専属メイドテスト 2
屋敷に手を突っ込んだまま、顔は屋敷前の棚の上に突っ伏してしまったベイリーの手の前で立ち尽くしていた。
「どうしましょうか。ベイリーさん調子悪そうだし、放っていくわけにもいきませんし……」
「でも、わたくしたちじゃ、介抱もできませんわ」
目の前に力無く置かれた右手を退けることすらわたしたちにはできなかった。
2人で立ち往生していると、今度はソフィアがやってきて、ドアの外からベイリーに声をかけていた。
「ちょっとベイリーさん、なんでアリシアお嬢様の部屋に来てるんですか……、ちゃんと休んでおかないと……。って、なんで屋敷の中に腕を突っ込んでいるのですか!?」
慌ててソフィアがベイリーの腕を屋敷の中から引き出してくれた。
「まったく、勝手に部屋から抜け出したと思ったら、アリシアお嬢様とカロリーナさんをビックリさせてどういうつもりですか!」
「だ、だって、わたしの部屋覗かれたくなかったのよ!」
「別にもう覗かれて嫌なものなんてないですよね?」
「でも、あれだけわたしたち揉めてたのに、本当は仲良しだったなんて知られるの恥ずかしいもの!」
「良いじゃないですか。みんな安心してくれますよ」
出入り口のドアから状況を見守っていると、ソフィアがベイリーの右手を屋敷の外に出して、ベイリーのことをズルズルと引き摺りながら運んでいく。
「別に、わたくしはあの2人が仲良かったことは知ってますわ」
屋敷の外に出て、大きな2人のメイドが去っていくのを見守ってから、アリシアお嬢様がクスッと笑った。わたしは詳しく知らなかったけれど、仲が良いならそれで良い気がするのに、ベイリーの感情は複雑だなと思った。
「じゃあ、わたしたちは中に戻りましょうか……」
そう言った瞬間、棚の下から海色の髪の毛の頭が2つ、ヌッと現れた。まるで崖の下から突如巨人が現れたみたいな感覚になってしまう。
「わっ!? なんですの!」
机に両手を置いて、手で棚の縁を持って、目から上だけ出したキャンディとメロディがわたしたちのことを覗いていた。
「カロリーナ、アリシアおじょーさま! 遊ぼ!」
「2人とも明日からは元に戻っちゃうんでしょ? 今のうちに小さい2人と遊びたい!」
2人とも無邪気に言っているけれど、巨大な幼女と遊ぶのはどれくらい危険なことかはすでに400分の1サイズのときに実感していたから、あまり気が進まなかった。とくにアリシアお嬢様を怪我させるわけにはいかないし。けれど、当のアリシアお嬢様は楽しそうにしていた。
「良いですわ! 何しますの?」
「え? ちょっと、アリシアお嬢様、危ないですって……」
「大丈夫ですわ。リオナがちゃんと2人のお姉さんをやってくれているし、危険になる前に止めてくれるはずですの」
「えぇ……。リオナはたしかに面倒見は良いですけれど、かなりガサツですし、怪力ですよ……。止めようとした時にアリシアお嬢様のことを握り潰しちゃうかも」
わたしが冗談半分で呆れてため息をついたら2人の後ろからリオナが現れる。キャンディとメロディも今のわたしたちからしたら十分に巨大なのに、その2人よりもリオナの方が元々遥かに背が高いから、かなり大きさの感覚が狂ってしまいそうになる。
「おい、あたしみてえなか弱い少女のことゴリラみてえに言うのは聞き捨てならねえな」
リオナがわたしのメイド服の首元を掴んで持ち上げた。わたしは手足をバタつかせたけれど、まったくおろしてくれる気配はない。
「こんなに可愛い姿してんだからもうちょっと態度は気をつけたほうが良いんじゃねえのか?」
リオナがいたずらっ子みたいに無邪気に笑いながらわたしの襟首を持って宙に浮かせたままブラブラと揺らした。
「ちょっと、やめなさいって!」
リオナに言った後、机の上でわたしのことを見上げているアリシアお嬢様に向かって声をかける。
「ほら、見てくださいよ! リオナはこんなにも幼稚なんですから、キャンディとメロディと精神年齢は同じくらいですよ!」
「随分と楽しいお姉さんですのね」
わたしの抗議を聞いても、アリシアお嬢様は楽しそうに笑っていた。
まあ、わたしが本気で不快感を抱いているわけじゃいのはアリシアお嬢様もわかっているだろうけれど。今回の大騒動の中でわたしはリオナのことはすっかり信用し切っていたから、今回もそろそろやめてくれることはわかっていた。そんなわたしの感情を知ってか知らずか、リオナがわたしのことを優しく机においた。
「ま、今日のところはこのくらいにしといてやるよ」
アリシアお嬢様の真横に置かれたから、アリシアお嬢様に腕を引っ張ってもらって立ち上がらせてもらった。
「楽しそうでしたわ」
「楽しくなんてないですよ!」
ウフフと、アリシアお嬢様が笑ってから、今度はリオナとキャンディとメロディの方に向き直して、真面目な顔をして、大きな声を出した。
「突然ではありますが、これから3人には専属メイドのテストをしようと思いますの!」
言われた3人が驚いていたのは言うまでもないが、かなり突然のことにわたしも驚いた。そして、不安にもなった。アリシアお嬢様は専属メイドがわたしでは物足りなかったのだろうか。




