2.学校生活と執筆活動
学校での授業中は、創作活動に励む時間でもあった。
授業そっちのけでなにか良いアイデアが浮かんだら、そのことをノートに書きとめていく。
現在、連載中の『寝取られゴブリン』は総PV数8と伸び悩んでいる。
すでに42話まで来ているのに、PVが8というのは辛い現実だ。
しかも、そのPV数は1話目で5PVであり、2話目に2PV、3話目で1PV、それ以降は0PV……誰も読んでいないという厳しい現実もあった。
どうすれば、自分の書いている小説をみんなに読んでもらえるのだろうか。
そのことばかりを考えてしまうと、書きたい小説の内容が全然書けなくなってしまうという負のスパイラルに陥ってしまうのだ。
だが、いまのソウタには最高のポテンシャルがあった。
そう、今朝テレビで見た彼女の存在だ。アイドルで小説家の柊カナタちゃん。彼女がいるお陰で、どんなに辛い状態にあっても心が折れることはない。彼女の笑顔を見るために、小説を書き続けるのだ。
「じゃあ、この問題を椎名ソウタ、解いてくれ」
突然、教師から指名が入った。黒板には意味不明な式が書かれている。
え、なにこれ。わかんねえよ。どうすりゃいいんだ。
ちょっとしたパニックに陥ったソウタは、目を白黒させながらその場にたたずんだ。
「なんだ、聞いていなかったのか? もう、座っていいぞ。じゃあ、誰かわかる人はいるか?」
教師は諦めたようにソウタを座らせると、別の人間に答えさせた。
あーあ、やっちまった。
いつものソウタであれば、そこから闇落ちしてしまうところだが、今日のソウタは違う。柊カナタちゃんがついているのだ。ソウタは授業の残り時間を『寝取られゴブリン』のアイデアを書き留めることに費やした。
放課後、帰宅部であるソウタはダッシュで家に帰ってきた。
うがい手洗いをすませて、部屋に入ると、パソコンを立ち上げて執筆準備に入る。
今日書くべきネタは授業中にまとめてある。
執筆中のソウタの集中力には、恐ろしいものがあった。
周りの音は聞こえなくなり、自分が書いている小説の世界に入り込んでしまったかのような錯覚に囚われるのだ。
いま、ソウタはゴルゴンゾーラ高原にあるゴブリンの村で、イケメン勇者に女ゴブリンが寝取られてしまうところを柱の陰に隠れながら見ている。
勇者は拘束魔法で男ゴブリンを動けなくして、女ゴブリンとの行為を男ゴブリンに見せつけているのだ。獣のような声で鳴き叫ぶ女ゴブリンと高速で腰を振り続ける勇者。
男ゴブリンは悔しさのあまり、唇をそのとがった牙でかみしめ、緑色の血が流れだしている。そして、男ゴブリンは勇者への復讐を誓うのだ。将来、勇者が妻にするであろう城のお姫様を寝取ってやると。
復讐は復讐しか呼ばない。復讐が復讐を呼び、復讐の連鎖が訪れる。
うん、我ながらいいフレーズだ。
ソウタは自分の文章に満足していた。
「よし、書けたっ!」
ソウタが自分の小説の世界から現実の世界へと戻ってきた時、すでに部屋は真っ暗になっていた。
時計を見ると午後7時になろうとしている。
闇の中でチカチカと通知サインを出しているスマートフォンを手に取り、通知内容を見てみる。母からの新着メッセージが1件あった。
『ごはんを炊いておいてください。7時過ぎには帰ります』
時計に目をやると、すでに時刻は7時になっている。
ごはんが炊けるまでの時間は45分。やばい、間に合わない。
部屋から飛び出したソウタは慌ててキッチンへと降りて行った。
キッチンに飛び込んだソウタが聞いたのは、サッカーの試合終了のホイッスルに似た甲高い電子音だった。
その電子音は炊飯器から聞こえてきている。
「ごはんは、わたしが炊いたから」
ダイニングテーブルのところで文庫本を読んでいたミズキがいう。
助かった。母に怒られるのではないかと思っていたソウタは安堵した。
ふと、ミズキが読んでいる文庫本に目が行く。
こいつが本を読むなんて聞いたことがないぞ。どういう風の吹き回しだ。
「あ、あの、さ」
「ん?」
話しかけるとミズキが本からちらりと目をあげてソウタの顔を見る。
その眼光は鋭く、ソウタは蛇に睨まれたカエルのように固まってしまった。
「なに?」
「いや、あの、ありがとう、ごはん」
「別に。お母さんからメッセージ来てたからやっただけだから」
「ああ、そう、そうなんだ」
どうやら母は保険をかけていたようだ。
さすがはお母さま、よく子どもたちのことをわかっていらっしゃる。