20倍のドールハウス 1
〜登場人物〜
カロリーナ……さらに小さくなった元令嬢
リオナ……気は強いけれど面倒見が良い
キャンディ&メロディ……無邪気で元気な双子姉妹
ソフィア……真面目な眼鏡メイド
ベイリー……少し怪しい魔女メイド
エミリア……厳しいしっかり者のメイド
ソフィアがわたしの部屋に、今のソフィアの手のひらに乗ってしまうサイズの小さな小さなわたしを連れて入っていく。その様子を見て、リオナとキャンディとメロディ、3人が集まってきた。
「カロリーナの部屋の掃除なら、もうあたしたちでやったから別にしなくてもいいからな」
リオナがぶっきらぼうに言っていた。わたしが基本アリシアお嬢様と一緒に生活することになると思って、わたしの部屋の掃除を日常ルーティーンにしてくれているようだった。長期的にこの部屋に帰ってくることはないと思われて気を使ってもらっていたみたいだけれど、わたしは今リオナたちのすぐ近く、ソフィアのポケットの中に入っていた。
「別に掃除をしにきたわけではありませんよ」
「じゃあ何をしにきたんだよ!」
ソフィアは少し躊躇ってから、答える。
「カロリーナさんを連れてきたんですよ」
ソフィアの答えを聞いて、リオナが苛立った様子で答える。
「カロリーナを連れてきたって一体どこにいるんだよ?」
リオナが不思議そうに尋ねていた。当然だ。ポケットの中のわたしはリオナから見えていないのだから。
「リオナ、わたしはここだよ!」
わたしはポケットの中から大きな声をだした。
「ここって、カロリーナ、お前どこかにいるのか?」
リオナが慌てる声がする。それと同時に、ソフィアの手がわたしの入っているポケットの中に入ってきて、わたしを掴み持ち上げる。
「カロリーナさんはこちらですよ」
ソッと慣れた手つきで、わたしを机の上に置いた。リオナとキャンディとメロディは一瞬不思議そうな顔をしたと思ったら、地響きを立ててわたしのいる机の元にやってくる。元々足音なんて気にせずドタバタ移動している3人が一斉に机の方にやってくるものだから、机の上が不規則に大きく揺れていた。
「お、落ちちゃう……!」
わたしが不安そうに身を低くしていると、サッとソフィアが机を押さえてくれたから、そこからはまた安定感のある机に戻っていた。
「カロリーナ、お前一体どうしたんだよ!!」
近づいてきたリオナがかなり心配そうな声でわたしを見ていた。普段なら心配してくれているリオナの気持ちに感謝したいけれど、今は何もかもが不安でいっぱいで、まともに感謝する気にはなれない。わたしは不貞腐れて俯きながら答える。
「知らないわよ、わたしが聞きたいわ」
「カロリーナ、小さい」
「カロリーナ、可愛い」
机に顎を乗せて、わたしに容赦なく呼吸をぶつけてくる双子姉妹。普段なら可愛らしい彼女たちも今はわたしにとっては力加減のわかっていない、恐ろしい巨人なのである。突如キャンディがわたしの方に手を伸ばしてくる。
「カロリーナ、お人形みたい!」
無邪気な力でギュッと掴んでこられて、わたしの体は強い力をかけられてしまう。アリシアお嬢様の優しい手つきとは当然違うし、レジーナお嬢様が意図的に強い力をかけて来た時とも違う。まったく何も考えずに握っているから、本当にいつ握りつぶされてもおかしくない。
「や、やめて……。潰れちゃうわ……」
苦しそうな声を出したら、キャンディは離してくれる。キャンディは優しい子だから、言えば聞いてくれるけれど、この先毎日そうやってキャンディとメロディのとてもか弱い力にすら怯えなければならないなんて憂鬱だった。ただでさえか弱いキャンディとメロディは、今は元の背丈の20分の1サイズだから、さらにとてもか弱くなっているというのに。
もし先にキャンディとメロディだけ元の大きさに戻って、わたしが今のままだったら、チョコレートの上にでも乗ってしまって、そのまま気づかれずに食べられてしまうこともあり得るかもしれない。今のわたしはそんな大きさなのだ。
「怖いよ……」
わたしは顔を覆った。
「カロリーナ、ごめんね……」
キャンディがかなり申し訳なさそうに謝ってきていたから、わたしはなんとか首を横に振ったけれど、気の利いた言葉は出てきそうになかった。なおも無邪気に至近距離で見つめてきているキャンディとメロディが、無意識のうちにわたしの小ささを実感させてくる。わたしは2人を見上げて現実を受け入れるのが嫌で、ずっと俯き続けていた。そんなわたしの部屋に、またノックの音がする。
「入るわね」
ベイリーの声が聞こえる。今のベイリーの声は、先ほど聞いた、雷鳴のようなベイリーの声ではなく、普段アリシアお嬢様やエミリアの声を聞いているときのような大きさの声だったから、理由はわからないけれど、今はソフィアたちと同じサイズらしい。
「カロリーナの部屋はこっちよ」
ベイリーの声に示されて、一緒に入ってきたのはエミリアだった。エミリアもまだ状況を理解していないような、不安そうな表情でわたしの部屋に入ってくる。アリシアお嬢様たちと同じサイズの巨大メイドだったエミリアは、今は手乗りサイズのメイドになっている。ただし、わたしにとっては、今までと変わらない巨大メイドだけれど。
どうしてエミリアが手乗りサイズになっているか、本当ならまずそれを確認するべきなのだろうけれど、それどころではなくなってしまった。リオナがものすごいスピードでエミリアの前に行って、思いっきり頬に拳を叩きつけたのだった。エミリアの体が思いっきり後ろによろめいて、壁に体をぶつけた。座り込んだエミリアは、突然の出来事に怯えた顔でリオナのことを見上げていたのだった。




