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頁の中の君へ

作者: 岩城吉宗

 -プロローグ-


 ジージージージージリジリジリジリ、ミーンミンミン、ジージージー、ミンミンミンミン。

 「うるせぇ……」

 夏休みが始まって数日、既に力が抜けきっていた、受験生でもないのに毎日毎日勉強をするため図書館と家を往復していたがもはや体力も底が見え悪態をつく余裕すら失われていた。

 強い夏草の香りと身を焦がすような熱気を乗り越えるように俺は強くペダルを踏み込む。

 「あっつ……」

 今日は十年に一度の猛暑日とかなんとか、テレビで言ってたな……あれもはや毎年言っている気がする。

 十年に一度の大雨、十年に一度の大雪、十年に一度の天才。

 そんな歴史上指折り数えるほどしかない逸脱した存在がそんなポンポン出てきていいのかよ、ふざけんな。

 と、思わず小さく舌打ちが出る。

 だが、そんな鬱憤も一度空調の効いた建物に入れば消え失せる。

 俺は図書館の裏手に自転車を停めると急いで図書館に駆け込む。

 そこは程よい温度に設定されており快適な空間にひと心地つくと僕は手頃な一人席に腰をおろした。

 夏休みだと言うのに俺はこの図書館に足しげく通い、取るにたらない日常を浪費し続けている。

 参考書と問題集とノートを開き、先日の復習から新しい問題を解き、つまづくたびに参考書を読み返す。

 退がって、進んで、立ち止まって。

 牛歩のように遅く一歩一歩ページをめくる日々。

 それは刺激なんてものは縁遠く、変わらない景色を延々と見続けるのは苦痛以外の何ものでもない。

 「はぁ」

 ぎゅっと目がしらを抑え、深く瞼をおろすと乾いた目からじゅわと涙が溢れる。

 気がつけばペンは止まり疲れた目は虚ろで焦点が定まらないままの目で辺りをぼーっと眺めるているとふと、本棚の中に一際目を引く本が見えた。

 図書館に本がある、というのは八百屋に野菜が肉屋に肉があるのと全く同じことで、なんの違和感もないものだが、その本はどこか異質で目を引くものだった。

 焦茶色の背表紙はぼろぼろで、周りの本と比べて明らかに年代を感じさせ隣の新しめの本と比べるとまるで古代の歴史書のように見える。

 そして極め付けが"背表紙に何も書かれていない"おらず図書分類のマークすらないのだ、タイトルの無い本、普通ならそんなものはない。

 普段ならそんなものに決して手を伸ばすことはない俺だが今日はもう参考書にかじりつきたくないという逃避から腰を上げ本に手を伸ばした。

 「なんだ……これ」

 ぱらぱらとページをめくって思わず困惑の声が漏れる。

 100ページ近くはあるその本の中身は白紙で、まっさらな白い紙がそのほとんどを占めていてた、そう最初の1ページを除いて。

 これは、画集……なのか?

  俺が白紙の束を見てそう思ったのは始めの一頁目、見開きの左の頁なので正確にはニ頁目だが、そこには一枚の精巧な絵がプリントされていたからだ。

 その絵には一般的な洋風の部屋が描かれていた。

 四方に伸びる壁と天井の線、手前に広がるフローリング、俺は自然と中央の縁側に視線が動く。

 そこには雲一つない青空と遠くに見える地平線、青々と広がる海、そして髪の長い女性が背を向けて腰を下ろしていた。

 燦々と照りつける外の世界と対照的に影を落とす室内。

その二つは共存することはないとはっきりと分かってしまう、そんなことを想起させるどこかもの悲しい絵。

 儚さが浮き彫りになるようなその絵を俺はただ眺めているとふとおかしなことに気が付いた。

 ぽっと浮き出た疑問を掻き消そうと、必死に目を凝らす。

 おかしい。なんで、なんで。

 波がひいているように見えるんだ……?

 俺があーでもないこーでもないと狼狽しているうちに、絵の女性は"ぐりん"と首をこちらにひねった。

 「うわっ!」

 俺は驚きのあまり、手から本を投げるように落とす。

 静かな図書館に響いた俺の声は周囲の視線を集めていく。

 俺はその場に居た堪れなくなり逃げるように床の本を拾って、本棚の影に隠れた。

 「はっ……はっ……」

 バクバクと脈打つ心臓を抑え、おそるおそる、再び本を開いた。

 「やっぱり……見間違いじゃない……よな」

 これは絵じゃない。

 ゆっくりではあるが確実に動いている、昔のフィルム映画のように、カクカクと少しずつ動いている。

 最初は角度によって3Dイラストが変わるレンチキュラーやトリックアートのようなものかと思ったが、そういうわけではない。

 その根拠として先程からこちらを睨め付ける目がそれを雄弁に物語っている。

 彼女もこちらの存在を理解しているのか、じっと大きな黒目はこちらを見据え、やがて口が小さく動いた。

 当然本は本、スピーカーが付いているわけでもなく、彼女が何を言っているかは分からない。

 と、思っていた。

 絵の中の女性はしばらくぱくぱくと口を開け閉めすると、左のページからじわっとインクが浮き上がるように黒い文字が現れた。

 『誰か……いるの』

 俺の全身に鳥肌が立ち、ひゅっと喉が締められるような感覚に襲われる。

 まず、俺はこれが夢であることを疑い頬をつねる。

 痛い……。

 次に記憶の確認。

 朝は食パンにブルーベリーのジャムを塗ってそれをコーヒーと一緒に食べ、冷房の効いたリビングのソファでごろごろし昼に冷たい素麺を啜り、その後灼熱のアスファルトの上を自転車でこの図書館まで来た。

 うん、間違いない。感覚は正常で記憶もまた正常……とくれば。

 どうやらこれは現実らしい、つねった頬は痛いし今日1日が夢であるというには随分と意識がはっきりしている。


 じゃあこれはなんだ?


 人間、不可解なものに出くわしたとき驚くほどに何もできない。

 『気のせい……よね?』

 『ついに私……頭がおかしくなったのかな』

 『あーあ、暇』

 俺はただ右のページに増えていく文字を呆然と眺めていた。

 そしてあることに気がつく。

 右のページは今尚増える文字のみ。

 左のページには大きな一枚絵。

 では右のページがいっぱいになった時どうなるのか?

 次の見開きにも同じような絵と文字が続くのか?

 それともこれで終わりなのか。

 内心俺の中には恐怖や衝撃の中に興奮が渦巻いていた。

 退屈を終わらせてくれるかもしれない何か。

 絵が動きだすという化学的に説明できない現象。

 希望といえる欲求と未知の恐怖。

 いっときの逡巡、そして、

 「あの、大丈夫ですか」

 背後から若い女性に声をかけられた。

 「えっ、ああ!はい、すいませんうるさくしてしまって」

 俺は咄嗟に手に持った本を後ろに隠した。

  図書館の司書の人なのだろうか、心配そうな顔を浮かべていた。

 「いえ、体調が優れないようでしたらあちらのスペースで腰かけられますよ」

 そういって奥のソファのある空間を指し示すが俺は左右に首を振って答えた。

 「あ、ありがとうございます、大丈夫です」

 「そうですか、他にも何かあれば気にせず言ってくださいね」

 短い会話だったが女性はにこっと微笑むと踵を返してすたすたと歩いていく。遠ざかる後ろ姿を見えなくなるまで俺は立ち尽くしていていた。

 今日はもう帰ろう。疲れていたんだ、受験が迫り焦る中あまりの暑さに頭がやられてしまったんだ。

 そう無理くり結論づけて自分納得させ俺は本をもとあった場所に戻して図書館を出て駐輪場へと向かう。

 「蒸し暑い……」

 強い日差しはなくなったもののそこは高湿度と高温が空気を支配していた。

 ふらふらとおぼろげな足取りで自転車の前へ進みポケットから鍵を取り出すと手が滑りちゃりんと小気味いい金属音が響いた。

 「はあ……」

 完全に疲れ切ったこの脳と体は思った通り動かずゆっくりとスローモーションのように鍵へと手を伸ばす。

 その時図書館の自動ドアが開きそちらに目をやると二人組と目が合う。

 「あれ〇〇?ひっさしぶりだな!」

 白いシャツにジーパンのツーブロックの男

 「うわー懐かしい!元気にしてた?」

 とふわりとふりるがついたボブカットの女


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