ベイリーはどこに? 5
「『ソフィアが言いたいのって、離れの小屋のことだよね? そういえばベイリーならあそこにいるかもしれないね!』」
エミリアがパトリシアお嬢様の言葉を伝えてくれたから、それをわたしもソフィアに伝える。ソフィアが大きく頷いた。
「ちゃんと伝わっていたみたいで良かったです」
ソフィアが微笑んだ。
「離れの小屋はベイリーさんのお気に入りの場所なんですか?」
「お気に入りの場所というか、昔から喧嘩をしたときによく篭ってましたから……」
ソフィアが呆れたように笑った。
「あの人、しっかり者だし腹黒いところもあるけれど、根はかなり子どもっぽいからきっとパトリシアお嬢様が見つけるまで小屋で塞ぎ込んで泣き続けてるんじゃないですかね」
わたしがここに来てからはいがみ合っている2人のことばかり見ていたから、どこか赦しをを与えるような優しいソフィアの笑みを見て、不思議な気持ちになる。
「ソフィアさんとベイリーさんって一体どんな関係なんですか?」
「どんなって、また面白いこと聞きますね」
少し間を開けてから、「そうですね……」とソフィアが続けた。
「いろいろな感情がありますけれど、少なくとも嫌いではないですよ。たとえ8000分の1の大きさにされて、あわやもっと小さくされてそのまま埃と一緒に空気を漂わされそうになったのに、まだ2人きりで話して平和的解決をしたいくらいには」
そういえば、あの時はパトリシアお嬢様が止めてくれたからソフィアは8000分の1の大きさで済んだけれど、もし止めに入らなかったら、一体どこまで小さくされていたのか、わからなかった。
「2人きりで話すって、絶対やめたほうが良いですって! ベイリーさん2人きりだとソフィアさんに何するかわかりませんよ?」
それに、8000分の1サイズで一人で部屋を歩くなんて、無事では済まないだろうし。
「ちょうど良いではないですか。私だってパトリシアお嬢様とカロリーナさんのことを箱に閉じ込めていたような何をするかわからないメイドなのですから」
「それとこれとは……」
「それに、行けばわかると思いますがきっと私が一人で行くことになりますし」
どういうことだろうかと思って首を傾げていると、それを尋ね返す前に目的地に着いたみたいでパトリシアお嬢様たちの足が止まった。外に落ちないように、こっそり巨大なパトリシアお嬢様のことを見上げてみた。とりあえずパトリシアお嬢様がドアを開けようとしたけれど、鍵がかかっているみたいでまったく反応がなかった。それを確認してから今度は姿勢良く扉をノックした。
「ねえ、ベイリー。いるの? いたら開けてよ」
「鍵がかかっていて中に入れないみたいね」
エミリアが状況を教えてくれる。それをソフィアに伝えると、ソフィアが納得する。
「ということは、ベイリーさんがいますね。中から音がしないか、耳を澄ませてもらってもよろしいですか? 多分エミリアさんが一番聞き取りやすいと思いますので、一回地面に下ろしてもらって中の音を聞かせてもらうように言ってもらっても良いですか?」
地面に下ろす必要があるのだろうかと思っていたけれど、エミリアは言われた通りパトリシアお嬢様に頼んで床に下ろしてもらう。パトリシアお嬢様が誤って踏み潰してしまわないように少し距離を取った。エミリアがぺったりとドアに耳をくっつけて中の音を聞き取ろうとする。
「啜り泣く声がしてますね」
「そうでしょうね。ありがとうございます」
エミリアにお礼を伝えてから、わたしの方を見上げた。
「カロリーナさん、ちょっと私をポケットから出してもらっても良いですか?」
「良いですけど、危なくないですか……?」
「大丈夫ですよ、もっと危ないことしますから」
「え……?」
わたしがポケットの外に出した瞬間に、あろうことかソフィアが飛び降りたのだ。わたしはエミリアのポケットの中にいるから、ソフィアもそこから飛び降りるみたいなもの。小さくなって空気抵抗がなくなるから、高所から飛び降りても大丈夫なことは知っているけれど、ソフィアの高さからだと100メートル以上の高さになるだろうに、それを躊躇なく飛び降りたことに驚いた。わたしは慌ててソフィアを捕まえようとしたけれど、ソフィアはそれより先に扉の下の隙間に潜り込んでしまった。
「ソフィアさん! 何してるんですか!」
ドアの隙間に手を入れてなんとか捕まえようとしたけれど、ソフィアはわたしの手の届かないところにまで入ってしまっていた。
「大丈夫ですよ、カロリーナさん。ベイリーさんのことを説得して、ちゃんと帰ってきますから」
Vサインをしてからソフィアは部屋の中へと駆けていった。ベイリーと2人きりになることへの不安もあったけれど、8000分の1のサイズで一人部屋の中に飛び込むなんて、一体何を考えているのだろうか。不安に思っていると、頭上からエミリアの声が聞こえてきた。
「心配ですけれど、あの2人のことですから、なんだかなんとかなりそうな気がしますよ」
わたしよりも2人のことをよく知っているエミリアのことを今は信用するしかなかった。




