メイド研修 3
エミリアは黙って裸のわたしのことを蛇口に近づけていくと、そのまま滝みたいに流れる水道でわたしのことを洗い出した。わたしは思いっきり水を頭から被らされてしまう。
「ちょ、ちょっと! 怖いから! もっとゆっくりして!」
激流が容赦なく襲ってくるせいで、痛いし怖いし、もっと丁寧に洗って欲しかった。
「や、やめてよ! くすぐったいからぁ!」
お腹や脇や内股を隅々まで大きな指で洗ってくる。恐怖心とくすぐったさと混ざり合った変な感情で、石鹸まみれになってしまう。泡に包まれて周囲がよくわからなかったけれど、周りのメイドにも見られていたら恥ずかしいな、と思った。けれど、石鹸の泡が取れてから周囲を見ると、他のメイドは料理を作るのに必死だったみたいで、わたしのことなんてまったく見てはいなかった。わたしはエミリアのふんわりとしたハンカチに少し強めに体を抑えられて、水気を取られる。
「あの方たちは料理専門のメイドよ。だから、ご主人様家族や、掃除担当とか家庭教師とか色々なメイドに食事を作るための料理を作っているのよ。レジーナお嬢様や、アリシアお嬢様、そして、あなたたち手乗りメイドの分も基本的にはここで作られているわ」
「じゃあ、わたしたちは何を……?」
料理は料理担当のメイドがするのなら、わたしたちはキッチンで何をするのだろうか。
「毎食一品、担当のお嬢様のために食事を作るのよ。わたしたちが愛を込めた手料理をお嬢様たちに食べてもらえる。なんて素敵なことかしらね」
エミリアは話ながらも手際よく人参を切っていた。
「さあ、あなたもアリシアお嬢様の専属メイドなら、何か作りなさい」
「何かって……」
エミリアの握っている、わたしの体を切断することもできてしまうような恐ろしい大きな包丁は当然持てないとして、わたしが持てる調理道具なんて、多分存在しない。
「そもそも元の家でも料理なんてほとんどしたことなかったしなぁ……」
リティシア家の令嬢として生活している時は、ずっとメイドの作ってくれた食事を食べていただけだったから、作る経験をほとんどしたことはなかった。けど、ご飯を作ったら、きっとアリシアお嬢様は喜んでくれる。
「何か作らないと……」
そんなときに、机の上にレタスが置いてあるのに気がついた。苦肉の策だけれど、一応わたしができる料理を思いつく。
「……もうそのくらいしかできることはないよねぇ」
ため息をつきながら、レタスに近づいていき、運ぶ。アリシアお嬢様の食事用のお皿に大きな葉っぱを一枚乗せた。これだけでとんでもない重労働。それからも、重たいレタスを机に引きづらないように気をつけながら、何往復もしてレタスを運び切った。ようやく運んだレタスはたったの5枚ほどで、サラダを名乗るにはあまりにも寂しすぎる。
「どうしよう……。いっそわたしが上に乗ってアリシアお嬢様のご飯になるしか……」
アリシアお嬢様に食べられて栄養になるのなら、それはそれで……、なんて変なことを考えてしまったから、慌てて首を横に振った。
「ダメダメ! わたしは元の大きさに戻って、アリシアお嬢様と愛し合うんだから!」
わたしは今度はクルトンを取りに行こうと立ち上がった。それと同時に、ジュウジュウと炒め物を初めた音がして、わたしの立っている机の上の温度も暑くなってきた。巨大な焚き火みたいなコンロが近くにあると、熱くてあまり上手く動けなくなる。それにエミリアはわたしの存在は気にせず作業をするから、ちょっと怖い。わたしが歩いていると、すぐ目の前に料理皿を置いてこられて、突然道が塞がれた。
「エミリアさーん、ここに置かれるとわたしクルトンを取りにいくのに遠回りになるんですけど……」
声をかけたけれど、当然のようにエミリアはわたしの声は聞こえなかったフリをして作業を続ける。
「エミリアさんの意地悪……」
ため息をついてから、わたしは回り道をしながらクルトンを取りに行く。
「重たっ!」
クルトンは米袋みたいに重たくて、簡単には運べない。エミリアがお皿の位置をどかしてくれるだけでちょっとでも楽になりそうなのだけれど、それは期待できなさそうだから、諦めて回り道をしながら進んでいく。
結局、レタス5枚とクルトン3つというとてもシーザーサラダとは呼べないようなサラダが出来上がった。すぐ横に置かれているエミリアの作った美味しそうなオムライスと比較すると雲泥の差である。
「こんなものをお嬢様に食べさせるつもりなの?」
エミリアが呆れたように鼻で笑った。
「だって……」
わたしはお皿に背中をもたれかけさせて座りながら恨めしそうな視線をエミリアにぶつけた。
「さすがにこんなのアリシアお嬢様に食べさせられないわ」
エミリアは手際よくレタスとクルトンを増量させてから、ミニトマトとベーコンを切って、半熟卵を乗せ、最後にお手製のチーズドレッシングをかける。わたしが必死にクルトンを一個運ぶくらいの時間で、見栄えの良いシーザーサラダを完成させてしまったのだった。
お皿の下から見上げているから詳細はわからないけれど、綺麗なのは容易に想像がついた。多分、わたしがエミリアと同じサイズだとしても、エミリアの5倍くらいの時間をかけて、もっと低クオリティなシーザーサラダを完成させていたと思う。単純にメイドとしての実力差がある。こんなことではアリシアお嬢様に美味しいご飯を食べさせてあげられない。
「もっと頑張らないと……」
わたしが小さな声で呟いたら、「え?」とエミリアが聞き返してきた。
「いえ、エミリアさんの料理スキルが凄かったので、わたしももっと頑張らないとって思っただけです」
そう、とクールに頷いていたけれど、その表情は少し嬉しそうだった。




