ベイリーの怒り 5
パトリシアお嬢様をポケットの中に入れて、さっさと屋敷の外に出ていってしまったベイリー。そして、そこに残されたわたしたち。20分の1サイズのリオナ、エミリア、キャンディ、メロディ、そして400分の1サイズで机に乗っているわたし、さらには8000分の1サイズでわたしの手のひらの上で弱々しい呼吸をしているソフィア。6人が残されてしまった。
「これからどうしたら良いのかしらね」
静まり返った部屋の中で、エミリアがぼんやりとした調子で呟いた。少なくとも、アリシアお嬢様の肉眼でほとんど見えなかったサイズのわたしの手のひらに乗ってしまうような、この小さなドールハウスが山のように巨大に感じてしまうソフィアを一人で置いて元の大きさに戻るなんて残酷なこと、できるわけがなかった。
「とりあえず、キャンディとメロディ、お前らは一番無関係に連れてこられちまったんだし、先に戻れよ。ベイリーだってなんだかんだでお前らにメイド仕事の斡旋はしてくれるだろうし、少なくともパトリシアが路頭に迷わせるようなことしねえよ。ソフィアのことはあたしらでなんとかするから」
ようやく身動きが取れるようになったリオナが、キャンディとメロディに言う。
確かに、わたしとリオナとは違い、本当にこの2人は無関係なのに連れてこられて小さくされたわけだから、一番元に戻してあげなければならない子だった。それに、当時はリオナがいないと生活ができなかったかもしれないけれど、今はパトリシアお嬢様や、実は優しいレジーナお嬢様、それにアリシアお嬢様。この優しい三姉妹がキャンディとメロディのことは屋敷で働けるように手配してくれるに違いない。それでも、キャンディもメロディも首を横に振った。
「キャンディ、まだ戻らないよ。戻ったらソフィアのこと見えなくなっちゃう!」
「メロディ、まだ戻らないよ。ソフィアのこと心配!」
すでにキャンディとメロディのサイズだと、ソフィアは指先で潰せてしまうくらい小さい。だから、これ以上サイズ差が広がると見えなくなってしまうことを危惧している。昔はあれだけソフィアのことを苦手にしていたけれど、やっぱり2人が優しい子なのは実感した。
そうやって話していると、ドンドン、と巨大な音で扉が叩かれ、ドアが開く。ブワッと強い風が吹いて、吹き飛ばされそうになったソフィアのことを慌てて両手で包み込んだ。その瞬間、雷鳴のようなベイリーの声が聞こえてきた。その声に呼応してエミリアが慌てて入口の方にかけていった。
「はい、すぐに行きます!」
多分、エミリアを呼びつけたのだろうけれど、その声は大きすぎてわたしにはうまく聞き取れなかった。エミリアが出ていくと、わたしの手のひらの上に動きがあった。小さなソフィアがゆっくりと起き上がったのだった。
「こ……ここは……?」
ソフィアがキョロキョロと見回して、わたしと視線があった。
「カロリーナさんがいるということは、ここは天国でも地獄でもないと言うことですね……。ベイリーさんは私を生かしておいてくれたということですね……」
ソフィアが少し安堵をしてから、冷静に状況の分析を始めた。
「カロリーナさんの奥にいるのは、大きすぎてよく見えないですけれど、多分あの綺麗な空色はキャンディさんかメロディさんの髪の毛でしょうか。あの2人とカロリーナさんにサイズ差があるということは、きっとまだ皆さん元に戻ってないんでしょうね。つまり、今の首が痛くなるほど見上げてもぼんやりとしか見えないような巨大なキャンディさんとメロディさんが、元の私のサイズということですよね。およそ8000分の1、1センチの距離が80メートルに感じられてしまう、小さな小さな私が今の私。そう言うことですよね?」
わたしが恐る恐る頷くと、ソフィアがホッと息を吐き出した。
「この程度の嫌がらせで済んで良かったんでしょうね、きっと」
サラリと受け入れるソフィアに困惑してしまう。
「この程度って……」
8000分の1サイズにされてしまうことは、この程度のこととして受け入れても良いことではないように思う。ソフィアは強いなと思った。それとも、パトリシアお嬢様を独占するということが、ソフィアとベイリーの間ではそのくらいの重罪であることを知った上で、いろいろと覚悟していたのだろうかとも思った。