パトリシアお嬢様 2
今日もわたしはソフィアの部屋で眠るらしい。食事が終わると、わたしはソフィアお手製の小さな湯呑み風呂に入れてもらって先に眠る準備をさせてもらっていた。
元々このメイド屋敷にいる間はそんなに忙しくはなかったけれど、小さくなってからはいよいよ仕事をしなくてよくなったから、暇な時間が多くなった。
そんなわたしを部屋に置いて、ソフィアは2階の物置に掃除をしに行った。本当は昼間にやる予定だったけれど、忙しくてできなかったらしい。
エミリアがわたしたちと同じメイド屋敷で行動するようになってからは、メイド屋敷の周辺の掃除の際に、かなり大きく揺れることが多かったから、散らかった物置の掃除は必須になっていた。新しく掃除をするようになったメイドはガサツすぎて、部屋に置いてある物が宙に浮くし、わたしも一人でいたら絶対に宙に浮く羽目になっていたと思う(いつもソフィアが助けてくれるから、今の所その憂き目にはあっていないけれど)。前はエミリアの掃除はかなり屋敷を大きく揺らすから嫌だなと思っていたけれど、今思えばエミリアはかなり丁寧に掃除をしてくれていたのだろうということがよくわかる。
やることがないから、ぼんやりと机の上で宙を見つめていた。思いっきり上を見上げて、手を伸ばしてみる。脳裏には大きな大きなアリシアお嬢様の姿がずっとあった。わたしのために涙を流してくれた優しいアリシアお嬢様。本当はそばにいて涙を拭ってあげたかったけれど、涙の粒よりも小さなわたしにアリシアお嬢様の涙を拭ってあげることはできない。
「元に戻るどころか、もっと小さくなっちゃうなんて……」
アリシアお嬢様のために何もしてあげられない自分が嫌になる。気付けば、わたしも泣いていた。
「ほんっと、いつになったら戻れるのよ! パトリシアお嬢様はどこにいるの! ドールハウスの中すら大きすぎる体で探せるわけないじゃない!」
わたしが大きな声で嘆くと、誰もいないはずの室内で物音がした。それも、ソフィアたちのサイズの人間の出す大きな物音ではない。もっと小さな、わたしと同じくらいの何か。虫だったらどうしようと思って、慌てて後ろを振り向いた。自分の体よりも大きな虫とソフィアがいない状態で遭遇したら、食べられてしまうかもしれない……。
「な、何かいるの……?」
怯えた声を出して、恐る恐る後ろを向くと、すぐ後ろに立っていたのは人だったから、思わず視線が釘づけになってしまっていた。わたしよりもほんの少し背の高い、とても綺麗な子。多分初対面なのに、どこかで見覚えがありそうな面影があるのは気のせいだろうか。
「私とは初めましてかな? ……いや、違ったっけ。たしか、昔会ったことあるよね?」
「だ、誰? ていうか、なんでそんな小さな体の人がいるわけ?」
「いっぺんにいくつも聞かないでよ。それに小さいって、カロリーナちゃんよりもわたしのほうがちょっとだけ大きいと思うよ」
ドヤァと言わんばかりに胸を張って、元々大きな胸をさらに強調していた。改めて見ると、顔は今まで見たことないくらい気品があって綺麗な子。ぱっちりと大きな瞳にくっきりと高い鼻、小さいから口紅やチークも塗れないはずなのに、血色の良い唇と頬。それに、スタイルもかなり良い。元の大きさだったら、170センチ近い女性だと思う。
「いや、まあ確かにわたしよりもは背が高いとは思いますけれど、それはソフィアさんから見たら微差みたいなものですし、アリシアお嬢様から見たら判別つかないような差だと思いますよ……」
アリシアお嬢様は、きっとわたしたち2人の顔の違いすらわからないくらいサイズ差がある。わたしが言うと、女性はケラケラと楽しそうに笑った。
「そうだね。その通りだと思う。わたしたち、かなり小さいもんね。アリシアから見たら、こんなんだよね」
女性が笑ったまま親指と人差し指の間に見えないくらいの隙間を作ってわたしに見せてくる。
「わ、笑いごとじゃないですよ!」
さっきからふざけたような態度を取り続ける女性に少し苛立ってしまう。
「ごめんごめん、ずっと巨大な人に囲まれ続けてたから、同じくらいの子と会えて超嬉しいんだよね。ついつい楽しくなっちゃって」
そして、次の瞬間、わたしのことをギュッと抱きしめてくる。
「ちょ、ちょっと! あなた本当に誰なんですか!」
「カロリーナちゃんの将来のお義姉ちゃんかな」
女性がふざけて答えたから、わたしは語気を強めてもう一度尋ねる。
「ほんとに誰なんですか!!」
「やだなぁ。怒らないでよ。ちゃんと名乗るからさ」
女性がゆっくりと体から離れていく。
「ま、隠すことでもないからね。私がみんなが探してるパトリシアだよ」
「え? ……えぇっ!?」
謎の女性はビックリするくらいあっさりと正体を明かしてしまう。パトリシアお嬢様探しは難航するどころか一瞬で解決してしまったみたいだ。




