パトリシアⅢ 9
ベイリーに言われて、パトリシアお嬢様がいないことに気づき、ソフィアは慌てた。
「どこに行ったのでしょうか……?」
「何よ、あなたパトリシアお嬢様の面倒みる当番だったはずなのに、どうして知らないのよ!?」
「わ、わかりませんけど、今の私はパトリシアお嬢様と同じくらいの大きさのはずなので、ちょっと探したらすぐに見つかるはずです……」
「あ、あなたね、知ってるでしょ!? わたしたちから見たパトリシアお嬢様がどれだけ小さくてか弱いか! 万が一わたしが知らずに踏み潰してしまったらどうするのよ!?」
ベイリーが顔を青ざめさせた。
「す、すいません。急いで探しましょう……」
そう思って、机の上で立ち上がった瞬間に、今のソフィアからしても小さな小さな声が聞こえた。
「ソフィア、わたしはここにいるから探さなくても大丈夫だよ。いつの間にかウトウトしちゃったみたいで、ごめんね。でも、さっきからずっと雷みたいに大きな音が聞こえてるけど雨でも降ってるの? ソフィア濡れてない? 大丈夫?」
小さな声がソフィアを心配してくれていた。優しいいつものパトリシアお嬢様の声。だけど、なんで? ソフィアは20分の1に小さくなって、パトリシアお嬢様と同じ大きさになっているはずなのに、なぜか先ほどまでのサイズ差のままの状態のパトリシアお嬢様の声が聞こえる。
不安な気持ちでそのままソッとポケットの上から手で押さえてみると、たしかにそこにはパトリシアお嬢様の温もりが存在していた。外から押さえると、パトリシアお嬢様がポケットをよじ登って、顔を出そうとしていることに気がついた。ソフィアはそんなパトリシアお嬢様のことを思わずポケットの上から押さえつえけた。顔を外に出されるとベイリーにバレてしまうから、そっと押さえつけて身動きを取れなくさせてもらう。
「ソフィア、どうしたの……?」
不安そうなパトリシアお嬢様の小さな声に続いて、ベイリーの大きな声が降ってくる。
「ねえ、ソフィア! あなた本当に踏み潰すわよ!」
「い、今はここで喧嘩をしている場合じゃないですよ! 揉め事を起こすよりも、パトリシアお嬢様を探す方が大事ですから!」
「そんな責任転嫁するみたいなことを……」
ベイリーがソフィアのことを思いっきり手のひらで押さえつける。ソフィアは体を抑えられつつも、パトリシアお嬢様が潰れないように場所を気をつけた。
「ねえ、ソフィア、何かの下敷きになってるの!? 大丈夫? 今助けるから!」
パトリシアお嬢様とベイリーは大きさが違いすぎて声は届いていないらしい。ベイリーが気にせず押さえ続けているから、ここで出てこられたら、ベイリーが知らないうちにパトリシアお嬢様のことを爪先で潰してしまうかもしれない。それだけは絶対にいけない。ソフィアはパトリシアお嬢様のことおポケット越しに押さえつけた。
「痛いよ、ソフィア。どうしたの?」
パトリシアお嬢様には申し訳ないけれど、今は動きを止めさせてもらって、ベイリーに返事をする。
「ベイリーさん、何度も言いますが、元々はベイリーさんがパトリシアお嬢様の信頼を裏切って屋敷内で魔法を使ってしまったから起きてしまった事態ですよね? あなたが魔法を使わなければ、パトリシアお嬢様は小さくならなくて済んだんですよね?」
ベイリーがパトリシアお嬢様のことを小さくしてしまって気に病んでいることは知っている。だから、こんな状況でもベイリーはソフィアのことを押さえつける手の力を弱くしてくれた。弱みにつけ込むみたいで少し可哀想だけれど、ソフィアもそれなりにピンチだったから利用させてもらった。
「今はわたしたちは協力してパトリシアお嬢様を探すべきです」
それだけ言うと、ベイリーは何も答えずにソフィアの体からを手のひらを離した。
「あなたとはしばらく口なんて聞きたくないですから」
ベイリーはソフィアを乱暴に握ってドールハウスの屋敷の前に投げ捨てた。かなり苛立ちながらもちゃんとドールハウスの前まで運んでくれたのだった。
ソフィアはドールハウス内に入っていく。
「あの小さなドールハウスがこんなに大きく見えるなんて……」
パトリシアお嬢様が住んでいたせいか、中は生活感のある普通のお屋敷だった。すでにベイリーの魔法で生活用品は一通り揃っている。とりあえず、パトリシアお嬢様の部屋に入って、ポケットの中からパトリシアお嬢様を外に出した。
「ねえ、ソフィア。さっき上から何か重たいものが乗ってたみたいだったけれど、大丈夫だったの?」
パトリシアお嬢様は真っ先にソフィアの心配をしていたから、周囲の違和感に気づくのが遅くなっていた。
「ええ、わたしは大丈夫なのですが……」
不安そうに室内をぐるりと見回すソフィアに合わせてパトリシアお嬢様は視線をぐるりと室内に向けた。そして、小さく「え……?」と不安そうな声を出す。
「ここはわたしの部屋……。でも、すべてが信じられないくらい大きいんだけど……」
小さくなってからもずっと明るく振る舞い続けていたパトリシアお嬢様の声が珍しく震えていた。それと同時に外からベイリーの泣きじゃくる声が聞こえてきた。
「パトリシアお嬢様、申し訳ございませんでした……。わたしのせいで……。わたしのせいで……」
その声にパトリシアお嬢様が震えていた。ベイリーの声は大きすぎて、もはや雷鳴とか暴風の音とか、そんなものに聞こえてしまっているのだろう。とんでもないことになってしまった反面、ソフィアは期せずしてパトリシアお嬢様と共に2人だけで生活をすることになったのだ。パトリシアお嬢様はソフィアを頼らざるを得ない状況になっていた。
「大丈夫ですよ、パトリシアお嬢様、何も怖がらないでください。何があっても、わたしがパトリシアお嬢様のことを守りますからね」
ソフィアが優しくパトリシアお嬢様のことを撫でて、怯えるパトリシアお嬢様に向かって、満面の笑みを向けていたのだった。




