ベイリーはどこに? 3
呼吸に吹き上げられたわたしたちは、どんどんパトリシアお嬢様の高い鼻に近づいていく。綺麗に手入れされた鼻の入り口にはほとんど毛はないから、吸い込まれたらかなり奥の方まで連れて行かれてしまう。わたしとアリシアお嬢様は宙に浮き上がりながら、両手を握り合って、見つめ合った。スカイダイビングの逆のような体勢になる。
「リーナちゃん、怖いですの……」
どんどん机上からの距離が離れていく。
「アリシアお嬢様! カロリーナ!!」
エミリアもわたしたちがポケットから出てしまったのに気がついて、慌てて立ち上がると高い身体能力で目一杯ジャンプをする。わたしたちを捕まえようとしてくれたけれど、残念ながらもうすでに手の当たらないような場所にまで舞い上がってしまっていた。
「パトリシアお嬢様! 絶対に口を開けないようにしてください! あとできるだけ呼吸を静かにしてください! アリシアお嬢様とカロリーナが吸い込まれそうになってます!」
パトリシアお嬢様から反応はなかったけれど、空気の流れが弱くなったと言うことは、エミリアの言葉は伝わってくれたようだった。
「とにかくどこか掴まれる場所は……」
わたしは周囲をキョロキョロと見回した。もうパトリシアお嬢様の顔は間近になっている。
「リーナちゃん! パトリシアお姉様の唇に掴まりますわ!」
「わかりました!」
リップで潤っているパトリシアお嬢様の唇なら確かに掴まることはできるかもしれない。わたしたちは必死に手を伸ばしてパトリシアお嬢様の唇に捕まったのだった。ペタリと体を引っ付けた。鳥餅みたいに粘着力のあるパトリシアお嬢様のリップ。そこでわたしたちは片手を繋ぎながら、必死にパトリシアお嬢様の唇にしがみついていた。
「パトリシアお嬢様! 今唇に2人がいますので、顔を近づけていただけますか!」
机上からエミリアの声が聞こえた。パトリシアお嬢様は口は開かず、言われた通りに顔を近づけていく。机に顎をゆっくりと乗せて、エミリアがパトリシアお嬢様の唇を触る。わたしたちのことをソッと掴んで引き離してくれた。
エミリアは両手でギュッと握りしめるみたいに、わたしたちのことをまとめて捕まえた。それぞれの手で片方ずつ捕まえているわけではないから、わたしはアリシアお嬢様に身をくっつけることができた。エミリアの手の中でわたしたちは体を密着させられた。
「とりあえず、無事に捕まえられて良かったです……」
エミリアがホッと息を吐く。その呼吸もそれなりに強いけれど、さすがにわたしたちを吸い上げるくらいには強くはなかった。ポケットの中のソフィアも無事みたいで、とりあえず一件落着である。
「『ごめんね……』とパトリシアお嬢様がかなり申し訳なさそうに謝っていますね」
「いえ、パトリシアお嬢様が悪いわけではないので」
とりあえず、ひと段落ついたわたしたちは、もうパトリシアお嬢様に吸い上げられないように細心の注意を払いながら状況の説明をした。これからベイリーを探して元に戻してもらえないかと伝えにいくことを説明する。
「『でも、ベイリーは今どこにいるかわからないよ……。もちろんわたしは一緒に探すけれど』と言ってますね」
「それでもみんなでなんとか探しましょう。……と言ってもパトリシアお嬢様をたくさん歩かせてしまうことになるかもしれませんけど……」
「『その点については大丈夫だよ。小さな体の時にいっぱい体力つけたから!』と言ってますね」
とりあえず、頼もしいパトリシアお嬢様がわたしたちのことを順番に掴まえてポケットの中に入れていった。元の大きさの時にはドレスを着ているパトリシアお嬢様だけれど、今日はわたしたちを運べるようにポケットの付いている服を着てくれていた。
左のポケットにはリオナ、キャンディ、メロディ。右のポケットにはわたしとアリシアお嬢様とエミリアとソフィアを入れる。人数的には3人と4人だけれど、実質こっちはエミリア一人だったからかなり余裕はあった。
「とりあえず、みんな絶対に飛ばされないように気を付けてくださいね」
エミリアの言葉を聞いて、わたしたちは大きく頷いた。