箱の中の2人 4
数日間、ソフィアがいない間は箱に閉じ込められる生活が続いていた。
「さ、パトリシアお嬢様、カロリーナさん、ご飯の時間ですよ」
虚ろな瞳を箱から覗かせながら、わたしたちを呼んでから、丁寧に箱の外に出す。
「ソフィアさん、わたしたちずっとこの生活をさせられるんですか?」
「ずっとじゃないですよ。ベイリーさんがパトリシアお嬢様探しを諦めてくれたら、もうあなたたちを隠しておく必要はありませんから」
今まで執念深くパトリシアお嬢様を探し続けていたベイリーが今更諦めてくれるとは思えなかった。
「私、こんな意地悪なソフィアのこと見たくないし、一緒にいたくないな。今のままだとソフィアのこと嫌いになっちゃうよ?」
パトリシアお嬢様がジッとソフィアのことを見つめながら、諭すように言った。それが、ソフィアの心に変な形で響いてしまったらしい。ワナワナと震え出したかと思えば、右手を上に掲げた。
「ソフィアさん、どうしたんですか……、って!?」
ソフィアの手のひらがパトリシアお嬢様のすぐ真横に落とされて、食器がひっくり返り、パトリシアお嬢様の体が宙に大きく浮いた。
「わ、わ、私は、パトリシアお嬢様のためを思って……!!」
「わたしのためを思ってする行動なら、何をしても許されるの?」
体が大きく浮き上がるほどの振動を与えられたのに、パトリシアお嬢様はどこまでも冷静に対処していた。冷静なパトリシアお嬢様に、あろうことかソフィアが手のひらを乗せた。パトリシアお嬢様が苦しそうなのはもちろんだけれど、押し潰さんとばかりに上から力をかけて手を乗せているソフィアも苦しそうな表情をしていた。
「ソフィア、やめなさい。私のこと傷つけて、ソフィアが満足するならそれで良い。でも、ソフィアが本当にしたいのはわたしを傷つけることじゃないでしょ?」
「あ、当たり前です!」
ソフィアがギュッと奥歯を噛み締めた。
「本当は私だって、こんなことはしたくないです。でも、そうしないとパトリシアお嬢様がベイリーさんの物になってしまいます……」
「私は物じゃないよ」
ずっと小さなパトリシアお嬢様を大切に扱ってきた結果、ソフィアの認知がすっかり歪んでしまっていた。いつしか、大切に守らなければならないお嬢様を愛玩動物のように見てしまっていたらしい。間違いなく大切にはしていたのだろうけれど、いつしか大切の方向性に誤りが生じてしまっていたらしい。
「知ってますよ……」
ソフィアが小さく呟いた。
「でも、ある程度私がパトリシアお嬢様のことを管理しなければ、パトリシアお嬢様のことはベイリーさんから隠しきれませんし……」
「いつまでも隠しておくのは無理だよ……。ソフィアのことだから、カロリーナちゃんたちが次々小さくされてこの屋敷に連れて来られることに辛さを感じてるでしょ?」
パトリシアお嬢様が優しく問いかけるけれど、ソフィアは何も言わずに俯きながら答える。落ち込んで俯いているのだろうけれど、むしろ俯いている方がわたしたちには表情がよく見えた。ギュッと目をつぶって、辛そうな表情をしていた。
「私だって、無関係の子たちがどんどん巻き込まれていく今の状況はよくないってことはわかっていますよ。でも、だからと言って、パトリシアお嬢様がベイリーさんの元に渡されるのは、もっと良くないのですよ……。きっと大変なことになってしまいます……」
「大丈夫、ソフィアが酷い目に遭わないように私が庇うよ。約束する」
パトリシアお嬢様は優しく言ったのを聞いて、ソフィアはホッとしたように小さく息を吐いた。虚ろだった瞳にも、少しずつ感情が戻ってきているように感じられた。けれど、声も表情もまだ不安でいっぱいではあった。
「ベイリーさんはきっと私がパトリシアお嬢様のことをずっと隠していた、なんてことが発覚したら、当然かなり激怒するでしょうね。だから、私がベイリーさんから危険な攻撃を受けることはほぼ間違いないと思います。それが怖くないと言ったら嘘になるかもしれませんが、それ以上に、私はベイリーさんがもっと困ったことを引き起こさないか、それを心配しています。
「困ったこと?」
「ええ……。杞憂なら良いのですが、少し心配事が」
ソフィアの懸念の内容を聞く前に、屋敷中に響き渡るほど大きな、キャンディとメロディの大泣きする声によって、話は中断してしまった。2人は2階にいるはずなのに、今まで聞いたことのないようなとても恐怖に満ちた泣き声がここまで聞こえていた。




