ベイリーの怒り 3
「おい、ベイリー、てめえのキスは人を小さくすんだろ? ソフィアをどうする気だよ?」
リオナが大きな声を出す。
「どうするも何も、大切なパトリシアお嬢様を長期間監禁していた不届きなメイドに罰を与えるだけよ」
「ば、罰って……。どういうことですか!」
わたしが叫ぶと、ベイリーが冷静に答える。
「どこまでも小さくするだけよ。それで、風に飛ばされて、元の大きさに戻ったパトリシアお嬢様の毛穴にでも入って大好きなパトリシアお嬢様とずっと一緒に過ごせば良いのよ」
「な、何言ってるんですか、ベイリーさん……。そんな怖いこと言わないでくださいよ……。ソフィアさんにも、きっと事情があったんだと思いますよ……」
「無垢なパトリシアお嬢様を半年近く自身の支配下に置いて、好き勝手することが許される事情って、一体何かしらね」
聞く耳を持たずにもう一度キスをしようとしているところを見て、パトリシアお嬢様が慌ててエミリアの手から飛び降りて、すでにわたしやパトリシアお嬢様の5倍くらいにまで小さくなっているソフィアの元に駆け寄った。
「ベイリーやめなさい! 私がもう過ぎたことだと言って許しているのだから、ベイリーが私刑をしようとしないで」
パトリシアお嬢様は小さくなっていくソフィアの唇を覆い隠すみたいに体をくっつけた。
「パトリシアお嬢様、そんな破廉恥なメイドの唇にくっつくなんて恥ずかしいことやめてください!」
「ベイリーがソフィアへのキスをやめるのなら離れるよ」
いつしかソフィアの体はパトリシアお嬢様の体よりも小さくなっていた。パトリシアお嬢様は体の下にソフィアを隠すようにして、ベイリーから守っていた。
「パトリシアお嬢様、早く退いてください。そのメイドにはきちんと然るべき罰を与えなければいけません」
「私が雇っているメイドの処罰を、同じく私が雇っているメイドであるベイリーに指示される謂れはないよ」
パトリシアお嬢様は自分よりも圧倒的に大きな相手にも、まったく怯まずに渡り合っている。これがきっと、次期当主の器なのだろう。使用人のことを第一に考えてくれている気高い人なのだ。数日間一緒にいただけでとても惹かれてしまいそうになるのに、ずっと一緒にいたソフィアとベイリーが特別な感情を持ってしまうのは仕方がないとも正直思った。パトリシアお嬢様に注意をされたベイリーは、少し剣幕を弱めた。
「わかりました。じゃあ、これ以上は小さくしませんよ……」
譲歩したようにも見えるけれど、わたしと同じ極小サイズのパトリシアお嬢様が簡単に手のひらに乗せられるようなサイズになってしまったソフィアの状態は決して良いものとは言えない。元の身長の8000分の1というとんでもないサイズにされたソフィアのことを思うと不憫だった。
「ねえ、ベイリー。小さくしたみんなのこと、早く戻してあげなよ! ソフィアも可哀想だから一刻も早く戻してあげて!」
「……わかりました。無事にパトリシアお嬢様のことを見つけることができました。皆様のご協力のおかげですので、もういつでも元に戻しますので、戻りたい人から順番に言ってください」
「よかった。これでやっとアリシアお嬢様に会える……」
ホッと胸を撫で下ろした瞬間に、ベイリーが条件を付け足す。
「ただし、ソフィアのことは元に戻す気はありませんから」
つまり、8000分の1サイズのソフィアを見捨てて、わたしたちに元のサイズに戻れという事になる。わたしたちはそれぞれ不安そうに顔を見合わせたのだった。




