400倍の思い人 5
「『あ! わたくし良いこと思い付きましたわ! ちょっと試させて欲しいですの!』と言っています」
ソフィアは淡々と通訳を続けていく。
「なんですか、試して見て下さい」
「『なんですか、試して見て下さい』と言っています」
アリシアお嬢様が何かを思いついたみたいで、待っていると、次の瞬間、なんとアリシアお嬢様の声が聞こえてきたのだ。
「カロリーナ、わたくしの声聞こえてますの?」
風が強くて少し聞き取りづらいけれど、しっかりと耳に入ってきたアリシアお嬢様の優しい声。それが思っていた以上に温かくて、思わず涙してしまっていた。
「き、聞こえてますよアリシアお嬢様……」
「『き、聞こえてますよアリシアお嬢様……』と涙声で言ってます」
「涙声までは言わなくて良いんですよ!」
わたしが慌ててソフィアに向かって指摘した声を、またソフィアがアリシアお嬢様に伝えてしまうのではないだろうかと一瞬心配はしたけれど、今度はソフィアは何も伝言はしなかった。
「昔エミリアに聞かれないようにして、吐息に混ぜて囁いて伝える方法を使って会話をしたのを応用して、極限まで小さな声で会話をするようにしましたの」
アリシアお嬢様が微笑んだ。
そういえば、出会ったばかりの頃は大事なことを伝えようとするたびにエミリアに邪魔されたっけと思い出す。まだ最近のことなのに、かなり前のことに感じてしまう。それくらい、このところ色々なことが起きてしまっていた。
「アリシアお嬢様の声が聞けて、とっても嬉しいです!」
「『アリシアお嬢様の声が聞けて、とっても嬉しいです!』と言っていますね」
「わたくしにもカロリーナの声を聞かせてほしいですの……」
「え? でも……」
「『え? でも……」と言っています」
「カロリーナも昔、わたくしとこっそり話すために工夫をしてくれましたの。それを使うのはどうですの?」
以前お風呂場でアリシアお嬢様の耳に顔を突っ込んで会話をしたことがあるのを思い出した。確かに、今の体でもアリシアお嬢様の耳の中に入って大きな声を出したら伝わるかもしれない。納得しかけた時に、アリシアお嬢様が囁きながらも慌てて否定した。
「あ、待ってですの。やっぱりダメですの……!」
「『どうかしましたか?』と言っています」
わたしが何も言っていないのに、ソフィアが勝手に伝言をしてしまった。ソフィアもすっかりわたしたちの会話の行き着く先を気になってるみたいだけど、勝手にわたしが言ったことにして伝言をされたくないのだけれど……、と思ってしまう。まあ、どのみち似たようなことを伝言してもらおうと思っていたから良いのだけれど。
「だ、だって……。カロリーナが耳に入ってくるって……。あまり耳の中なんて覗かれたくないですの……」
「『大丈夫ですよ! 暗くて中はよく見えないと思います! それにソフィアにも肩に乗って耳の近くで待機してもらっておけば、安全性も保てますよ!』と言っています」
「いや、だからさっきからわたしが言う前に勝手に伝言しないでくださいよ……。これは言わなくても良いやつですからね」
ソフィアが勝手に話を進めて行くから、さすがに止めておいた。でも、わたしもアリシアお嬢様と直接会話ができるのならそれに越したことはないと思っていたから、ソフィアとほとんど同意見。先に伝えてくれたから、手間がはぶけた。それに、ソフィアも協力してくれる気満々なのは少し嬉しかった。
「『さあ、早くソフィアを手のひらに乗っけて肩の辺りに持っていって下さい』と言っています」
「言いたいことだから良いですけれど、勝手に話を進めないでください!」
アリシアお嬢様は、少し顔を赤らめながらソフィアの前に手を出した。わたしの反論は気にせずソフィアはアリシアお嬢様の手のひらの上に乗っていく。
「み、見苦しかったり、汚かったりしたらごめんなさいですの……。耳の中なんて、本当はカロリーナにも見せたくはないですの……。でも、カロリーナの声は聞きたいですの……」
アリシアお嬢様は困ったようにソフィアを肩に乗せた。




