという人のところに行けば、何かもらえるらしい。メイド長か何かだろうか。
2人に引っ張られるままに歩こうとと思ったけれど、足に力が入らなかった。
あっ、と小さな声で呟いたわたしはそのまま力が抜けて地面に座り込んでしまった。
「どうしたの?」
「カロリーナ、大丈夫?」
2人一緒にわたしの顔を覗き込んでくる。
「カロリーナお腹ぺこぺこで動けなくなっちゃったみたい!」
「大変! カロリーナ頑張って!」
勝手に力が抜けた理由を空腹由来だと断定されてしまった。まあ、間違っていないから良いのだけど。
「キャンはリオナちゃん呼んできて!」
「メロはカロリーナを見ておいて!」
2人とも、手際よく分かれて行く。お互いにメロとキャンで呼び合ってるらしい。メロと呼ばれた方の少女がわたしの元に残り、キャンと呼ばれた方の少女がパーマがかった長い髪を振りながら、元気に部屋から出て行った。
「カロリーナ、大丈夫?」
さあ、とはぐらかすと、真剣な瞳でメロディがわたしの瞳を覗き込んだ。
「お腹ぺこぺこで辛いかもしれないけど、リオナちゃんが来るまで頑張ってね!」
そのリオナというのは何者なのだろうか。メイド長なのか、それとも救護担当でわたしの看病でもしてくれるのだろうか。いずれにしても、きっと優しそうな子が来るものだと思って待っていた。お屋敷で働くメイドということならば、きっとお上品な子なのだろうと。
しばらくして、ドタドタと足音がして、人がやってくる。
「リオナちゃん、こっちだよ! 早く早く!!」
「なんだよ、めんどくせーなぁ」
ドアをノックすることなく、ドタンっと勢いよく扉を開けて入ってきたのは真っ赤な髪色の背の高い少女だった。